小さな恋のミステリー:天然探偵と真面目助手が恋の謎を解き明かす話   作:maricaみかん

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事務所から去った助手の秘めた想い

 ある日の朝、ときこは目覚まし時計の音を聞いて起き上がる。そして寝ぼけ眼でしばらくボーっとして、それから目を見開く。

 

「あかりちゃん? 今日は起こしてくれなかったんですか?」

 

 そう言いながら、ときこは目覚まし時計を止める。いつもなら、あかりが止めている目覚まし時計を。そして、事務所の中を歩き回っていった。あちらこちらを見回しながら。少し眉を困らせながら。それでも、ときこの足取りは軽かった。

 

「かくれんぼですかー? あかりちゃーん?」

 

 冷蔵庫を開けると、多くの料理が冷凍されていた。和洋中、様々に揃っており、小分けにされている。それぞれの袋に、期限が書かれていた。

 

「作り置きなんて、珍しいですねっ。いつも、できたてを食べているのにっ」

 

 首を傾げながら、ときこはこぼす。疑問を抑えきれないような様子で。それから、次は倉庫の中に入っていった。いつも通りに整理整頓されている。ただ、依頼に関する資料だけが消えていた。

 

「依頼について振り返っているんですかっ。あかりちゃんは真面目ですねっ」

 

 軽くうつむきながら、ときこは語る。自分に言い聞かせるかのように。何かから、目をそらすかのように。

 

 続いてときこはトイレや風呂の扉を開く。トイレには多くのトイレットペーパーが補充されており、風呂のシャンプーや石鹸なども同様であった。同時に、とても清潔に掃除されていた。

 

「綺麗好きだからって、やり過ぎですよっ。もう、業者さんじゃないですかっ」

 

 むくれたような声色で言いながら、ときこは用意されていたシャンプーや石鹸などをじっと見ていた。そこに何かが隠れているかのように。しばらくして、ときこはため息をついて風呂から出ていった。

 

 ときこは最後に、普段依頼を受ける部屋へと向かった。そこの中心にあるテーブル、その上に封筒が置かれていた。

 

「ときこさんへ? 今日は私の誕生日じゃないですよっ。サプライズなら、間に合ってますっ」

 

 面倒そうに言いながら、ときこは封筒を開く。その中には手紙が入っており、こう書かれていた。

 

 ――宗心探偵事務所を続けていくことに、限界を感じました。このままではダメなので、調べ物をしてきたいと思います。宗心探偵事務所がこのままで良いのか、整理してきますね。用意しておいた食事や道具が無くなる前には、戻りたいと考えています。

 

 ときこは手紙を両手で持ちながら、何度も何度も読み返していた。しばらくして読むのをやめ、両手から力が抜ける。手の隙間から、手紙が落ちていった。とても強い悲しみに襲われているかのように。

 

「あかりちゃん、私が嫌いになっちゃったんでしょうか……。だから、距離を取りたくて……」

 

 かすれたような声で語られ、ときこの目にわずかな涙が浮かぶ。こぼれ落ちる寸前に、ときこ自身が袖で拭った。悲しみを振り払おうとするかのように。そしてときこは前を向き、深呼吸する。自分を落ち着けるかのように。

 

「絵馬の時には、やはり私には分からないのですねって言っていました。それってつまり、呆れていたから……?」

 

 かつてあかりは、ときこが今が一番幸せだという気持ちはどんなものかを訪ねたときこに、目を伏せながら返していた。その様子を思い返すかのように、ときこはうつむく。

 

 再びときこの目から涙がこぼれそうになり、もう一度袖で拭う。そして慌てた様子で袖を目元から話し、ポケットに手を入れてハンカチを取り出そうとして、何もない事に気づく。それは、あかりがいつもハンカチを用意している証そのものだった。

 

 ときこはポケットから手を出して、部屋をぐるりと見回す。何かを探すかのように。そしてため息をついてうつむく。何も見つけられなかったかのように。

 

「あかりちゃんは、ずっと私の世話をしていました。まさか、疲れてしまったんでしょうか……」

 

 ときこはじっと手元を見つめながら、口元を歪めていた。まるで後悔に浸るかのように。あかりとの思い出を振り返るかのように。

 

 しばらく止まったまま、ときこは黙り続ける。そして、大きく首を横に振った。自分の考えを振り払うような姿で。

 

「いえ、確証バイアスです。嫌いだという答えに、自分から近づいているだけですっ」

 

 深呼吸しながら、ときこはあごに手を当てる。どの情報が真実かを、ひとつひとつ確かめるかのように。十秒ほど黙り込んで、やがてときこは頷く。

 

「あかりちゃんは、去ると言っただけ。それだけが、事実なんですっ」

 

 ときこは手を数度握り直し、もう一度前を向く。まるであかりが視線に先に居るかのように、穏やかな顔で言葉を紡ぐ。

 

「まだ、何も分かっていないんですっ。私は、もっと知らないといけません。あかりちゃんの本当の気持ちに、たどり着くんですっ」

 

