救世主転生 ~死にたくなかったので、勇者覚醒イベントの攻略不能ボスを倒して勇者を救おうと思います!~   作:嵐山田

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第二十六話 【Side:エモニ】勇者覚醒

 私の目にありえない情報が飛び込んでくる。

 先ほどから私の精神を酷く消耗させるあの長方形にさらなる最悪が映し出された。

 

「ろ、ロティ……腕が、腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ロティスの苦痛に満ちた顔が目に入る。

 意識が遠のくのを唇を噛み締めて何とかこらえているそんな表情だ。

 

 成人の儀の日にミリアさんに貰ったあの刀、無限を握ったままの左手がロティスの身体から離れている……物理的に。

 

 私が、私があの魔族の攻撃を相殺できていれば……私が私のままダメージを受けられていれば……。

 怒り、悲しみ、無力な自分への嫌悪、自分のせいという責任感など一つでも抱えきれない程大きな感情がいくつも生まれ、私を飲み込んでいく。

 

 いくらロティスが強くたって、いつどこから来るかわからない攻撃に気を張り続けることなんて不可能だ。

 ましてや今はロティスもロティスで戦闘中だったのだ。

 

「この力は……なるほどっ!ルギア様の推測は正しかったっ!!!」

 

 視界の端で口の端を歪めるジーンの姿などはもう、エモニの目に入っていない。

 ただ、エモニの思考にあるのは一つ。

 このどうしようもない感情を全ての原因になった魔族に向けて晴らすこと。

 

『(これはまずい。だが、ここでは私の力が干渉できないっ)』

 

「ああ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そして、私はそれらの感情に身を任せた。

 今まで無意識に抑えていたそれらは、前に見たときよりもドス黒く、乾いた血のような深く暗い赤、まるで殺戮そのものを表しているかのような禍々しさを放っている。

 

(魔族を殺せ。殺せ。殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……)

 

 脳内が押し込めていた想いに塗りつぶされていく。

 

(手始めにこいつを殺そう。ロティスにやったみたいに腕を落として、反対も足も……)

 

「……勇者覚醒《アウェイクン》」

 

 脳裏に浮かんだその言葉を呟くと、今までには感じたことのない全能感が私の全身を包んだ。

 

「これは……ふふ、ははははは!!これほどなのですかっ!勇者という存在は!……?」

 

 無能だと思っていた目の前の少女が突然規格外の魔力を放ち、自分の主の言っていたことが正しかったことを噛み締めていたジーンは反応ができなかった。

 

「は……?」

 

 その理解は耳と片腕を切り落とされてから、ようやく追いついた。

 

「ぐぅぅぅっ……」

 

 激しい痛みとともに、自分が内から崩れていくような感覚。

 

「なんですかっ!?この力はっ!?」

 

「絶望は力……私の力の根源。ロティスが味わった苦痛をこれから全魔族に与えてやる。手始めに、お前だ」

 

 目の前で喚く虫の言葉はもはや聞こえない。

 今の私にあるのはこの世の害虫を全て消し去らなければならないという使命感のみ。

 

 無造作に手を振るって魔力を放つ。

 いつもは正確な照準が必要になりそうな、細かい操作も、今では息をするように行うことができる。

 それは狙い通りに虫の耳を削いだ。

 

 ◇◇◇

 

 白一色の空間に浮かぶ()()は考えうる限りでも、限りなく最悪に近い現状に頭を抱えていた。

 

『油断していた……まさか、ダメージのみを転移する魔法がまだ存在していたとは……』

 

 ()()が考えるのは先ほどジーンの使ったダメージの転移魔法。

 指輪の段階でジーンが転移魔法の使い手だということは分かっていたが、回避に専念したエモニならば吊るされた二人を守りながらでも十分ロティスが来るまでの時間稼ぎができると思っていた。

 

 予想外だったのは本来よりエモニの感情が大きく、強くなっていたということ。

 

『あの子の覚醒がロティスの死ではなく、部位欠損程度で起こるようになるほど感情が大きくなっているとは……』

 

 ()()は人の形をとっているが、根本が人とは違う存在である。

 そのため、人の心や感情という物への理解は薄かった。

 

 エモニが拗らせている感情は本来より三年長く押し込まれていたものだ。

 もう少し()()が人の感情を知っていれば、この事態も事前に察知することができたかもしれない。

 

 だが、悲観してばかりではいられないし、まだ諦めるべきでもない。

 あのジーンという魔族にエモニが時間をかけて復讐をしてくれているおかげで、あの地の他の魔族にはまだ影響が出ていない。

 今の完全にリミッターが外れてしまっているエモニならば、あの階層すべてを焼き尽くすことですら造作もないことだろう。

 

『それまでに何とかロティスが間に合ってくれれば……』

 

 それは一縷の望みにかけてロティスへの干渉を試みる。

 ロティスの元には、それが自ら作った武器があるはず。

 それを触媒にすれば、ロティスを助けてやることができるはずだ。

 

 結構な無理をしてロティスの現状を確認する。

 不幸中の幸いか、落ちた左手ではなく彼の右手には、()()が、()()が手ずから生み出した一振りの剣が握られたままになっていた。

 

『頼むぞ救世主。あの子を救えるのは貴様だけなのだ』

 

 邪神の姿がブレる。

 半身がテレビ画面の砂嵐のようなエラーを起こすが、それでも邪神は力の行使を続けた。

 

 ◇◇◇

 

「……ヒルウァの聖魔法ほどではないとはいえ、我々魔族は皆、再生能力を持っているはずなんですけどねぇ」

 

 ジーンはとっくに死んでいてもおかしくないレベルのダメージを負いながらも、何故か意識だけははっきりとしていた。

 

「私は虫に言葉を発する権利を与えた覚えはない」

 

 そう言い指先を軽く動かす。

 おそらくロティス以上に完璧に制御されたその魔力は、糸のようになり虫の唇を固く縫い付ける。

 

「ンンッ――!」

 

 ああ、もう、いいか。

 いつの間にかあの長方形は消滅してしまっている。

 あの後、ロティスがどうなったのかを今すぐ確認する術はない。

 

「これで十分だとは思わないけど、優先順位はロティスが先だから」

 

 目の前の虫に手を向ける。

 先ほどまでの腹立たしい薄ら笑いが、今は恐怖に変わっているのが分かる。

 だが、虫を相手に私が手を緩めることはない。

 

「勇者魔法ケラノウス」

 

 圧倒的なエネルギーの奔流を凝縮して放つ。

 それは確実に虫を捉えていた――はずだった。

 

「……ッ!グオォォォォォ!」

 

 その虫に私の魔法が直撃する寸前、銀に煌めく大きな翼がその間に入り遮った。

 

「……新しい、虫?どうして邪魔するの?」

 

 私の魔法はその片翼を焼き切ったところで止まってしまった。

 堅い……こいつが……。

 

「ハッ……知れたことよ!自分の部下が殺されそうになっているところを黙って見過ごせるほどオレは腐っちゃいねえんだ!」

 

 一刻も早くロティスの無事を確かめに行きたいのに、銀翼が私の前に立ちはだかった。




激重展開。
だが同時に激熱展開でもある。

そしてジーンは虫。
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