小さな恋のミステリー:天然探偵と真面目助手が恋の謎を解き明かす話   作:maricaみかん

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捨てられたテストに込められた想い

「探偵さーん、居るっすかー? 話があるんすけどー」

 

 宗心(そうしん)探偵事務所に、元気いっぱいな声が響く。夕暮れの中呼びかけているのは、制服を着た中高生の男子だ。ビルの一階にある入口、その手前から声を出していた。

 

 それを受け、探偵事務所のドアが開く。出てきたのは、スーツを着こなした背筋がまっすぐな女。彼女は微笑むと、男子に言葉をかける。

 

「ご依頼でしょうか。私は、この事務所で助手を務めております、江繋(えつなぎ)あかりと申します」

「俺は田中(たなか)裕介(ゆうすけ)っす。見ての通り、学生っすね」

「なるほど。では、ご案内させていただきますね。着いてきてください」

 

 あかりは目的地を一度差し、そちらに向けて歩き出す。祐介は周囲を見回しながら、あかりの後ろを歩く。

 

 しばらくして、整然と家具の配置がそろった部屋にたどり着く。そこでは、優しげな雰囲気のワンピースを着た小柄な女が笑顔で手を振っていた。

 

「依頼人さんですねっ。わたしは、宗心(そうしん)ときこと言いますっ。ここで探偵をしていますねっ」

 

 明るい笑顔で、ときこは告げる。その様子を見て、祐介は喜色を浮かべて話し出す。

 

「探偵さんが相手なら、あの子も心を開いてくれるかもっすね。助手さんも、頼れそうっすよ」

「会ってみなくちゃ、分からないと思いますよっ」

「もう、ときこさん。私達を頼っていただき、ありがとうございます」

 

 ときこは笑顔のまま祐介に返答し、あかりはときこをたしなめる。その後、祐介に向けて一礼した。祐介は、頭をかきながら、照れたような顔を見せていた。その姿は、あかりには女性慣れしていないもののように見えた。

 

 まずは、依頼人の心を開くことが第一だ。そのためにも、にこやかに接することだ。あかりは、意識して穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「どんな謎が待っているのか、気になりますねっ」

「ときこさんは理論立てて考えるのが得意なので、色んな情報をまとめてくれますよ」

「なら、あの子がどんな事を考えてるのか、分かるかもしれないっすね」

 

 祐介は真剣な様子でときこを見る。あかりには、期待を込めた目に見えていた。おそらくは、あの子とやらの心が依頼の中核なのだろう。それならば、祐介の恋を導くのかもしれない。あかりはそう考えていた。

 

「それでは、話を聞かせてくださいっ。それが分からないことには、何も始まりませんからっ」

「ふふっ、そうですね。ゆっくりと、話していただければと。時間には、余裕がありますからね」

 

 ときこは同じ笑顔のまま、祐介に言葉をうながす。あかりは落ち着いた声を意識して話していた。それを受けて、祐介はゆっくりと話し出す。

 

「同じクラスに、手紙を書いてはゴミ箱に捨てる女の子がいるっす。その理由が、どうしても気になって」

 

 祐介は少しうつむき、もじもじとした様子で話していた。その様子が、あかりには想い人の心を知りたい姿に見えた。

 

 聞くには時期尚早かもしれないが、重要な判断材料になる。まずは口を軽くするためにも世間話を振ろう。そう考えて、言葉を紡いでいく。

 

「なるほど。普通は手紙を書いたら誰かに送りますもんね。不思議に思うのも、無理はないかと」

「そうっすよね。なんで捨てるのか、気になって仕方ないっす。送る勇気が出ないにしたって、別の選択があるはずっすから」

 

 祐介は、視線を固定できない様子で語っていた。祐介の興味は、本当に手紙に対してだけのものだろうか。根本的には、手紙を捨てる女の子への感情が元になっているのではないだろうか。そんな疑いを、あかりは抱いていた。

 

 恋をすること自体は、悪いことではない。ただ、単なる好奇心だけで人の心を暴こうとしているのならば止めたい。それも、あかりの本心だった。

 

 だからこそ、祐介の心に触れる必要がある。そうでなければ、探偵は単なる野次馬に成り果ててしまうのだから。その感情こそが、あかりの誇りだった。

 

 そのために、まずは話を進める。祐介の感情を引き出すための言葉を、あかりは慎重に選んでいった。穏やかな笑顔を意識しながら。

 

「それなら、聞こうとは思わなかったんですか? もしかしたら、言ってくれるかもしれませんよ」

「手紙を漁っちゃえば、すぐに答えが分かりそうですねっ」

 

 そんなことを、ときこは明るい笑顔で言う。あかりは、思わずため息をつきたくなった。あくまであかりは助手でしかないが、ときこは探偵としての守るべき一線を平気で踏み越えようとしているように見えた。

 

 あかりは頭を抱えながら、呆れを隠しきれずに言葉を続けていった。

 

「捨てたということは、見られたくないということです。せめて、その一線は守りましょう」

「どうせ答えを調べるのに、必要なんですかっ」

「それでも守るべきものはあるんです。そう、納得してください」

 

 そう言いながら、あかりはときこの目をじっと見る。しばらくして、ときこが折れた。

 

「あかりちゃんが言うのなら……。でも、手間が増えちゃいましたねっ」

「見てはいけないものは、あるんですよ。特に、人の心には」

「その言葉を聞くと、カリギュラ効果を思い出しますねっ」

「なんすか、そのカリなんとか効果って」

 

 その言葉に、祐介を置き去りにしていたことに気づいたあかり。咳払いをして、ときこに視線を向ける。すると、ときこは楽しそうに話を続けた。

 

「カリギュラ効果は、禁止されたことをやりたくなるそうですよっ。なら、失恋を禁止したら失恋したくなるんでしょうかっ」

 

 そんな事を明るい様子で言う姿に、あかりは思わず頭を抱えそうになった。そのまま、素直に言葉を返していく。

 

