2.
魑魅魍魎が跳梁跋扈するダークウォールで、最初に侵入者に気づいたのは直嗣たちの近くを浮遊していた海月のような見た目のエーテリアスだった。海月はクリオネが獲物を狙うように頭をばっくりと開け、急降下してきた。すぐさま直嗣と褐色の猫のシリオンニックが銃を構え、応戦する。トリガーを引く。ぱっと咲く火花、重なる四回の銃声。三発目を外したのは直嗣で、全弾当てたのはニックだった。迫り来る七匹のエーテリアスのうち、二匹だけ残った。金切り声を出している奴らは速度を上げる。なんだい、エーテリアスも怒るかい? といったのは直嗣だ。かすかに笑い、そのまさかだよ、と返すニック。目の前にきた。直嗣は抜刀で真っ二つにし、ニックはショットガンで海月を殺した。海月は青い飛火になって空気へ溶けた。すぐに左手側から地面をかける音をし、そこへ目線を移すとランスの形をした黄色い腕のケンタウロス型のエーテリアスが突撃してきていた。直嗣とニックが右足を同時に撃った。命中。わずかに体勢が崩れた。その隙を見逃さず、大剣を担いだ赤髪の女イヴァが駆ける。目視100メートルの距離を刹那にして詰め、振り下ろす。ランスで防ごうとする。が、それも叩き切った。舞い散るアスファルトの破片。その背中をハチ型のエーテリアスが奇襲する。直嗣が撃った。遅い、その前にハチが彼女の背中を突き破るだろう。が、そうはならなかった。すぐさま彼女は片手でハチを掴んだ。直嗣の玉がコアに命中し、ハチは死んだ。そばにかけつけた金髪の男モーガンが口笛で褒め、イヴァはニヤリと口角を上げた。片手が欠けたエーテリアス・ティルヴィングが彼女たちに襲いかかった。一撃目は防ぐとモーガンは氷と炎の機構を備えた双剣でイヴァはその大剣で、ティルヴィングを切り伏せた。と、その間に直嗣たちの背に屹立しているビルに張り付いていた自滅型のエーテリアスが飛びかかってきた。リロードを終えた直嗣は前へ進むことで避け、ビルの天井から降ってきた看板を武器に持ったサテュロスの群。数匹、刀で殺した。横に飛びかかったサテュロス。参謀官がハルバートで叩き切った。中世の騎士の兜に似たデザインをしたマスクをはめている機械人ルイスは格闘技で後ろから奇襲を仕掛けた犬型のエーテリアスを撲殺した。ちらりと後ろを一瞥をすると直嗣たちがいた場所は爆発で粉々になり、陥没していた。飛び散ったアスファルトの破片がいくつか降っていた。視線を戻す。裂け目は大型エーテリアス・ファールバウティを取り囲むように走ってくるエーテリアスの軍団の先にある。キリがない、と参謀官はつぶやいた。
「イヴァ、モーガン、道を切り開け!」参謀官が叫んだ。
返事は行動で示された。イヴァがファールバウティの攻撃をパリィするとその支援にモーガンが機構を発動させた。炎と氷がファールバウティをつるのように纏った。イヴァがさらに袈裟斬りで追撃し、ファールバウティは青い飛火となった。穴があいた。一気にスピードをあげ、そこにねじりこむ。直嗣と参謀官は刀とハルバートで道を広げる。ニックはボンプを担ぎながら、ショットガンを打ち込むことで。ルイスは両手両足に嵌めた籠手と具足で格闘技で。裂け目に到達した。すぐに彼らは裂け目に飛び込み、第一の難破を抜けた。
ついた場所はビルの屋上であった。
総員、点呼と参謀官はいい、全員の安否確認をした。それが終わったあと本人確認をされた。まずは参謀官から言った。わたしがすきなことはビリヤードで、得意技はキスショットだ。
ニックは、オレが好きな小説は『鋼鉄の影』という探偵ものさ、好きな場面は意外と言われるんだがウィスキーを片手に話すヒロインと主人公のところなんだ、と語った。
イヴァは、あたしが愛飲しているウィスキーは『ジェン・ダニエル』で、ストレートで飲むのが好き、と端的にいった。
