わが君よ、願わくばなお一条の光を   作:川に揺蕩う論理の箱

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 主人公の成熟具合と年齢があまりにもリアリズムを感じさないので、15歳に変更しました。これぐらいなら、まあ、ぎり大丈夫でしょう。現代の大作家、村上龍も村上春樹もそんぐらいの年齢の少年を主人公にしたことがありますが、彼らはだいぶ大人びていましたし。



影法師は2重に歩く者-2

   

 

    3.

 

 

 

 春が近づいている。雪は溶けはじめ、道路の端の隙間には芽が咲いていた。霧雨が降っていた。1ヶ月後には直嗣は中学を卒業することになる。高校は決まっていた。ホロウ対策執行官を育成するところだ。とはいっても、そこらへんの高校と同じで教育を施す、体育の時間がよりハードであるだけだ。まずは体力作りが先であるらしい。直嗣は隠れ家にこもるのをやめていた。黒田家に戻った。黒田家の親族とその部下には休暇の旅を出ていたと嘘をついておいた。裏付けるために航空会社に連絡をとり、偽装の記録を残した。雅とは当主の約束通り、彼女と雅と一緒にさまざまな修行につき合った。どれもへてんこな修行で、腕っぷしがよくなるようなことではなく、教養を身につける方が近かった。そんな中、直嗣は当主のいう通りであったことに気づいた。彼女はときどき直嗣を怪物をみたような顔をすることがある。目はひどく揺れ、背中をみせる、このようなことが何度もあった。が、そのたびに当主は説得し、彼女と直嗣を遊ぶことを助けた。それでも彼女は直嗣を避けた。先生に高校へゆくのが決まったことを伝えた直嗣は道路の花壇の近くで、部下が迎えに来るのを待った。

 

  転換点が訪れたのは最後の雪が積もったときであった。

 

 直嗣が休憩中のとき、ノックする音が聞こえた。直嗣は本を閉じ、どうぞという。リサが入ってきた。地に足をつけ、直嗣に、お母さまがいらっしゃいました、と伝えた。どこにいるのかと聞いた。リビングルームに待機している、と彼女は答えた。リビングルームへ着くと母がしずかに待っていた。目を伏し、テーブルの黒く変色した傷跡を、テーブルの足の先をみていた。テーブルの先はひいてある赤い絨毯に埋もれ、みえなかった。母に、朝食はすませた、と聞くと彼女は、ええ、食べたわ、といい、お菓子を渡してきた。直嗣はお菓子の入った箱をみて、いいよ、と返事をした。

 

 母としゃべるのはずいぶんと久しぶりであった。ふたりの前にコーヒーが置かれた。お菓子は饅頭で、白くふわふわとした生地の表面に焼印がある。焼印は店の名前が書いてあって、名前を囲むように白うさぎが二匹いた。台所からリサがもうひとつ、手作りの菓子を作ろうとしたが止めさせた。リサは残念そうに目尻を下げた。顔がとりわけいいので、哀愁を誘う。しかし、ある日の記憶がフラッシュバックし、すまないとだけいう。思わずため息をついた。すると母は笑った。

 

「なんだよ?」

「いや、あなたがそんな顔をするなんて珍しいって思って」

「そうかな?」

「ええ、そうよ、鏡を見てみなさい、びっくりするわよ」

「ふーん」直嗣はコーヒーに目線を落としてみる。光で反射したコーヒーの表面には直嗣の顔が写っている。その顔は無表情だ。「変わらないけど」

「そりゃ、ずっと同じ顔をしていたら逆に怖いわよ」

「わからないな、俺だって顔の表情は変わるさ」

「いいや、あなたずっとむすっとしてたもの。総一さんが死んでから、仮面をかぶったように無表情だったわ」

「まあ、大変な時期だったし」

「ずいぶんと長い期間なこと」

「……ごめんって、そんな怖い顔してたかなぁ」

「ええ、怖いわ、総一さんが怒ったときと同じぐらい顔が険しかっただもの」

「……それ当主さまにも同じこと言われた」

「あら、ほんとう? まさかあなた、雅さまと当主さまにも同じような顔をしてたの?」

「まさか、だけど、たまに怖い顔になるらしい、不気味だってさ、あまりにも年齢と釣り合わない、人間味がないって」

「ひどい言いようね」

 

