小さな恋のミステリー:天然探偵と真面目助手が恋の謎を解き明かす話 作:maricaみかん
「すみませーん、探偵さんはいらっしゃいますかー?」
チャイムの音と共に、高く響く声が届く。小さなビルの一階部分、その玄関口に、学生服を着た少女が居た。年の頃は高校生あたりで、明るい印象を持っている。夕日が差し込む中、その光に映えるような輝きを持っている。
ドタバタとした足音が起こり、扉が開く。そこには、スーツをぴしりと着こなした、長い髪を後ろにまとめている女性が居た。
彼女は少女を見て微笑み、ゆっくりと話し始める。身長差を合わせるために、少しかがんで目線を合わせながら。
「ようこそ、宗心探偵事務所へ。まずは、部屋に入ってください」
少し低く、落ち着いた声が広がる。女性は左手で扉を開いたまま、右手で部屋を指し示す。少女はペコリとお辞儀をし、早足で玄関に入る。
「あなたが、探偵さんですか?」
「いえ。私は助手です。
「でしたら、探偵さんは部屋の中で待っているんですか?」
「はい。少し待たせてしまうかもしれませんが、お許しを」
少女は玄関から靴を脱ぎ、あかりに連れられてまっすぐに歩いていく。その先の扉の前で、あかりは手を出して制止した。
「では、探偵を呼んで参りますね。ときこさーん、依頼人の方がやって来ましたよー!」
ガラス付きの扉からは、大きな机とソファが覗く。その奥から、人影が近づいてくる。ゆっくりとした足音が届き、最後にはノブが回されて扉が開く。それと同時に、果物のような甘い匂いが届いた。
「ふわぁ……。お客さんですかっ。今回は、どんなご依頼でしょう」
呼び声に答えてやって来たのは、ワンピースを着た女。輝く白い髪を短く切りそろえた、ふわふわした雰囲気を持っていた。彼女は、目をこすりながら来客を見つめる。少し見上げた様子で、首を傾げながら。
少し鼻にかかったかのような声で、緩やかに話している。ニコニコしながら、依頼人と目を合わせていた。
依頼人の少女は、探偵を見て目を輝かせてるように見えた。あかりから見ても目を引きつける存在であったので、驚くこともない。
「わーっ、探偵さん、お人形さんみたいですね! あかりさんも、すっごく凛としてます!」
先程までとは打って変わって、両手を胸の前で合わせて、興奮した様子で話していく依頼人。その姿を見て、あかりは笑みを隠せなかった。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「ああ、お人形さんみたいって、可愛いって意味なんですね。ありがとうございますっ」
あかりの返答に少し遅れて、探偵が返事を返す。あかりは、呆れたまま依頼人に向けて話し始めた。
「こんな感じで、ちょっと変わっていますけど。だからこそ、人には分からない謎も解けるんですよ」
「なら、期待していますね! きっと、彼の本心を教えてくれるって!」
依頼人は、期待を込めたような瞳で探偵を見つめている。ただ、あかりから見て、少し陰もあるように判断できた。その様子を確認して、あかりは柔らかい笑みを浮かべながら話し始めた。
「なら、ときこさんが適任ですね。お願いします」
「依頼を受けたいということですねっ。私は、この事務所の主、
「はい。私は、
ソファに座った愛花は、不安を隠せない様子で話し始める。目を伏せていることもあり、あかりは愛花が深刻な問題を抱えているのだろうと判断した。メモを取り出し、話を聞く姿勢に入る。
「もちろんですっ。正確な情報こそが、謎解きの基本なんですからね」
「そうですね。ゆっくりと話してください。無理に感情を隠す必要はありませんよ」
ときこは直球で話しかけ、あかりは依頼人を落ち着かせようと考え、穏やかに話す。まっすぐに瞳を見つめながら。その様子を見て、愛花は安心した様子で続けていく。
「私には、恋人がいるんです。それで、彼と一緒に神社に行ったんですけど。一緒に絵馬を書いたはずなのに、飾られた絵馬には、何の願いも書かれていなかったんです」
うつむきながら、愛花は語る。涙がこぼれそうにもなっている。膝の上で拳が握られ、声も沈んでおり、あかりには、まるで失恋したばかりのような顔に見えていた。
それもあり、あかりは愛花の手を握る。あかりの方を見た愛花に、できるだけ穏やかな顔を見せた。
「きっと大丈夫です。ときこさんなら、あなたの恋人が何を考えているのか、見つけてくれますよ」
「まだ、情報が足りないですけどっ。これから、聞かせてくれるんですよね?」
「はい、もちろんです。私と彼、
「幼馴染と言えば、単純接触効果が思いつきますねっ」
愛花は、ときこの言葉に目をぱちくりさせていた。あかりは、急な話の転換に驚いているのだろうと判断する。ただ、愛花はすぐに落ち着いた様子で話を続けていく。
「単純接触効果って、なんですか?」
「簡単に言えば、接した時間が長いほど好きになるんだそうですっ。なら、どうして私はあかりちゃんに恋をしていないんでしょう?」
「それなら、家族全員に恋することになりますよ……」