モーガンは、すでに話したかもしれないが、俺の片目である理由はな、ある日デブの友達の家で飲んでたら、そのデブと喧嘩してね、最初は殴り合いだったんだけど、あいつ卑怯なことにアイスピックで俺の右目を刺したんだ、………目を刺されるというのは痛いぞ、最初がとくに痛い、角膜の抜けるからな、あの痛みはエーテリアスに切られたときより痛かったっけ………だがまあ不思議なことに一度その角膜を抜けるとなんでか知らないが痛くないんだよな、とにかくひどい熱が出たようにそこが熱いんだ、と饒舌に語った。
ルイスは、私が興味を示している格闘選手、すなわちボクシング選手は『レイバー・クロウ』だ。彼の機械のように正確なジャブとストレート、そしてフットワークには毎回舌を巻く。彼ほどの選手は歴史的観点からみてもいない、史上最強のヘビー級チャンピオンといってもかまわないだろう、と訥々と語った。
直嗣は、俺が好きな映画は『心の血の海を泳ぐ』というやつ、あのサイコパスの殺し屋が主軸になった麻薬取引の大金を巡って殺し合う傑作、あれの店主と殺し屋の話すシーンが好きなんだ、といった。
こうしてドッペルゲンガーではないことが証明された。次に彼らはここに設置されているデータスタンドから観測データを取る作業に移る。この作業はルイスが担当する。ルイスが観測データを抜き出す間、彼らは軽い休憩時間を挟むことになった。直嗣は軽くあたりを見やる。ビルの周辺を囲むボロい柵、そこにはところどころ漆黒のエーテル結晶が生えていた。そこから淡い青の光が鼓動と同じリズムで一定の間隔をもってじわりとにじみ出っていた。屋上の出入り口用のドアは硬く閉まっていた。無理やり開けると階段は鍾乳洞のように巨大なエーテル結晶が連なっていた。こいつは無理だな、とモーガンがいった。モーガンはドアを閉じた。直嗣は塔屋の壁に寄りかかり水を飲んでいると横からニックが話しかけてきた。
「一旦の休憩だな」
「ああ、だが、すぐだ。多く見積もっても数分の休憩だ」
「その数分がでかいのさ」
「まあね」
すこしだけ沈黙があたりをつらぬいた。ルイスは円柱型のデータスタンドにしゃがみ、データを収集している。渡されたキャロットと照合する時間も含め、五分で終わる。隣にいるイヴァは大剣を杖のように地面に突き立て浮かぶ建物を眺めていた。モーガンは直嗣と同じく壁に寄りかかり目を閉じボンプはそのそばに立っていた。
「ダークウォールに来たんだな」ニックは独り言をつぶやくようにいった。ニックの尻尾はゆっくりと動いていた。
「そうだな、ここが噂に聞くダークウォールさ」
「地獄だな」遠くで泳いでいるクジラに似た巨大エーテリアスをみて、ニックはいった。
「ああ、地獄さ」
「ここはあれだな、地獄の底だな、死者たちが住んでいるあの国だよ」
「なんだ、じゃあここの果物とか食べたら、俺たちはここで一生暮らすことになるのか」
「なるかもな、エーテリアスという化け物になってさ」
「ふーん」
「ナオツグ」彼の[直嗣]の発音に訛りが入っており慣れるまで直嗣は時間がかかった。
「なんだ」
「ナオツグってたしか神さまを信じてないよね」
「……まあね、あんたは違うみたいだけど」クジラに似たエーテリアスは鳴いている。ゆったりとされど気疎い鳴き声だった。
「うん、オレは神さまを信じてるさ」
「なんで信じているのさ」
「さあ、なんでだっけ? 友人の勧めだっけ、とにかくオレは教会にいくようになって、そこから神さまを信じるようになったんだ」
「どこに魅了を感じたのか」
「光だよ」
「光?」
「そう、光さ、光の糸がオレの前に現れたのさ、オレはそれに縋ったんだ」
「それは────」
何か言いかけたとき参謀官の声が聞こえた。「休憩時間は終わりだ、諸君、次の目的地へ移動を開始する」
ルイスはデータスタンドから離れ、籠手と具足の軽くみつめていた。イヴァとモーガンもさきほどのところから離れていた。参謀官はくいと顎で立ち上がれ、と示した。
ニックは立ち上がり、「ほら、ナオツグ、行こう」といい、手を差し伸べる。
直嗣は手をとり、礼をいった。