「嫌なことをしたくなる効果は、無いと思いますよ」

「なら、怖いことはしたくないんでしょうねっ」

「傷つくと知っていても本心を知りたい時は、ありますよ」

 

 それでも知る勇気が出ないことも。あかりは祐介の心情に共感できるような、できないような、そんな不思議な心地の中に居た。

 

「なるほどっ。怖いもの見たさでしょうかっ」

「ときこさんは、自分の感情を語りたがりませんでしたよね」

 

 あかりは話をそらしてごまかす。ときこにだけは、知られたくない感情だったからだ。

 

「そうでしたねっ。あかりちゃんは、私にいっぱい感情を表現していましたよねっ」

 

 あかりは沈黙で返した。今の自分の感情を、悟られないように。それを気にした様子もなく、ときこは言葉を続ける。

 

「見たくないって言われたら、つい見たくなったりしますよねっ。私は、それで怒られたこともありますよっ。あかりちゃんのパソコンを見たときにっ」

「ああ、手紙の内容が気になっている俺みたいなものっすか。やっぱり、良くないことっすよね」

 

 そう言って、祐介はうつむく。あかりは、少し判断に迷った。祐介が依頼を取りやめて、それで祐介にとって良い未来が訪れるだろうか。何らかの形で心理に決着をつけられないのなら、同じような悩みが続くだけではないのだろうか。

 

 あかりはしばらく顎に手を当てて考え、もう少し祐介と会話を続けると決めた。

 

「あなたは、単なる興味本位で聞こうとしているのですか。それとも、何か理由があるんですか」

 

 その言葉に、祐介は鼻をかく。おそらくは、言うべきか迷っているのだろう。ここでの答えが、今後自分たちがどう動くべきかを決める。あかりは、笑顔で祐介の方を見ていた。

 

 しばらくして、祐介は一度下を向き、そしてあかりに向き合った。

 

「あの……。その手紙が誰あての物か知りたいんす。それで、十分っす」

 

 あかりは、不安そうな祐介を見て、依頼を受けることに決めた。おそらくは、今回の答えが出ない限りは、祐介は迷い続けるのだろう。そして、何も行動できなかったと後悔する日が来るのだろう。

 

 だからこそ、できる範囲で祐介を支えよう。あかりは、そう決意していた。

 

「分かりました。宗心探偵事務所に、お任せください。私達は、その答えにたどり着いてみせます」

「そうですねっ。私としては、今回の謎を解いてみたいですから。興味深いですよっ」

「なら、お願いするっす。あいつが、(あかね)が誰を好きなのか、教えて下さいっす」

 

 そう言って、祐介はふたりに頭を下げる。その様子を見て、あかりは確信した。祐介は、茜という子に想いを寄せているのだと。だから、好奇心が抑えきれなかったのだと。

 

 ならば、結末がどうあれ、祐介を応援していよう。あかりはそう決意して、ときこに目配せする。そしてときこは、堂々とした顔で宣言した。

 

「この謎に込められた想い、解き明かしてみせますっ!」

 

 それから、あかりは目的の学校に調査のために訪れるための許可を得ていた。そして次の日、あかりとときこは縁近西高等学校へと向かう。

 

 主にスポーツに力に入れている高校で、特に野球部は全国の常連と言えるレベルの成果を出していた。そのため、運動が得意な生徒が多い。市外どころか県外から訪れる生徒までおり、そのために寮も完備されていた。

 

 通学する生徒もいるが、部活に気合いを入れる生徒ほど寮生活をする傾向にあった。そんな学校に、依頼人の祐介と調査対象の斎藤(さいとう)(あかね)はいた。

 

 ときことあかりは、まず始業前の校門で調査を開始した。道行く生徒に声をかけ、質問をするという形で。まずは、気だるげな男子生徒に。

 

「斎藤茜さんについて、何か知っていることはありますかっ」

「ああ、野球部のマネージャーだよ。エースと仲が良いってのは、俺でも知っているな。よく、汗を拭いたりしているんだとか」

 

 その言葉を聞いて、祐介は知っているのかという疑問を、あかりは抱いた。汗まで拭くということは、相当近い関係だろう。ならば、その者に想いを抱えていてもおかしくはない。

 

 知っているのか、いないのか。それによって、今後の対応を考える必要があるかもしれない。あかりは男子生徒の方の、少し遠くを見ながら考えていた。

 

 ときこは、いつも通りの笑顔で会話を続けていた。

 

「マネージャーの仕事って、給料は出ませんよねっ。名前も残りませんっ。頑張った自分が可愛いとかでしょうかっ」

「違いますよ。頑張る人を支えて、力になることが報酬なんです」

「あいつはそんな性格の悪いやつじゃないって。まあ、そんなマネージャーが居てもおかしくはないんだろうけどよ」

 

 男子生徒は、肩をすくめながら語る。どこか皮肉っぽく語られた言葉に、あかりは頭を下げる。

 

「失礼しました。そのエースというのは、どんな方なんでしょう」

高島(たかしま)結城(ゆうき)ってやつだよ。プロも目指せるんじゃないかって評判で、実際スカウトが見に来たこともあったな。俺も応援に行ったけど、女子にキャーキャー言われてたよ」

 

 結城と茜との関係が、依頼人である祐介の未来に影響するのは間違いない。あるいは、手紙を書いた相手も結城なのかもしれない。そんな感情とともに、あかりは腕を組んで考え込んだ。

 

 ときこはふわふわした態度で、男子生徒の言葉に反応する。

 

「試合を応援したら、恋が発展するんでしょうか。なら、とりあえず好きな人を応援すればいいですねっ」

「それなら、選手はすべてのファンに恋しますよ……」

 

 首を横に振りながら、あかりはときこの言葉に反論する。恋がそんな単純なものなら、誰も悩みはしない。ときこは、おそらく恋の悩みとは無縁なのだろう。あかりには、そんな感覚が胸にトゲを残しているように思えた。