呆れを隠せないまま、あかりはときこの言葉にツッコミをいれる。その様子を見た愛花は、少しだけ笑顔を見せていた。それに効果を感じたあかりは、ときこを制止しないことを決めた。愛花の心が上向きになることを期待して。
「確かにそうですねっ。なら、私があなたに恋をしていないのも自然なんですねっ」
「そうですね。普通は、そうなんだと思います」
あかりは、わずかな寂しさを覚えながらときこを見ていた。ほんの少し、拳を握りながら。
「ときこさん、天然なんですね。なんとなく、天才なのかもって思います」
「そう思われることは、多いみたいですね。ずっと一緒に居ますけど、まだ分からないこともあります」
ときこの方を、感慨深く見つめるあかり。愛花は、クスクスと笑っていた。
「長い付き合いだけでは、好きにならないんですねっ」
「好きになることも、ありますけどね。そういえば、ときこさんは神社やお寺には行きたがりませんでしたよね。よく面倒だと言っていました」
「だって、祈って問題が解決するのなら、人類の問題なんて、ほとんど解決していますからっ」
「あはは、おふたりとも、仲がいいんですね。まるで、私と彼みたいです」
あかりは、愛花の言葉に確かな希望を感じた。仲が良いと認識しているのなら、まだ別れるような段階には達していないのだろう。それならば、関係が壊れる引き金を引くことはない。
その確信を得たあかりは、愛花に対して話を続けることに決めた。作り物ではない笑顔を浮かべている自分を自覚しながら。
「なら、ちゃんと原因を知りたいですよね。もう少し、話していただけますか?」
「もちろんです。彼と私は、仲良くやっているはずなんです。だから、余計に気になって……」
「絵馬に何も書かないということは、願いが無い可能性が高いですからね」
「そうなんです……。私は、もっと仲良くしたいのにな……。私のこと、嫌いになっちゃったのかな……」
再び、愛花はうつむきだす。スカートの端が握られ、シワになっていく。おそらくは、別れる未来を想像しているのだろう。そう判断したあかりは、ゆっくりと穏やかな声を意識して話していく。
「大丈夫です。今だって、普通に話ができているんですよね。嫌いな相手なら、無視したり、態度が悪くなったりするはずです」
「でも、不安で……もし別れるなんてことになったら、私……」
愛花は目に涙を溜める。だんだんか細い声になり、あかりは強い不安を見て取っていた。だからこそ、愛花の手を自らの胸のあたりに持っていき、両手で包みこんだ。少しでも、人のぬくもりを感じられるように。
「そうならないように、私達が居るんです」
「まずは、答えを見つけてみますねっ」
あかりは穏やかに話し、ときこは明るく話す。愛花は涙をぬぐい、前を向いた。
「うん、そうですよね。そう信じたいです。探偵さん、お願いします。どうして彼が絵馬に何も書かなかったのか、教えて下さい」
「はいっ。この謎に込められた想い、解き明かしてみせますっ!」
まっすぐな瞳でときこは語り、愛花は期待を隠しきれない瞳をときこに向けていた。
次の日、ときことあかりは愛花の通う学校に向かう。事前にあかりが学校に連絡しており、授業の邪魔をしない範囲であれば生徒や教師に確認を取っていいとの許可を得ていた。
ここ縁近高校は、宗心探偵事務所のある縁近市の公立高校だ。近所に住む学生達は、特に理由がなければここを選ぶ。良くも悪くも平均的と言える場所だった。
また、今後も地元で生活を考えている生徒が多い。唯一の特徴は、文化祭で地域の信仰について発表するのが恒例になっていることくらいだろう。同時に、ときことあかりの母校でもあった。
始業前にもかかわらず、校門あたりは賑わっている。その中で、あかりは目についた生徒に質問をしていく。
「すみません、宗心探偵事務所のものです。近藤剛さんは知り合いですか?」
「探偵ってやつ? 初めて見たかも。あいつなら、最近は彼女の自慢をしてばっかだな」
あかりの方を、男子生徒は興味深そうに見ていた。それから、羨ましそうな様子で話していく。
「私が、探偵ですよっ。彼女は、助手ですね」
ときこは、胸を張って男子生徒の前に立つ。自信が見えるような姿に、男子生徒も感心している様子だった。
「へーっ。まさに本物って感じだな。俺も彼女を自慢してーなー」
「自慢ですかっ。彼女の自慢とテストの自慢、どっちの方が嬉しいんでしょうねっ」
「それを比べたら、台無しですよ……。素敵な彼女は、一緒にいるだけで幸せなんです」
ときこは笑顔で問いかけ、あかりは、胸に手を当てながら語る。男子生徒は、悔しそうな表情であかりに話しだす。
「一緒にいるだけで幸せって、俺も感じてみてえよ。あいつら、幼馴染なんだろ? 俺にも、幼馴染が居たらな。付き合えたのかもしれねえのに」
「幼馴染がいっぱい居たら、モテモテになるんでしょうかっ」
「男女複数が幼馴染なら、修羅場一直線ですよ……」
頭を抱えながら、あかりはツッコミを入れる。その言葉に対し、ときこは感心した様子でうなづく。男子生徒は、わずかにときこを睨んだ。
「現実を思い出させないでくれよ……。分かってるよ。幼馴染が必ず彼女になるわけじゃない事くらい」
