神秘「ギルガメッシュ」   作:聖杯くん

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序章 揺らめく未来の分岐点
決戦ヒエロニムス


 

 

 ――エデン条約を巡る戦いが、今まさに決着の時を迎えようとしていた。

 

 ゲヘナ学園とトリニティ総合学園。

 敵対し続けた両学園が、互いに手を取り合うための相互不可侵条約。

 そして、その記念すべき調印式の日に、悲劇を起こしたのが彼女たち。

 

「逃げようよ。この場から、アリウスから。

 いつの間にか植え付けられていた、私たちのものじゃないはずの憎しみから」

 

「逃げるだなんて、そんな……」

 

 壊れた仮面をかぶった少女の願いに、もう1人の少女の苦しげな声が漏れる。

 アリウス分校の特殊部隊、アリウススクワッドの秤アツコ。

 同じくアリウススクワッドで、さらにリーダーを務める錠前サオリ。

 

 彼女たちこそ、自らが所属する学び舎であるアリウス分校を弾圧し、スラム街と同然の地獄へと追い込んだ両校へ、復讐のためにテロを実行した主犯格。

 

「…………」

 

 そんな2人のやりとりを、私はただ見守ることしかできなかった。

 沈黙が場を支配する中、ふと、私の服の裾が小さな力で引っ張られる。

 

「……アズサ?」

 

「……先生。これから、みんなは」

 

 引っ張られた方に目を向けると、ボロボロの体でここまで戦い続けてくれた純白の少女、白洲アズサが暗い顔でこちらを見上げていた。

 今はトリニティに籍を置く彼女だが、その立場は極めて複雑で。

 彼女は、アリウスからトリニティに密偵として送られながら、テロを止めるためにアリウスを裏切った二重スパイ。

 

 それでもアズサは、裏切ったかつての仲間である2人を心配していた。

 今は明確な敵対関係だが、同じ時を長く過ごした彼女たちに向ける気持ちは、決して憎しみのような激情などではなかった。

 

 きっとアズサは、裏切ってでも止めたかっただけなのだ。

 大切な人たちが、その手を血で汚してしまわないように。

 

「……大丈夫だよ、アズサ」

 

 アズサの、見ていてあまりにも辛くなってしまう表情に、私は思わず、そんな言葉を口にしていた。

 それと同時に、その言葉の空虚さに、唇を強く噛みしめる。

 

 

 

 ――キヴォトスに来てから、シャーレの先生として、生徒のために何度か戦ったことがある。

 

 

 

 廃校寸前だったアビドス高等学校の問題には、明確な悪意(大人の陰謀)があった。

 だから、大人たちと戦った。

 生じた被害を、ただ許さないと断じて解決できた。

 

 補習授業部の皆を追い詰めたナギサ(生徒)には、平和のための大義があった。

 だから、ナギサとわかり合えた。

 生じた被害を、当事者同士の話し合いで解決できた。

 

 

 

 だけど、アリウスは違う。

 

 

 

 アリウスに所属する彼女たちも、ナギサと同じで、先生として守るべき生徒の1人だ。

 テロに及んだのも、元をたどればかつてのトリニティに迫害されたからで、生まれる場所さえ異なれば、彼女たちもテロを起こさず平和に暮らせたはずだ。

 しかし、きっと世界(キヴォトス)がそれを許さない。

 

 アリウスの子たちも守るべき生徒だと言い張るには、既に甚大すぎるほどの被害が出てしまっている。

 直接被害を受けた、ゲヘナとトリニティはもちろんのこと。

 その力と憎悪を、キヴォトス中の人々が危険視するだろう。

 

 明確な、排除すべき敵として。

 

 そんな彼女たちを守る大義が、私にはない。

 私の守るべき多くの生徒たちの気持ちが(キヴォトスの正義が)、それを認めない。

 

 だから、私にはどうしようもない。

 アリウスは私にとって初めての、『救うことのできない生徒』だった。

 

「……先生。やっぱり、みんなのことは」

 

 今にも泣きだしそうな顔をしているアズサを、暗闇を彷徨うアリウスの子どもたちを。

 その全てを救ってあげられる夢のような方法は、私の手の中にありはしなかった。

 

「……ううん、大丈夫だよ。先生に任せて」

 

