わが君よ、願わくばなお一条の光を   作:川に揺蕩う論理の箱

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 幼いころの雅の喋り方資料少なすぎて、悩みまくりました。この時点でどれぐらいの語彙力とことわざを持っているのかまったくわからん。



英雄ポロネーズ、そして霧の中-2

           2.

 

 

 老齢のピアニストの手は機械のごとく正確で、同時に生き生きとしていた。彼が鍵盤を撫でるたびにホールへ彼が解釈した曲のイメージがそこに浮かび上がる。そのイメージは英雄だ。───崩壊した都市だった。怪物によって都市は破壊されていて、かつてこの通りにあったカフェは跡形もなく崩壊していた。壊れた高層ビルからガラス破片が地面に飛び散っていた。空は曇りで、その切れ目から噴き出る白く濁った陽光は高層ビルに影を落とした。その影に英雄がいた。その英雄は巨体は山のようにそびえ、その肩にかついでいるのもまた巨大な剣であった。巨人は進軍する。切られ、潰され、敵は青い灰となって空気へ溶けていった。巨人の足元にいる兵士が敵軍と衝突した。轟音が響く。第1列目の片手剣と盾を持つ男たちがエーテリアスを止める。槍を持った第2列目は1列が食い止めている敵を突いた。1列目のエーテリアスは死んだ。両翼には配置した騎兵はその突撃力でエーテリアスの大群を轢き殺した。彼らは太陽さえ飲まんとする大きな狼のようであった。英雄たちはエーティリアスの大群を包囲に成功し、勝利を収めた。が、路線から外れた電車を破壊され、そこから第2波がやってくる。強靭な肉体をしたメトロゴブリンや兵士のように剣と盾の形状をした腕をしているデュラハン、弓のような形状をした腕を持つタナトスがそこにはいた。英雄は狼狽えなかった。彼は吠え、突撃する。そこに続くのように兵士たちが駆け出していく……………このようなイメージをピアニストは抱いていた。彼が付き従っていた英雄をホールへ表すためにキレがあり、鋭く力強い演奏をした。外は寒かったのに体は火照っている。楽しかった。薄暗いのホールに彼が支えていた英雄をピアノで表すのは楽しかった。思わず彼は笑みを浮かべ、息をするのも忘れた。雅はその演奏を聴いて、英雄を浮かべた。彼女が浮かべたのは歴代当主だ。青い炎を身に宿した狐のシリオン。それは女であった。それは男であった。ピアニストが奏でるときに合わせ、当主の顔ぶれは変わる。雅は目を閉じ、彼女の前に現れる英雄を刻み込もうとする。雅は当主が繰り出す神業のごときの剣技をいつまでも目にとどめた。直嗣は目の前がくらくらとした。浮かぶのは総一であった。確かな自分、これこそが自分だ、と叫べるようなたしかな自分、それを見出なければならない、彼の最後の言葉を思い出した。それに、体の奥が、脳の奥が熱い、と思った。直嗣は気分を落ち着かせるために母へ目を走らせる。彼女は涙が流していた。涙は頬から顎の先へ流れていった。彼女は遥か遠くへいってしまった、あの日々がよみがえっていた。直嗣は目を逸らした。その先には星見家当主へと彼女はどこか悲しそうな顔をしていた。彼女は笑みを浮かべいてる娘を眺めていた。彼女にも同じ英雄が浮かんでいた。しかし彼女が再びピアニストをみるとき、その憂う表情は見せないで、彼の演奏を再び聴きはじめた。『英雄ポロネーズ』それがピアニストが弾いている音楽の名前であった。ピアニストが最後の音を轟かせ、腕を天へ振り上げた。一瞬の静寂。そして、爆発のような歓声と拍手が起きた。

 

 空は青く澄み切っていた。太陽が最も高く昇る刻だった。乾き切った冷たい風は頬を撫で、広場に植えてある巨木の枝を揺らした。風には都市の匂いが混じっていた。直嗣は澄んだ空気を吸った。吐いた。その息は白かった。騎兵の像が会場から出ていく人々をみている。彼は剣を振り上げ、馬も前足を高く掲げていた。彼は耳につけてある骨伝達系イヤホンで部下と連絡した。不審な動きは? ありませんでした。 わかった、引き続き警戒を頼む。 了解しました。

 

 直嗣たちはカフェによることにした。彼らはテーブル席で座った。少しして店員がきて、注文を聞く。

 

