1.
再び、大雪がふり電車が止まった日、シナリオが完成した。シナリオが完成するまで、黒田家は斥候部隊を使い、敵組織の情報を集めた。情報収集をはじめ1週間が経ったときに敵組織の幹部だと思われるものを特定した。そのものの名前はアロンという。アロンが表の顔として所属している組織はバーナードと呼ばれる企業であった。バーナードは現在進んでいるホロウ探索型AIの開発を携えるIT企業だ。大企業といえるほどではないが、それでもかなり有名な会社であった。アロンはそこで副部長として働いていた。しかし本当の顔はその企業の直属組織の幹部だ。その組織の名はマーディと呼ばれていた。星見家の家宝を狙う愚図がこの組織だった。
風が吹き、雪はななめに降りつけていた。高層ビルの屋上、三人の斥候がエリー都の高級住宅地のある区の一軒の豪邸を監視している。ひとりは周囲を警戒し、もうひとりは標的の動きを報告していて、最後の一人が双眼鏡で標的を監視している。雪のせいでここからははっきりと見えない家も双眼鏡では鮮明にみえる。家には庭がついており、禿げた大木が丸石で囲まれた池の近くに立っていた。薄氷の破片がいくつか浮かぶその池には数匹の魚が冬眠している。鯉であった。鯉たちは動くことはなかった。目を開けたまま、じっとしていた。斥候が見ているのは硝子戸でしまっている縁側、そこにいる肥えた中年男性である。犬のシリオン、マーディの幹部、アロンであった。浴衣を着ている彼は赤い椅子を座り、雪が降るさまを眺めている。たまにアロンは豊かな顎ひげを撫でていた。斥候は時計を確認した。現在の時刻、19時13分。作戦まであと7分、と斥候は伝えた。7分がたった。時間だ、と斥候はいう。そのとき、
『総員、作戦開始』と、部隊長のひどく冷たい声が斥候部隊に伝った。
斥候部隊が一斉に動き出した。三人組は次の目的地へいかないといけない。二人は屋上を去った。監視をしていた斥候は立ち上がるまえ、再びアロンをみた。縁側にいたアロンはすでに外へ出る準備をはじめていて、従者を呼びつけていた。待っておけよ、その斥候がつぶやいた。呑気に遊んでおけ、くそ犬が。せいぜい人生最後の賭けでもするのだな。くそ犬、待っておけよ……… 私語は禁止されていた。が、誰も注意をしなかった。私服に変装していた彼はポケットに隠してある注射器を強く握り締めていた。雪が敷きつまった灰いろのコンクリートに足跡がある。その足跡は強まった雪にかき消された。
この日の日課として、アロンはカジノへむかう。車で行くことになっていた。が、雪で渋滞であった。そのことに苛立っていた彼は運転手に、はやくせんか、と急かす。運転手はどうにかなでめた。カジノについた。車から降りた。運転手が開けてくれて、ボデーガードが手を貸す。彼は顔をしかめ、緩慢な動作でその手を取る。まったく、わしにはボディーガードがいらんといってるのに、アロンはそうぐちった。カジノへ入った。アロンはこのときでも何をやるかを決めている。最初にルーレットをやり、この日の運気を確かめるのだ。今日は三十二番の赤を選び、全額の3分の1をベットをした。当たった。アロンは思わず笑みを浮かべた。ディラーはその顔をじっと見つめ、かすかに笑った。次はブラックジャックにした。これも勝った。アロンは今夜の自身の運のよさに感謝した。面白いぐらい調子がよかった。あらゆるゲームで勝ち越しであった。途中、ひとりの男にぶつかっても、怒ることはなかった。アロンは二人組のボディーガードにぺらぺらと話しかけていた。ボディーガードはロボットと屈強な肉体をしたデカブツであった。彼らは顔を変えず、相槌を打っていた。ええ、ええ、それはすごいですね、そいつはすごい、今夜はよく寝られそうですね、良かったです。
機嫌をよくしたアロンはバーで一杯飲んだ。酒はウィスキーで、銘柄は旧文明から続いているとされている名酒ラ・マールだ。それをロックで飲んでいた。実に香り高く、うまい、と思った。アロンは酒を飲む手が止まらない。マスターが軽く辞めたが、アロンは大丈夫だ、わしは酒が強いんでね、ワハハッハハハと爆笑。彼はひどく酔い、気分が良かった。その横に三人の男が座った。周りを見渡してもボディーガードはいなかった。彼らもハメを外しにいったのだろう、と思い彼らを許した。アロンはコップの中にある丸い氷を眺めたが、飽きた。代わりにいま来た三人組の男を眺めて暇を潰そうとした。男たちはこれといった特徴を持たないものだった。目は一重、鼻も普通、あらゆるパーツが普通の域で、すこし別のことを考えたら忘れそうだ。彼らはスーツを身にまとい、マスターにマティーニを頼んでいた。マスターは了承し、酒棚からジンとベルモットを取り出す。ジンの中身には冬の澄み切った空を彷彿させるようなうす水色の液体が入っていた。その液体は黄色い光に照らされていた。アロンは見るのをやめ、また酒を飲んだ。つまらん、と内心彼は思った、そのときであった。
