拙い事になった。
何者かのハッキングにより、シャーレ近辺の映像データを流出してしまった。
タイミング的に、ミレニアムの『ヴェリタス』という非公認の組織に違いない。
テレビで流した映像データから此方の思惑に気付かされ、行動に移したのだろう。
それにしても早過ぎる。此処のセキュリティはどうなっているんだ?
『ほ、報告します。空崎 ヒナに動きが、『ヴェリタス』のメンバーと別れた後、その足でセミナーに……このままでは』
此処にきてセミナーだと?
巫山戯るな、あいつらは小鳥遊 ホシノと同様、先生を糾弾した生徒の筆頭だぞ。今更どの面下げて……。
いや、問題はそこではない。セミナーと合流し、情報を共有されれば、先生の無実が証明される。発言力の強い学園に声をかけ、連邦生徒会に今回の事を報告されれば、それこそ終わりだ。
何としても止めなくては。
「もう、手段を選んでいる余裕はない。トリニティに潜入している者に通達せよ!! ティーパーティーのメンバーを確保。ミレニアムのセミナーも同様だ!! 急げ!!」
部下に怒鳴りつけながら指示を出す。しかし、その指示があまりにも遅すぎた事に、彼女はまだ、気付いていなかった。
セミナーに所属する早瀬 ユウカに、テレビ局が報道した情報が偽物である証拠を突き付けたヒナは、ユウカ達に、矯正局に収監された先生の無実を証明する為の協力を仰いでいた。
しかし、自分達が犯した過ちに気付いたユウカ達はその場で泣き崩れて先生に謝罪の言葉を繰り返すばかりで、暫くどうする事も出来なかった。
そこで、ヒナは一旦ユウカ達と別れて行動を始めた。あの様子からして、協力する事は間違いない。
後はトリニティだけだ。
以前、エデン条約を締結する為の遣り取りの際、ティーパーティーの桐藤 ナギサと連絡を取り合っていた事もあり、既にデータを送ってはいるのだが、返事がない。
彼女達も、もしかしたら先生を糾弾した事で後悔の念にかられ、対応が困難なのかもしれない。
そう思い、セミナーの時と同じく、トリニティに足を運ぼうとしたその時、件のナギサから連絡がきた。
モモトークではなく、電話での対応。何かあったのかと電話に出てみると、電話の向こうから銃声が鳴り響き、ヒナの鼓膜を揺さぶった。
「……もしもし?」
『……もしもし、突然のお電話申し訳ありません。此方はヒナさんの携帯でよろしいでしょうか?』
声の主はナギサで間違いない。しかし、遠くから聞こえる銃声は何事だろうか?
「えぇ、間違いないわ。それより、後ろから銃声が聞こえるけど何かあったの?」
『申し訳ありません。お恥ずかしい事に、現在、私達ティーパーティーは襲撃を受けている状態です』
ティーパーティーを襲撃?
政治的な問題でも起こしたいのかと思いつつ、ナギサの言葉に耳を貸す。
「それは、先生の件と関係が?」
『えぇ、恐らくはそうでしょう。ヒナさんから件のデータを受け取った直後、襲撃に会いました。どうやら相手方も、相当焦っている様子です』
「……大丈夫なの?」
『えぇ、護衛の方々が殆どやられましたが問題ありません』
その言葉を最後に、銃声が止み、足音が近付いてくる。
恐らく、護衛の生徒がやられたのだろう。それでも、彼女は落ち着いた様子で電話越しに口を開いた。
『……お見苦しい所を聞かせてしまい申し訳ありません』
「いや、それより、本当に大丈夫なの?」
『はい、問題ありません。それよりも、先程ヒナさんから受け取ったデータを拝見しました。その上で謝罪を申し上げます』
ナギサ達、ティーパーティーもまた、マコトと同じく静観した側の立場だった。先生が逮捕された件の情報を精査する為に、派閥の子からの情報を待っていたのだが、気が付けば皆が先生を糾弾し、辞任を要求する旨の発言をしてきたのだ。
明らかに様子がおかしい。話を聞いた限りだと、提供されたのは先生らしき人物が映像に映っていただけという状況証拠のみ。それだけの理由で先生を犯人と糾弾する生徒達に違和感を感じ、更に日を追う毎に、シスターフッドや救護騎士団すらも先生を糾弾し始めたのだ。
『私達ティーパーティーは、先のエデン条約の件で発言力を失いました。自分達の責任とはいえ、下手な発言をすれば、それこそトリニティが分断される危機となっていたのです。先生を擁護する声を上げるよりも学園を維持する為の保身に走りました。先生の無実を信じ、声を上げた生徒達を、私達は見捨てたのです。その結果がこれです』
ナギサは淡々とそう告げる。その生徒に、恐らくヒナも含まれているのだろう。
『そして、今更ではありますが、私達ティーパーティーは空崎 ヒナさん、貴女と共に先生の無罪を主張する立場となります。本当に自分勝手で、都合がいい事を言っている自覚はありますが、それでも、私達にも協力させて頂きたい』
その言葉に偽りはないのだろう。ヒナはそれを感じ取り、思わず口元を緩める。
「……ありがとう」
『いえ……それではまた。私達はこれから、先生の敵に対し、反撃に出ます。恐らく、ヒナさんの元にも、同じように人員が向かうかと思われます。どうか、お気を付けて』
ナギサはそう告げると電話を切る。口振からして、恐らく問題ないのだろう。
携帯をポケットの中にしまうと、ヒナは連邦生徒会の本部であるサンクトゥムタワーへと急いだ。
それは、突然の事だった。