「なに飲みます?」直嗣はみなにきいた。

「じゃあ、わたしはエスプレッソで」母が迷わずいった。

「わたしも同じものをひとつお願いします」当主が穏やかな微笑みを浮かべいった。

「わたしは……」雅はしばらく悩んだが、好物のメロンがあることに気づいた。「メロンソーダーをひとつおねがいする」

「そちらの方は?」店員は直嗣に聞く。

「じゃあ俺はココアをひとつください」

「ありがとうございます、ご注文ははエスプレッソ二つ、メロンソーダー1つ、ココア1つ、これで間違い無いでしょうか?」

 みな頷いた。店員はありがとうございます、と再び言うと店の奥へ引っ込んだ。

 しばらくして注文が届いた。

「どうでした?」ココアを一口飲んだあといった。

 母は小さく笑った。が、何も言わなかった。エスプレッソをゆっくりと時間をかけて飲んでいた。

「よかった!」そんな中、元気よくいうのは雅だ。ストローから口を離した彼女は目を大きく開け、長い狐の耳はぴこょぴこょと動いていた。星見家当主はそのさまに微笑んでいた。

「それはよかったです、どんなところが良かったですか?」

「音の広がりというべきか? あれは、うーん、えっと、色があった。音に色があって、綺麗だった!」

「音の色ですか」直嗣は顎に手を当てる。「詩的な言い方ですね、さすがです」

「あなたはどうなんだ?」

「俺ですか? 俺はそうですね」直嗣は指を天へ向けた「英雄がみえました、あの今回の目玉の方です、彼の演奏はとくに素晴らしかった」

「目玉?」

「英雄ポロネーズを引いた方ですね?」星見家当主が補足した。

「ええ、多くのピアニストはあれを引くとき、もうすこしゆったりとしたテンポで進めるのですが、彼はあえて流れるように引くことでまさしく英雄というテーマを前面に引き出していたと思います。だから、俺は彼の演奏が印象に残りました。雅さまはどう思いになりましたか?」

「わたしは歴代当主さまが浮かんだ!」

「歴代当主さま?」

「ああ、肖像画にいた歴代当主さまが目の前にぶわぁって現れたんだ」雅は仕草を加え、彼女が浮かんだ景色を伝えようとしている。

「雅さまは素晴らしい感性をお持ちですね」直嗣の母が驚くようにいった。「これも当主さまの教育の賜物ですか?」

「それもあるでしょうが」星見家当主はいい、雅を撫でた。「なによりも彼女自身が生まれもったいものですよ、わたしのおかげではありません」

「聴きました、雅さま」直嗣の母はいう「当主さまがお褒めになりましたよ」

「ああ、母上が褒めてくれた」雅は嬉しそうにいった。

「よかったですね」直嗣の母は笑った。「雅さま、普段はどのようなことをしてるのですか?」

「わたしか? わたしは───」

 横目でそれをみていた直嗣に星見家当主は「思っていたのですが、直嗣くんはずいぶん大人びっていますが、何歳ですか?」

「15歳ですね」

「15歳?」星見家当主は口に手を置き、信じれないように「本当ですか?」

「ええ、まあ、そうですね」

「15歳………」当主はいう。「とてもそうには見えないです、その、体も逞しいですし」

「鍛えているんですよ、あとは遺伝ですかね、母も父も背が高いので」

「なるほど、たしかに直嗣くんのお母さまは背が高いですもの」

「ええ」

「そういえば、鍛えていると言いましたが、その年ですでに体を鍛えているのですか?」

「俺は次期当主ですから。俺は黒田家の誰よりも強くないといけない」

「そうですか」星見家当主は寂しそうにいう。「こんなこと言わせてごめんなさいね、野暮だったでしょう」

「いえ」直嗣はココアを飲んだ。「おいしいココアだ、暖かくてちょうどよく甘い」

「このお店の飲み物は美味しいですよね」

「はい、当主さまは普段からここに?」

「ええ、夫とここにきます、店主がいい方でして」

「ああ」直嗣は奥にいる店主をみた。「たしかにいい人そうだ」

 

            

           

           3.