 自分に語りかけるかのように、胸に手を当てて語るときこ。そのまま、手紙を拾い直した。そして、まっすぐに前を見る。その瞳には、強い決意が込められているようだった。そしてときこは息を深く吸い、堂々と前を見た。

 

「この謎に隠された想い、解き明かしてみせますっ!」

 

 これまでのどんな謎に向き合った時よりも強く、ときこは宣言した。静かな部屋に声を響かせながら。そこには、必ずあかりの真実にたどり着くという意志がハッキリしているようだった。

 

 それからときこは、まず外に出かけるために着替えを探す。

 

「そもそも、タンスってどこにあるんでしょうかっ」

 

 ときこは手紙がある部屋を探して、起きた部屋を探して、次いでトイレや風呂も探していく。あちらこちらを掘り返していくが、何も見つからない。扉を開けっ放しにして、ときこは動き続ける。

 

「あかりちゃんが用意してくれていたってことは、あかりちゃんの部屋ですかねっ」

 

 ときこがあかりの部屋に向かうと、タンスが三つあった。その片方を開けると、スーツが丁寧に吊るされている。シワもなく、ピンと張っていた。

 

「これは、あかりちゃんの服ですねっ。なら、別のものですねっ」

 

 続いて別のタンスを開けると、パジャマが複数、そしてカジュアルな服がいくつか入っていた。どれもあかりのものだ。ときこは興味なさそうな様子ですぐに閉め、最後のタンスへと移る。

 

 そこには、いくつものワンピースが飾られていた。ときこは一着を取り出し、ハンガーから取り外す。そしてハンガーを床において、ワンピースに着替えていった。パジャマはたたまずに、床に放り出されていた。

 

「さて、出かけましょうっ。とりあえず、誰か知り合いに会いたいですねっ」

 

 そしてときこは、玄関から出ていく。財布も持たないまま、鍵だけを閉めて。ときこが空を見上げると、太陽の光が届く。同時に、そのすぐ近くに雲が見えた。ときこは目を細めて、前を向いて歩き出す。

 

 ときこはそのまままっすぐに進み、縁近高校へとたどり着く。そこには、登校してきた様子の男女が居た。かつて空白の絵馬について依頼をした愛花と、その幼馴染で恋人の剛だ。

 

 ふたりは手を繋いでおり、ときこの方を見て一礼した。愛花は腰から、剛は頭を軽く下げて。ときこは笑顔で二人に話しかけていく。

 

「あっ、ちょうど良いところにっ。あれから、あかりちゃんに会いましたかっ」

「あかりさんですか? この前、学校帰りに会いましたね。改めて、お礼を言わせてもらいました。ときこさんも、ありがとうございます」

「ふたりが居なかったら、もう少しギクシャクしていただろうな。いま思えば、愛花には悪いことをしたよ」

 

 愛花は花開くような笑顔で頭を下げ、剛はポケットから手を出してぶっきらぼうに頭を下げた。ふたりの礼を特に気にした様子もなく、いつも通りの笑顔でときこは話を続ける。

 

「その時、なにか言っていましたかっ。お出かけしたいとかっ」

「もうちょっと深刻な話なら、あるぞ。幸せってなんでしょうかとか言ってたな。もしかして、あの人なにか悩んでたのか?」

「そういえば、あかりさんは一緒じゃないんですね……。あっ、ごめんなさい。気になることといえば、分かり合うことは難しいと言っていたことでしょうか」

 

 剛は首を傾げながら語り、愛花は目を伏せながら質問に答える。ときこは少しだけ上を見た後、横を振り向いて話そうとして、黙り込む。まるであかりに話しかけようとしたかのように。

 

 その姿を見た愛花は、何かを察した様子でときこを心配そうに見ていた。剛はその様子を見て顔を引き締めた。対して愛花は、そっと手を握って微笑みかける。手を取られた相手は、まっすぐに目を見て頷いた。ふたりの姿には、しっかりと手を取り合う意思が映っていた。

 

 そんな様子を見ながら、ときこはにこやかに頭を下げる。

 

「ありがとうございますっ。とりあえず、もう少し情報を集めてみますねっ」

「もうですか? あっ、お急ぎなんですね。頑張ってください」

 

 ときこは愛花の言葉を最後まで聞かずに、振り向いて去っていく。それから少しだけ周囲を歩き回りながら言葉を残す。

 

「分かり合いたいなら、次は分かりあった人でしょうかっ。とりあえず、テストの人に聞いてみましょうっ」

 

 ときこは立ち止まることなく状況を整理し、今度は縁近学園に向かっていった。

 

 校門に真っすぐ進んでいったときこは、教師に止められる。不思議そうな顔をするときこに、教師は怪訝そうな顔で問いかけた。

 

「いったい、何のご用件でしょうか。ご覧の通り、こちらは学校です。関係の無い方には、ご遠慮いただければと」

「あっ、連絡をしていないんでしたっ。私は、宗心探偵事務所の宗心ときこといいますっ。今からだと、許可は出ませんかっ」

「……ふむ。確か、以前にいらしたのが、宗心探偵事務所の方でしたね。ならば、関係者にうかがってみます」

 