 そういって母は大笑いをした。直嗣もつられて笑った。楽しい、と感じた。

 

「だけど、よかったわ」

「何が?」

「あなたがまだ笑える、疲れた顔もできる、なら大丈夫だわ」

「なんだ、俺のことを心配してたのか」

「あなたの母ですもの、どんな女だって息子を守ろうとするわ」

「そうとは限らないぜ、だって───」

「お黙り、それは母とはいわないわ」

「そいつもひどい言い草じゃない?」

「なんとでもいいなさい、家族をつくるというのはそういうものなの」

「そうかな?」

「そうよ」

 直嗣は苦笑する。「まあ、ありがとね、すこし楽になったよ」母はこれから直嗣がやろうとしていることは知らない。が、直嗣が疲れ、苛立っていることは見抜いたのだろう。直嗣は当主が言ったことを思い出した。

「いいってことよ、わたしはあなたの味方だから」

「そういえば、母さん、最近のニュースみた?」

「え? どのニュース?」

「ほら、あのインターノットで有名な歌手のやつ」

「あったわね」

「聴いたことある?」

「ええ」

「どうだった、すごかっただろう」

 

 そうやって母と雑談をしていると、ふと目線を感じた。廊下からだった。そこへ目をむけるとぱっと隠れたが、長い狐の耳がすこしだけみえた。その耳の動きを追っていると気づいたのか完全に隠れた。直嗣は苦笑した。

 

「どうしたの?」

「いや、別に」直嗣はいう。「ただ、誰かにみられたような気がして」

「なに、それ、怖い、やめてよね」

「なーに冗談さ、化けぎつねが現れたのさ」

「嘘ばっかり」

 

 これ以来、雅は直嗣への警戒心が薄れたのであった。

 

 …………待っているあいだ、傘を差している直嗣は数週間前の新聞記事を読んでいる。新聞にはデカデカと窓にひびを入った車の写真、その横には犯人の写真がある。男は無精ひげでしわとしみに満ち、髪も薄かった。この星見家を暗殺しようとした男をみて、インターノットであるものが「この男は娘を変態のじじいが集まるクラブに売り、その金でクスリを買ったようなクズなんだ! やはりどのホームレスもクズだ! 治安官はいますぐにホームレスの取り締まりをするべきだ! スラム区に住んでいるクズも同様だ、貧乏な奴が犯罪を起こすのだ!」と嘘を盛り込んで書き込み、このことを批判するもの、賛成するものは7:3ぐらいになった。議論中心は犯人の善悪というよりホームレス全般を裁くべきかというテーマに集約していた。新聞記事では、治安局の捜査によると男は誰にか金をもらえるからをやったとわかっており、組織的犯行に見られ治安官は捜査をさらに進めている、と事件の概要が書かれていた。黒田家と治安局にはパイプがあり、そこからこの動機を掴んだ。むろん、そのときにホームレスの扱いについて治安局との一悶着があった。が、坂口が「黒田家にとって重大な事件であるため、私たちがまず引き取り、動機をつかみたい、それが無理であるならば、治安局の捜査の結果を伝えてほしい」と交渉し、しぶしぶ治安局は黒田家がエリー都で治安維持において重要な組織であること、緊急であるためということで了承してくれた。これの出来事がおわった以来、この事件についての話題は上がっていない。捜査が難航しているのであろう。

 

 直嗣は新聞記事から目を離した。

 

 霧雨であたりはぼやけていた。直嗣は鼻をすすると土の匂いとコーヒーの香りがした。直嗣の近くには若いロボットが経営している喫茶店が開店中であった。むこうがわにいるレインコートや傘で雨を防ぐ歩行者たちは通る自動車に刹那にして隠され、また現れる。自動車はフロントライトをつけてそれぞれへいくべきとこへ走っている。深海魚が彷徨うように。直嗣が喫茶店で時間を潰そうかと足へむけたときに部下が車で迎えに来た。部下は窓を開け、遅れたことを謝った。直嗣は大丈夫だといい、車へ乗った。部下が運転を再開した。その途中、