次の裂け目に入り、薄暗い地下鉄の改札口から彼らは次のポイント、次のデータスタンドへ行進した。それは弓を引いている屈強の男の銅像が建てられた美術館の前にある。キャロットの正確性を確認するためにあと一つの観測データが必要だった。彼らは学校の運動場に移った。エーテルに侵され奇妙な模様を描いた結晶が生えた支柱が刺さっている砂利とぐずぐずに崩れ腐っている芝生を分ける境界線にデータスタンドがあった。ルイスが読み取るとき、エーテリアスが寄ってきた。片手がないエーテリアス・ティルヴィング、両腕ないエーテリアス・アルペカ、弓に似たブレードを持つエーテリアス・タナトス、対応としたのは直嗣とモーガンで殲滅するのに時間は掛からなかった。照合の結果、キャロットは正確であることがわかった。予定通り、ここから最短ルートで向かう。行進を開始する、そのときであった。
荒廃した学校の割れた窓から人影がみえたような気がした。気付いたのはイヴァであった。
「参謀官、待ってください」イヴァはいう。
「なんだ」
「人影がみえました」
「何」参謀官は眉をひそめた。「どういうことだ」
「確認しますか?」
参謀官は自身の耳をさわった。丸いふさふさしたくま耳を撫でた。「いいだろう、反社会組織の一員かもしれん、罠の可能性には考慮しろ」
「了解しました」
学校の中は閉散としていた。エーテル結晶がびっしりと生えている廊下、後ろの黒板にまだ残っている板書のあと、エーテル侵され時間が止まっている時計、叩き割られた給水機とロッカー、流れていく水に足をふむとぴしゃり、と音が響く。彼らは慎重に歩いていた。あたりに目をやり罠がかけられないことをチェックしていた。曲がり角についた。この先が人影がみえたのだという。参謀官はちらりと廊下をみた。誰もいない。ハンドサインで進むことを告げる。さらに進み、階段を上がると地雷が設置されていることがわかった。センサー型で、通り過ぎた瞬間、これは爆発する。イヴァが持っていたEMPで無効化した。明らかに誰かがいた。教室をひとつひとつ調べた。最後のクラスに誰かがいた。ひとりの女であった。茶髪で短髪であった。服は傷ひとつなく綺麗だった。教壇の前に彼女は祈りを捧げている。麻酔で眠らせますか、直嗣は小声で聞く。いや、怪しい動きをしたらでいい、参謀官はいう。注意して突入しろ、ドアを開けた。
「手を上げろ!」ニックは銃を構え、いった。
彼女は祈っている。手を上げろ! ニックはまたいう。彼女はぴくりとも動かない。威嚇射撃をした。エーテリアスが寄る可能性があるが、それでも撃った。手を上げろ、じゃないとおまえを撃つぞ! ニックはスタンガンに切り替えた。直嗣は麻酔弾に切り替える。ぶつぶつ、と彼女はなにかをいっている。陣が作られた。互いカバーを取れ、相手が反撃するには遠い位置をとっている。彼女は逃げることはできない。ぶつぶつ、ぶつぶつ、と彼女は祈りをやめない。モーガンが頭に指を向け、くるくると指を回した。参謀官はふいに床についてる傷だと思っていたものが模様であることに気づいた。それは細胞にそっくりで、ところどころに丸い目らしきものが描かれていた。彼女がいっていることがかすかに聞こえた、魂を、………、霊魂を捧げ…………始まりの……… 参謀官はこめかみが締め付けられる感覚を覚え、背筋に冷たいものが這う感覚がした。参謀官は判断を下す。
「撃て!」