「あのう、これってあなたの時計ですよね」隣にいた男がそう話しかけた。
アロンは隣にいた男をみて「え? あ、ああ。こいつはわしのだな、ありがとうな」といい趣味の悪い時計を受け取った。
「気をつけてくださいよ、ぼくたちで良かったですね」男はそうちゃかし「水、入ります?」
アロンは頷き、「いや、すまないね…… 今日はどうも調子が良くて、───ああ、ありがとう」
「へぇ、調子がいい?」
アロンは水を一口を飲むと「ああ、勝ち越しっているんだよ、いまのところ大敗したゲームはひとつもなかったよ!」
「そいつはすごい、僕なんて今日一度も勝ってないですよ。ねえ、コツみたいなものってあるんですか?」
「コツかぁ、よし、わかった。落とし物を届けてくれたお礼として教えてやろう!」
「本当ですか?! ありがとうございます、あははは今日はついているや」男は笑い「それで、教えてくださいよ、そのコツを………」
男の連れたちはマティーニを飲みながら、アロンの様子をみていた。アロンは気分が良くなるのを感じた。水をグッと一気飲みすると、グラスを置き、
「よし、わかった」と、身振り手振りも加えった。「じゃあいうぞ。いいか、賭けのとき大切なのは、勝負どきを見つけると言うことだ? わかるか? 勝負どきだ、なんというべきかなぁ? 匂いというべきなのか? 光みたいなものというべきなのか? まあ、とにかく、ここでベットするしかない! というタイミングがあるんだ、それをな、たまに第六感というべきもので感じることがあるんだ。あれは気持ちがいいものだよ、確実に当たるというわかるんだから。その感触を鋭くするんだ、そいつがまずひとつとして賭けで大切なことだ。しかし、こいつが難しい。がむしゃらにやっても、待つ先は蟹航海だ、普通にやってもこいつを磨くのも難しい。こいつを養うには、そうだなぁ、うまいやつをみるとことかな…… ベタな話かもしれないが、なんやかんやこれが一番近道だ、次にかけをするときは周りをよく見てみろ、ベットするタイミングがうまいやつがいるはずだからな」
「なるほど、勉強になります、ベットするタイミング、か……」このとき、男は一瞬連れをみた。連れは肩をすくめた。が、カロンはそのことなんて気にしなかった。
「そう、ベットするタイミングだ、覚えてとくといいぞ。それ以外には………ああ、そうそう、もう一つ重要なことがあった、───そのまえにすこし待ってくれよ、マスター水をくれ、───すまないね、どうも喉が渇いて……それにしても本当に喉が渇いた」
「いやいや、気にせず、酒を飲んだあとでしょうし、気にすることはないですよ」
「ありがとう、君はいいやつだな」
「いいやつですか? あはは、ありがとうございます、でも意外だなぁ、ぼくをそのようにいう人が少ないですよ」
「本当かね、そいつはきっと人を見る目がないに決まっている、君みたいないい子を悪くいうやつなんていないでしょう」
「照れちゃうな、ありがとうございます」
「きみ、どこで働いているのかね、見た感じ、ホロウ調査員か?、それとも───」
「まあまあ、僕のことはいいので、ささ、話の続きをお願いします」
「おう、わかったぞ」アロンはくれた水を一気のみして「それじゃあ、いくぞ、次の賭けのコツはだな、ずばり勝負どきだ」
「え?」男はぱちりと瞬きをした。「さっきも同じことを───」
「え、ああすまないね、すこしボーとしてたよ、ところできみこの部屋暑くないか」
「そうですかね? ぼくはちょうどいいぐらいです」
「本当か? ああ、くそ暑い」アロンは汗が滝のように流れている。「と、と、とにかく、賭けのコツは、コツは」
「大丈夫ですか」
「大丈夫だ、すこし頭がはっきりとしなくてね」
男の連れたちはマスターにいま何時か聞いていた。時刻を確認すると、ありがとう、といい金を渡した。おい、時間だ、とアロンの話を聞いていた男に呼びかける。
「わかったよ、すぐ行くよ」
「え? なんだね、きみは、き、き、きみは」アロンは首を一度振った。なにがおかしい、と言おうとするが、隙間風のような音しか出ない。
「無理しなくて話さなくてもいいですよ」
「いや、わたしは───」ここで、アロンは体勢を崩した。
男がアロンを支える。
そのときに気づいた。まわりに誰もいなかった。アロンはマスターを見るが、彼は気にせずグラスを拭きつづけている。
「き、きき、きき」呂律が回らない、体がしびれて動かない、周囲の輪郭が明瞭としない、アロンは体が震えるの感じた。
「目標を確保」突然、男の声が低くなった。とうとうアロンは叫ぼうとする、が、三人組の男は取り押さえ、注射器を打ちんこんだ。
彼は庭にいた鯉のように目を開けたまま、意識の底へ落ちていった。
2.