 ときこに応対した教員は、近くの事務員らしき相手に何かしらを告げ、そのまま校舎へと向かっていく。事務員は校門の前で、ときこをじっと見ていた。

 

 しばらくして、別の教員が校門へとやってきた。そしてときこの顔を見て、納得したように頷いた。

 

「ああ、助手さんではないのですね。今回は構いませんが、次回からは事前に連絡をいただければと」

「分かりましたっ。ところで、亜子ちゃんや亮太くん、美佳ちゃんはいらっしゃいますかっ」

「なるほど、以前の依頼の件ですか。昼休みでしたら、呼び出すこともできますが」

「お願いしますっ。話を聞かせてもらいますねっ」

 

 それから教員に案内され、空き教室で待つときこ。その間ずっと、ときこは時計だけを見ていた。まるで、一秒ですら惜しんでいるような姿で。部屋の中では、時計の音だけが鳴っていた。

 

 しばらくして、三人がやってくる。破られたテストについての関わりがあった人たちだ。仲良くなった亮太と美佳はお互いに笑いながら話していて、その姿を亜子は嬉しそうに見ていた。

 

 ときこの顔を見て、亜子は首をひねる。そして、すぐに疑問を言葉にした。

 

「私達に質問とのことですけど、あかりさんは居ないんですね。経過を見るってことではないんですか?」

「えっと、あかりちゃんから何か聞いていませんかっ。クイズの問題が解けたとかっ」

 

 亜子は首を横に振り、美佳は亮太の方を見た。亮太は、少しだけ悩んだ様子を見せた後、ゆっくりと話し始める。

 

「解けてないって話はしてたよ。自分が成長できない苦しみって、分からない人には分からないって言ってたよ。その相手が誰かまでは、言ってなかったけどな」

「それって、私と同じ……」

 

 美佳は軽く目を伏せ、亮太は美佳の手を握る。それを受けて、美佳は手を両手で包みこんだ。そして落ち着いた笑顔を浮かべる。その姿は、二人の手を取り合うという意思が形になったようだった。亜子は安心したように二人を見ていた。

 

 そしてときこは、にっこりとしながら立ち上がる。そのまま、教室から去っていった。

 

「ときこさん、さようなら」

 

 ときこはそんな言葉に一度だけ振り返り、軽く手を振ってから早足で歩き出す。そしてベンチに座り、下を見ながら軽くつぶやく。

 

「成長ですかっ。なら、何かに打ち込んでいる人とか、ちょうど良いんじゃないでしょうかっ。なら、部活ですねっ」

 

 そしてときこは、スマートフォンをいじりだす。あれこれ検索した後、通話していく。

 

「今から行きたいんですけど、良いですかっ。あっ、名前ですかっ。宗心探偵事務所の、宗心ときこですっ。あ、分かりましたっ」

 

 次の目的地に許可を取ったときこは、スマートフォンを見ながら歩いていく。そしてしばらくして、また別の学校にたどり着いた。縁近西高校だ。

 

 部活を終えて帰ろうとしている生徒たちがおり、ときこは野球部に向けてまっすぐ歩いていく。そして目的の人物を見つけて、笑顔で話しかける。

 

「あっ、いましたっ。茜ちゃん、結城くん、いま良いですかっ」

 

 ユニフォームを着た男子生徒と、その汗を拭いている女子生徒は同時に振り向く。そして、二人は顔を見合わせた。そんな様子を気にすることもなく、ときこは話を続ける。

 

「あかりちゃんと、あれから何か話しましたかっ。身長が伸びたとかっ」

「もう伸びない年なんじゃないですか? 聞いたことといえば、届かない想いを抱えるのは、やはり苦しいと」

「悪かったよ。いま思えば、分からないはずないもんな。それは傷つくはずだ」

「ううん、良いの。私はちゃんと幸せだから。まっすぐなあなたが、好きなんだから」

 

 茜は結城を愛おしそうに見つめ、結城は茜の肩を抱いた。そこには、言葉にせずとも伝わっている感情があった。

 

 そしてときこは、ふたりを見ずに去っていく。もう用はないというような姿で。それを見た茜と結城は、もう一度顔を見合わせていた。

 

 暗くなった空を見て、ときこは事務所へと歩いていく。しばらくして、たどり着いた建物の中に入り、服を脱ぎ捨ててパジャマに着替える。それから、冷蔵庫の中身を電子レンジに放り込んだ。

 

 破裂音が聞こえても気にすることなく、ときこは完了の音声だけを聞いて食事を取り出す。そして、中身を見て顔をしかめた。

 

「なんですかこれっ。カレーが固まっていますよっ」

 

 汁気の無くなったカレーを見ながら、ときこは首を傾げる。それから、皿に手を伸ばして触れ、勢いよく引っ込める。

 

「熱いですっ! やけどしちゃうかと思いましたよっ。もう、なんなんですかっ」

 

 それからときこはカレーが覚めるまで待ち、取り出した箸を突き立てて食べていった。いかにもマズいという様子で、眉をひそめながら。

 

 ずっと無言で食べ進めた後、ときこは時計を見ながらこぼす。

 

