トリニティに潜入していた部下からの連絡が途絶え、ティーパーティーに所属するナギサ達の拉致が失敗に終わったと悟るのにそう時間はかからなかった。
だ、大丈夫だ。トリニティには正義実現委員会や救護騎士団、更にはシスターフッドと、多くの組織があったからこそ失敗に終わったのだ。
ミレニアムなら……C&Cのメンバーは現在、別件で学園を離れている。他に主だった組織が存在しないミレニアムのセミナーならば……恐らく、先生が無実と知り、心身共に不安定な今なら……っ
しかし、その切実な思いも、部下達からの緊急連絡により、脆くも崩れ去る事となる。
『ほ、報告します!! ミレニアムに集結しつつあった部隊が『災厄の狐』の襲撃を受けています!!』
「な……なんだと……何故だ? 何故『災厄の狐』がミレニアムに……」
犯人も、ましてや、ヒナも知る由も無かったのだが、ヒナの動向を監視していたワカモが、ミレニアムでの遣り取りを知り、ユウカ達を襲撃しようとしていた集団に奇襲をかけ、彼女達の暴挙を未然に防いでいたのだ。
『だ、ダメだ!! これ以上はもたない!! 援軍を求めます!! 援軍を……うわぁぁぁぁぁぁぁああああ!!』
そこで通信が途切れる。これで、ミレニアムとトリニティの襲撃が失敗に終わった。残す所はゲヘナだが、既にゲヘナに関しては、マコトよりも証拠を持つヒナの方が遥かに脅威だ。
いや、二つの学園の襲撃が失敗した時点で、既に詰んだ状態なのだが、それでも諦めきれないのが人間というもの。
「ま、まだだ!! まだ終わってない!! まだ手はある筈だ!! そ、そうだ……空崎 ヒナだ。やつさえどうにかすれば、まだ手はある!! 残存部隊は全て集結させろ!! 最早生死は問わない!! 空崎 ヒナを止めるんだ!!」
自身の保身の為に、部下を死地へと送り出す。まだ大丈夫だ。今を乗り切れば逆転の手はある。そんなものは既にないと心の何処かで思ってはいても、それでも諦めるわけにはいかなかった。
だが、彼女は知る事になるだろう。己の浅はかさと、身勝手さの代償を……。
ゲヘナ、ミレニアム、トリニティ、そしてアビドス。
今回の事件で、ヒナは多くの学園と生徒達に触れ、そして気付かされた。
悪意ある洗脳に騙された者、気付くのが遅れ、どうする事も出来なかった者。そして、最後まで先生を信じた者。
皆、それぞれの理由があり、立場があり、信念があり、そして行動した。
ヒナはその事を理解し、その上で真実に気付いた者達の姿を見た。
あれは有り得たかもしれない私だ。少しでも選択肢を違えれば、私もあぁなっていたんだ。
小鳥遊 ホシノも……彼女もまた、先生を信じて、そして藁をも縋る思いで、あのテレビから流れる情報に踊らされ、先生を犯人と断じた。そこには、後悔の色があった。私は、それに気付く事が出来なかった。
ミレニアムもそうだ。証拠の映像が偽装されたものと気付くのにそう時間はかからなかった。『ヴェリタス』のメンバーなら……平時であれば、それに気付くのは容易であっただろう。
しかし、先生が逮捕されたという情報に意識がそれ、放送された証拠の映像が流れた時には、既に洗脳状態だった為、先生の無実を証明するという意思を剥奪されていたのだ。
そして何より、この洗脳の恐ろしい所は、洗脳と気付いた段階で、その洗脳が解けるというものだった。
ヴェリタスのメンバーがそうであったように、そしてセミナーのメンバーがそうであったように。
洗脳が解けると同時に、自分達が先生に行った所業を思い出し、涙ながらに後悔していた。何故、自分達は先生にあんな事をと。
元々映像を見ていなかったティーパーティーや、映像を見て違和感を感じたマコトという異例もあるが、彼女達のように立場がある者達からすれば、周りが敵だらけの状態で、先生の無実を証明する事は不可能だ。
それらを含めた上で、この事件の犯人は念密な計画を立てていたに違いない。
ヒナやワカモ、カンナやソラ、そして、ヒナの知らぬ所で先生の無実を信じたミカというイレギュラーが存在しなければ、先生は文字通り、社会的に抹消されていたのだろう。
よりにもよって、あの先生を……。
「……止まれ、空崎 ヒナ」
その声に、ヒナは足を止め、正面を見据える。
そこには静止を呼び掛けた生徒の他、各学園の制服を着た生徒達が、ヒナの行手を阻むように銃を構え、立ちはだかった。
問い掛けるまでもない。トリニティのティーパーティーを襲撃した襲撃犯達と同じく、先生を陥れた犯人の仲間だ。
数は百から二百。ビルの屋上にも狙撃手が数人待機している。
目的は連邦生徒会の本部に私を行かせないといった所か?
