「ヒナ委員長、大変です!! 先生が殺人事件の重要参考人として逮捕されました!!」
アコからの報告に、私は言葉を失った。そして、次第にその意味を理解していくにつれて、血の気が引いていくのを感じた。
殺人事件?
先生が重要参考人?
逮捕された?
なんで?
「……どういう……事?」
震える声で尋ねる私に、アコは詳しい状況を説明する。
「昨晩、シャーレの近郊で殺人事件が発生したのですが、その事件の目撃者が現場から逃走する先生を目撃したと証言しているんです」
「目撃者? 先生が現場……え?」
「現在、ヴァルキューレの任意同行に応じて取り調べを受けています。ですが、状況的に先生はかなり不利な状態だと……」
「ま、待って……それは、昨日の話?」
「はい、そうです」
「昨日は、私が当番で先生の側にいたわ。私が帰る時も、駅まで見送って……」
「犯行時間は深夜です。ニュースでも、ヒナ委員長を先生が見送った時の映像を入手した上で、その後に犯行に及んだと、報道されています」
「そんな……でも……」
私は混乱していた。
先生が殺人?
そんなの信じられない。何かの間違いに決まっている。
先生は約束したのだ。私と、休みの日が重なった時に、一緒に過ごすと。そう約束したのだ。
思考が纏まらず、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。全身から汗が吹き出し、呼吸が荒くなる。
心臓の音が煩い。胸が締め付けられるような感覚に陥り、立っている事さえままならない。
このまま何も考えず、倒れてしまえば、どれだけ楽だろうか?
だが、今は現実逃避をしている余裕はない。私は混乱する思考を落ち着かせる為、大きく深呼吸をした。そしてアコに向き直ると、平静を装いながら口を開いた。
「……このニュースは既に各学園自治区にも放送されているのね?」
「はい、既に各学園に緊急連絡が届いています。連邦生徒会も今回の対応に追われています」
「そう……恐らく私も、昨晩の先生の状態について、ヴァルキューレ警察学校の関係者から問い詰められる可能性がある。暫く席を外す可能性もあるから、アコはそれに備えていてちょうだい」
「……はい、承知しました」
私はそれだけ言うと、アコに背を向けて歩き出した。そして執務室に到着すると、そのまま中に入りドアを閉める。
「……はぁ」
ドアに寄りかかりながら、大きく息を吐く。心臓の鼓動が早くなり、呼吸が荒くなるのを感じた。
「……先生」
私は呟くように、彼の名を口にする。先生は今、大変な状況にある。
謂れのない罪を着せられて、無実の罪で裁かれる可能性がある。
私はそれを黙って見ている事しか出来ないのだろうか?
いや、違う。
「私が……先生を助ける」
アコにも伝えた通り、今回の件でヴァルキューレから私に対しても取り調べを受ける可能性はあるだろう。
その時に、先生の無罪を主張するのだ。当番の当日、先生の事を見ていたが、不審な点は何もなかったと。
無論、それだけで法を動かせる程、単純な事ではない。だが、それでも出来る事は全てやるべきだ。
「…………っ」
ふと、携帯の端末に目がいってしまう。今頃はニュースで、先生に関する報道が流れている頃だろう。
端末に触れようとし、しかし、既の所で思い留まる。
アコの様子から見て、先生を糾弾するような内容も報道されているのだろう。もし、そのニュースを目にしてしまったら……きっと私は冷静ではいられない。
「……今は、我慢しないと」
自分に言い聞かせるように呟くと、私は端末から目を逸らし、仕事に着くのであった。
ーヴァルキューレ警察学校ー
「どういう事ですか!! 何故、先生が犯人であるかのような報道を!!」
1人の生徒が声を荒げる。
任意同行に応じた先生を連行したカンナである。
「き、局長、落ち着いて下さい」
「落ち着いていられるか!! それになんだあの放送は!! 何故、先生の情報が外部に漏れている!!」
先生に任意同行を命じたのが昼前の話だ。それが何故、その日の昼時には既にニュースで報道されているのか?