 

 

 カフェの外を出て執事が待つところへ向かう中、直嗣をみて雅はまた人形を思い出していた。糸に操れた人形は笑みだの悲しみだの怒りだの喜びだの表情が豊かだ。人形は優しい言葉をかける。人形は身振り手振りを使い、相手を安心させる。しかし相手が人形のもとを離れるとその人形の糸は切れる。表情がなくなる。優しい言葉をかけなくなる。動かなくなる。人形の半開きになった虚ろなまなこは地面へみている。直嗣が雅に話しかけるとき、雅の頭の片隅でこれが思い浮かんだ。雅は母に駆け寄り、その裾を握った。直嗣はその雅と当主さまの関係に微笑んだ。が、すぐに笑みが消え直嗣はあの人形のまなこのように周囲をみる。母はどうしたのですか? 雅、と心配する。雅は首を振って、何でもない、といい、母を抱きしめた。母は雅のことを優しく撫でた。大丈夫ですよ、と母はいう。私がいますとも。やがて空は暮れ果てはじめていた。母の顔に夕陽が差した。雅たちの背後に落ちている影たちは細長くなった。風が吹き、葉が擦れる音がする。直嗣の母は空を見上げ、綺麗な夕日、と感嘆する。雅も空を見た。日と夜がコーヒーにミルクを入れたようにオレンジ色の光と青色の空が混じりはじめていた。ここで、雅は直嗣が何をしているのか気になった。彼に視線を走らせる。空を見ている彼は無言で、コインを取り出すと親指で弾いていた。直嗣、それどこから持ってきたの、と直嗣の母はいう。いや、たまたまポケットの中に入っていてさ、と彼は返した。弾いたコインを彼が捉えるとコインは裏に向いていた。彼はそれをじっとみつめた。

 

 公園で別れることになった。それじゃあ、と直嗣の母がいうと車に乗った。雅たちも車に乗った。すぐに車は動き出す。しばらくして、雅は母に、今日はどんな修行をするの、と聞いてみる。母はにっこりとし、今日は楽器を弾く修行をしましょう、といった。雅はピアノを弾いてみたいとねだり、母はもちろんと頷いてた。ピアノ、と雅はつぶやいた。雅は英雄ポロネーズを鼻歌で再現しようとした。彼女が英雄ポロネーズを歌っているのに気づき運転手はラジオからその音楽を流した。流れる英雄ポロネーズは別のピアニストが弾いていた。その英雄像は、激しい戦場を見下ろし余裕な笑みを浮かべている、思慮深い参謀官であった。曲が転調したとき、雅たちは交差点にいた。雅たちは信号機が青となっているのを待つ、そのときであった。あるみすぼらしい男が窓を軽く叩いてきた。目が血走った男は何かを言っている。ここからは聞こえないが、口の動きから、あけろ、あけろ、といっていた。運転手は無視をする。男は口を開き、何度も開けることを要求する。おい、あけろ、あけろって言ってるんだろ、このくそインポが、おい、聞いているのか。雅はその男、誰なのと聞こうとする。雅の目は真っ黒となった。目の周辺に冷たいものが覆われている。母の匂いがした。雅は母上? と聞く。母は耳を防ぎなさい、という。なんで、という前に窓から叩く音がバン! という音へ変わり、窓にひびができる音がする。雅は叫び、耳を塞いだ。体ががくんと前へゆく。シートベルトが体に食い込む。母の匂いが強くなった。母が体を覆ったのだ。銃弾が車へ当たる音がした。雅は汗をかき、母の手にも汗ができていた。左へ体が動かせれる。体が震えるのを感じた。黄色いボンネットが外れたのがわかった。雅はそのことを気にする暇はなかった。曇った音に母が運転手に話している声が混じる。いいですか、このままその道をまっすぐ進んでください、直嗣くんがそこで待つと言っていました。あらゆる音は曇っていた。車が走る音も、運転手が母の言うことに返事をする声も、自身も息も、唯一はっきりと聞こえるのは心臓の音だ。忙しなく鼓動をする心臓を雅は耳を澄ました。冷たかった母の手は生暖かくなっている。雅は心臓の音を聞き、すべてが終わるのを願った。

 

 そして、眠りへ落ちた。

 

 目が覚めた。カップに紅茶を入れる音とともに紅茶の香りがした。雅は起き上がった。そこにはひとりの女性メイドがいた。赤い目をしており、暗い灰色の髪をしている美女である。20代にも40代にも見える不思議な顔だった。雅は驚き、布団を引き上げる。そこで気づいたのが自身がいつのまにかパジャマに着替えていることであった。彼女はどういうわけか宙を浮いていた。月の光が彼女の背中を照らしていた。横にはふたりのボンプがおり、一匹は金髪でもう一匹は茶髪だ。このボンプたちも浮いていた。そのボンプが雅が目覚めたことに気づいた。そのボンプはゆふふふという鳴き声をしながら、起キタ! と金髪のボンプがいい、起キタ、起キタ、とうれしそうに茶髪のボンプがいった。女性メイドは振り返り、目覚めた雅をみると口元に手をやり、

 