生死を問わずに……。
貴女達は……何処までも……。
「抵抗は無意味だ。大人しく我々の……っ」
襲撃犯のリーダー格の言葉が途中で途切れる。
ヒナが臨戦態勢に入ったわけではない。その場に立ち止まり、襲撃犯達を見据えているだけだ。
それだけだというのに……。
(なん……だ? 身体が……動かない……)
全身の筋肉が硬直したような錯覚。それはリーダー格のみならず、狙撃手含む、その場にいた全ての襲撃犯達に同様の現象が起こっていた。
「貴女達の指示に従うつもりはないわ」
静かに、しかし明確な拒絶を示し、その上で襲撃犯達に警告を発する。
「先生の無実を証明出来るかもしれないの。先生が沢山傷付いたのに、何も出来なくて歯痒い思いをしながら、漸く掴んだ糸口なの」
一歩、また一歩とヒナが前に進む。
「それを……こんな形で台無しにされて、私が黙ってるとでも?」
一歩ずつ、確実に前へと進む。その歩みはゆっくりではあるが、確実に襲撃犯達との距離を縮めていく。
「先生は私に言ったわ。私が積み上げてきた努力の全てが、私にとって誇らしいって……報われた気がした。面倒臭いと思いながら、それでも今まで頑張ってきた努力を褒められたから、私はその言葉に報われたし、私もそう思っていた」
『先生がこれまで積み上げてきた努力が、多くの生徒達を導き、道を切り開いてくれた先生が、彼に救われた一人の生徒として誇らしく、そして尊い』と。
脳裏に浮かぶは、涙ながらに先生の無実を訴えるソラの姿。
道は違えど、先生を守りたいという強い意思で対立したワカモの姿。
立場故に、先生を救う手立てがなかったカンナやマコト、ティーパーティーの姿。
洗脳され、先生を糾弾した小鳥遊 ホシノ、ヴェリタスやセミナーのメンバーの姿
そして……生徒達から糾弾され、肉体も精神も摩耗させながら、それでも私の事を心配してくれた先生の姿。
「……貴女達は穢した。先生が積み上げた努力の全てを。生徒達との絆を、身勝手な悪意で穢した」
ヒナの怒りに呼応するように、周囲の空気が一変する。それは、彼女の怒りを体現しているかのようでもあり、同時に彼女を中心にして、空間が歪んでいるかのようにすら感じた。
(な……なんだ、このプレッシャーは……これが……ゲヘナ最強格と謳われた空崎 ヒナの……こ、こんな……化け物……っ)
ヒナが一歩踏み出す。たったそれだけで、襲撃犯達は自身の生存本能からか、一歩後退った。
だが、それで見逃す程、今のヒナは甘くはない。頭上に浮かぶヘイローは光を増し、それに呼応するように、ヒナの瞳からは妖しい光が漏れ始めた。
「……先生は皆を許すわ。そういう人だもの。いくら罵詈雑言を浴びせられようと、いくら糾弾されようと彼は許す。それが彼の本質なのだから。でも、私は許さない。この悪意が……私の大切な人に牙を剥いた事だけは、絶対に、許す事は出来ない」
「ひ、ひぃっ!!」
淡々と、しかし怒気を孕んだヒナの口調と言葉に、襲撃犯達は恐怖する。
ヒナが一歩進む毎に、襲撃犯達もまた一歩後退る。それは最早無意識であり、本能的だった。
少しでも気を許せば、その瞬間に殺されるという確信があったからだ。
私達は過ちを犯した。だが、それに対する罰がこれ程までに苛烈なものだとは思わなかった。元々先生を陥れた時点で、この結末は必然だったのかも知れない。ヒナの怒りは正当なものであり、それを正面から受け止める結果となったのは、必然ですらあったのだ。
「だから……私は貴女達を許す事は出来ない。今の私は、加減する事も出来ない。それでも構わないと言うのなら……」
ヒナの言葉に重みが増し、そして、ヒナのヘイローが一際強く輝いた。
「かかってきなさい。相手をして上げるわ」
「「っ!!!!!!!!!!!!!!!!」」
その言葉に、襲撃犯達は膝から崩れ落ちた。
呼吸すらままならない。汗が止まらない。まるで、目の前に巨大な怪物がいるかのような錯覚に陥りながら、この場から逃げ出したいのに、身体がいうことをきかない。
「あ……あぁ……」
恐怖で言葉すらまともに発せない。だが、それでも分かる事はある。
自分達は手を出してはならない存在に手を出したのだと。
コツコツと足音が響き渡る。それはまるで死のカウントダウン。一歩、また一歩と、ヒナが襲撃犯達に歩み寄る。そして、足音が目の前まで響き渡り……。
リーダー格の横を通り過ぎた。
「ヒュー……ヒュー……ヒュー……」
恐怖のあまり、過呼吸を起こしていたリーダー格は、息をする事も忘れており、ヒナが横を通り過ぎた事すら気付かなかった。
「……自首しなさい。私は貴女達に構っている暇はないの」
その声と同時に、襲撃犯達の意識は闇へと落ちていった。