 

「結城は、あんまり女に興味がなさそうだったな。野球に夢中って感じだよ。プロを目指しているんだ。人気者になりたいってのは、聞いたことがあるな。あいつでダメなら、この学校には他に居ねえよ」

 

 ならば、祐介にも希望があるのかもしれない。あるいは、それを理解しているからこそ、自分にもチャンスがあると思っているのかもしれない。あかりはそんな推測をした。

 

 おそらくは、三角関係ということなのだろう。結城の動きが、あるいはその本心が鍵を握っている。あかりには、そう思えていた。

 

 ときこは、いつも通りの可愛らしい笑顔で話を続けていく。

 

「人気者が目標って、誰とでも恋ができるってことなんでしょうかっ」

「多くの人に好かれることと、特別な人に好かれることは別ですよ」

「そうだな。あいつの目標は、女に好かれるよりも、一流の選手として認められることなんだろうさ。そんな浮ついたやつじゃねえよ」

 

 認められることと語るあたりで、男子生徒はわずかに顔をしかめていた。それでも、浮ついた人だという認識を否定する。

 

 きっと、嫉妬のような感情と友情が同時にあるのだろう。本題ではないから、あかりはさほど重要視していなかったが。

 

 そしてときこは、変わらない笑顔で話を続ける。

 

「そういえば、祐介くんについては知っていますかっ」

「あいつは、確かサッカー部だったな。それで、今度レギュラーになれるかどうかってところらしい」

「ふむふむ。茜ちゃんとは、違う部活なんですねっ」

 

 つまり、祐介は部活で茜と接点を持つことはない。だから、様子が気になるという部分もあるのだろう。部活が別であるのならば、共に過ごす時間は短くなるのだろうから。あかりはそう推測していた。

 

 そして、結城と茜の関係を知っているかどうかの重要度も上がったと認識していた。それ次第で、祐介の想いの結末は大きく変わるだろう。あかりは、祐介に再度話を聞くことを決めた。

 

「ときこさん、もう一度、祐介くんに話を聞いてみませんか?」

「そうですねっ。いま聞きたいことは、一通り聞けましたからっ」

「どうですか? 答えは分かりましたか?」

「まだですっ。でも、今後の方針は立てられましたねっ」

 

 ときこは朗らかな笑みを隠さずに語る。察するに、茜や結城の関係を洗うことを方向性として決めたのだろう。ときこの内心は計り知れないことの方が多いが、それくらいは分かる。あかりは、確信を持って考えていた。

 

 そうなると、この三角関係の未来にも、大きな影響を与えることになるだろう。祐介の想いの結末がどうであれ、納得できる形であってほしいものだ。あかりは、そう祈っていた。

 

 ときことあかりは、そのまま祐介のもとへ向かう。始業時間までの間に、なるべく情報を集めておきたいところだ。あかりはそう考えていた。

 

 祐介は、ふたりの顔を見て首を傾げる。おそらくは、なぜ訪ねてきたのか疑問なのだろう。いくらなんでも、朝だけで答えが分かるはずがないのだから。その疑問に答えるためにも、あかりは祐介に話しかける。

 

「あなたは、結城君については知っていますか? あるいは、茜さんの手紙について、どこまで知っていますか?」

 

 祐介はあかりの言葉を受けて、まず目を逸らした。なにか、隠したいことがあったのだろう。あかりはそう直感した。

 

 つまりは、結城と茜の関係について、何も知らないということはない。それなら、想いが通じない可能性も理解しているのだろうか。あかりはそう推測したが、質問することをためらっていた。

 

 祐介は、どこか気まずそうな様子であかりに返答した。

 

「本当は、知ってたっす。茜は、結城に手紙を書いている可能性が高いって。でも、俺だって少しは仲良くなれたと思うっすよ」

 

 視線をさまよわせながら語る言葉には、自信は感じられない。それでも、希望を捨てることができないのだろう。あかりには、そのように見えた。

 

 ならば、残酷な答えを導き出すだけになるのかもしれない。想いが届かないことなど、単にありふれた結末でしかないのだから。あかりには、そんな実感があった。

 

 そうだとしても、祐介が次の恋を見つけるきっかけになると良い。あかりはそこまで考えて、首を横に振った。答えがハッキリしていない段階で決めつけるのは、問題外だ。少し息を吸って、あかりは気を持ち直していた。

 

 ときこは何も気にしていないような笑顔で、祐介の言葉に反応する。

 

「好きな相手が気になるのなら、直接聞けば早いと思いますよっ」

「それが難しいから、依頼に来ているんですよ……」

「直接誰に書いているかを聞く勇気は、俺には無いっすね……」

 

 うつむきながら、祐介は言葉をこぼした。おそらくは、探るような行為に後ろめたさを感じている部分もあるのだろう。主となる感情は、きっと直接断られる怖さなのだろうが。あかりは、そう推測していた。

 

 ときこは笑顔のまま、質問を続けていく。

 

「手紙を書いているのを知っているってことは、見たってことですよねっ。どんな状況でしたかっ」

「そうっすね……。学校で書いて、学校で捨ててるっす」

「手紙を書いて、間違えた人に渡したらどうなるんでしょうっ」

「宛名を書くのが一般的ですが、私なら何度も確認しますよ。大事なことですからね」

 

 思いをちゃんと伝えられない恐怖は、よく分かるつもりだ。そして、その想いが届かない恐怖も。だからこそ、あかりは祐介の気持ちが分かるように思えた。

 

 おそらくは、ほんの小さな届くかもしれないという希望と、残りほとんどのためらいがあるのだろう。それでも、きっと真実を知ることは祐介にとっては必要な過程のはずだ。あかりは、そう信じていた。

 

 そのために、祐介の知っている情報を、少しでも引き出す。そう考えて、慎重に言葉を選んでいた。

 

「そうですね……。結城君と茜さんの関係については、どうですか?」

「隣の席で、同じ部活でってことは知っているっす。それ以上のことは、分からないっすね……」

 

