道外れの絶死絶命   作:池の鴨

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前回登場したオリジナル設定紹介

死装束(シュラウド)
人間種の信仰系魔法詠唱者のみが習得できるオリジナルの第九位階魔法。本作では〈死面(デスマスク)〉の派生形として『カロンの導き』が習得した。
効果は使用者に対し一定時間『精神作用無効、クリティカル無効、飲食不要、死霊魔法耐性、酸素不要、能力値ダメージ無効、エナジードレイン無効、ネガティブエナジーによる回復、闇視、冷気に対する完全耐性、疲労しない、デバフ系魔法耐性』の効果を与えるというもの。

〈双絶一体〉
オバマスより参戦。本作での扱いは武技。
眷属との連携を極限にまで高め、同時にステータスを上昇させることができる武技。近いところで言えば某バスケ漫画の赤髪さんが見せた「究極のパス」による味方全員ゾーン化。
本作アンティリーネはこの武技をグリムに使うことで、魂融合時の食い違いやラグを完全に克服している。

対象の肉体と魂に融合する魔法
グリムが開発した、他者を肉体ごと乗っ取る魔法。名前はまだない。
スキルと役割が被るため敵に対して使われることは殆どないが、アンティリーネと融合し戦闘能力を上昇させるために用いられるようになった。
モデルは某竜玉漫画のアレ。


白夜

 ここはこの世界で一番高い山。

 山を視認できる地域に住む亜人達からは、『神の住まう地』という意味を持つ■■■■■山と呼ばれている。

 

 そんなこの山の最も特徴的な点と言えば、この山の存在を知る殆どの生物が『荒れ過ぎている天候』と答えることだろう。

 

 山の天気は不安定だとよく言われるが、この山のそれに関しては最早自然現象の一言では片付けられないレベルで度を越していた。

 

 何せ周辺地域の天候が晴れだろうが雨だろうが関係無く、この山付近には常に暗雲が立ち込めており、頂上を目指そうとした生物にはピンポイントで、前が見えなくなってしまう程の暴風雨が襲い掛かってくるのだから。

 

 その様子はまるで、山の頂上にいる何者かが住居への侵入を阻んでいるかのよう。

 この山が人間種だけに留まらず、亜人種や異形種からも信仰の対象として崇め奉られてきたのは、そのことが一番の要因だ。

 

 故にこの山の頂上を目指そうとする罰当たりな者は周辺地域に殆どおらず、いたとしても並の台風すら凌駕する程の暴風雨に阻まれるため、そもそも山頂どころか中腹にまで登ることすらできた者はいない。

 

 そんな山の頂上、まるでそこだけ空が切り取られたのかと錯覚してしまう様な、穏やかな晴れ模様を浮かべるその中央に、一匹の巨大なドラゴンが佇んでいた。

 

 この世界に残った最後の純粋な『真なる竜王』、ツァインドルクス=ヴァイシオン。

 またの名を白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)…………いや、正史とこの世界を分ける要因となった特異点を乗り越えたことにより、この世界の竜帝にすら匹敵しうる力を手に入れた彼に対してその名は相応しくない。

 

 かつて白金と称された肉体は、既に太陽の如き光を発するようになっており、爪や角、鱗に関しては常に強化状態で維持されているためか、眩き黄金色に変色してしまっている。

 

 彼がただそこに存在するだけで暗雲はその場を去り、全身から発される魂由来の光によって、周囲は常に煌々と照らされているため、この山の頂は昼夜の概念を既に失っていた。

 

 そんな今の彼を称するならば、白夜の竜王(ナイトレス・ドラゴンロード)とでも言ったところか。

 

(…………成程、何で世界がこんなことになっていたのかずっと不思議に思っていたけど、やっぱり全ては私達の過ちか)

 

 ツアーの知覚範囲内にそれが現れた瞬間、刹那にも満たない時間の内に彼は、ある竜のことを思い出していた。

 

 今から二百年ほど前、八欲王によって殆どの竜王が狩り尽くされてから暫く経ったあの日。

 彼は残った数少ない竜王や様々な種族の代表者を連れて、ある竜王達やその眷属と壮絶な戦いを繰り広げていた。

 

 ある者は丁度転移してきていたプレイヤーやその仲間と共に眷属…………後世で魔神と呼ばれる存在を打倒した。

 ある者はかつてプレイヤーを完殺した際に入手したワールドアイテムを持ち出しながらも、様子を窺っていた。

 ある者は同士たる人間に力の一端を授け、更には人との間に子を成すことで国を興し戦力を整えた。

 

 そうして彼らは、ソレと対面した。

 

『竜帝の息子たるお前なら、我の考えにも賛同し協力してくれると思っていたのだが、どうやらお前は弱者に優し過ぎるらしい。我を除けばこの世界で最もかつての竜帝に近い者だというのに、何と嘆かわしいことか』

『……慈母(マザー)…………』

 

 そこに佇んでいたのは、ツアーよりも一回り大きく、真なる竜王の中でトップクラスの戦闘能力を秘めた彼を以ってして、単身での勝算は皆無と言わしめる程の力を蓄えた一匹の黒き竜。

 

 その名は■■■■■■。

 歴代竜王の中でも最強と言われる竜帝と交わりツアーを産み落とした彼の母親、そして他の竜王達からは恐怖と尊敬を込めて慈母(マザー)と呼ばれている竜王だ。

 

 彼女は自身を最強だと疑わない真なる竜王の中でも、異端と称される程に強者という概念を愛している。

 自身よりも弱いのであれば、たとえそれが同族だとしてもただの道具としてしか扱わず、ましてやこの世界に住む他の生物など、道端に転がる石以下の存在としてしか見ていない。

 