「あかりちゃんがいないと、私は何もできないんですねっ。やっぱり、あかりちゃんに帰ってきてもらわないと……」

 

 胸のあたりを強く握った後、ときこは仕事場へと向かう。そこで、事務所の資料を漁っていた。紙をいくつか放り出し、やがて目的のものを見つけて、何度か読み返す。そして、強く頷いた。

 

「よし、決めましたっ。後は、明日にしましょうっ。私も、探すべきなんですっ」

 

 ときこはその日の活動を終え、風呂や歯磨きなどの身支度をした後、布団に入る。そしてすぐに、眠りについた。

 

 次の日、ときこはまだ薄暗い空を見ながら外出していた。目的地に向けて迷わずに進んでいき、やがてたどり着く。

 

 そのコンビニに入ると、棚の上に商品を並べている女が居た。ときこの方に振り返った後、目を見開いて反応する。

 

「あれー、探偵さんじゃないですかー。どうしたんですかー?」

「美宇さんっ、聞きたいことがあるんですっ。あかりちゃんは、なにか調べ物をしていたそうなんですっ。知っていることはありませんかっ。虫取りの方法とかっ」

「虫取り網は、ここじゃ売ってないですねー。聞いたのは、ずっと同じ笑顔を浮かべる意味、ですねー。たぶん、事件の影響で変わらない何かなんでしょうねー。私と逆でー」

 

 美宇は昔を懐かしむような顔をしていた。かつて自分を襲った事件を思い返すかのように。ただ、ときこは美宇の顔を見ていなかった。

 

「三つ子の魂百までって言いますし、みんな変わらないんじゃないですかっ」

「私は、大切な人の存在で、良くも悪くも変わると知ったかなー。でも、出会ったことは後悔しないかなー」

 

 美宇は少し遠くを見ながら、ハッキリと宣言する。それは、新しい未来へ踏み出す決意の宣言のようだった。ときこは、ふわふわした笑顔で返事をする。

 

「なるほどっ。ありがとうございましたっ」

 

 その言葉だけを残して、ときこは去っていく。美宇は、軽く頭を下げながら挨拶していた。ときこは振り返ることもなく、ただ歩いていった。

 

 近くのベンチに座りながら、ときこはあごに手を当てていた。考えを整理するような様子で、言葉をまとめていく。

 

「生まれつきの人格……。候補はいくつかありますけど、とりあえず病院に向かってみましょうっ。まずは情報を集めてからですからっ」

 

 目的地を決めたときこは、まっすぐに病院へと進んでいく。その先で、仲睦まじい様子の夫婦を見つけた。

 

 以前セックスレスになっていた、鈴木夫妻だ。ときこは笑顔で夫妻に話しかける。

 

「ここって産婦人科ですよねっ。不妊治療は、まだ続けているんですかっ」

「そうですね。養子を取ると決めたとはいえ、治せるものなら治したいですし」

「花子が納得するまでは、付き合おうと思います。私としても、学ぶこともありますからね」

 

 夫妻は穏やかに手をつなぎながら、ときこと話をしていた。以前あった距離は少しも感じられない姿で。ただ、ときこは夫妻の様子を特に見ず、そのまま会話を続ける。

 

「あかりちゃんは、見ませんでしたかっ。いま、探しているんですっ。迷子だと、困っちゃいますよっ」

「しっかりしてる人ですから、迷子はないんじゃないですか? 聞いたのは、私は子供を持たないだろうと言っていたことです。その割には、ここでは見かけませんが」

「あまり詮索するのも、悪いですから。ときこさんは、なにか伺っていますか?」

 

 その言葉を聞いて、ときこは夫妻に一礼して去っていく。妻と夫はお互いの顔を見て、そのまま席に座っていった。

 

 ときこは病院から離れ、いったん公園に向かった。そこでぐるぐると回りながら、つぶやきを重ねていた。

 

「生まれつきの人格というのは、あかりちゃんの話ではなさそうですっ。なら、別の誰か……。調べるのは、資料ですよねっ。よし、図書館に行きましょうっ」

 

 確信を持ったようなまっすぐな目で、ときこは足早に図書館へと進んでいく。その中に入り、あちこち見回していく。そしてついに、ときこはあかりを見つけた。

 

「あかりちゃん、やっぱりここに居たんですねっ」

 

 笑顔で告げられた言葉に、あかりは本を置く。そして一度ため息をつき、ときこに向き合った。眉を困らせ、どこか悲しみを帯びた瞳でときこを見つめながら。

 

「もう、来てしまったんですね……。ときこさん、どうして私を探していたんですか?」

「あかりちゃんが居ないと、私は困りますっ。すぐに帰ってきてほしかったんですっ」

 

 あかりはときこの返答を聞き、すぐにうつむく。そして胸のあたりを強く握り、まっすぐにときこを見た。あかりにとって、それは決意の証だった。ときこ自身と向き合うと、強い覚悟を決めていた。

 

「分かりました。一度、事務所に戻りましょうか。残りの話は、それからにしましょう」

 