 目を伏せながら、そう言っていた。おそらくは、どこかに認めたくない何かがあるのだろう。あかりには、そう見えていた。

 

 ならば、自分たちが答えを導き出さなければ、祐介は前に進めないだろう。そのためにも、今回の謎を真剣に調査する。あかりはそう決意した。

 

「でしたら、私達は調査を続けます。祐介君は、安心して待っていてください」

「そうですねっ。答えを見つけるのは、探偵の仕事ですからっ」

「お願いするっす。俺には、もう分からないっすから」

 

 それは、自分の本心もなのだろう。祐介が頭を抱える姿から、あかりはそう予想していた。だからこそ、迷いを晴らすためには進む必要がある。自分たちも、祐介も。そのために、次は茜か結城のどちらかに話しかける必要があるだろう。あかりは、ときこに相談することに決めた。

 

「次は、どちらにしますか? 茜さんか結城君が定石ですよね」

「そうですねっ。まずは、茜ちゃんにしましょうっ。ただ、お昼休みまでは観察ですねっ」

 

 そうして、授業中や休み時間に、茜の様子をうかがっていたときことあかり。すると、茜は授業が終わるたびに手紙を書いて、捨てていた。そして、毎回真剣に文面を考えている様子だった。その様子を、他の生徒も気にしていない。

 

「人前で手紙を書いて、中身を見られたりしないんでしょうかっ」

「可能性はありますね。それでも書きたい想いがあるからこそでしょう」

 

 あかりには、抑えきれないほど燃え上がる恋心も理解できた。それは、制御しようとしてどうにかなるものではないのだ。

 

 きっと、茜は強い感情を抱いている。その想いのすべてを、手紙に込めているのだ。あかりには、どこか神聖なもののように見えていた。

 

 そのまま観察を続けて、3限目は体育の授業だった。祐介たち男子生徒と、茜たち女子生徒は別の場所へと移動していく。それを見て、ときこは不思議そうにこぼした。

 

「体育の時間って、どうして男女で分かれているんでしょうっ。ふたりも教師が必要なんて、手間じゃないですかっ」

「今まで分かってなかったんですか……。同じにすると、様々な問題が発生するんですよ」

「例えば、どんなものですかっ」

「身体的特徴の差が、一番大きい原因ですね。怪我を防ぐためにも、男女の過剰な接触を避けるためにも、必要なことなんです」

 

 そんな問答を繰り返しながら、ときことあかりは体育が終わるのを待っていた。そして授業が終わり、教室に戻ってきた生徒たち。だが、茜は手紙を書くことはなかった。

 

「体育で疲れていたのでしょうか。まあ、運動の後ですからね」

「息が上がっているようには見えませんけどねっ。だから、他の可能性は高いですっ」

 

 ときこの言葉に納得しつつも、あかりは別の答えを見出せなかった。隠れた答えには、もっと情報が必要なのだろう。そう考えていた。

 

 そして昼休み、ときことあかりは茜のもとに向かった。凛とした雰囲気の、長い髪を後ろでくくった少女といった様子。あかりはその目に、どこか悲しさのようなものを見ていた。それから、まずはあかりが挨拶する。

 

「すみません、宗心探偵事務所のものです。いくつか、質問をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「探偵……? まあ、変なことでなければ……」

「どうして、せっかく書いた手紙を捨てちゃうんですかっ。もったいなくないですかっ」

 

 その言葉に、茜はきっぱりと言い返す。

 

「それは、必要なことだからです。少なくとも、私にとっては」

 

 あかりは、茜の様子に固い決意のようなものを感じた。おそらくは、捨てるということに強い意志を込めているのだろう。

 

 もしかしたら、自分の想いを捨て去るために、諦めるために捨てているのではないだろうか。ただ思いついただけにもかかわらず、あかりには気持ちが分かるような気がした。

 

 きっと、想いが届かないという考えに支配されているのだろう。それなら、茜の心に触れることが、祐介だけではなく茜の迷いも振り払うきっかけになるかもしれない。

 

 あるいはただの妄想と切って捨ててもおかしくはない考えだが、それでもあかりには自分の考えが完全な間違いだとは思えなかった。

 

「隣の席、結城くんですよねっ。もしかして、彼が好きなんですかっ」

「……私は、ただ自分の気持ちを整理しているだけです。それだけなんです」

 

 少し瞳と声を揺らしながら語っていた。その茜の言葉に、祐介にも希望があるのではないかと感じたあかり。もし結城に恋が届かないと考えていたのなら、それを諦めるために手紙を捨てているのかもしれない。

 

 なら、祐介がその心の隙間を埋めることだってできるかもしれない。希望的観測であるにしろ、信じたい未来だとあかりは思っていた。

 

 それを確認するために、もう少し茜との距離を縮めたい。そう考えて、あかりは世間話を振ることにした。

 

「それ、野球のボールですか? シールということは、何かに貼るんですね。いいですね、可愛くて」

「手紙に貼るんじゃないですかっ。ちょうど良い大きさですしっ」

「はい。私にとっては、このシールであることが大事なんです」

 

 茜のまっすぐな目に、あかりは確かな恋心を見たような気がした。野球のシールであるあたり、結城への想いの可能性が高いだろう。

 

 結城がどう考えているか次第ではあるが、祐介の想いが叶うことは、茜と祐介のふたりにとって良い未来なのではないだろうか。あかりはそう思っていた。

 

「告白の手紙にシールを貼っても、相手の答えは同じじゃないですか?」

「いえ。少なくとも、自分の想いを込められます。それだけのことが、大きいんですよ」

 

 ときこが無邪気な様子で問いかけ、あかりは真剣に返す。想いが報われなかったとしても、自分の気持ちを大事にしたい。そんな感情は、あかりにとっては当然のものだった。

 

 それに対し、茜は強く頷いた。

 

