書類整理も終わり、執務室を出たヒナの足は、自然とシャーレへと向けられていた。
しかし、廊下をすれ違う者も、普段から利用していた駅の彼方此方で、先生の話題で溢れ返り、ヒナは居た堪れない気持ちになる。
割高になるが、タクシーを利用しよう。
そう思い、偶々通りかかったタクシーを呼び止め、乗り込んだ。
しかし、タクシーから流れるラジオからも、先生の話題で持ち切りだった。
「……ごめんなさい。ラジオを消して貰っても良いかしら?」
ヒナは運転手にそうお願いすると、運転手は気を利かせてくれたのか、ラジオを消してくれた。
暫しの間、車に揺られながら外の景色を眺めるも、歩道を歩く生徒や市民は、携帯の画面に釘付けとなっており、きっと先生の事だろうと推察する。
ネットニュースの記事でも、先生の記事がずらりと並んでおり、それを見たヒナは胸を痛めた。
(先生……)
先生は今、どうしているだろうか?
先生に会いたい。そして、先生の無実を証明したい。でも、今の私に何が出来るだろうか?
「お客さん。着きましたよ」
運転手の言葉に我に帰ると、既にシャーレの前まで到着していたようだ。ヒナは代金を支払いタクシーから降りると、そのままシャーレの建物の中へと入っていく。
そういえば、1Fにはコンビニもあった筈。店員の子から、先生に関する情報が何か得られないだろうか?
そんな事を思いながら、ヒナはシャーレの内にあるコンビニへと足を踏み入れた。
「い、いらっしゃいませー」
店内に入ると、店員のソラが挨拶を返してくる。しかし、その反応は何処かぎこちないものだった。
彼女からすれば、自分が働いていたコンビニの直ぐ近くで殺人事件が起こった事や、その重要参考人としてシャーレの先生がヴァルキューレに任意同行されたばかりだ。不安にかられるのも仕方がないだろう。
雑誌類のコーナーには早くも先生の事が書かれた新聞記事や雑誌が並べられている。
「っ……」
思わず目を背けたくなる衝動に駆られるも、それを堪えて、ヒナはソラに昨晩の事を尋ねた。
「ねぇ、昨日は何時まで此処で仕事をしていたの? 良かったら聞かせてくれるかしら?」
「え、あ、はい。昨日……というより、昨日の夜からずっと此処で働いていました」
「本当っ!! それじゃあ、先生は……」
「は、はい。ヴァルキューレの人達にもお話ししましたけど、先生が外に出る所は見ていません……ですが」
「……何かあったの?」
ヒナが尋ねると、ソラは言い難そうに答えた。
「その事を話したら、ヴァルキューレの人達に問い詰められて、ずっと外を見ていたのかとか、在庫管理の為に裏に行ってなかったかとか、人が亡くなっているんだぞ。貴女の曖昧な発言で犯人が無罪になっても良いのかって……その……まるで先生が犯人だと決めつけてるような言い方だったんです」
「そう……」
ヒナは悔しそうに唇を嚙む。ヴァルキューレも、犯人逮捕を最優先とした結果、過剰に反応してしまったのだろう。
しかし、それで先生を犯人扱いし、逮捕したというのは頂けない。
「大変だったわね。ごめんね、変な事を聞いちゃって」
「いえ、あの……私も先生にはお世話になってましたし、あんな一方的に決めつける人達よりも、先生の事を信じます」
「そう、ありがとう。所で、多分だけど、監視カメラの映像とかも……」
「データは全部持っていかれました。多分、この周囲全ての監視カメラのデータは回収されていると思います」
「……そう」
ヒナは携帯を取り出し、キヴォトスの地図アプリを起動すると、カメラが設置されている位置を幾つかピックアップして行く。
もしかしたら、回収されていないカメラが残っているかもしれない。そこから先生が無罪となる情報を入手する事が出来れば、何かしらの進展があるかもしれない。その僅かな希望に賭けるしかなかった。
「ありがとう、助かったわ」
「いえ……あの……」
「?」
「先生を、お願いします」
ソラはそう言うと、深々と頭を下げた。
ヒナはそんなソラの肩に手を置くと、安心させるように微笑む。
「任せて。先生が冤罪なのは、私が証明するわ」
「は、はい……宜しくお願いします」
ソラと別れた後、ヒナはシャーレから犯行現場までの道のりを辿るべく歩き出す。
運良く回収漏れのある監視カメラの映像データがある事を願って。
「空崎 ヒナを確認しました」
『確認した。うまくやれよ』
「了解。これより、接触します」