 そのまま、ときことあかりは事務所へと歩いていく。薄暗い曇り空の中、ふたりの間にはただ足音だけが響いていた。その足音が、ふたりを隔てているかのように。あかりはときこの方を向こうとしなかった。決意が緩んでしまいそうだったから。

 

 無言のままひたすら歩き続けてしばらく。ふたりは事務所にたどり着いた。あかりは扉を開き、ときこは後ろについていく。

 

 そしてあかりは依頼を受ける部屋の椅子に座った。周囲を見回して、目を伏せながら。胸の奥に感じる痛みに、強く向き合いながら。窓の外には、変わらない曇り空が広がっていた。

 

「思っていた以上に、散らかっていますね……。やはり、ときこさんはときこさんですね」

 

 親しみなどまるで感じられないような平坦な声で、あかりは告げる。そうしながら、じっと胸の内から湧き上がる感情を抑えていた。あかりの様子に、ときこはわずかに息を呑んだ。ただ、それでも変わらない笑顔で、ときこは会話を続けていく。

 

「初めてなんですから、失敗くらいしますよっ。確かに、ダメダメでしたけどっ」

「今のあなたを見て、確信しました。やはり、私の予想は間違っていなかった」

 

 あかりは無表情で、ただ事実を確認するかのように告げる。そうでもしないと、今からする会話を続けられそうになかった。ときこは、ただ笑顔で聞いているだけだった。まるで、何を言われるのかなど分かっているかのように。

 

 そしてあかりは、目をつぶって深呼吸をした。ゆっくりと、感情を吐き出そうと。本当のことに向き合おうと。目を開けたあかりは、ときこの目をじっと見ながら話していく。

 

「ときこさんはずっと、依頼人の気持ちに共感していませんでしたね。それに、ただ淡々と依頼人の気持ちを解き明かしているだけでした」

 

 ときこはあかりの言葉を聞いて、笑顔のまま黙り込む。まるで、都合の悪い事実を指摘されたかのように。その姿を見たあかりは、ときこから目をそらした。そして数秒ほど目をさまよわせ、もう一度ときこと目を合わせる。

 

 あかりはまっすぐにときこを見ながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。強く震える声で。悲しさを押し隠しながら。

 

「ときこさん、あなたは……サイコパスなんじゃないですか?」

 

 あかりが握った拳は、わずかに震えていた。抑えきれない恐怖が、心の底から湧き出ていると感じながら。ときこは変わらない笑顔で、あかりに返事をする。

 

「そういう年頃って、あるみたいですよねっ。非日常に憧れるっていうか」

 

 サイコパスだと言われたとはとても思えない朗らかな笑顔で、ときこは語る。それを受けたあかりは、じっとときこの目を見ていた。責めるような気持ちを、隠しきれずに。

 

「ごまかさないでください。私には、分かるんですよ。ずっと、一緒にいたじゃないですか」

 

 ときこはあかりの言葉を受けて、笑顔を消した。その姿を見て、あかりは少し後ろに下がろうとした。背もたれに押されて、実際には動くことはなかったが。

 

 あかりは、本当はときこに違うと言ってほしかったのだと理解した。ただこれまでのような日々が続いてほしかったのだと。だが、もう戻ることなどできない。ときこの本当に向き合うしかない。一度言葉にしてしまった以上、無くなりはしないのだから。

 

 眉をひそめながら、あかりは瞳を揺らす。それでも、ときこから目を離さなかった。

 

「あーあ、やっぱりあかりちゃんは真面目ですねっ。そんな事、曖昧にしておけば良かったじゃないですか」

「もしかしたら、ときこさんが正しいのかもしれません。でも、私は……」

 

 あかりは胸に手を当てて、言葉を止める。自分でも、何が言いたいのか分かっていなかった。ただ、ときことの関係が壊れることを恐れているということだけは理解できていた。

 

 結局のところ、ときこがサイコパスであるという事実は無くなったりしない。だったら、目を逸らしたままで居ても、いつかは破綻しただろう。それが言い訳なのか、あるいは現状分析なのか、考えているあかりにすら分からなかった。

 

「もうバレちゃったから言いますけど、確かに私はこれまでの依頼で共感したことはありません。まあ、医者で診断を受けたこともないんですけどね」

 

 ときこの言葉に、あかりは少しの光を見たような気がした。医者が診断していないのなら、本当はサイコパスではないのかもしれない。そこまで考えて、あかりは首を横に振った。

 

 サイコパスかどうかは、問題の本質ではない。本当に大事なのは、ときこが恋愛感情を少しも理解しないままであることだ。少なくとも、あかりにとっては一番大事なことだった。わずかに首を下に向けながら、ときこを見て話す。

 

「ときこさん……。あなたは、皆さんの気持ちに、何も感じなかったんですか……?」

 

 あかりから、まるですがるような言葉が出た。あかりはこれまで、ずっと依頼人やその周囲の人達の気持ちに寄り添ってきた。大切な想いを抱える皆が、とても輝いて見えていた。報われてほしいと願ってきた。

 