「そうですねっ。でも、これから彼女ができる可能性だって、あるはずですよ」
「確かにな。俺も、誰かにアプローチしてみるか。いい人が居ないか、調べてくれないか?」
「私は、恋愛の心専門ですのでっ。人物調査なら、暁探偵事務所はどうでしょうか」
「そうなんだな。なら、調べてみるよ。じゃあ、もう行くな」
男子生徒は、手を大きくあげて去っていく。ときこは顔の横で小さく手を振り、あかりは一礼した。
「つまり、剛さんは愛花さんを大事にしていた可能性が高いですね。そうじゃなきゃ、自慢なんてしないでしょうから」
「そうですねっ。でも、まだ答えには遠いでしょうねっ」
それからは、早足で歩く生徒が多くなったため、あかり達はいったん調査を停止した。ホームルームを終えるのを待ち、職員室に向かう。そこで、壮年の男に問いかけていく。剛と愛花の担任だ。
「おはようございます、先生。近藤剛さんの話を、お聞きして良いですか?」
「もちろんです。といっても、話せることは多くありませんが。ぶっきらぼうなところはありますが、良い子ですよ」
あかりは、担任の言葉に確かな信頼を感じていた。声にゆらぎはなく、落ち着いた調子は崩れていない。また、笑顔のままであったからだ。
つまり、剛が悪意を持って絵馬を空白にした可能性は低い。そう判断していた。
「ぶっきらぼうだけど良い子って、ツンデレみたいなものでしょうかっ」
「そんな単純なものでは……。年頃と思えば、納得できる話ではありますが」
「実際、高校生としては一般的なラインかと。多少言葉にトゲはありますが、可愛いものです」
「なるほど。彼女である愛花さんとの関係は、どう見えますか?」
担任は少し考え込み、感慨深そうに話し始める。
「若いというのは、ああいう事を言うのでしょうね。恋にのめり込んでいる様子ですよ」
「恋愛に集中していると、相手以外見えなくなるって言いますよねっ。信号に引っかかったりしないのでしょうかっ」
「そういう意味では……。いや、部分的には合っているのでしょうか」
首を傾げながら言うときこを見て、担任はくつくつと喉を鳴らす。その穏やかな表情は、あかりには何かを懐かしんでいるように見えた。
「探偵さんは、どうにも恋愛が苦手なご様子。あるいは、だからこそ客観的に見られるのでしょうか」
「そうですね。ときこさんは優秀な探偵ですよ」
「恋愛専門なんですよっ。とても興味があるのでっ」
「なるほど。それは、いい経験になるでしょうね。応援していますよ」
担任はその言葉を最後に、パソコンへと視線を向けた。そのままキーボードを打ち込み始める。ときこはそのまま去ろうとし、あかりに肘を突かれた。
「ありがとうございましたっ」
「お邪魔して、申し訳ありません。ご協力、感謝します」
ときこは軽く、あかりは深く礼をして、職員室から去っていく。
「教師から見ても恋愛にのめり込んでいるのなら、やはり嫌いになった可能性は低くなりましたね」
「とはいえ、それだけですっ。大きな情報とは、言えないかもしれませんねっ」
それから昼休み、今度は本命である剛のもとへ向かった。
「すみません、宗心探偵事務所のものです。近藤剛さんですね?」
剛はあかりを一目みて、明らかに面倒くさいという顔をする。それを気にした様子もなく、ときこは話していく。
「どうして、絵馬に何も書かなかったんですかっ」
その言葉に、顔をしかめる剛。あかりはため息を付きたい気分をこらえながら、話を代わろうとする。だが、その前に剛が話し始めた。
「それが、あんた達にどう関係があるって言うんだよ。他人に言うことじゃないだろ」
「私達は、依頼を受けまして。愛花さんは、嫌われたのではないかと不安がっていました」
剛は一瞬目を伏せ、それから語気を強めた様子で話し始める。
「愛花が……。いや、それでも関係ないだろ。書きたい望みなんてない。それだけだ。嫌いになったわけじゃない」
「もう何も欲しくないって、恋人もでしょうかっ」
「そもそも恋人はひとりで十分ですよ……。それに、どうしてこの場で……」
「当たり前だろ。俺には愛花がいるんだ。他の恋人なんて、欲しがるわけ無いだろ」
機嫌を損ねた様子で、剛は語る。あかりは嘆きたい気持ちでいっぱいだったが、努めて明るい様子で話していく。
「なら、愛花さんには今の言葉を伝えておきますね。彼女の不安も、少しは消えるでしょうから」
「そうだな。それは頼む。俺から言っても、信じづらいだろうしな」
少しバツの悪そうな様子で剛はこぼす。あかりには、愛花に対する心配と、座りの悪さを覚えているように見えた。
それから、ときこは鼻歌交じりに、あかりはしかめっ面で去っていく。
「ときこさん。とりあえず、愛花さんに中間報告をしましょうか。少しは安心してもらえるはずです」
「なら、ついでにもう少し情報を聞きたいですねっ。神社でどんな様子だったかとか」
「もう、遊びじゃないんですよ。でも、必要なことかもしれませんね」
結局、絵馬が空白だった理由は明らかになっていない。あかりにとっては、気がかりな事実だった。問題などない可能性の方が高いが、それでも不都合な真実が隠れている可能性もある。確信にたどり着くのは、ふたりの今後にとっても重要だろう。そう直感していた。