 自覚しながら、真っ赤な嘘を口にする。

 それでも、どうにか悲しむ生徒(アズサ)の力になりたい。

 それでも、どうにか苦しむ生徒(アリウス)の力になりたい。

 

 

 そして、私の願いに横槍を刺すかのように、()()()()は現れた。

 

 

 

「――嗚呼、その願いは素晴らしいとも」

 

「……!? 誰?」

 

 どこからかギシギシと、木の軋むような音が連続する。

 唸るような、低い男の声と共に。

 

「初めまして、先生。そなたと直接言葉を交わせるこの日を、心待ちにしていたとも」

 

 古聖堂の祭壇の奥から現れた存在は、人と呼ぶにはあまりにも歪な形をしていた。

 

 第一印象は、タキシード姿の、背が高く線の細い大人の男。

 しかし、その頭部には本来あるべきものが存在しない。

 代わりに添えられたのは、木彫りのマネキン人形の頭部が2つ。

 大きな目と、歯がむき出しになった口の文様が、子どもの落書きのように書きなぐられている。

 

 たった1つの、されど決定的な普通の人間との違いが、その男の恐ろしさを強調していた。

 

 本物の口なんてないはずなのに、マエストロの声が聞こえてくる。

 その声は男の素性と、その悪意を語り始めた。

 

「私は、ゲマトリアのマエストロ。芸術を以て「崇高」へと臨む者」

 

「ゲマトリア……!!」

 

 ここでも聞くとは思っていなかった組織の名前に、私は胸ポケットの()()()をいつでも取り出せるように手を伸ばす。

 

 かつて、私はその組織に所属する人間と敵対した。

 その男は、アビドスという学園を取り巻く壊滅的な環境を利用して、そこに通う生徒たちを追い詰めた悪い大人の1人。

 誰よりも強い力を持ったとある生徒を、自らの研究のための実験材料にするために。

 

 そいつと同じ組織に属していると表明した男に対して、私は警戒心をむき出しにして。

 対してマエストロは心なしか、悲し気な雰囲気と共に対峙する。

 

 沈黙という名の緊張状態が続く中、最初に言葉を発したのは意外な人物だった。

 

「人形、お前はなぜ今現れ――」

 

「――黙れ。ベアトリーチェの奴隷ども。

 この舞台は、知性と品格、そして礼儀を知る者のみが立つことを許される」

 

 サオリに投げかけられた言葉には、マエストロの怒りが込められているように感じられた。

 そして、2人のやりとりは、決して初対面で行われるものではない。

 そこから想像されるのは、ある1つの仮説。

 

「まさか、この騒動もお前たち(ゲマトリア)が裏で手を引いていたのか……!!」

 

「先生。その質問は、この場において何一つとして意義を持たない。

 今宵この舞台は、私たち2人だけのもの。

 決して、生徒も彼女(ベアトリーチェ)も壇上に立つことはないのだから」

 

 それがマエストロなりの、質問に答える気はないという返事だと理解する。

 今も警戒を解かない私に何を思ったか、マエストロはその場で一礼をした。

 

「話を戻そう、先生。恐縮ながら、調印式でのご活躍を拝見させていただき……そしてついに確信に至ったのだ」

 

 ギシギシと、マエストロが体を動かすたび、軋む音が古聖堂に鳴り響く。

 その音は決して大きくないはずなのに、まるでマエストロこそが、この場の主役であると宣言するかのようにはっきりと聞こえてくる。

 

「”大人”としての知性と品格、”先生”としての礼儀と信念。

 そして”あなた自身”が培ってきた経験と知恵」

 

 それらは、先程マエストロがサオリに語った資格。

 詳細は知りたくもないが、マエストロが求める何かの基準。

 

「それらを携えているそなたならば……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!」

 

 その叫びには、心の底からの歓喜が込められていた。

 こちらは全く嬉しくないが、探し求めていた誰かをようやく見つけた事への興奮を、真正面からぶつけられる。

 

 全身で感情を表現する役者のように、マエストロは天を見上げ、視線の先に両椀を突き上げる。

 直後、呼応するように()()は出現した。

 

 

「!? これは……!?」

 

 