「そうですよね。私のこの気持ちは、届かないとしても大切にしたい。本当は、好きって言いたい。でも……」

 

 そう言って、茜はうつむく。その声は、強く震えていた。やはり、自分の想いが届かないと考えているのだろう。その気持ちは、あかりには痛いほど分かった。

 

 自分の想いの強さなど、想い人には関係ない。あったとしても、想いが届くとは限らない。だからこそ、少しでも自分の感情に整理をつけたいのだ。

 

 やはり、茜の本心にたどり着くべきだろう。それが、きっと良い未来につながる。あかりは、心から信じていた。

 

「言いたいのなら、言えば済む話じゃないですか?」

「その結果としてどうなるかが怖い瞬間は、誰にでもありますよ。もちろん、私にだって」

 

 率直な言葉を告げるときこ。対してあかりは、茜に向けて微笑みながら語る。自分には、茜の気持ちは分かる。そう伝えるかのように。

 

 その思いが届いたのか、茜はわずかに笑った。そして、あかりに軽く頭を下げる。そして、ときこは明るい笑顔で質問を続けた。

 

「祐介くんについては、どの程度知っていますかっ」

「良い人ですよね。いつも明るくて、みんなに元気をくれる人。私も、何度か勇気づけられました」

 

 そう言いながら、茜は優しく口元を緩めていた。これは、案外良い印象かもしれない。あかりには、そう見えていた。

 

 とはいえ、手紙の相手が祐介である可能性は低いだろう。ゼロではないにしても。ただ、茜が想いを捨て去った先であれば、もしかしたら違うのかもしれない。あかりは、そう予想していた。

 

「なるほど。茜ちゃんに聞きたいことは、これで終わりですねっ」

 

 そう言って、ときこは振り返って去っていく。あかりは、茜に深く礼をしてからときこに着いていった。

 

 少しして、昼休みが終わり、次の授業に移る。その中で、ときことあかりは雑談に興じていた。

 

「今回の三角関係の未来は、どうなるんでしょうね」

「なるようになるだけですよっ。それよりも、早く答えにたどり着きたいですっ」

 

 ときこはワクワクした様子で言う。あかりは、ときこが本当は謎解きにしか興味がないのではないかと疑っていた。だが、それを言葉にすることはできない。決定的な答えが帰ってきてしまえば、どうすれば良いのか分からなかったからだ。

 

 そのまま、あかりは確信に触れないまま話を続け、そして放課後。茜と結城、そして祐介はそれぞれの部活へと向かっていく。

 

「放課後にわざわざ学校に残るなんて、どうしてなんでしょう。私なら、面倒なだけですねっ」

「だから帰宅部だったんですね? きっと、やりたい何かがあるんですよ。それも、学校でしかできないことです」

 

 そんなやりとりをしつつ、グラウンドにたどり着く。ときことあかりは、茜と結城がどのように部活をおこなっているかを観察していた。

 

 あかりは結城の顔を見て、茜の隣の席の男子だと理解した。

 

「なるほど、部活以外でも、隣の席で交流していたんですね」

「面白いですよねっ。ほとんどずっと、そばに居るんですからっ」

 

 結城はピッチャーとして、キャッチャーとボールのやり取りを繰り返している。茜は記録を取ったり、新しいボールを渡したり、タオルを渡したりしながら結城のサポートをしていた。

 

「今日、調子が良いんじゃないですか?」

「そうだな。この調子でコントロールを上げていけば、大会で結果を出せるはずだ。そして、その先は……」

 

 結城はボールをじっと見ていた。おそらくは、プロになる未来を夢見ているのだろう。あかりには、そのように見えた。

 

 それからも、結城は投球練習、走り込み、筋トレなどを繰り返していく。そのすべてを、茜はずっとサポートしていた。

 

 茜は、常に結城が必要とするものを先に用意している。だからこそ、結城は自分の練習に集中できていた。間違いなく、茜の想いの形だ。あかりはそう感じていた。

 

 結城はどこまでも真剣に練習に向き合い、ひとつひとつの動きをしっかりと確認している。あかりから見て、野球部の誰よりも熱心に練習していた。プロになるという夢に、どこまでも真摯に向き合っている。

 

 そして、茜は結城を支える時間を幸せそうに過ごしていた。野球に打ち込む結城のことが、相当好きなのだろう。あかりには、その気持ちが手に取るように分かった。

 

 だからこそ、祐介に共感している部分もあった。届かない可能性が高いなんてこと、茜と結城を見ていれば、誰にだって分かるはずだ。それでも、諦めることができない。そんな簡単に捨てられるようなものは、恋心ではない。あかり自身だって、同じだったのだから。

 

 どんな未来が待っていたとしても、祐介と茜の心に寄り添いたい。あかりは、強く決心して胸に手を当てた。

 

 そして、部活が終わり、茜と結城は教室に戻ってくる。結城は荷物をまとめて茜に会釈をした後に帰り、茜は手紙を書いていた。書き終えると、再びゴミ箱に捨てる。そのまま、茜も帰っていった。

 

「なるほどっ、放課後にも、手紙を捨てるんですねっ」

「ときこさん、何かが分かったんですか?」

「どうでしょうかっ。ひとまず、仮説はありますが」

 

 その言葉を残して、ときこは黙り込む。あかりはそれ以上問いかけることをしなかった。経験則からして、ときこが答えないことを分かっていたからだ。

 

 しばらくして、祐介が教室に戻ってくる。それを見て、あかりは挨拶した。

 

「お疲れ様です、祐介さん。ひとまず、集まった情報を報告しますね」

「それなんすけど、依頼を取り下げても良いっすか? お金は、ちゃんと払うっす」

 

 うつむきながら、祐介は語る。そのまま、返事も待たずに去っていった。ときこは相変わらずの笑顔のまま、首を傾げていた。

 

「どうして、急に答えを知りたくなくなっちゃったんでしょうかっ」

「顔を見る限りでは、答えを恐れている様子でしたね」

 