そして放課後、ふたりは愛花の下へと向かい、経過の報告をする。空き教室を使って、3人だけとなって。
愛花は不安を隠しきれない様子で、ときこに問いかける。
「ときこさん、何か分かりましたか?」
「答えまでは、まだ分かりませんねっ」
「もう、ときこさん。愛花さん、安心してください。私が見る限り、あなたは大切にされているはずです」
「彼は、どんなことを言っていたんですか?」
覚悟を決めたようなまっすぐな目で、愛花は聞く。
あかりは、少し剛に不満を感じていた。ここまで愛されているのに、どうして不安にさせるのだろうかと。ただ、怒りを表に出すことは正しくないと判断した。少なくとも、愛花の気持ちを無視できない。
彼女が剛を大切に思うのなら、あかりが行うべきことは、剛を責めることではなく、関係性を改善させることだからだ。
そのために、しっかりと剛の意思を伝える決意を込めて、あかりは話していく。
「彼は、愛花さん以外の彼女は必要ないと言っていました。少なくとも、嫌いな人への反応ではありません」
「そっか……。良かった……。でも、どうして絵馬に何も書かなかったんでしょうね」
あかりにとっても、疑問となる部分だった。おそらくは、ときこにも。大きな問題は解決したが、最大の謎は残されたままだ。
「私に任せてくださいっ。その答え、見つけてみせますよっ」
ときこは愛花を指さしながら、堂々と宣言した。
「絵馬を書くということは、神社に行ったんですよねっ。どちらから誘ったんでしょうかっ」
「それは、私からです。せっかくだから、一緒の思い出を作りたいって」
愛花は、振り返るかのように上を見ていた。その思い出づくりが、今回の依頼に繋がっている。あかりは、運命は優しくないのだと感じていた。
だが、それを良いものに変えることこそ、自分の使命だろう。そう考え、言葉を紡いでいく。
「そうだとすると、神を信じたくない年頃だったとかでしょうか。可能性としては、ありそうですよね」
「ああ、話には聞きますよね。男の人には、そういう時もあるって」
同意しながらも、愛花の表情は納得しているようには見えない。本人たちにしか分からない何かがあるのだろう。だが、適切な質問も思いつかない。そんなあかりを前に、ときこが話し始める。
「神社について、剛くんとの思い出は何かありますかっ」
「そうですね。色々と教えてくれたんです。二礼二拍手一礼とか、柄杓のお水をどんな順番でかけるかとか、参道の端を通らなくちゃいけないとか」
「ああ、神様の通り道って話でしたね。真ん中を通りたがるって、目立ちたがりなんでしょうかっ」
「神社の主は神様なんですから、当たり前じゃないですか?」
愛花は楽しそうに笑っている。ときこの方に視線が向いているので、変わった反応が面白いのだろう。あかりは、今の話を続けることで情報を引き出すと同時に愛花を楽しませられないかと考えた。
あかりが特に何も言わずとも、愛花は新しい情報を話していく。
「そういえば、彼はお母さんに誘われて神社に通ってましたね。受験とかでも、私に告白するときでも」
「神に頼むって、相手の想いを操ってほしいとかですかねっ」
「そんな訳ないでしょう。現実は変わらないとしても、少しくらいは何かあってほしい。そんな祈りを込めているんですよ」
「あはは、私は神様に操られたから好きになったわけじゃないですよ。もっと前から、ずっと好きだったんです」
温かさを感じる顔で、愛花は語る。あかりは、強い共感を抱いていた。ずっと同じ人を想い続ける気持ちは、とても尊い。だからこそ、愛花が報われてほしいという思いを、更に固めることになった。
「でしたら、母親に誘われたから通っていただけの可能性もありますね。だから、祈る気持ちにならなかった」
「剛君は、一緒に書こうって言った時、ちょっと黙り込んじゃって。もしかして、ホントは嫌だったのかな……」
愛花は、どこか遠くを眺めながらこぼした。あかりから見て、可能性はいくつかある。愛花の言う通りに、嫌だったというのも、そのひとつだ。
だからこそ、剛の心を解き明かすことは、二人の今後に影響するだろう。少なくとも、神社という場所を楽しめるかどうかは大きく変わる。あかりは、拳を握って気合いを入れ直した。
「どうでしょうかっ。いずれにせよ、剛くんが神社をどう考えているのか、証拠は足りません。ご両親に、話を聞いてみましょうっ」
「なら、ちょうど良いですね。明日は、彼のお母さんが神社に行くそうなんです」
「でしたら、連絡を手伝っていただけますか? こちらから急に話をするより、通りやすいでしょう」
「分かりました。彼のお母さんとは仲がいいので、きっと大丈夫だと思います。お願いです。彼の本当の気持ち、教えて下さい」
そう言いながら、頭を下げる愛花。ときこは笑顔で返し、あかりは胸の前で拳を握りながら頷いた。
次の予定が固まったので、愛花と別れたときことあかり。ときこは笑顔のまま、あかりは顎に手を当てて悩みながら、事務所に帰っていった。
そして事務所で、あかりはときこに説教をしていた。机の上に雑に置かれた紙を指差し、声を荒らげながら。