 

「やるのですか」と、聞いてきた。

 直嗣は窓の景色を見ながらいう。「ああ、もちろん、例外はない」

「わかりました、あなたがいうなら」

 

 迷いなんてなかった。

 

 家に着いた。部下は居間に案内し、直嗣は座イスに座る。灯がテーブルを黄色く照らしていた。テーブルには上手型の急須が置かれている。外の庭の景色は左からみえた。ほどなくしてひとりの男が居間にやってきた。おだやかな顔つきで、肩もわずかにまるまっていた。彼はちょっとだけ直嗣と目を合わせ礼をし、席に座った。

 

「関さん、お茶いるかい?」直嗣は急須とコップを取って、いう。

「ああ、すまないね、……それにしてもひさしぶりだ」

「忙しかったからね、結局の新年のお祝いもおざなりだったしな」直嗣はお茶を二人分入れた。直嗣が先にお茶を飲んだ。

「何ヶ月ぶりだ?」

「さあ、3ヶ月じゃないかな」

「そうか、もうそんな過ぎたのか、大変だっただろう、助けにならなくてすまなかった」

「いや、いいさ、関さんも忙しかっただろう、防衛軍の仕事はどうだい?」

「最近は暴動を防ぐことで手一杯さ」

「ああ、たしかにニュースでよく耳にするね、原因は物価高だっけ?」

「まあ、それもあるが、やはり漠然とした不安だね、みな不安に駆られている」

「不安ね……」

「まあ、君は大丈夫そうだけど」

「え? ああ、まあ、そうだな、俺は大丈夫だよ」

 関は目をぱちりとした「君にしてはえらく煮えきれない返事だね、なんかあったのかい? 黒田家としての仕事か?」

「いや、それは違う、むしろそのおかげで俺は不安を飼い慣らすことができているのさ」

「飼い慣らす?」

「うん、考えることがひとつに定まるからね、不安ってあれこれ考えると生まれちゃうだろ」

「じゃあ、なんで」

「そりゃ、ちょっとぼうとしてたんだよ、考えたごとさ」

「不安でなにか連想したのかい」

「それは個人の話なんでね、あまり話したくはないかな」直嗣は目をふした。

「ああ、すまない、デリカシーがなかったな、すまないね」

「いや、いいさ、………なあ、不安でもうひとつ思い出したことがあったんだ」

「なんだい?」

「俺がまだガキの頃だ、まあいまもまだガキだけど」

「きみはガキじゃないさ」

「ありがとう、とにかくガキの頃に父さまが俺を鍛えるためにホロウへひとりで行かせようとしたことあっただろう?」

「ははは、そんなことあったね、織子さんがあとに鬼のように怒ったあの出来事ね」

「そうそう、それさ、俺、そのときの気持ち、包み隠さずいうとさ、怖かったよ、不安だったよ、手がさバカにみたいに震えて、膝も笑っていたんだ、だってあの父さまが真正面に戦ってあんな傷跡を負う化け物がいるホロウだぜ? ガキの俺にとって怖いに決まっている。そんなときに関さんがいった言葉でいこうと思えたんだ。まあ、母さんが止めて結局ひとりでいかなかったけど」

「どんな言葉だった?」お茶を一口飲んで、苦笑する。「私、もう忘れてしまったよ」

「頭の中でひとつの川を思い浮かべるんだ」直嗣はあの日関がいったことを繰り返す。「どんな川でもいい、綺麗な川でもいい、ドロみたいな川でもいい、とにかく山から海へ流れる川を思い浮かべるんだ、浮かべたら、頭に浮かぶ良いこと悪いことすべてを葉にのせその川へ流し込むんだ」