「よかった、お目覚めでしょうか?」上品の言葉遣いだった。彼女は地へ足をつけ「かわいそうに、きっとお疲れになったのでしょう、なにしろあんな目にあったのですから、………さあ、これをどうぞ、まだ熱いので火傷にはご注意を」

「その………」雅はまごついた。「失礼だが、あなたは誰だ」

「あら、わたしとしたことが」彼女はスカートの裾をわずかに持ち上げ「わたくし、お雇いメイド、アレクサンドリナ・セバスチャンと申しますわ。リナとお呼びくださいまし、短い間ですが、お仕えいたしますわ」

「メイド? リナ、ここはどこなんだ、わたしの家じゃない」

「わかりました、では説明いたしますわ」リナは手を前にくみ「ここはエリー都の───地区にある家、いわゆる隠れ家ですわ、わたしたちはしばらくここで潜伏することになったのです」

「隠れ家?」部屋にある席に座った。そこにはリナが置いた紅茶があった。

「ええ、雅さまがお眠りになったあと、直嗣さまが雅さまたちをここへナビしました。敵の正体がわからないいま、ここで潜伏して、安全が確保できるまでここにいようと決定しましたわ」

 雅は紅茶を飲んだ。ため息を一度つき、首を一度ふった。ふと、母がどうなったのか気になった。「………母上は? 母上は大丈夫なのか?」

「ええ、大丈夫ですわ、当主さまは重要な会議に参加しておいますの」リナはそういった。

 

 

          ⁂

 

 

「問題を整理しよう、なぜ、エリー都で屈指の治安を誇るあの地区に、キチガイが現れたか、これがいまの議論の話だ」直嗣はいった。

 

 古びた電球と埃が舞う会議室に最高幹部が集まっていた。直嗣、戦闘部隊長の和夫(かずお)、斥候部隊長の秋幸(あきゆき )、暗殺部隊長の山田、シナリオ部隊長の野間、坂口、星見家当主、当主の秘書以上の9名が議論を交わしている。直嗣は母と家へ向かう途中、部下に星見家が襲われたことを知り急いでここを選んだ。逃走ルートとして一番最適だと考えたからだ。母とはボディガードとつかせ途中で別れた。この会議室は古いが、防音は完璧だ。

 

「そのキチガイはどうなった」和夫はいう。分厚い体をした彼は戦闘服を身につけ、煙草を吸っている。会議では敬語をしなくてもいいと決めてある。そっちの方が効率的であるからだ。

「そいつはぁ、あたしが尋問しといておきましたわ」山田はいった。「なんであんなところにいたのかって聞きました、そしたらあいつすぐ泣き喚いて、知らない、知らないといってはった、ただ知らない男に紙を渡せられて、書いてある数に一致するナンバープレートの車を叩け、といわれたらしいわ」

「尻尾切りですか、その紙を渡した男の特徴はわかりますか」星見家当主がいった。

「まったく」山田は肩をすくめた。「もっとも、仮にしゃべても、クスリをやってホームレスになった男ですよ? 信用ならないでしょう」

「まあ予測できたことでしょう」秋幸はいう。彼はコーヒーを飲んでいた。「星見家を襲うやつなんて、バカか、よほど自信があるバカだ。今回は後者だ」

「それ以外のやつは、あのこそこそと待ち構えていたやつらだ」和夫はいう。煙草を乱暴に灰皿に押し込んだ。

「まあ落ち着け」坂口はいう。「それにしてもなぜ当主さまを襲ったと思う?」

「そこが唯一わからないところだ」野間はいう。顎を手でなでていた。「おおかた、星見家をつぶそうとするやつはアレを狙っていることが多い。だから、襲うとしたら、家が普通なんだが……… 人質にするため? いや、待てそれだとおかしい────」

「野間」直嗣はいう。「俺らにわかるように説明しろ」

「すまなかった、まず普通に考えたら、家を襲うのが普通、これはわかるよな? だが、それには致命的な欠点がある、なんだと思う」

「警備が厳重すぎる」坂口が答えた。

 野間は頷く。「そうだ、警備が厳重だ。普通にやるとしたら、エリー都でも屈指の実力を備えてないと無理だ、だからここでその隙をつくのひとつの方法として人質だが、これもまたナンセンスだ。当主とその娘にボディーガードがいるのはわかっているはずなら襲うなんてバカなことしない」

「そうですね」秋幸はいう。「わたしたちも誰かを誘うときはボディーガードが手薄なところを狙います、ほらアロンをさらったように。ないなら、無理やり作る。それが基本です」