「もう、計画書に一言だけ書くのをやめてください! 何が『良い感じにこなす』ですか!」
「だって、書きたいことが特にないんですよっ 」
「だからといって、一行だけで良いはずがないでしょう! 今日こそは、ちゃんと書いてもらいますからね! 愛花さんの大事な依頼なんですから!」
「あかりちゃん、ひっぱらないでくださいよっ」
そんな一幕もありつつ、次の日。愛花を通して連絡した剛の母親に、ふたりは会いに行った。待ち合わせ場所である剛の家の前では、母らしき女と剛が話していた。
「愛花ちゃんみたいな良い子、困らせたらダメじゃない!」
「俺にだって、事情があんだよ。愛花には悪いとは思うが、説教される筋合いはねえよ」
「そんなこと言って、振られても知らない……あっ、探偵さん。ようこそ!」
「今日は俺には話はないんだろ。じゃあ、おふくろだけでいいよな」
剛は足音を響かせながら、家に入っていく。そんな様子を、母は呆れた様子で見ていた。
「ごめんなさいね。うちの子、ちょうど反抗期みたいで。家の手伝いくらいはしてくれるのが、救いなんですけど」
「いえ、お気になさらず。あの年頃の子供には、ありがちでしょうから」「大丈夫ですよっ。それで答えが遠ざかったりしませんからね」
あかりは丁寧に、ときこは淡々と返す。母は、少し困ったように頭をかいていた。
「それにしても、さっきの言葉。やはり、何か理由があるのですね」
「なら、追いかけてみましょうかっ」
「どうせ言いやしないよ。くだらない理由だったら、どうしてやろうかね」
母は軽く拳を握って話す。そのまま続けて、勢いよく語り続ける。
「あの子と愛花ちゃん、ずっと一緒だったのよ。昔っから仲が良くてね。嫁に迎えるのなら、あの子しか居ないって思うのよね」
「子供の頃から仲が良いって、飽きないんでしょうかっ」
「そんな不謹慎な……。それに、人間関係に飽きるも何も無いでしょうに。何より、人は変わるものですよ」
母は大笑いしてから息を整え、また話し始める。あかりはときこを叱りたかったが、話の腰を折るわけにはいかず断念した。
「その通りだよ。でも、変わらないこともある。あのふたりが、ずっと仲良しってこと」
家のあたりを見つめながら、穏やかな表情で語る。剛にも愛花にも、たくさんの思い出があるのだろう。あかりは、声色だけでも理解できた。噛みしめるような語り口だったためだ。
「なら、この問題も解決したいですね。今後も、ふたりの関係が続くように。頑張りましょう、ときこさん」
「そうですねっ。謎の答えも、気になりますからっ」
「確か、神社の話が聞きたいんだったね。なら、いつも行っているところに案内するよ」
そう言い、母はときこ達を先導する。相変わらず、口を動かしながら。ときこは軽やかに歩き、あかりは車道側に向かった。
「あの神社には、安産祈願の時から何度も向かったものさ。その縁で、剛だって連れて行ったよ。そのおかげだろうね。あんな良い彼女ができたのは」
「子供を神社につれていくと、モテる子になるんでしょうかっ」
「なら、神社は今の10倍では済まないくらい儲かっているでしょうね……」
「あはは、そうかもね。でも、剛と愛花ちゃんの出会いは神様のお導きだった。そう思うのさ」
何度も頷きながら、母は語る。おそらくは、愛花のことも娘のように感じているのだろう。あかりはそう考えていた。それなら、あるいは本人以上に関係を心配しているのかもしれない。そんな考えとともに、改めて気合いを入れ直していた。
そのまましばらく会話を続け、ようやく神社へとたどり着く。大きな鳥居が構えられた、古めかしくも神聖さを感じられる場所。あかりはそう感じた。
鳥居の奥に、広い敷地と大きな本殿、そしていくつかの建物が見える。ここ縁近神社は縁近市にある唯一の神社だ。そのため、多種多様な祈りを向けることが多い。交通安全、安産祈願、無病息災、合格祈願、そして恋愛成就。この地域に、とても密接に結びついている場所だと言えた。
道中で母が語ったところによると、剛や愛花の七五三の祝いもここで行ったようだ。
「さあ、着いたよ。社には、まっすぐ進めばいいよ」
そのまま、母に連れられてまっすぐに鳥居を進む。そして、本殿に向かっていった。
「案内してなんだけど、少しトイレに行かせてちょうだい。ずっと話し続けてて、そろそろ厳しいんだよ」
「分かりました。ごゆっくりどうぞ」
そうして、母は去っていく。ときこは、じっと母の方を見ていた。
「これで、親御さんに合わせているだけである可能性は排除できましたねっ」
その言葉に、ときこは困惑する。いったい、なぜ理解できたのだろうかと。ただ、ときこの推理は正しいのだろう。経験と直感が、そう思わせていた。
「すみません、どういうことですか? 今の流れだけでは、分からなくて……」
「簡単ですよっ。息子さんは、参道の端を通るべきだと言っていたはずですっ。でも、親御さんはまっすぐ参道を渡りましたよねっ」
「なるほど! 親から教わった情報ではない。つまり、息子さんには信仰心がある!」