「ああ、なるほど、マインドフルネスのひとつだね」

「そう、それを実践したら、不安が消えたんだ、今を集中しよう、くよくよ考えるのはやめだ、って思えたんだ」

「そうだった、たしかに私はそんなことを言ったことがあるかもしれないね、よく覚えている、で、きみはまだこのことを続けているのかい?」

「いや」

 関は笑った。「そこは、つづけて欲しかったなぁ、まあきみが成長した証だろう」

「関さん」直嗣はいう。「俺ね、あんたには感謝をしているよ、親戚の中でもあんたは俺は好きだったよ、いい人だなぁって思っているよ」

「なんだい、改まって」

「いまだから伝えたいんだよ、最近会えなかったけど、こうやって会えて嬉しかったよ、俺はまだ未成年だから酒は飲めないけど、あと五年したら酒を一緒に飲みたいなぁ」

「飲めるさ」

「飲めるかな?」直嗣は少し黙ってからいう。「そういえばさ」

「なんだい」

「クラブ楽しかったかい?」

 関の目が一揺らいだ。「クラブ? 私は普段からそんなところへ行かないけど」

「クラブとは違うか、建前はマッサージ店だもんな」

「すまないが、さっきから何をいっているかわからない」

「違法の売春屋」直嗣は冷たくいう。「おまえ、いっているだろう?」

 関は直嗣と目をあわせたあと、茶をいっぱい飲んで笑う「証拠は?」

「あるさ、証拠は」

「出してみなさい」

 直嗣は黙る。

「ほら、早く出しなさい、それだと単なる言いがかりだぞ!」

「あんたのお気に入りの娘はナマズのシリオン」

「だから─────」

「歯を抜いた口で無理やりすることが好き、あと、ナマズのシリオンが出す粘膜をローション代わりにソープごっことかそれで相手の手でいたすことが好き」

 関は口を開けたまま、無言だった。

「関さん、俺には証拠を待っているんだよ、あんたの目の前でみせるようなバカな真似はしないけど、あんたの家族、仕事、全てが終わるような、証拠をいま、持っているんだ」

 関はうなだれ、「何が望みだ、それだけは勘弁してくれ」

「望みは」直嗣はいう。「おまえがいまの本当に働いている組織の名をいえ」

 雨の音がこのとき、明瞭として聴こえたような気がした。しとしと、と屋根から雨粒が落ちていた。関は今度こそはっきりと目が泳ぎ震えながら「な、なにをいっているんだ」

 直嗣は手をあげた。

「待った! わかった、嘘だ! いま防衛軍に働いているのは嘘だ!」

 直嗣はいったん手を下げた。「関さん、あんたなにをやったかわかっているよな」

「……………」完全に青くなった関はうなだれ、なにかをぶつぶつと唱える。

「わかっているはずだ、あんた黒田家のことをよく知っているはずだからね、なあ、あんたはやってはいけないことをやったんだ」

 変わらず、関は黙っている

「正直の話さ、関さん、売春の話なんでどうでもいいんだ、それだったらいますぐに治安局に任せるば、やってくれるからね、だが、俺たちは違う、当主さまを殺そうとしたやつだったら話は別だ、そんなことは俺たちが許さない」

「………当主さまを殺そうとしたやつ? いや、直嗣くん、君は、何を勘違いしているんだい、私はあくまで防衛軍に働いているのが嘘だといっただけどよ? 私はそんなことなんてやってないさ」反撃の糸をみつけた関はわずかに息おりが復活した。

 

 直嗣は目を合わせた。逸らすことなく見つめ返してきた。直嗣はお茶をいっぱい飲んで、ため息をつく。

 

「駆け引きか?」

「なんのことだが」

「まあ、あんたが当主さまを殺そうとしたことの証拠は揃っているぜ」

 関は嘲笑った。「戯言を」

「目撃者にホームレスに当主さまを殺そうとした指示をしたやつは足をひきづっていたと言われた、こいつひとり以外にもいるぜ、多くのやつに聞いたが、得てしていった。ヤバイやつじゃないやつにもな」

「証拠にならないな、現に私はさきほど普通に歩けただろう」

「そいつはおかしいぜ、関さん、あんた数年前までは足をやっただろう」

「それは昔の話さ、今はもう大丈夫さ」

「ふーん、つい最近、あんたは足の治療をしたのに? あんたが治療した日付はちょうど、事件発生後すぐだ、それも急いで治療してほしいと懇願したそうじゃないか、それが昔の話なのか」

