救世主転生 ~死にたくなかったので、勇者覚醒イベントの攻略不能ボスを倒して勇者を救おうと思います!~ 作:嵐山田
速く、もっと速く――!
この階層はこれまでの階層と比べて、妙に感じるほど静かだった。
さらに広大になり、あたりに生える植物も考えられないほどの大きさに育っているこの第5階層。
その中を勘だけを頼りに駆ける。
感覚を研ぎ澄ませて、第六層への階段を探す。
一刻も早く、エモニのもとへ行かなければ。
そういえば、四層まで感じていた植物から感じた視線のような感覚はもう感じなくなっている。
あれは一体なんだったのだろうか?
今思えば、あの不可視の攻撃も謎だ。
あれだけのダメージを負う攻撃だ、近くにいれば俺が気づかないはずがない。
いや、俺でなくとも気づくだろう。
黒く染まった左腕に目をやる。
そして最大の謎がこれだ。
「祝福でもあり、呪いでもあるだったか?どういうことなんだ――っ!」
左腕を見ながら走っていると、すごい勢いで動く何かが目に入った。
前世ならそれぞれ一本一本が神木扱いでもされそうな程の大きさの木々の中を、まるで泳ぐかのように飛んでいる魔物がいる。
「なんだこの魔物……こんなやつ絶望勇者の作中に登場したか?」
おそらく全世界で一番あのゲームをプレイした俺が言うのだから間違いない。
その魔物はいわゆる龍だった。
西洋史における竜ではなく、東洋系の龍だ。
そして、こんな魔物は存在しない。
「すべてを知っているってわけでもないけど……このレベルの敵が本編で使われてないなんてことあるのか?」
独り言には大きすぎる声で呟きながら、二刀を抜き、構える。
この後何が起きるかわからないが、今は余力を心配している場合ではない。
最速で片付けなければ。
「救世主《ヘラクレス》」
いきなり爆発的な魔力が目の前に現れたことで龍もこちらに気が付いたようだった。
龍も臨戦態勢で猛々しい嘶きを上げる。
睨み合う時間も今は惜しいと、俺から飛びかかった。
遥か上空にいる相手、空中戦の経験は流石にないが救世主の力で魔力・魔法の影響力が増大化し、そのすべてを掌握している今ならぶっつけ本番でもなんとかなりそうだと思った。
とりあえず小手調べに無限で一閃。
初見の相手だったため、見た目からは判断し辛い、相手の耐久や反応を探る目的の剣閃のつもりだったのだが……。
瞬間、あり得ないことが起こった。
俺の剣戟を迎え撃とうとして龍が振るった爪から上が、ズレた。
「……は?」
そのまま生気を失った龍が首と胴を分けて落下していく。
俺はそんな龍を呆然と眺めていた。
今ばかりは目の前の衝撃から逃れることができなかった。
あまりのことに理解が追い付かず、ふらふらと地面へ降りる。
魔物と同じように霧散していく龍の身体、その中からほぼ赤に近いオレンジの魔核が姿を見せる。
「……階層の補正込みだろうが、クラス7近い魔物をほんの一振りで?」
俺は自分の実力を正しく理解しているつもりだ。
おそらく救世主の力を扱えるようになった俺なら、何度戦っても魔将ヒルウァに負けることはないだろう。
だが、瞬殺できるかは全くの別問題である。
そもそも利き腕とは逆の左腕では確実に右手より威力が下がっているはず。
それで、ヒルウァに近いレベルの龍を一撃?
「あり得ない……。なんなんだ、この腕は……」
刀を納め、自分の左腕に触れてみる。
感覚は変わらない、が別の何かが宿っているような気配が感じられた。
自分の身体だというのに、触れなければ違和感に気が付かないほどの軽微な違いだが、やはりこの腕には何かがあるとみて間違いない。
「祝福であり、呪い……分からないな……」
腕のことはさらに疑問が深まってしまった感が拭えないが、それより今は急ぐべきだ。
こうしている間にもここが焼き払われてしまう可能性がある。
龍の魔核はとりあえず回収して、再び階段を探して走り出した。
幸いそれから数分で第6層への階段を見つけることができた。
そして、そこにはどういう訳か階段の守護者の姿が見当たらなかった。
「……そういえば、さっきの龍以外魔物にも遭遇しなかったし、ここの守護者はあの龍だったのか?」
まあ、なんにせよ、早くエモニの元へ行けることに越したことはない。
エモニもだがミリアとユメの安否も心配だ。
そう考えると居てもたってもいられず、今までの中でも最も長い階段を十数段飛ばしで駆け上っていった。
◇◇◇
不気味な色の空の下、月のような何かからの光が強く階層を照らす。
そこに広がっていたのは城だった。
王城ほどの規模ではないが、俺が購入した家などは比でもなく、月の街の領主邸よりも大規模なそれは正しく魔族の城と言った風貌をしていた。
「ここが銀翼のルギアの城……本来ならまずはジーンに話を聞きたいところだが……」
そう思ったとき、地面が激しく揺れて城の方から轟音が聞えて来た。
爆発音にも相違ないレベルのその現象、俺はそれを引き起こしたであろう魔力に覚えがあった。
「何かの間違いであってくれと、願っていたわけではないがこれは……」
辺り一帯を飲み込んでしまいそうな深い絶望を感じさせる力。
間違いなくエモニが勇者の力を使っている。
ハイオークと戦った時とは比べ物にならない程の圧倒的な力。
「だが、何度も地面が揺れている以上、エモニの理性が残っているもしくはルギアがエモニに対抗出来ているということ。まだ、間に合う」
本来の力を使えるようになれば、それこそ先ほどの龍のように魔法の一つでこの城が燃え落ちる。
ここまで来ればゴールは目の前、俺は警戒しながらも音のする方向へ急いだ。
◇◇◇
「なんとか間に合ってくれそうか……」
ようやく冷静さを取り戻した邪神は一度直接接触したことで確認しやすくなったロティスを眺めながら少し安堵する。
「あとはあの腕の呪いを解呪、最低でも中和できる何かを用意してやらねば……」
ロティスに与えられた祝福は魔族の争いを鎮めるために邪神が夢幻を振るったときの力。
その力は斬られた者の命を絶やす、死神の力。
その圧倒的な力は、例え邪神と言えど何度も使うことをためらう力だ。
それを人の身で使うロティスは……。
「なんとしても、あの呪いを解呪してやる必要がある」
このままでは、ここは乗り切れてもその後の数日中にロティスは死に、より深い絶望でエモニが覚醒することになってしまう……。
邪神は感情に疎い。
だがこの時、邪神の胸には後悔とそれ以上の使命感が湧き上がっていた。
龍さん……いつかかっこよく書くからね!いつか!
………………出番あるかなぁ?