ときこは手を打って感心していた。やはり、ときこの観察眼は素晴らしい。自分よりも、依頼人の役に立てているのだろう。そんな感覚に、わずかな悔しさと大きな尊敬を認めていた。
「さて、これで大きく情報を絞れましたねっ。あと少しの情報で、答えが分かるでしょうっ」
「剛さんは、恐らく愛花さんを好きなまま。それなら、書きたいことが多すぎて決まらなかったのではないでしょうか」
あかりは、自分の推測を話していく。これが、ときこが答えを見つける手がかりになれば。あるいは、正解を引き当てていればと感じながら。だが、ときこはゆっくりと首を横に振る。
「違いますよっ。剛くんは言っていましたよねっ。書きたい望みなんてないって。それと矛盾していますっ」
「確かに……。なら、どんな理由なんでしょうか」
「それを確かめるために、もう少し話を続けてみましょうっ」
それから、母が戻ってくるまでしばらく待つふたり。そこに、早足で母がやってきた。
「待たせて悪かったね。それで、何か分かったかい?」
「ある程度は、ですねっ。仮説はいくつかあるのですが、確信したいですねっ」
「ですので、もうしばらく話を聞かせていただけますか?」
「ああ、もちろんさ。それでふたりの関係が改善されるのなら、十分だよ」
落ち着いた表情で、母は語り始める。ときこは腕をぶらぶらさせながら、あかりは姿勢を正して聞いていく。
「あの子達は、付き合い始めたばかりでね。高校に入って、しばらくしてから愛花ちゃんが告白してくれたんだよ」
「進学をきっかけにと言っていましたが、少し期間が空いたのですね」
「ああ。ふたりの関係は、大きく変わったばかりなんだよ」
「付き合う前と後でも、同じ人なんですねっ」
「別人になったら、付き合う意味がないですよ……」
あかりは呆れを隠そうともせずに、ときこの言葉に反応する。母は慣れた様子で、ふたりの掛け合いを見ていた。
「ほんと、その通りだね。でも、付き合いをきっかけに、愛花ちゃんは明るくなったよ。そこは、剛を褒めてやるべきところだね」
「それなら、その明るさを取り戻したいですね。今は、少し不安を感じているみたいですから」
「答えが都合の良いものとは限りませんけどねっ」
「ううん。あのふたりなら、大丈夫さ。だから、安心して答えを探しておくれ」
その言葉に、息子たちへの確かな信頼を感じたあかり。なら、後はまっすぐに進むだけだ。ときこを支えながら。そんな決意をした。
ときこに目配せすると、頷いて返される。このまま、謎解きを続ける。それで答えにたどり着けるはずだ。あかりは、そう信じていた。
「なら、もう少し話を聞きましょうかっ。お母さんから見て、最近のふたりはどうですかっ」
「やっぱり、付き合い始めたばかりなだけあって、ずっとイチャイチャしていたよ。こっちの家に来た時は、何度も見ていたね」
「気になったんですけど、イチャイチャしていたら、他人でも好きになるんでしょうかっ」
「明らかに順序が逆ですよ……」
「ほんとだよ。ずっと一緒に居た二人だからこそ、意味があるんだよ」
ついに母は、ときことあかりの掛け合いに混ざり始めた。あかりはときこの頬をつかむ。
「もう。お母様に呆れられたらどうするんですか。まったく、困った人です」
「痛いですよ、あかりちゃん。酷いじゃないですかっ」
「あははっ、仲の良いことだ。探偵さんは、助手さんを大事にしなよ。きっと、剛にとっての愛花ちゃんくらいには、大事だろうからね」
「それは、評価してくださってありがとうございます」
あかりは、自分が自然な笑顔を浮かべていると自覚していた。やはり、認められると嬉しいものなのだ。そんな相手に、報いたい。あかりは、また依頼への熱意を深めた。
「さて、いったん情報をまとめてみましょうかっ。そうすれば、何かが見えてくるかもしれませんっ」
ときこは迷いなく話を進める。その言葉を受け、あかりはメモ帳を見ていく。一つ一つ確認しながら、情報を口に出す。
「まずは、剛さんの絵馬が空白だったこと。そして、二人は最近付き合い始めて、仲良くしていた様子です。また、剛さんは何も書きたくないと言っていたようですね」
「後は、昔っから仲が良いってことくらいかね」
母は、まっすぐにときこを見ながら語った。おそらくは、二人の仲を信じているのだろう。だからこそ、曇りのない瞳をしているのだ。そう考えたあかりは、二人にとって良い未来があるようにと祈った。
自分には、今でも正解はわからない。それでも、ときこなら必ず答えを導き出してくれるはずだ。そんな期待を込めながら、ときこの方を見た。ときこは明るく笑い、人差し指を立てる。そのまま、ゆっくりと話し出す。
「これで、情報は整理できましたねっ。それでは、基本に戻ってみましょうかっ。二人は、幼馴染なんです。ずっと一緒に居たんです」
「そうですね。だから、お互いに良いところも悪いところも知っているはずです」
「単純接触効果によると、ずっと一緒にいると、好意が増えるんですよね。そうか、増幅……」
ときこはあごに指を当て、考え始める。その姿を見て、あかりは今回の事件を解決できると判断した。おそらくは、重要な手がかりをつかんだのだろう。そう考え、あかりはときこを待った。