 山田はそのことに同意した。

「ああ、それが今回ではそんな工夫が一切ないんだ、だから奇妙なんだ、俺たちの監視を掻い潜るほどの腕はあるのに、実行がやけに雑だ」

「なるほどな」直嗣はいう。「なら、宣戦布告だとしたらどうなる」

「ああ、たしかに」和夫はいう。「俺たちへの宣戦布告、たしかに筋が通る」

「待て」野間はいう。「その前にだ。前提として敵はアレを知っているのか? まだ確定はしてないだろう」

 和夫は眉を顰めていう。「知ってるかどうかなんて、もう問題じゃねぇだろ。奴らがここまで動いた以上、何か掴んでるはずだ」

「だが、それが確定していない以上、迂闊な動きはできません」秋幸が冷静に言葉を挟む。

「まあ、そうだな。情報は戦いにおいて命だ、相手が誰なのかをはっきりさせたい」

 直嗣は山田に向かって「あのキチガイ以外に尋問したか」

「ええ、もちろん。ですが、全員同じでしたわ、金がもらえるから来たとかいうチンピラ」

「徹底してやがる」和夫は舌打ちをした。また一本煙草を取り出し、火をつけた。「今日はエリー都設立記念日なのに、なんて日だ」

「とにかく、情報が少なすぎるんだ」坂口がいう。「しばらく相手の出方を伺うのはどうだろうか、下手に動いたら敵の沼地に引き摺り込まれる」

 

 議論は停滞しはじめていた。和夫は煙草を片手に紫煙をはいた。たちのぼる煙には音を立てながら飛ぶ蝿がいた。蝿はそのわずかに火がついた煙草の先に惹かれ、和夫へ近づいてくる。和夫は吸うのをやめ目で蝿を追う。蝿はあとすこしで煙草に止まりそうだ。そのときを狙い和夫は目に止まらぬ速度で蝿をつぶした。手のひらをみると蝿は茶色い汁を吐き出し粉々になっていた。すると当主の秘書がティシュを取り出し、和夫に渡す。和夫は礼を言い、その蝿の残骸を拭い取った。当主の秘書は全員に飲み物を入れ直していった。隣にいき、小声で何がいいかと聞くと全員コーヒーがいいと答えた。形式上の休憩が挟まった。和夫は警戒の再確認をするといい外をでて、秋幸は盗聴類を再び確認、山田は外の監視をするといい、野間、坂口は敵の目的と正体を破ろうと議論をつづけた。全員は落ち着いていなかった。黒田家の目をかいくぐり、星見家の車までいかせたという失態に苛ついていたのだ。当主は雅の様子を見に行くと部屋を出た。直嗣はベランダに出た。雪がつもった道に私服の部下が歩いている。講談を楽しんでいるようにみえるが、すれ違う人に出会うときその人を一瞬みつめていた。直嗣はコーヒーを飲んだ。いい豆をつかっており、カカオにも似た芳醇の匂いが鼻一杯に広がった。和菓子も食べた。上品な甘さをしていた。直嗣はため息をついた。直嗣は母に連絡し、今日は帰れなそうだということを伝えた。10分が経過し、次々に幹部たちが席に座った。会議がまた始まる。

 

「いろいろ考えたが」野間はいう。「下手に動くのは危険だと思う」

「しかし、それだとあかんでしょう」山田はいう。「現に当主さまたちが襲われたんだ」

「とりあえず、しばらくは当主さまたちはここで隠れたほうがいいだろう」坂口はいった

 これには全員同意した。

「これはすこし考えたことだが」直嗣がいった。「敵が内部にいる可能性はあるか?」

「内部?」秋幸はいう。「つまり、当主さまをよく思わないやつがいるってことですか?」

「ありえない!」和夫はいう。和夫は黒田家の部下のなかでもとくに過激な君主崇拝者だ。「この当主さまを暗殺だと? そんな悍ましいやつがオレたちの味方にいるというのか?!」

「考えたくないが」直嗣はいう。「その可能性は入れた方がいい」

「ああ、どんな組織でも一枚岩ではないわけだからな」野間はいう。

「当主さま、どう思いですか?」坂口が聞いた。

「………そうですね、その可能性はありえます、内部を洗うことは一度必要なことだと思います」

「まずは内部の調査が先だ」直嗣は結論づけた。これ以上の議論はなにも生まない。「山田と秋幸はその調査を進めろ。動きだが、しばらく様子見で構わないだろう、そこまで後手でやられるほど俺たちはヤワじゃない。数日しても動きがとくになかったら、ダミーで星見家当主さまと雅さまが帰ったと思わせろ、それで相手の出方をみる」

 みなそれで了承した。

 

 時刻1時21分、最高幹部会議が終わった。

 

 

 

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