 関、消え入りそうな声で、「だからといってそれが私である決定的な証拠だといえないな」

「まあ、いい、視点を変えようじゃないか、今回の事件は相手は凄腕なのは間違いない、それこそ治安局と黒田家に潜伏しているじゃないかって思うぐらい、と、するとこの二つに造形が深いやつが犯行に及んだ可能性があるのだろうと考える、だから治安局、黒田家のリストで過去を洗ったら、足をそれも右足の大怪我を負りかつ両方とも所属していたことがある、なんて人はあんたぐらいしかいなかった」

「待て、こうも考えられるだろう、治安局、黒田家どっちにも内通者がいるって、そうするとあとは真犯人に情報を横流しにするば、犯行は十分可能だ!」

「あんたの血があったというなら?」

 え、と情けない声を関は出した。

「目撃者に聞いたところ、ひとりがその男を気に入らないという理由でぶん殴ったらしいぜ、それもだいぶいいところに当たって、鼻が折ったらしい」

「…………」目を見開き、顔色が悪くなった。青から白になりそうだ。

「で、あんたところのお宅に聞いてみたよ、関さんは血みどろになって帰ったって、答えはわかるかい? はいと返ってきたよ。足と鼻の治療もやったといわれたよ。病院にも確認したけど、合っていた。足と鼻の治療時期、犯行時間のアリバイのなさ、黒田家と治安局につながっている、この三つだけでも十分証拠になると思うぜ……焦ったな、関さん、ひとりだけでよかったのにわざわざもうひとり取ろうとするなんて、それほど黒田家のことを脅威と見ていたか?」

「いや! まだだ! 黒田家なら、病院の偽造なんていくらでも可能だ!」

「なあ」直嗣はため息をついた。「そろそろ、やめようぜ、関さん、見苦しい、認めたらどうなんだ」

 

 関は顔を蒼白にして、繰り返し、違う、違う、違うんだ、俺じゃないんだ、こんなのおかしい、おかしい! 誰かが俺を陥れようとしているに違いないんだ! という。雨は本降りだ。庭に濁った水だまりができていた。

 

「関さん、あんたが吐く情報なんてそこまでのものはないだろうけど、俺たちは今敵の組織の名を知りたいんだ、それぐらいは知っているだろう」

「待ってくれ、待ってくれ! 家族は? 家族はどうするんだ」

「関係ない」

「頼む、家族だけは、子供がいるんだ、子供が!」

 直嗣はインターノットで書かれた内容を思い出し笑った。「変態が集まるクラブにぶち込んでやるのもいいかもな」

「頼む、それだけは」

「なあ、何度も言ってるけど、安心してくれよ、あんたの代わりはいるんだ」

「代わり?」

「そう、影武者っていってもいい、あんたのそっくりさんがこれから家族を支えるのさ」

「死にたくない」

「川を思い浮かべるんだよ」直嗣はいう。「あらゆるものを葉におき、川へ流すんだ」

 関はぱっと直嗣をみた。「いやだ! 私はまだ生きたいんだ! 足だってあの方の計らいで治ったんだ! 私はまだ────」

「捕まえろ」

 

 襖が開き、部下たちが関を取り押さえた。関は涙をボロボロと流し、鼻水も垂らしていた。必死に体を動かそうとするが、動かない。まってくれ! 待ってくれよぉ! といい、目で直嗣を追っていた。

 

「坂口、山田、頼むぞ」直嗣は無視した。

「もちろんです」

 

 関はそのまま担がれ、尋問室へ行かれようとしていた。そのとき、赤子のように情けない目が変わった。

 

「黒田直嗣!」と関は叫んだ。「いいか、お前はこれから運命というものがなにかを知ることになるだろう! 人間がいかにちっぽけな存在かを知るだろう! いいか、神は存在するんだ! あのホロウに、たしかにいるんだ! 私は超能力があるんだ! 未来を見る能力さ、いいか、黒田直嗣、星見雅に伝えておけ! おまえたちは運命という不条理に屈することになるんだ」

「いいから、早く連れて行け、狂人の戯言だ」

「はい」

 

 静寂が訪れた。水で濡れ黒くなった木に風が吹き、葉擦れの音を奏ている。この雨が終わったとき、春が訪れる。その年、直嗣はエリー都最後の春を迎えようとしていた。ダークウォールの調査がこれから始まる。

 

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