そして、ときこはまっすぐに前を見て、胸に手を当て、明るく言葉を発した。
「近藤剛さん。あなたの想い、届きましたよっ」
それは、ときこが謎を解いたという宣言だった。
「ときこさん、答えが分かったんですね」
「はいっ。これが正解だと思いますよっ。現状の情報と、矛盾はありませんから」
「なら、剛と愛花ちゃんを呼ばないとね。いや、あたしが帰って愛花ちゃんを呼べば良いのか。剛が出ていってるなら、引っ張ってでも連れてくるよ」
そのまま、母はどこかに電話をかける。おそらくは、愛花だろう。あかりはそう推測した。
母と共に家へと歩き、しばらくしてたどり着く。そこには、剛と愛花が待っていた。
「まったく、急に呼び出されたと思ったら。あれ以上話すことなんてねえよ」
「ごめんね、剛君。でも、私は聞きたいな」
「仕方ないな。なら、その推理とやらを聞かせてくれよ。間違ってたら、笑ってやる」
「剛、あまり反発しないの。愛花ちゃん、ごめんなさいね。こんな息子だけど、我慢してちょうだい」
「大丈夫ですよ。ときこさん、聞かせてください」
母と愛花は、真剣な目でときこ達を見ている。剛は、誰にも目線を合わせようとしない。ときこは笑顔を変えないまま、弾んだ声で話し出す。
「剛くんは、絵馬に書きたいことなんて無いって言っていましたよねっ。あれが全部です。本当に、何も書きたくなかったんですよ」
「えっ、剛君……?」
「剛、あんたまさか……」
驚きを隠せないという様子で、母も愛花も剛の方を見る。愛花は不安そうに、母はにらみつけるように。だが、あかりは落ち着いた心持ちだった。
「待ってください。二人とも。ときこさん、まだ終わっていないんですよね」
「そうですねっ。では、順番に話していきますねっ」
その言葉を聞いて、愛花はほっと息をつく。母の目が穏やかなものになった。そんな動きを気にした様子もなく、ときこは話し続ける。
「まず、二人は付き合ったばかりです。その時間は、一般的には、これまでより強い幸福を覚えると言いますよね」
「はい、そうですね。恋愛の始まりは、とても幸せなものです」
「普通、誰だってそうだろ。当たり前のことじゃないか」
ぶっきらぼうながらも、剛は確かに自らの感情を肯定していた。あかりは手応えを覚える。
あかりにとっても、恋の幸福は大きなものだった。だからこそ、いま付き合っている二人はもっと満たされているのだろう。そう推測していた。
ただ、剛はどこかバツが悪そうにうつむいている。愛花は、それを心配そうに見つめていた。
「そしてお母さんは、二人が付き合ってから愛花さんが変わったと言っていましたね」
「うん、そうだね。愛花ちゃんは、確かに幸せそうだったよ」
「そりゃあ、恋人になって相手を幸せにする努力なんて、ただの義務だろ」
優しい瞳で、母は愛花の方を見る。その視線を受けて、愛花は微笑んだ。
あかりは、母と愛花の関係に、わずかな憧れを抱いた。それと同時に、そんな二人、いや、三人の幸せを願っていた。
剛はそっぽを向きながらも、視線は愛花から外れない。やはり、隠せない好意があるのだろう。あかりには容易く見て取れた。
「あかりちゃんによると、素敵な彼女は一緒にいるだけで幸せらしいです」
「もちろんです。恋人との時間は、どんな相手かによって変わりますよ」
「そういう意味では、二人はお互いに良い相手に出会えたものさ」
「ふん。それを否定した記憶はねえよ。余計なことばかり言いやがって」
どこか懐かしむような目線を、母は二人に向ける。剛は目を伏せ、愛花はそんな剛の方を見ていた。
二人の出会いは、本当に運命だったのだろう。間違いなく、素晴らしい関係を築けている。あかりは、見ているだけで胸が暖かくなると感じていた。
「そして私の話なんですけど、計画書に、良い感じにこなすとだけ書いたんですよ。特に変えたいことがなかったので」
「ああ、ありましたね。探偵としては、どうかと思いますけど」
「ときこさん、だらしないんですね。だから、あかりさんはしっかりしているんでしょうね」
愛花は、少し楽しそうに話す。そんな愛花に、剛はほんの少しの視線を向けた。
ため息を吐きたいあかりだったが、依頼主達の手前、我慢する。それに何より、そんな時間も大切な思い出だと感じていた。
「そして、単純接触効果の話になります。これは、過ごす時間が長いほど、好意が増幅すると説明しました」
「まあ、そこまで単純ではないでしょうけどね。でも、傾向はあるのでしょう」
「私も、初めて出会った時より、剛君がずっと好きです」
「愛花……」
胸に両手を当てて、愛花は語る。剛は頬を染めて視線をそらし、母は剛を肘で突いた。
当たり前のようにある関係は、あかりにときことの付き合いを想起させた。それなら、三人には、あかり達のように長く続く仲で居てほしい。そんな祈りを抱いていた。
「まとめると、付き合ったばかりの幸せは、とても大きい。だからこそ、これ以上幸せになるイメージができなかった。ずっと増幅する幸福なんて、信じられなかったんですっ」
そこまで話し、ときこは剛を指差す。そんな剛は、ときこから目をそらした。