「直嗣さま、目標の確保に成功しました」と、坂口から直嗣は連絡を受けた。ああ、わかった、ごくろうさま、と返事をし、息を吐くとそれは紫煙のように白く、ゆらゆらとたちのぼった。つられて、上をみる。街灯にカラスが乗っていた。カラスは鳴きもせずじっとしていた。直嗣は高架下にいた。壁にはスプレーアートがあった。黒と青と塗られたゴーレムのような化け物に立ちむかう男が書いてあった。電車が走る音がした。地面には酒の瓶がころがっていた。街の光がここまで届いていた。ほの暗いここには直嗣以外にひとりいる。高架下に捨てられたゴミ袋の山にひとり、うずもれいてた。彼は、俺の名前はレオ、俺の名前はレオ、レオ、趣味は映画鑑賞で、好きな映画は、……僕の名前はフランク、フランク・クラネル、趣味はスポーツ観戦で、好きなスポーツはサッカー、好きなサッカー選手はお星さま! ……わたしは誰のものでもなく誰のものであるそうだわたしは蝶々よそうひらひらと飛ぶ蝶あれれ空が明るいぞおかしいなあいまは夜なのにいや空は暗いぞやっぱり夜ああお母さんあなたどこへおかああさん……、とぶつぶつ呟いていた。目の焦点は合っていない。やがて男はむせび泣き始めた。直嗣はその男から目を離して、踵を返した。おかあさん? お母さんはどこにいったの? 高架下には月光を反射した川が流れていて、川の静かに流れる音がする。そこにはグワグワと鳴くカモメがいた。歩道につながる階段を登る。ここからは男の声はしなかった。直嗣は歩いて帰ることに決めた。
家に帰ると坂口の部下が来て、直嗣さま、こちらへといった。そのとき、部下は護身用の武器を持ってきてくださいといった。彼らは車に乗り、首発した。ついた場所はホロウ内部であった。紫雷いろの輪郭をした黒いドーム、そこに入った。中に入るとホロウ特有の息苦しさを感じる圧迫感を感じた。バンプを連れており、ウサギ耳をしたまるこっい体つきのそいつが目的地まで案内した。太った犬のシリオンが突っ伏していた。その周りに黒田家の部下たちがいた。直嗣に気づくと彼らは敬礼をした。黒いマスクをかぶった男、斥候部隊長と坂口が彼のもとにきた。
「しゃべったか?」直嗣はきく。
「ええ、しゃべりましたよ、そりゃぺらぺらと」坂口がいった。「まだ、彼酔っているんじゃないですかね。すこし乱暴をしたら、こんなに喋るなんて、いくら財務担当とはいえ、あまりにも口が軽すぎる」
「そいつが偽物って可能性は?」
「いや、ないです、こいつ以外にも、マーディの兵士を捕まえて、裏をとってみましたが、内容が一致してましたので」坂口はいう。
「わかった、で、何を話したこいつは」
「敵のすみかと配置、敵が身につけている装備です」斥候部隊長が答えた。
直嗣は頷いた。「突入までにどれぐらいかかる」
「だいたい1週間でいけると思います」坂口がこれに答えた。
「わかった、じゃあそれでいいな」
かまいせん、と二人はいったので直嗣は帰ろうとする。が、やめた。彼はアロンのもとにいき、そのさまを見つめた。彼の顔はひどく腫れており、鼻も折れていた。そこから夥しい量の血が地面へ流れていた。肋骨をやったせいなのかアロンは咳をすると血反吐が出ることがある。呼吸は銃で撃たれた獣のように荒く、浅かった。彼はひたすら自身から流れ出る血を呆と眺めている。直嗣が一歩前に出て、血溜まりに踏み込むとそれに気づいたアロンはわずかに顔を上げた。顔が明るくなった。な、なあきみ悪いが助けてくれないか、ほらいくらでも金でも女でもあげるからさ、と懇願する。な、きみ聞いてる?