 あかりには、祐介の怯えが見て取れた。好奇心や恋心で関心を持ったが、だからこそ真実が怖くなったのだろう。

 

 祐介は、きっと茜が結城を好きという真実を突きつけられるのが恐ろしかったのだ。その感情が表に出たのは、答えに近づく段になって、茜に恋が届かない未来を想像してしまったからなのだろう。

 

 あかりからみて、祐介の想いが実る可能性は低い。茜が恋敗れたとしても、祐介がその代わりになるとは限らないからだ。それでも、祐介は答えを知るべきなのだと感じていた。

 

 なぜなら、現実は何も変わらないからだ。逃げたという思い出が、祐介を傷つける未来が見える。あかりは、その未来を避けたかった。

 

 とはいえ、祐介の家はあかりもときこも知らない。そこで、いったん事務所に戻るとあかりは決めた。

 

「さて、まずは帰りましょう。祐介君と話をするにしても、明日です」

「このまま終わりだと、消化不良ですよっ」

 

 そんな風にぼやきつつ、ときこは帰路につく。そしてふたりは、事務所でその日を終えた。

 

「そんなところに雑に置く本なら、捨てますよっ!」

「ダメですっ、これは図書館で借りた本なんですっ」

 

 床に散らかされた本について、そんな一幕もありながら。

 

 そして次の日。雨の音が響く中、あかりはときこを起こし、用意した朝ご飯を共に食べる。それから、再び学校へと向かった。祐介と、もう一度話をするために。

 

 ときことあかりの顔を見た祐介は、即座に目をそらした。そして、足早に通り過ぎようとする。その姿を見て、あかりは思わず声をかけていた。

 

「祐介君、あなたの考えていることを、聞かせてください。私達は他人ですが、だからこそ話せることもあると思います」

 

 祐介は、あかりの言葉を受けてうつむく。そしてしばらく視線をさまよわせた後、ため息をついて、あかりに向き合った。

 

「なら、空き教室で話をするっす。他の人には聞かれたくないっすから。いいっすよね?」

「もちろんです。話を聞かせてくれる気になっていただけたのは、嬉しいです」

「結局は、依頼を取り下げるのが正しいのか、ずっと迷っていたっすから。情けないっすよね」

 

 そう言いながら、祐介は頬をかいた。おそらくは、勢いで取り下げを口に出したのだろう。あかりにとって、よく分かる気持ちだった。

 

 恋というのは、自分では制御できない感情なのだ。だからこそ、何度も間違いを犯してしまう。捨てられたら良いと、何度感じたか分からない。ただ、祐介の恋の結末は、少しでも未来につながるものであってほしい。あかりはそう祈っていた。

 

 そして、空き教室で祐介とふたりは向き合う。祐介は何度か口を開いては閉じて、そしてあかりの方をじっと見ながら言葉を発した。

 

「本当は、分かってたんっす。茜が好きなのは、結城だって。でも、俺にもチャンスがあるかもって……!」

 

 最初は弱々しく、だんだんと声の音量が上がっていった。その様子を見て、あかりは強く共感した。届かないと知っていても、その現実を否定したくなる。あかり自身も、抱えたことのある気持ちだった。その思いを込めて、祐介と目を合わせながら、あかりは深く頷いた。

 

「分かります、その気持ち。好きな人のことは、諦めたくないですよね。でも、まだ答えが決まった訳じゃないです。変な希望を持たせるつもりはありませんが、まだ推測ですよね」

「そうですねっ。まだ、真実は分かりませんっ。どうして茜ちゃんが手紙を捨てたのか」

「例えば、結城君への気持ちを諦めようとしているとか、あり得ると思いませんか?」

 

 あかりの言葉を受けて、祐介は目を見開く。そして、あごに手を当てて考え始めた。しばらくして、もう一度あかりの方を見る。

 

「そうっすよね。どうせなら、せめて告白して玉砕したいものっす。そういえば、ときこさん。もう、茜の気持ちは分かっていたっすか?」

「十分な手がかりはありましたよっ。あかりちゃんは、どれだと思いますかっ」

 

 無邪気な笑顔で、ときこは問いかける。それに対して、あかりは素直に答えた。

 

「手紙を捨てるだけでは、分かりませんよね。手紙を書いているという情報だけでも。いえ、表情や声色でしょうか?」

「分かりませんかっ。なぜ学校で手紙を書いているのか」

「そういえば、なぜでしょうか。家だと想いが浮かばないとか?」

「惜しいですねっ。正確には、とある人物と交流した直後の空き時間に、書いているんですよっ」

 

 あかりはその言葉を受けて、情報を整理した。授業の直後に書いていて、体育の時間には書いていない。そして、放課後に部活が終わった直後にも書いている。

 

 つまり、体育の時間以外は、隣の席である授業でも、近くでサポートしている部活でも、そのとある人物と接触している。誰かなど、考えるまでもない。

 

「結城君! なら、彼を好きになっているというのは、その方向からも確定できそうですね」

「やっぱり、流石っすね。探偵だけのことはあるっす。この調子なら、答えにまでたどり着いちゃうかもしれないっすね。でも……」

 

 祐介は、視線を左右に動かしながら言葉をつまらせた。あかりには、すぐにためらいの気持ちが分かった。その気持ちに寄り添うためにも、言葉を続ける。

 

「祐介君の気持ちが報われるかは、分かりません。でも、答えを知った方が、心の整理に役立つはずです」

「あなたが答えを知りたくないと思っても、結果は変わりませんよっ。それでも、調べなくて良いんですかっ」

「選ぶのは、あなたです。私は、その気持ちを尊重したいです」

 

 あかりは、まっすぐに祐介の目を見る。数秒して、祐介は目を伏せた。

 

「そうっすよね……。結局、俺の現実逃避かもしれないっす……。告白する勇気すら、無かったっすから」

 

 その言葉の後、祐介はあかりの方を見返す。そして、胸の前で拳を握った。その仕草は、あかりには決意の証に見えた。

 