 だが、ときこはただ謎解きを楽しんでいただけ。皆の気持ちなんて、どうでも良かった。そんな推測が頭によぎり、思わず拳を握った。怒りなのか、悲しみなのか。あかりには分からない。ただ、どこか凍えるような心地だけがあった。

 

 ときこは首を傾げながら、言葉を紡いでいく。少し、退屈そうな様子で。毛をいじりながら。

 

「そうですね。絵馬の時は、どうして幸せを恐れるのかなんて分かりませんでした。テストの時には、なんで他人のことで傷つくのか、理解できませんでした」

 

 絵馬に願いを書けなかった想いは、本当に幸せを感じていたからこそのもの。テストを破り捨てた想いは、相手の幸せを心から祈っていたからこそのもの。

 

 つまりときこは、自分の幸せも他人の幸せも、深く感じたことなどないのだろう。その事実に、あかりは震えた。恐怖もあった。そして何より、悲しかった。ときこが幸せを理解できないことが。空虚な心を抱えていることが。

 

 あかりにとって、幸せの価値は高い。いや、きっと多くの人にとって同じことだ。なのに、ときこは違う。それだけのことが、あかりとときこが遠い証だと、あかりは思っていた。手が届く距離に居ても、心はきっと見えてすらいない。それほどに離れている。

 

 もしかしたら、単純な距離では計ることすらできないのかもしれない。違う世界にいる。あるいは、空に映る星々に手を伸ばしているだけ。そんな予感が消えなくて、あかりはときこを見ていられなかった。

 

 それでも、ときこは語り続ける。何にも気づいていないかのように。あかりなど、見えていないかのように。

 

「手紙の時は、恋心を諦める理由とは思えませんでした。ジュースの時は、どうして切り替えないのだろうと思いました。セックスレスの時なんて、ただ困惑しました」

 

 手紙を破り捨てていた想いは、本当は届いてほしい気持ちを、相手のために抑えていたから。ジュースを墓に供えていた想いは、大切な人への気持ちを捨てたくなかったから。セックスレスになった想いは、大事な人の生きた証を残したかったから。

 

 どれも、大切な誰かを思いやる気持ちだ。そうだとすると、ときこはあかりですらどうでもいいと考えているのかもしれない。そんな疑念を思い描いた瞬間、あかりは自分が空から落ちているかのような感覚を味わった。

 

 ときこは、あかりのことをどう思っているのだろう。それだけのことを、どうしても言葉にできない。口に出そうとして、喉が引きつる。あかりは、背筋に氷を差し込まれたような錯覚をして、大きく震えた。

 

 それでも、ときこには聞かないといけないことがある。そうでなくては、あかりが事務所を去った意味がなくなってしまう。その覚悟を決めて、あかりはもう一度ときことまっすぐに向かい合った。

 

 軽く息を吸って、吐いて、もう一度吸う。それを不思議そうに見つめるときこに、あかりはじっと目を合わせる。そして、少しの違和感も見逃さないようにと集中しながら、告げた。

 

「ときこさん。あなたは、本当に皆さんの想いを素敵だと感じていたんですか? 心にもなく、素敵な想いだと言っていたんですか?」

「私は、本当に素敵だと思っていますよ。だって、私の知らない気持ちですから」

 

 笑顔でそう告げるときこに、あかりは嘆きたくなった。思わず、顔を手で覆ってしまう。涙が零れそうにすらなった。結局のところ、ときこは何一つとして、想いを理解できていなかったのだから。

 

 だが、このまま泣いても何も解決しない。きっと、ときことの断絶は深まるだけだ。そんな気持ちが、あかりに言葉を続けさせた。

 

「あなたは、本当に探偵を続けていて良いんですか……? それで、ときこさんは満足なんですか……?」

「はい。私は、ずっと楽しんでいますよ。あ、そうなんですね、あかりちゃん」

「ときこさん、いったい何を……?」

「ねえ、あかりちゃん。あなたの想い、届きましたよっ」

 

 ときこは胸に手を当てながら、そう宣言した。あかりは、何が届いたのだろうかという疑問で頭がいっぱいだった。

 

 確かに、あかりにはときこに抱えた感情がいくつもある。良いものも、悪いものも。幼馴染としてずっと過ごしてきたのだから、当然の部分もある。

 

 だが、ときこはとても穏やかな顔をしていた。サイコパスと言われたことを、まるで気にしていないかのように。あかりの困惑を気にした様子もなく、ときこは続けていく。

 

「あかりちゃん。あなたは、私を傷つけたくなかったんですねっ」

「それは、どういう……」

 

 確かに、あかりにとってはときこは大事な存在だ。だから、傷つけずに済むのなら、その方が良いに決まっている。それでも、想いと言うには曖昧な感情だろう。

 

 だからあかりは、ときこの一挙一動が気になって仕方なかった。あごに人差し指を当てる姿も、いつもより柔らかく微笑む姿も。そして何より、まっすぐに目を合わせてくることも。

 

 ときこは弾んだような声で、言葉を続けていった。

 

「私が想いを理解できないことが、探偵を続けることが、私を苦しめていると考えていたんですねっ。だからあかりちゃんは、事務所から去ったんですっ」

 