「そこから導き出される結論は、単純ですっ。剛くん、あなたは、何も変わってほしくなかった。今が一番幸せだからこそ。その証が、空白の絵馬なんですよねっ」
剛は、目を見開いた。そして、顔を真っ赤に染めていく。
「なに勝手なこと言ってんだよ!」
「間違っているのなら、そう言ってくださいねっ」
「……」
剛は口を引き締めて黙り込み、視線をさまよわせていた。その様子を見た愛花は、顔を喜色に染める。そして母は、穏やかな瞳で二人を見つめていた。
あかりは、ようやく剛の想いに届いたのだと感じた。反応を見る限りでは、おそらく正解だろう。つまり、剛は心から愛花を大切に思っている。ほぼ確信していたとはいえ、事実がハッキリとしたことに、確かな安堵を得ていた。
「ねえ、剛さん。あなたの心を、明かしてください。愛花さんは、ずっと心配していたんですよ」
「……くそっ! 怖かったんだよ!バチが当たりそうで! こんなに幸せなのに、もっともっとって求めたら!」
吐き出すように剛は叫ぶ。その様子からは、心からの恐れをうかがえた。
そんな姿に、あかりは確かな信仰心を感じていた。信仰が無かったのではない。むしろ、強い信仰を抱えていたからこそ、空白の絵馬が生まれたのだろう。剛にとって、さらなる幸福を求めることは罪だったのだ。そんな結論に至った。
今の幸せが失われることが怖い。そんな気持ちは、あかりにはよく理解できた。幸せであればあるほど、それを無くした未来は空虚に思えてしまう。剛が叫ぶほどの感情を抱えていることに、強く共感していた。あかり自身とて、感じたことのあるものだったから。
ただ、愛花はゆっくりと剛の両手を包む。そして、すべてを受け止めるかのような笑みを浮かべた。
「剛君、そんな風に思ってくれていたんだ……! 心配だったんだよ。嫌われていたらどうしようって。不満だったならどうしようって」
「悪い、愛花。俺は、自分の不安に負けただけだったな……」
「ううん。それなら、私だって同じ。どうせ罰を受けるなら、一緒にだよ。だから私、もっと幸せになれるように頑張るね!」
確かな決意を秘めた瞳で、愛花は宣言する。二人はじっと見つめ合い、剛は軽く息を吐いた。
あかりには、それは重荷を下ろした人の様子に見えていた。つまり、愛花の心は剛に届いたのだろう。これなら、二人の未来は明るいはずだ。曇りなく、そう信じることができていた。
「ああ、そうだな。お前さえ居てくれるのなら、きっとどんなことだって乗り越えられる。そう信じるよ」
憑き物の消えたような瞳で、剛は語る。その言葉に、愛花は花開くような笑顔で答えた。
その笑顔が、二人の幸せな未来を象徴している。あかりはそう感じていた。
「まったく。一人で抱え込むんじゃないよ。恋人ってのはね、二人で支え合って生きていくものなんだよ。それに何より、言葉にしない想いなんて、伝わらないものさ」
母の言葉には、万感の思いが込められている。あかりの目には、そう映っていた。おそらくは、自分より長い人生経験の中でつかんだ答えなのだろう。だから、あかりはその言葉を強く胸に刻んだ。
そのすべてを、ときこは穏やかな笑顔を浮かべたまま見ていた。
「ありがとうございました、ときこさん、あかりさん。おかげで、二人の未来が見えた気がします」
「悪かったな、妙な態度を取って。俺からも、感謝する」
「まったく、素直じゃないやつだよ。あたしも、二人にはお礼を言いたいよ。ありがとう」
誰もが明るい未来を信じている。少なくとも、あかりから見て。だからこそ、あかりは目一杯の笑顔を浮かべた。
「いえ、こちらこそ。これからの皆さんに幸があることを、心から願っています」
「ありがとうございましたっ。おかげで、楽しかったですよっ」
そんなときこの言葉に、三人は顔を見合わせて笑う。あかりは、その光景に満足感を抱いていた。
「探偵さんへの依頼料は、俺が払うよ。おかげで、大切なことに気づけたからな」
「ううん。私だって出したい。ふたりの未来の話なんだから、ふたりで、ね?」
「愛花ちゃんに出させるだけなら、許さなかったよ」
愛花と剛は、お互いの顔を見て頷き合う。そんな絆があれば、二人はどんな苦難でも乗り越えられるだろう。あかりは、心から信じていた。
「皆さん、素敵な想いでしたっ」
笑顔のときこは、そう語った。そして依頼人達は、ときことあかりに深い礼をした。ときこは頷いて、あかりは礼を返した。
そして、料金を受け取ったときことあかりは、事務所へと帰る。そこで、今回の依頼を振り返っていた。
「良かったですね。愛花さんと剛さん、そしてお母さんの関係は、これからもずっと続きますよ」
「そうだと良いですねっ。私は、謎が解けて満足ですっ」
「ときこさんのおかげです。やはり、優秀な探偵ですね」
「もちろんですよっ。それにしても、今が一番幸せ、ですか。どんな気持ちなんでしょうねっ」
首を傾げながら、笑顔のときこは語る。そんな姿に、あかりは強い寂しさを感じていた。
「やはり、あなたには分からないのですね」
どんな気持ちでそんな言葉をこぼしたのか、あかりにすら分からなかった。