「お願いします、ふたりとも。俺に、答えを教えてほしいっす」

「分かりました。全力で、職務を果たしますね」

「答えが分からないままなら、気持ち悪いですからねっ」

 

 あかりは胸に手を当てて、軽く一礼する。ときこは笑顔のまま、元気いっぱいに宣言した。その姿を見て、祐介は破顔した。

 

「ときこさん、後は、何を聞きたいですか?」

「そうですねっ。一度、結城くんにも話を聞いてみたいですっ」

「分かりました。では、教室に向かいましょうか」

 

 あかりは深く頭を下げ、ときこは笑顔で手を振って、結城達の教室へと向かっていった。そこには、汗を拭きながら席に座ろうとしている結城が居た。雨にも関わらず汗を拭いているあたり、筋トレでもしていたのだろう。あかりは少し感心していた。

 

 そこに向けて、ときこは軽く駆け寄って声をかける。

 

「結城くんっ、茜ちゃんについては、どう思っていますかっ」

「すみません、突然。私達は依頼を受けて、茜さんが手紙を捨てる原因を調べているんです」

 

 その言葉を受けて、結城は目を上に向けた。しばらくして、少しぶっきらぼうな口調で話し出す。

 

「最近、なんか距離ができた気がするな」

 

 結城の言葉に、あかりは疑問を抑えることができなかった。茜は、どう考えても献身的に結城の部活をサポートしていた。それなのに、どうして距離ができるというのだろう。

 

「隣の席なのに、どうやって距離を取るんでしょうっ」

「会話を減らすとか、そういう話ですよ。物理的な距離の話ではありません」

 

 あかりの言葉を受けて、ときこは少し考え込む。そして、言葉を重ねた。

 

「授業中や、休み時間の話ですかっ。確かに、あまり話していませんねっ」

「そうなんだよ。ずっと、手紙を書いては捨てているだろ? そんなに大事な話なんだろうか」

 

 首を傾げながら、結城は言う。その様子を見て、あかりはわずかに怒りを抱いた。茜が手紙を書いている相手は、間違いなく結城だ。にもかかわらず、他人事のように語るのだから。

 

 だが、それはぶつけるべき感情ではない。深呼吸をして、気を取り直していた。

 

 ときこは今でも変わらない笑顔で、質問を続けていく。

 

「茜ちゃんへの感情は、どんなものですかっ」

「どんなって……。そりゃあ、感謝はしてるよ。あいつ以外なら、俺は今ほどの成績を残せなかった。それは間違いないからな」

 

 頬をかきながら、結城は語る。その姿を見て、あかりの怒りの多くは霧散した。おそらくは、本気で野球に向き合っているだけなのだろう。だからこそ、周りが見えていない。正確には、感情の機微が。

 

 プロを目指しているのであれば、それは正しい姿勢なのかもしれない。ただ、茜が不憫でもあったが。同時に、納得もした。これほど野球しか見えていない相手に恋をしているのなら、それは想いを諦めてもおかしくないのかもしれない。

 

「茜さんは、本気で結城君の夢を応援しているんですね」

「ああ、そう思うよ。もしプロになれたら、応援してくれた人だって言おうと思っているくらいだ」

 

 結城は真剣な目で語っていた。彼なりに、茜を大切に思っているのだろう。それだけは、確かなことだ。あかりは強く感じていた。

 

 茜の気持ちが届くように応援したい気持ちもある。祐介の恋が報われてほしいという思いもある。ただ、ふたつにひとつ。謎を解いた先の未来でどちらになるか、あかりには分からなかった。

 

 それでも、謎の答えを知ることができれば、3人が前に進むきっかけになる。そう信じていた。

 

 ときこは変わりのない笑顔で、言葉を続ける。

 

「あかりちゃん、行きましょうっ。もう少しで、答えが分かると思いますよっ」

「待ってください! 結城君、ありがとうございました」

 

 結城に一礼してから、あかりは去っていくときこを追いかけた。その中で、確かな期待を抱いていた。答えが分かる未来は、すぐ側にあるのだと。

 

 人気のない教室に向かったふたり。そこで、まずはあかりが状況を整理する。

 

「今回の謎は、茜さんが書いた手紙を捨てるというものです。そして、茜さんは結城君に恋をしている様子ですね。きっと、想いを捨てようとしているんだと思います」

「半分は、合っていると思いますよっ。ただ、まだ違和感がありますねっ。そもそも、どうして手紙を学校で書いていたのでしょうかっ」

「想いを捨てようとしているのなら、結城君に知られない方が良いですからね」

「だって、隠せば確実ですからねっ。あっ、そういうことでしたかっ」

 

 ときこはその言葉を残して、あごに手を当てて考え込む。そのまましばらくして、顔を上げた。いつもより少し柔らかく見える笑顔で、ときこは宣言する。

 

「斎藤茜さん。あなたの想い、届きましたよっ」

 

 その宣言を受けたあかりは、3人を呼びに行くと決めた。

 

 しばらくして、昼休み。あかりは教室に向かい、3人に声を掛ける。そして、ときこのいる空き教室に連れていった。

 

 雨音が響く中、祐介は不安をにじませるように目をさまよわせて、茜はどこか期待感を覚えるような顔で結城をじっと見つめて、結城は茜の様子に疑問を抱いているかのように首を傾げていた。

 

 そして、3人が揃った段階で、ときこは堂々と宣言する。

 

「茜ちゃん。あなたは、本当は手紙を見てほしかったんじゃないですかっ」

 

 その言葉を受けて、祐介はうつむき、茜は目を見開き、結城は茜の顔を見ながらゆっくりと首を傾げた。

 

「どうして、そう思ったんですか……? 私は、手紙を捨てているのに……」

「いくつか、根拠がありますっ。まずは、茜ちゃんが心を整理しているって言ったことですねっ」

 