 あかりは目を見開いて、口元に手を当てた。あかりが事務所を去った理由そのものだったからだ。その時には、ときこが恋心にうといだけだと信じていたのだが。

 

 結局、ときこは何も相手に共感しないまま、人の感情を解き明かしてしまう。もしかしたら、同情も憐憫も期待も、何もしないからなのかもしれない。ただ客観的に相手の情報を見ているから、的確に心を読み解けるのかもしれない。

 

 あかりには、とても悲しいことのように思えた。まるで、機械が人の心を正確に診断するかのように。だが、ときこはきっと悲しんでいない。それだけは確かなことだと、あかりは強く理解していた。

 

 なにせ、ときこは今、とても楽しそうな笑顔を浮かべているのだから。あかりに共感していないだろうし、想いの本当の意味もわかっていないだろうけれど。謎を解き明かすことがときこの喜びなのだと、何も聞かなくとも分かった。

 

 だったら、それで良い。ときこが満足しているのなら、それで。あかりは諦めたのかもしれない。あるいは、祝福していたのかもしれない。いずれにせよ、ときこは探偵を続けても大丈夫なのだ。そう考えていた。

 

「やっぱり、ときこさんは名探偵ですね。私では、勝てそうにありません」

「いえ、きっと違いますっ。あかりちゃんのことだから、分かったんです。他の人なら、あかりちゃんの手助けが必要でしたよっ」

 

 ときこはあかりを穏やかな顔で見ていた。まるで、あかりがとても大切であるかのように。だからあかりは、ときこがたどり着いていない本心を語ると決めた。

 

 きっと、ときこは理解できないのだろう。あるいは、関係が壊れてしまうのかもしれない。それでも、あかりの頭には今までの事件が蘇っていた。

 

 誰もが、勇気を出して自分の本心を告げていた。だったら、自分だってそうするべき。いや、そうしたい。あかりは勇気を出して、ときこの手を握って微笑んだ。

 

「ときこさんの推理は、当たっています。でも、まだ足りないんです。私の本当の気持ちには」

「そうなんですかっ。なら、聞いてみたいですねっ」

「解き明かさなくて、良いんですか? ときこさんは、想いにたどり着くことが好きなんですよね?」

 

 ときこはあかりの質問に、ゆっくりと首を振った。そして、あかりに向けて微笑んだ。

 

「ううん。あかりちゃんの言葉で、聞きたいんです。だって、あかりちゃんの気持ちなんですから」

 

 その言葉は、きっとあかりへの情だ。ときこは誰にも共感などしていなかった。それでも、誰かを大切に想う気持ちはあるのだ。そう、あかりは信じていた。

 

 本当は、ただの幻想なのかもしれない。それでも、あかりは信じたいと思った。信じると決めた。あかりには、ときこの笑顔が輝いて見えていたから。それだけで十分だと、深く頷いた。

 

 そして、あかりはまっすぐにときこを見ながら、本当の心を告げていく。

 

「本当は、ずっと隠していようと思っていました。墓場まで持っていけばそれで良いんだと」

「でも、私に言う気になってくれたんですよね。どうしてですかっ」

「皆さんに、勇気をもらったからです。剛さんには、今より幸せになれなくても良いという決断をもらいました」

 

 絵馬に何も書かなかった剛は、今が一番幸せだという気持ちを抱えていた。結局は、幼馴染で恋人の愛花に勇気をもらって、もっと幸せになるという決断をしたが。

 

 その姿に、あかりは強く心を打たれた。もっと幸せになることも、とても大切だ。だが、剛の抱えた想いは、今が最高で良いという考えでもある。それこそが、あかりにとって大切な考えだった。

 

 ときこは、優しく笑みを浮かべている。その姿を目に焼き付けながら、あかりは続けた。

 

「亮太君には、自分より相手を想う心を教えてもらいました。茜さんには、届かなくてもいいという意思を伝えてもらいました」

 

 テストを破り捨てた亮太は、自分の点数よりも、教えていた美佳の点数を大事にしていた。だからこそ、整理しきれない感情を叩きつけてしまったのだが。それでも、相手を想う気持ちに嘘はない。だからこそ、あかりの心に届いた。

 

 手紙を破り捨てていた茜は、自分の恋心よりも相手の夢を大事にしていた。そのために、大切な気持ちを捨てる覚悟を決めていた。だからこそ、あかりの心に刺さった。自分だって、想いが届かなくてもいいのだと。それでも、ときこが幸せならと。

 

 だからあかりは、自分の胸に手を置きながら言葉を続ける。少しでも、想いが届くように。

 

「美宇さんには、ずっと残る気持ちを届けてもらいました。花子さんからは、ふたりの愛の証の形を知れました」

 

 マズいジュースをずっと頼んでいた美宇は、亡くなった恋人をずっと心に刻みつけていた。新しい一歩を踏み出すとも、決意していた。だからあかりは、どんな未来であってもときこを忘れないと決めた。忘れられないという諦観ではなく、忘れないという決意として。

 