カンナは怒りを抑えきれずに、拳を握り締めた。内部の人間が情報をリークした。そうでなければ、この情報の速さは有り得ない。
暫くの間、電話越しに上司に苦言を申し立てるも、返ってきた返事は、カンナの期待するものではなかった。
情報が漏れていた件に関しては遺憾ではあるが、それが報道された以上、最早どうする事も出来ない。
淡々とそう告げられると、一方的に電話を切られた。
「くそっ!! 現場の事を何も考えずに……」
カンナは思わず悪態を吐くと、端末を机の上に叩き付けるように置いた。
そのまま暫くの間、怒りに震えていたが、気持ちを切り替える為に大きく深呼吸をする。
(くそ……一体何がどうなっているんだ……)
カンナは頭を搔き毟りながら、思考する。しかし、いくら考えても答えなど出る筈もなかった。
聴取を取りたくとも、先生と関わりのある生徒では正しい判断が出来ない可能性があると、先生を連行した後、今回の捜査から外され、代わりに部下が事情聴取を行っている。
しかし、その部下からの報告もまだ上がっていない。先生が今、どのような状況なのかすら分からない状態なのだ。
今回の事件で、先生に疑いがあると分かり、混乱を防ぐ為に少数の手勢でなるべく穏便に済ませる予定だったのに、身内の誰かが情報をリークしたせいで今やキヴォトス中が混乱の最中にある。
電話は鳴り止まず、各自地区では混乱に乗じて暴動すら起きている始末。このままでは、キヴォトス全体が大混乱に陥る。それだけは何としても避けなければならない。
カンナは深い溜息を吐くと、部下が用意したコーヒーを一気に飲み干し、気持ちを落ち着けた。
「はぁ、先ずはこの状況をどうにかしないとな」
カンナは覚悟を決めたように呟くと、昨日、先生と行動を共にしていたヒナにアポイントを取るよう指示を送りながら、暴動が起きている地区の救援要請に応じる為、部下達に連絡を取るのだった。
「いやぁ、大変な事になってるっすねぇ」
対応に追われる中、副局長であるコノカが、呑気にそんな事を言いながら執務室へと入ってきた。
「コノカ……お前な……」
カンナは呆れた様子で彼女を見るが、彼女は気にする様子もなく、そのまま近くの椅子に腰掛ける。
「いやぁ、まさか先生が殺人なんてねぇ」
「まだ決まった訳じゃない。状況証拠で疑いがあるというだけだ」
「でも、テレビでは先生が犯人だって報道されてるっすよ」
「……言葉には気を付けた方がいいぞ。私達ですら未だに混乱しているんだ。下手に刺激してみろ、キヴォトス中が大混乱になるぞ」
「それは嫌っすねぇ……でも、実際どうするんすか? 此処まで大々的に報道されれば、もう取り消しは無理っすよ。今は小規模な暴動ですんでるっすけど、これが本格的になれば……」
「分かっている……」
カンナはそう言って、机に置かれた資料に目を通していく。今回の騒動で、各学園自治区だけでなく連邦生徒会に対しても問い合わせが殺到しており、何処も対応に追われる状態だ。
1つずつ、問題を解決していくしかない。捜査のチームから外された身だ。動ける人材が動くしかない。
「取り敢えず、混乱が酷い地区に人員を回せ。それと、各学園の生徒会と連絡を取り合って情報の整理だ」
「了解っすけど、局長はニュースを見なくていいんすか?」
「見るに耐えん。そんな根も歯もないいい加減な情報や自称専門家の能書きなど、聞くだけ無駄だ」
「うわぁ、辛辣っすねぇ」
忌々しげに舌打ちを漏らし、私も現場に出るとコノカに伝えると、手早く準備を整え、現場に赴くのだった。
カンナの後ろ姿を見送るコノカ。
しかし、その表情は、何処か哀れみを浮かべていた。
「可哀想に。局長、先生の事慕ってたっすからねぇ。本当に……」
『なんであんな犯罪者を庇い立てするのか、理解に苦しむっす』