 察するに、学校で手紙を書いているという事実そのものが、茜の心の発露だったのだろう。諦めるというのは単なる理性で、本心は別のところに隠れていた。それが、見てほしいという気持ちだったのかもしれない。

 

「そして、あかりちゃんは書きたい想いがあると言っていましたっ。それは、結城君と過ごした時間の直後に書かれていますっ。つまり、結城君への想いがあふれて止まらなかった。そんなところじゃないですかっ」

 

 茜は図星を突かれたかのように固まる。つまり、ときこの推理は正解だったのだろう。あかりがつい祐介を見ると、顔を青ざめていた。そんな様子も気にせず、ときこは言葉を続けていく。

 

「私の話なんですけど、図書館で借りた本は、捨てられなかったんですよねっ。内容は、分かっていたんですけどっ。それって、別の意味があるからですよねっ」

 

 図書館に返さなければいけない。おそらくは、その事実と内容に感じている価値は関係のないものだという話なのだろう。

 

 つまり、捨てるからといって価値がないわけではない。むしろ、茜にとっては大きな価値があったのだ。そういうことだとあかりは解釈した。

 

「最後に、カリギュラ効果の話をしましょうっ。見てはいけないという気持ちがあるほど、見たくなるものですっ。そんな風に、手紙を気にしてほしかったんですよねっ」

 

 茜はがっくりとうなだれ、ぽつりぽつりと言葉をこぼしていく。まるで、罪の告白かのように。

 

「最初は、本当に応援していただけだったの。結城君は頑張っているから、少しでも支えになれたらって」

「ああ。茜には、とても助けられたよ。俺にプロになる可能性があるのは、茜のおかげだ。とても優しい気づかいに、何度も助けられたよ」

 

 結城は穏やかな顔で茜を見ていた。だからきっと、茜の気持ちは伝わったのだろう。ただ、茜は結城の顔すら見れないようだった。あかりには、茜の心の痛みが届いたような気がした。

 

「でも、それだけじゃ満足できなくなっちゃったの。だから私は、想いを書いた。でも、そんなの渡せるはずないじゃん! 結城君は、本気でプロを目指しているんだから! 私が邪魔をするなんて、できない!」

 

 茜は、血を吐き出すかのように叫んでいた。それこそが、茜の感じる罪だったのだろう。プロを本気で目指す夢を、自分が妨害しようとした。そんな感情で、満たされていたのだろう。あかりには、そう見えた。

 

 だが、結城はどこか優しげな顔をしている。だからこそ、茜の感じている罪は偽物だ。あかりは、そう確信できていた。祐介は、ずっとうつむいている。それだけは、気がかりではあったが。

 

「私は、結城君が好き。だからこそ、身を引こうと思ったの! だって、本当に好きな人の夢を応援するのが、本物の気持ちでしょ? そりゃあ苦しいよ。泣きたいくらいに。でも、仕方ないじゃん!」

 

 頭を振り乱しながら叫ぶ茜の肩に、結城はそっと手を置いた。そして、柔らかい笑顔で言葉を紡いでいく。

 

「いや、今だから分かる。俺は、お前に支えてもらったからこそ強くなれたんだ。だから、お前が必要なんだよ。他の誰でもない、お前が」

「結城君……。 それって……!」

 

 茜は満面の笑みを浮かべて、結城の胸に飛び込む。そして結城は、強く抱きしめていた。その姿を見て、祐介は目元を拭う。そして、笑顔でふたりに声をかけていた。

 

「おめでとう、ふたりとも。良かったよ。これで、一件落着っすね」

「目元が……むぐっ」

「ときこさん、黙っていてください。今は大事な話をしているんです」

 

 あかりはときこの口をふさぎ、耳元でささやく。ときこは、数秒してから頷いた。そのまま、ふたりは話を聞いていく。

 

「祐介君が、探偵さんに依頼してくれたんでしょ? おかげで、うまくいったよ。ありがとう」

「そうだな。お前のおかげだ。それで、大切なことに気づけたんだ」

「良かったっすよ。ちょっと、じれったかったっすから」

 

 それは本心でもあり、嘘でもあるのだろう。茜の気持ちに、自分なら応えるのに。そんな気持ちが隠れていたに違いない。にもかかわらず、祐介はふたりを祝福している。その想いを、あかりは強く褒めたかった。

 

「依頼料、お前が払うんだろ? 俺が出すよ」

「いや、俺が勝手に決めたことっすからね。これはケジメっすよ」

「いいのよ。私達に、感謝させて」

「そこまで言うのなら、任せるっす。俺の依頼なのに、悪いっすね」

 

 結城と茜は、笑顔で向き合う。祐介が震えるほど強く拳を握っていることに、あかりは気づいていた。

 

 祐介はふたりが去っていくのを見送り、ぽつりとこぼす。

 

「あーあ、チャンスがあると思ったんっすけどね。でも、ありがとうございました。はっきり答えが分かって、ちょっとだけスッキリしたっすよ」

「なら、良かったです。祐介君の未来を、私は応援していますからね。今だけは、泣いていいですよ」

 

 あかりの言葉を受けて、祐介は涙をこぼしていく。そんな祐介の頭を、あかりは優しくなでていた。

 

「皆さん、素敵な想いでしたよっ」

 

 ときこは最後に、笑顔で告げた。泣き止んだ祐介は空を見上げる。合わせてあかりも空を見ると、虹がかかっていた。ほんの少しだけ、祐介は笑った。

 

 そして依頼を終え、ときことあかりは事務所に戻っていた。

 

「祐介君も、新しい恋を見つけられると良いんですけどね。あんなに素敵な子なんですから、幸せになってほしいです」

「それにしても、届かなくていい想いなんてあるんですねっ」

「違いますよ。誰だって、本当は届いてほしいんです。状況が、邪魔をしてしまうだけで」

 

 その気持ちは、誰よりも分かる。無邪気な笑顔を浮かべるときこの姿を見ながら、あかりは胸を抑えていた。

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