 セックスレスになっていた花子は、大切な相手の子供を残せないことに傷ついていた。そこから、養子を取って大切な想いを伝えると夫婦で決めた。その姿を見て、あかりは自分も愛の証を別の形で想いとして残そうと決めていた。

 

 そこまで考えて、あかりは一度目をつむる。そしてときこの笑顔を思い描いて、目を開いた。同じ笑顔になるように。そう願いながら、言葉を紡ぐ。一音一音、はっきりと。

 

「もう分かっていると思います。ときこさん。私は、あなたが好きです。恋しているんです。愛しているんです。どんな結果になるとしても、伝えたかった」

 

 その言葉から、あかりは心臓の鼓動を強く感じていた。時計の針が刻む音と、胸を震わせる感触。ただ一度だけ感じるだけのことを、数十秒と誤解するほどに。

 

「あかりちゃんの気持ち、よく伝わりましたよ。私を、とっても大事にしてくれているんだって。今回だって、私を心配してくれていたんですから」

 

 ときこは胸に両手を当てながら微笑んでいる。だが、あかりの想いのほんの一部が届いただけなのだろう。それでも良い。一度で伝わらないのなら、時間をかけて伝えれば良い。今のあかりは、そう胸に刻んでいた。

 

 それでも、恋心が届かないことは、恐ろしかったが。気を抜けば震えそうなほどに。目の奥が熱くなるほどに。ただ、あかりは覚悟していた。ときこが幸せなら、それで良いのだと。

 

 だからあかりは、自然と笑顔を浮かべることができていた。恋敗れたならば、きっと泣くだろう。それでも、今この瞬間だけは。そんな願いが、意識せずとも形になっていた。

 

「もちろんです。ときこさんとずっと過ごしてきた時間は、何よりも大切なんです」

 

 ときこの変わった言動に振り回されもした。優秀さに助けられもした。世話を焼くことに疲れたこともあった。ただ笑顔だけで報われたと思ったことも。

 

 そのすべての時間が、あかりにとっては宝物だった。それは、きっとどんな未来でも変わらないだろう。そう信じる心には、わずかな曇りもない。あかりにとっての本心だった。

 

 だからあかりは、力を抜きながら話すことができていた。柔らかい声が、何も意識せずとも出ていた。

 

「ねえ、あかりちゃん。今でも、私は恋心なんて分かりません。私に恋という機能があるのかも」

 

 ときこはあかりと目を合わせながら、そう語る。いつも通りの笑顔に、あかりはどこか陰を見た気がした。錯覚なのかもしれない。それでも、ときこの心が見えることを願っていた。

 

「だったら、私の気持ちは……、いえ、あなたの気持ちは……?」

 

 あかりが本当に知りたいことは、自分の想いが届くかどうかではなく、ときこがどんな想いを抱えているかだった。

 

 きっと、いや間違いなく、ときこは普通の人とは違う。だからこそ、ときこの心に触れられれば、あかりはときこの幸せに近づける。そう信じていた。

 

 ときこはあかりの手を握り返し、にこやかに笑う。そして、静かに語っていった。

 

「あかりちゃんに恋をしているって言ったら、嘘になります。でも、あかりちゃんの想いを受け入れたい。そう思うんです」

 

 その瞬間、あかりはときこの笑顔が弾けたように思えた。ときこは変わっていないのかもしれない。それでも、あかりの想いを受け入れる気持ちがある。その事実が、あかりにとっては福音だった。

 

 胸の奥がじわじわと暖かさに包まれていくような気持ちと、燃え上がるような熱情を同時に感じるあかり。その気持ちが、あかりに満面の笑みを浮かべさせた。

 

「それって……!」

「はいっ。私達はずっと一緒でした。これから先も、同じなんです。あかりちゃん。これからも、私を支えてくれますよね?」

 

 ときこは明るい笑顔で、ほんの少しだけ首を傾げる。その姿に、あかりは強い愛らしさを噛んじていた。やはり、自分はときこが大好きだ。その想いが、激しく高まっていた。

 

「もちろんです、ときこさん。これからも、ずっと私はときこさんの助手です」

「でも、新しい関係になりますよね。よろしくお願いしますね、あかりちゃん」

 

 その言葉を受けて、あかりは立ち上がる。それに合わせて、ときこも立った。お互いに顔を見合わせて、ほんの少し笑う。

 

「はい。ときこさん。大好きですよ。他の誰よりも、一番」

「とっても素敵な想いでしたよっ、あかりちゃん。もしかしたら、あかりちゃんが私に恋を教えてくれるかもしれません。そうなったら、素敵ですよねっ」

 

 あかりはときこの言葉を聞いて、今までで一番の笑顔を浮かべた。きっと、これまでとこれからで、一番幸せな時間だろう。そう感じながら。

 

 そしてあかりはときこに近づいて、抱きついていった。ときこはそっと抱きとめた。あかりの顔が緩んでいく。その姿を、ときこは笑顔で見ている。あかりは全身いっぱいに幸福を覚える。ふと窓を見ると、雲の隙間から光が漏れ出して、ふたりを照らしていた。

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