「こいつ、いらないか?」直嗣は振り替えないまま聞いた。
「あー、そうですね、いりません」坂口は答え、斥候部隊長に目を合わせた。
「かまいせん、ほとんどの情報を吐き出しました」斥候部隊長は答えた。
「目的も?」
「はい」
「じゃあ、それは当主さまに報告しろ」
「もちろんです」
「……………」直嗣はアロンを見つめつづける。
アロンはたえず助けを懇願している。きみ、なんで話さないの、な、なにか言ってくれよ、頼むから、なあわしの体さっきから痛くてたまらないんだ。アロンは自身の顔を直嗣の足にすりつけた。甘えた猫のように擦り付けてくる。
部下は怒ったように、貴様! と殴ろうとするが、直嗣は止めた。
「どうしますか?」坂口はきき、斥候部隊長は手をあげた。いつでも手を振り下げる準備はできた。斥候部隊はハンドガンを取り出し、セーフティを解除した音がホロウ内でひびく。
しばしの沈黙。ホロウに生えている黒と黄色の結晶が深海魚が餌を誘きだすように光っている。
「やっちゃうか」直嗣はここで振り返り「俺がやるから、お前らはエーテリアスが来ないかを見張ってくれ」
「わかりました」坂口はとくに驚きもせず、斥候部隊に周囲の警戒を命令した。
へ? やっちゃう? ど、どういうことかね
「えーと、アロン、さん? でいいんだっけ? いい名前だ」直嗣は笑った。
アロンは安心したように ああ、ああ あっている あっているさ わしの名は間違いなくアロンだ
直嗣は頭の裏をかいて「あんたさ、なんでこうなっているかわかるかい?」
アロンは首を横にふった。
「ふーん、ま、いいや、あんたに打たれた薬、教えてやろう、と思ったけどいいか」
く、薬? アロンは体が震えはじめた。
「あと何分だ」斥候部隊長にむかって直嗣は叫んだ。
「あと5分後です」よく通る声で返した
「5分、か」直嗣は独り言にようにつぶやく。彼は血で汚れた自身のズボンをみた。「うん、わかった、じゃあすこしお話ししようか」
話?
「そう、話だ。あんた、目覚めたら、体が全く動かないと思ったのだろう?」
ああ、なんでなんだ
直嗣はアロンの言うことを気にせず「あんた、覚醒剤やったことあるか?」
ない アロンは震えながら答えた。アロンは咳をして、血があたりに散った。
「へぇ、本当かい、いかにもやってそうだけど、俺ね、ついさっきまで覚醒剤でラリってるやつはじめて見たんだよ、ほらあるだろう───駅の近くの高架下、そこに男がいたんだ。小綺麗な男だったよ、とても薬をやるやつなんてみえないぐらい、裕福そうなやつだった。あいつはラリっているからデタラメのことばっかり言ってよ、好きなサッカー選手はお星さま! なんていうぐらいだ、おかしいと思わないか」直嗣はくっくっと笑った。
アロンも無理やり笑った。ワハハハッハハ………
「気持ちいいのかな? 俺一度、薬をやっている青年たちの退廃的な物語を読んだことあるんだ。そのとき作者は薬をやると気持ち悪くて吐き気がするんだけど射精したかのように気持ちいいって表現してたんだよ、俺はじめて読んだとき、びっくりしたよ本でこんなこと書けるなんて、ね。おまえはどう思う?」
わからん アロンは正直に答えた。そ、それよりわしの体がさっきから痛くてたまらないんだ、外も中も、なんかおかしいんだ
「で、話を戻すんだけど」直嗣はその言葉を無視した。「そのとき男は不思議なことにこんなこと言ったんだ。こういう感じで、わたしは蝶々よ、そうひらひらと飛ぶ蝶、って。教養があるってわかるよな、これなんの引用かわかるかアロンさん?」
アロンはうなりながら 胡蝶の夢だ
「そう、胡蝶の夢だ、あんたその話好きかい」
アロンの声はにぶくなり始めている 別に………
直嗣は時計をみた、もうすぐで5分を経過しようとしている。「まあ、俺は好きだな、その理由はわかる?」
………… アロンはとうとう返事をしなくなり、血だまりに顔を突っ込んだ。血飛沫が直嗣のズボンを汚した。アロンはぶくぶくと赤い泡をたってた。
アロンの意識は、もう、ない。
「それはな」直嗣は自身の腰に携えていた刀を抜刀する。薄暗いホロウで刀は鈍く光った。直嗣は刀を上段に構る。「ある人が詠った和歌が好きだからだよ」
ひゅう、と風を切る音はすぐに首を切る音へ変わった。崩壊した都市のなか、迸る血潮は白波が砕けるさまによく似ていた。
直嗣は首をなくなったアロンを無機質に見た。その体には暗い紫いろの結晶が生えていた。