ニックがスタンガンを撃った。命中し、弾は彼女の体に張り付いた。電流が走る。彼女は痛みのあまり叫び声を上げ倒れる。ぽろりと彼女の手から円柱状のものが落ちた。それは転がり、窓際で止まった。爆弾。総員の顔いろが変わった。言葉はなく、すぐに教室の外へ向かう。外へ出た。爆発はまだしない。廊下を走る。一クラス分のほどの距離があくところで彼らは飛び伏せた。爆発はその数秒後に起きた。窓が割れる音と爆発の音が混ざった轟音、学校が大きく揺れる、彼らの横をすぎる風。静寂と粉塵が広がった。ちくしょう! 誰かがいった。モーガンの声だろう。耳がくそ痛い! 直嗣もそう思った。直嗣の足元には炎に包まれ黒焦げとなった肉片があった。焦げた臭いと質の悪い脂を焼いたときの匂いが漂った。参謀官、急いでここを離れるべきだ、ルイスの声。直嗣たちは立ち上がり廊下の先にある窓を割り飛びおいた。ゴミ捨て場だった。彼らは運動場に戻った。そこで振り返ると3階の奥の部屋が壊れ、そこから火と煙が出ていた。火の粉にはエーテルであろう青黒いバブルが混じっていた。これじゃあ、エーテリアスがよっちまうよ、とイヴァが愚痴る、早く行きましょ。が、先ほどの爆発がまた起きたのではと思わせるほど大きな音がダークウォール内で響いた。粉塵が舞う。突然鳥肌が立った。バックステップ。何かが彼らがいた場所に刺さった。周へんにエーテル結晶が生えた。それで彼らを襲った正体がわかった。物陰に隠れろ! 参謀官が叫び、みな散らばった。エーテル結晶が爆ぜた。破片が散る。破片がものに刺さるとそれは急激にエーテルに犯され、黒い結晶が生えていた。粉塵が晴れたとき、怪物が叫んだ声がした。ろくに調律していない古びた楽器の不協和音に似ていた。直嗣は割れた窓から学校の保健室で隠れていた。ベッドのそばで束んである白く清楚なカーテンは破片で破れていた。壁に寄りかかっている彼は窓から敵を探す。すぐにみつかった。『オドラデク』───去年の冬、黒田総一を殺した新種のエーテリアスがいた。オドラデクはひまわりを思わせる星型の体をしている。瞳が星の先端にそれぞれついている。その星の中心にはだらりと垂れさがっているティルヴィングがいる。星の背には蠢いている合計7本の黄色い触手がつながっている。ひとつだけ幹のように太い触手がそのなかにある。この怪物の足である。その触手を地面に蹴ることで怪物は移動できるのだ。オドラデクは瞳を不規則に走らせながら、彼らを探している。まさか、こんなところで会うとはな、と直嗣はつぶやく。彼は目を離し、部隊との合流をはかる。ほふくで部屋を出て昇降口へむかう。爆死した女を探すときにここで合流することになっていた。四人ほどいた。参謀官とモーガンがいない。イヴァにそのふたりはどこにいったのかを聞くと、彼らは2階でオドラデクを監視していると分かった。イヴァは先頭に歩き出し、それについていく。2階についた。2ーA組にふたりはいた。教室の横の黒板に立っていた参謀官とモーガンは彼らに気づいた。参謀官が説明を開始した。
「もう分かっていると思うが」参謀官は端的に「やつが私たちの目標、コードネーム『オドラデク』だ。よって作戦は変更だ、最奥の調査はやめだ。目下、我々はやつのサンプル、そして戦闘データをとることに変更する。いいか、できるだけ能力を引き出せ。倒すな───生きて帰れ。それが最優先だ、わかったか」
「なぜ倒さない」ルイスが疑問を呈する。
「すこし考えてみろ、やつは誰を殺した」
「つまり」イヴァがいう。「しばらく戦ってそれを誰かが記録をとるってことね」
参謀官はうなずく。「記録はトリシュが」ボンプを指差し「戦闘は我々が担当する。戦闘時間は五分が限界だろう、それ以上は五体満足でいくとは思うな」
「配列は」直嗣がきく。
「黒板に書いてある」
黒板には簡易的なマップが書かれている。運動場を模した長方形のなかにオドラデクを示す赤丸がある。そこを相対するようにE、R、M、とかいてある白丸が先頭に傘型陣形を組むことになっている。彼らは学校の裏口から出ていくことになっている。
「見ての通り、切込隊長はイヴァだ。それにつづくようにルイスとモーガンが、次にニックと直嗣だ、私は指揮をする、撤退するタイミングを見極める」
「了解です」イヴァはいう。
モーガンは肩をすくめ、「仕事がはやく終わりそうだな」
オドラデクの叫び声がした。怪物の触手からビームをあちこちに撃っていた。
「始まるぞ、やつもそろそろかくれんぼに飽きてきているようだ」
床にぽつりと