 古聖堂が大きく振動すると同時に、銃を構えなおしたアズサが臨戦態勢に入る。

 あまりにも強大な存在が、今まさに現れようとしていることを、戦場での感覚なって持ち合わせていない私でも、全身でヒシヒシと感じる。

 

 マエストロの背後――祭壇中央から起き上がるようにそれが現れた。

 

 赤いローブを身に纏った顔のない巨人。

 頭上には、天使のそれを連想させる光輪。

 背には黄金の装飾と、半分ほどは地面についた巨大なマント。

 2対4本の腕は、片方が何かに祈る様に組まれ、片方が杖上の武器を掴む。

 

「……まさか。あの「教義」が、完成した……?」

 

 アツコが呟いた言葉を、きっとマエストロは聞いていなかっただろう。

 されど、その呟きを肯定するかのように言葉を続ける。

 

「紹介しよう。こちらが、聖徒の交わり(Communio Sanctorum)を率いる、受肉せし教義。

 その太古の教義に関わる名を借りて、私たちは『ヒエロニムス』と呼んでいる」

 

「「「―――――――!!!!!!!!!!」」」

 

「先生!! これはマズい、ここから逃げないと――!!」 

 

 強い力に引っ張られて隣を見れば、戦闘面ではかなりの強さを誇るはずのアズサが、即座に私を連れて逃げ出す判断を下していた。

 少し遠くでは、比較的無傷なアツコがサオリの肩を支える形で逃走を図っている。

 歴戦の彼女らが、そろいもそろって逃走を選択するということは、ヒエロニムスと呼ばれた怪物の力は私の予測以上に違いないと、心の中で評価を修正する。

 

 相手が誰も敵わない存在である以上、取るべき選択肢は間違いなく逃走。

 それがましてや、彼女たち生徒と違い、銃弾一発で命を落としかねない私ならなおさらだ。

 

「アズサ、()()()()()()()()()()

 

 けれど、ヒエロニムスが現れた時点で――さらに言うのなら、マエストロがゲマトリア所属だと明かした時点で、私は()()()を使うことを決めていた。

 

「……覚悟しろ、マエストロ」

 

「おお、おおおおっ……!

 そうか、あれが例の「カード」……!」

 

「先生、それは……!?」

 

 宣戦布告と同時に、ポケットから取り出したのは黒色のカード。

 一見ただのクレジットカードに見えるこれこそが、”先生”たる私が持つ唯一の切り札。

 奇跡を起こし、不条理な結末を覆す力。

 

「本当は出さないで終わりたかったけど……」

 

 その理由は、主に2つ。

 1つ目は、この力を使うのが初めてであり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、もう1つは。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()……その根源も限界も、私たちですら理解できない不可解なもの……!」

 

「嗚呼、ゴルゴンダならあれをどう呼称しただろう……。

 何か高次的な表現を教えてくれたのであろうか……!」

 

 力の起動に応じて、カードがまばゆい光を放つ。

 私や、隣で私を守ろうとしてくれているアズサが目を細める中、マエストロは一切表情を変えることなく、この世の春と言わんばかりに胸の内を叫び続ける。

 

「見せてくれたまえ、先生。そなたが払ってきた代価を……!

 そうして手に入れたものの輝きを……!!」

 

「私の作品に、全力で応えてくれたまえ!!!!」

 

 刹那(せつな)、カードの光が()()()()()()、ヒエロニムスに負けないほどの力の波動と共に、何も見えなくなるほどの強い光が世界を満たす。

 

 

 ――そして、”奇跡”が顕れた。

 

 

 

 「…………なるほど。次元干渉を利用した時間遡行か。

  ()()ほどではないが、随分と出鱈目な力に呼び寄せられたらしい」

 

 

 

 奇跡は、私の知らない生徒の形をしていた。

 

 黄金の鎧に身を包み、黄金の長く美しい髪を(なび)かせ、頭上に鎖を模した黄金のヘイローを浮かばせて。

 ヘイローがある以上、彼女が私の守るべき生徒の1人であることは間違いない。

 しかし、先述の通り私は彼女を、直接はおろか資料越しにでさえ、間違いなく一度も見たことがなかった。

 ”黄金”以上に相応しい表現を持たぬ少女は、ヒエロニムスすら霞むほどの、きっと一度見たら間違いなく忘れられないくらいの、圧倒的な存在感を放っていたのだから。

 

「「「―――――――!!!!!!!!!!」」」

 

「……ほう?」

 

「!? 君、危ない!!」

 

 そんな彼女を危険だと感じたのか、ヒエロムニスの行動はあまりにも迅速だった。

 右の紅い杖を地面にたたきつけ、一刻も早く排除せんと襲い掛かる――!!