エデン条約に向けて準備を進めていた時、万魔殿のマコトではなく、風紀委員会のトップであるヒナと連絡を取り合っていた際に、互いの連絡先を交換していたのだが、彼女から連絡が来た時は、先生絡みの案件と思い、応じるかどうか迷ったものの、『先生の無実を証明する証拠』と書かれていては、見ないわけにはいかなかった。
そして、その内容を確認し、報告にあった内容……テレビのニュースに取り上げられていた内容が偽造されたものであり、そして、テレビ局内で先生を陥れようとする存在が明らかになった時、それに合わせるように襲撃者によって襲われたのだ。
突然の奇襲だった事もあり、護衛の生徒の半数以上が、初手の奇襲でやられた。
残った者達も必死に応戦してはいたが、勢いに乗った襲撃犯の猛攻に押され、次々と倒れていく。
護衛がやられるのは時間の問題だ。運良く、セイアと共にいた為、彼女も無事ではあったが、それでも戦況が変わる事はない。
「これは、ゲヘナの風紀委員長が送ってきた情報通りという事かな」
「そのようですね。ですが、これは此方としても都合が良いのは確かです」
そう言って、セイアと情報を共有していたナギサは、もう一人のティーパーティーの一員であり、幼馴染であるミカに、送られて来たデータを送信した。
その後、ヒナとの遣り取りを経て、護衛の生徒が全滅し、ナギサとセイアは襲撃犯に包囲されてしまった。
「ティーパーティーのホスト、桐藤 ナギサと百合園 セイアだな。悪いがお前達を拘束させてもらう」
「シャーレの先生の件、ですか?」
「……さぁ、どうだろうな。それをお前達が知る必要はない」
「態々悪手を取る貴女達に警告しますが、私達の身柄を抑えたからとて、貴女達の計画が成功する事はありませんよ」
そう言いつつ、紅茶の入ったカップを持つ手が震え、カタカタと音を奏でていた。
「強がりはよせ。震えてるじゃないか」
「……えぇ、そうですね。正直な所、恐いです」
「ならば、大人しく私達について……」
「凄く、大変だったんですよ。あの子、先生は無実だって、暴れて、抑えるのに必死だったんです」
「……何の話だ?」
「私達が今回の一件が後手に回った原因の話です。下手に騒げば大変な事になると、抑えるのに必死で……ですが、もうその必要はないようです」
「だから、何をいっ……」
「殺してはダメですよ、ミカ」
ーとある襲撃犯の話ー
頭に熱感を感じたと思い、一瞬だけ目を閉じ、そして再び開けると、薄暗い天井を眺めていた。
何だ?
此処は何処だ?
私はいったい……?
何が何だか分からない状況の中、視線を横にずらすと、白衣を着た女性が此方をじっと見つめ、そして笑みを浮かべてきた。
「目が覚めましたか?」
その言葉の意味が分からない。
問い正そうとするも、口が動かない。
いや、身体そのものが動かない事に気付いた私は、益々混乱するばかりだった。
「いいですか。落ち着いて聞いて下さい。貴女達は、ティーパーティーを襲撃した襲撃犯として、矯正局の医療施設に搬送されました」
ティーパーティー?
襲撃犯……矯正局?
「正直にお話しますが、生きていたのが奇跡としか言いようがありませんでした。貴女の他にも、何人か目を覚ました方もいますが、その数も半分に満たない状態です」
生きていたのが奇跡?
待ってくれ。本当に何を……っ。
少しずつ記憶が呼び起こされる。
ティーパーティーのメンバーを襲撃し、誘拐せよ。
シャーレの先生を罠に嵌め、矯正局に送ったのは良いが、空崎 ヒナが動き出し、慌てて送られてきた命令がそれだった。
学園のトップを襲撃し、誘拐するなんて、それこそ、私達が犯人ですと言っているようなものではないか。
そう思ってはいたが、命令だからと、仕方なしに襲撃し、ナギサに銃口を向けようとして……その後はどうなった?
「何が起こったか分からないといった様子ですね。仕方がありません。なにせ……」
『貴女達は半年以上昏睡状態だったんですから』
…………は?
今……なんて……?
半年以上この状態だったというのか?
いや、待て。おかしいだろう……だって、私は…………たった一回、たった一回だけ……。
『瞬きしただけなのに』
血の海に沈む襲撃犯と拳を赤く染めたミカ。その光景に、流石のナギサもカップをカタカタと震わせるしかなかった。
先生が犯人であるというニュースを唯一見てしまったミカだったが、『先生は犯人なんかじゃない!!』と発狂し、彼女を止める為に、正義実現委員会の生徒達の半数以上の犠牲をもって、漸く拘束する事に成功したのだ。
それだけでも問題だというのに、そこから先生の擁護など、出切る筈もなく、後手に回ってしまった事は、彼女には言えない。
言ったが最後、また別の意味で暴れてしまうだろう。
その為、事が落ち着くまで、薬と拘束具で身動きを封じていたのだが、先生が無実である旨の内容と、その犯人の仲間に襲撃されているという内容を送った瞬間、彼女は拘束具を破壊し、襲撃犯を一人で壊滅させるに至る。
その後、救護騎士団を呼び、負傷した襲撃犯の治療をしつつヴァルキューレに報告。そして矯正局内の医療施設に搬送したという事だ。
今回の悪手が後々に先生を罠に嵌めた人物の首を締める事となるのだが、それはまた別の話。
ミカによって壊滅した襲撃犯の全員が目を覚ますのに、一年の時を有したのもまた別の話である。