救世主転生 ~死にたくなかったので、勇者覚醒イベントの攻略不能ボスを倒して勇者を救おうと思います!~ 作:嵐山田
掠れ行く視界の中で、何とか意識を保つために唇に歯を立てる。
流れてくる血の味が感じられる、ならばまだ大丈夫だ。
リザードマンからの一撃を受ける直前、焼け落ちた左手から自分に向けて突風を巻き起こした。
果たして自分から離れてしまった体から魔法が放てるのかは賭けだったが、戦闘中の直感ではいけると確信していた。
その奇策のおかげもあってか、リザードマンたちからの直撃は避けられた。
だが、状況は依然として最悪だ。
左腕の痛みをできるだけ考えないようにして、リザードマンと対面する。
一刀、しかも片腕で攻撃を捌き切るのはなかなかに難易度が高い、だが、やるしかないのだ。
不可視の攻撃への警戒が薄すぎたのは悔やまれる点だが、片腕の喪失程度ならまだ何とかなる。
それに焼け落ちてはいるものの、魔力のつながりは感じるし、救世主の力なのか痛みは大分抑えられているはずだ……感覚が怪しいから定かではないが……。
「大丈夫、かつてないピンチとはいえ、相手はリザードマン二匹。俺の敵ではない!」
次に斬りかかって来た奴に飢狼で片を付け、二匹目には断光で削っていく。
即座に戦闘プランを立て、構える。
じりじりと前方二方向から距離を詰めてくる二匹のリザードマンのうち、左側から寄って来た方が攻撃に打って出て来た。
一歩目で加速し、大きく飛び上がって無骨な大剣を振り下ろす。
たったそれだけの攻撃でも、リザードマンの膂力《りょりょく》とあの剣の重さが加われば、決してバカにできない一撃となる。
だが、その単調な攻撃は飢狼の相手としては一番迎え撃ちやすい攻撃だ。
「魚谷流刀術『飢狼』」
振り下ろされる大剣を最小の力で受け、剣肌で逸らす。
そして首を刎ねるのに最適な剣筋で一閃。
間違いのない手応えで確認するまでもなくリザードマンを葬った。
だが、まだ油断することは出来ない。
残心を取り、すぐに反対側のリザードマンへと向き直る。
もう一匹のリザードマンは俺が向き直るときには既に肉薄していた。
先ほどのリザードマンとは違い、威力より早さに重きを置いた低姿勢での一撃。
当然、もう避けているほどの猶予はない。
咄嗟に夢幻でその一撃を受け止めるも、片腕な分、普段より力が入らず、弾き上げるので精一杯だった。
「ぐぅぅぅ……」
片腕がなくなっているせいでバランスを取るのが難しく、大きく体勢を崩してしまう。
そしてその機を見逃すほど、リザードマンは優しい魔物ではない。
弾き上げて大きく上に伸びてしまっている右腕でのガードが難しくなるように、俺の右肩から左足付け根辺りを目掛けて斬りおろしてくる。
……まずい。
この一撃を躱す手段が全く思い浮かばない。
今は救世主を纏っている以上、この一撃で死ぬことはないはずだが、これ以上のダメージはさすがに許容できるものではない。
だが、刹那ほどの短い時間ではどうすることもできず、俺はその一撃が振るわれるのを待つのみだった。
――瞬間俺とリザードマンの間がブレた。
まるで時空の裂け目のような、異なる次元からの干渉のようなそれは、到底、即座に理解できる事象のレベルを超えていた。
「……は?」
腕を落とされ、さらには攻撃を食らう寸前だった俺の脳は当然キャパオーバー。
唯一出てきたのはそんな言葉だけだった。
『あまり時間がない故、手短に説明する』
時空の裂け目、俺がユメで作るようなものとは比べ物にならないそれから現れた少女?は一瞬でリザードマンを粉微塵に変えた。
だが、次の一言が今までのすべての驚きをはるかに抜き去った。
『勇者が覚醒した』
「……どういうことだっ!?」
『もう、時間がない。我が力でそなたの腕を繋げる。そなたは急いで勇者の元へ向かいなさい』
そう言う少女?が腕を振るうと焼け落ちていた俺の腕が浮かびあがり、形状記憶合金のごとく、さぞ当たり前に俺の左腕へ戻って来た。
だが、俺の左腕は指先まで魔族のように黒に染まってしまっていた。
「……これは、どういうことだ?」
『その力は祝福でもあり呪いでもある。本来ならばこのようなことになるはずではなかったのだが……』
「つまりなんだ!」
少女?が意味ありげな言葉を零すも、それを聞いている時間はない。
エモニが覚醒してしまったら、もう絶望一直線だ。
『……今はそなた……いや、貴様がすべきことをせよ!』
「その声っ!?」
走り出しかけて振り返った時にはその姿はもう影さえ残っていなかった。
……今のは、転生した時に聞いたあの声――いや、もうどうでもいい。
まずはエモニだ。
エモニが覚醒したとしても、その条件は俺の死のはず。
何かの間違いで俺が死んだと思わされているのであれば、俺が行けばまだ間に合う可能性は大いにある。
あのゲームを何百周とプレイした俺にはわかる。
絶望勇者でハッピーエンドにたどり着く方法は一つ、エモニを勇者覚醒させないことしかない。
エモニが覚醒してしまえば何があっても、世界の何かが滅びてエンディングを迎えてしまう。
それは人かもしれないし、文明そのものかもしれない、魔族の可能性だってある。
ゲームならばまだよかった。やり直しが利くのだから。
だが、ここはもう俺にとっても現実だ。
人類の敵である魔族ですら滅びたら何が起こるかわからない。
そう考えると無限と夢幻を納刀し、見た目以外に恐ろしいほど違和感のない左腕に見ないふりをして、最後の5階層への階段を駆け上がった。
◇◇◇
『ロティスよ……頼む。そして、すまない』
身体中の至るところがブレ、真っ白な世界の中ではまるで邪神の存在はモザイクがかかったようになっている。
絞り出す声はかすれ、吹けば飛んでいきそうなほど弱弱しい。
『その力は……我からの祝福。人の身のそなたでは……それすなわち……呪い』
無限にも思えるその白いだけの空間には邪神のみが存在する。
だが、邪神は何かにあたるかのように拳を振っていた。
今話の戦闘描写は大分凝ってみました!
ピンチの主人公はアツい!