 

「――遅いわ、たわけ」

 

 しかし、黄金の少女がまともに攻撃を受ける姿を幻視した私の目には、全くもって真逆の未来が映っていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、杖を持つ手を的確に狙った狙撃により攻撃は中断され、さらに不可思議な現実が後に続く。

 

「あれは、鎖……?」

 

 どこからともなく四方八方から出現した鎖が、巨大なヒエロムニスの全身を縛り上げる。

 拘束を無理矢理外そうと足掻きだすが、鎖同士のジャリジャリと擦れる音が鳴り続けるだけで中々抜け出せそうにない。

 

 一連の流れに呆然とするしかなかった私を、現実に引き戻したのはこちらに近づく靴音の存在。

 音の発生源。こちらへと歩みを進める黄金の少女は、互いの顔がはっきりと見える距離まで近づくと、私を見定めるように見つめていた。

 

 前に立って盾になろうとしてくれたアズサを制して、少女と正面から向き合うために、今度はこちらから一歩前に出る。

 

その行動に、黄金の少女は僅かばかり目を見開いた。

 

「なぜ前に立った? 貴様は見たところ、ヘイローを持たぬ「大人」であろう?

 キヴォトスの生徒とは違い、銃弾1つで命を落とすのなら、そこの生徒に守られている方がよっぽど安全ではないか」

 

「私はこの子たちの先生だからね。

 大人として、責任を取らないといけないときもある」

 

「ほう。それが何故、(ワタシ)の前に立つ理由になる?」

 

「私はヒエロニムスを倒し、大人の悪意から生徒たちを守るために、君をここに呼んだ。

 君が誰で、どんな生徒なのかはわからないけど、だからこそ君と向き合わなきゃいけない」

 

 まるでこちらを試すかのような発言に、私は大人としての意思を胸に、真正面から対峙する。

 

 そして、さらに1歩前に。

 右手を前に差し出して、普段と何も変わらない、生徒たちと接する態度で。

 

「初めまして、私はシャーレの先生です。良かったら、君の名前を教えてくれないかな」

 

 その言葉に、黄金の少女はピタリと固まった。

 まるで、信じられないものを見る目で、私と差し出された右手を交互に見つめている。

 

「――それは、握手を求めているのか?」

 

「うん。思いがけない初めましてだけど、大切な生徒とは仲良くなりたいなって」

 

「この(ワタシ)を、王としてではなく、あくまで生徒として接するだと――?」

 

 言われてみて、確かに王様みたいな子だと思ったが、それでも私の認識は変わらない。

 どんな力を持ち得ようと、出会いがカードの奇跡によるものであったとしても。

 ただ1つ、先生として生徒を守るために切り札を使った結果、結局生徒の力に頼ることになっていることだけ、酷く心苦しいけれど。

 

「――フ、ハハ、フハハハハハ!!!!」

 

 果たして、何がおかしかったのか。

 天を見上げ、顔を右手で覆い、黄金の少女は高らかに笑い出す。

 

「貴様、その無知蒙昧さをもって、(ワタシ)を笑い殺す気か?

 ――だが許す。ここまで(ワタシ)を笑わせた褒美に、王の名を拝聴するがいい」

 

 まるで、自らこそが世界の中心だと言わんばかりに尊大さ。

 しかし、それこそが当然だと世界に納得させるような強大さ。

 

 大人のカードという奇跡が呼びこんだ、生徒でありながら絶対的な存在として君臨する少女。

 流星のように現れた彼女のことを、私は何も知り得ない。

 

 しかし、それでも1つ確かに言えることがあるのなら。

 

 

 

(ワタシ)の名はギルガメッシュ。貴様の蛮勇に免じて、此度は王の力を貸してやろう」

 

 

 

 この瞬間こそ、より大きな何かへと繋がる始発点だという確信が、私の胸中に渦巻いていた。

 

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