 故に息子たるツアーよりも最終的に弱くなってしまいそうな竜帝のことを見限ろうとしたのも、彼女からすれば当然のことであったのだろう。

 

 だが竜帝はそれに納得しなかった。

 竜帝は多くの生物を殺し、己を鍛え、しかしそれでも振り向かない慈母(マザー)の態度に焦り、ついに世界の境界にすら干渉できる始原の魔法を生み出し、別世界から自身にエネルギーを流し込むという禁忌に手を出してしまう。

 

 いくら竜帝が世界の頂点だとしても、取り込んだのは世界そのもの。

 竜帝は際限なく流し込まれる情報量を前に自我が崩壊。干渉した別世界と一体化し、圧倒的な力を代償に二度と戻らなくなってしまった。

 

 これだけならば、力を求めた者の自爆でしかなかったのだが、竜帝は最後にとんでもないものを残した。

 なんと彼は吸収しきれなかった別世界の存在を、こちらの世界に一定周期で排出し始めたのだ。

 

 排出された存在……プレイヤーと名乗る彼らは、どんな者だろうと最終的には真なる竜王に匹敵するレベルの力を持つ。

 しかも場合によっては始原の魔法の効果を無効化することのできるアイテムや、圧倒的な財力を誇る拠点も伴っているのだから手に負えない。

 

 初めこそ不快なだけであったが、八欲王のような世界そのものを危険に晒す存在が確認された以上、もう世界干渉の魔法は行うべきではない。

 それが八欲王との戦争を生き延びた竜王達の間で交わされし約束だった。

 

 …………だが、その程度の犠牲で止まるほど、彼女はまともではなかった。

 

『我が竜帝のように飲まれることを心配しているのだろう? だが今回観測した世界は、この世界ともある程度接点が存在する。故に失敗することはない』

『…………貴方はこの世界をどうしたいのですか? そうやって世界を繋げば、この世界で暮らす者達もタダでは済まないと、竜帝の一件でよく理解できた筈です』

 

 どれだけ言葉を交わそうとも、慈母(マザー)の計画を止めることはできない。

 何故なら彼女の持つ思想は、ツアーとその根本から違うから。

 

『何度も言っているだろう、我が息子(ツァインドルクス)よ。今や我ら竜種が最強という事実は、愚かな竜帝が取り溢した汚物によって覆りつつある。その現状を打破することは、この世界の支配者たる我らの義務。この崇高なる使命の為に殺されることなど、弱者共からしてみれば神の導きに他なるまい』

『…………そうですか。やはり貴方と私の考え方は、相容れないようですね』

 

 強さという概念を愛し、その為ならばいくらでも弱者を使い潰す慈母(マザー)と、この世界を愛し、多少の犠牲は払っても決して弱者を滅ぼそうとはしないツアー。

 

 聡明な両者は既に理解している。

 彼等に残された道は、一つしかないということを。

 

 そして始まるのは、十三英雄の物語によって隠されることとなった、今や数人しかその実態を知らぬ最終戦争。

 

 破壊光線が天を裂き、裁きの光が地を砕く。

 炎が燃え盛り、水が暴れ回り、風が吹き荒れ、大地は隆起する。

 

 人が死に、亜人が死に、異形が死に、真なる竜王さえも死んだ。

 そうして最後に勝利したのは、ツアーとその仲間達。

 

 だが、その戦いが世界に及ぼした被害はあまりにも甚大なものだった。

 

 山は崩れ、川は埋まり、海は割れて、星は落ちている。

 さらには星の地軸すら完全にズレたことで、大陸の一部環境は大きく変わってしまった。

 

 そんな惨状を目にした彼の心を満たしていたのは、仲間達の死に涙を浮かべる者達とは違う。

 彼はこの日、心の底から安堵していた。

 

 世界を脅かす脅威は排除された。

 強大な力を持つ竜王も排除された。

 

 数匹行方不明な竜王もいるが、大方慈母(マザー)に殺されたか、慈母(マザー)に怯えて出てこなかったような臆病者だろう。

 警戒する必要は勿論あるが、よっぽどのことが無い限り慈母(マザー)よりも強いツアーに歯向かうことはない。

 

 それに今のツアーは、慈母(マザー)を始めとする戦死者の魂を取り込んだことで、以前とは比べ物にならないレベルの戦闘能力を得ていた。

 八欲王は流石に無理だが、プレイヤー数人程度が相手なら、余裕を持って勝利できる自信がある。

 

 故に彼は安堵し、それから暫くは自身の趣味────世界の観察に没頭することができた。

 今から大体百年前、彼女と出会うまでは。

 

(私もこの力に溺れて、少し油断していたのかもしれないね)

 

 彼がこの山を覆うように常時展開している始原の魔法〈世界歪曲空間〉は、彼が竜王を殺し、正史とは比べ物にならない程強くなった結果生み出された、〈世界歪曲障壁〉の上位魔法。

 

 その効果は、空間内部に転移しようとした存在を強制的に空間外に転移させ、また空間内部で発動された転移魔法の発動そのものをなかったことにするというもの。

 

 そんな空間内部だというのに、彼の優秀な感覚は、自身の真上に彼女が転移してきたことを伝えている。

 

「────〈聖天の裁光〉」

「〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 

 瞬間、天からツアーの肉体へと向けて、星が失墜したかの如き光が降り注ぐ。

 

 始原の魔法の中でも上位に位置する〈聖天の裁光〉。

 狙った位置に神聖属性の光柱を発生させるそれは、聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)の扱う魔法を彼が改良し生み出したオリジナル魔法だ。

 

 行使から着弾までのタイムラグは驚異の0秒。

 さらには神聖属性無効のスキルや魔法効果を貫通し対象にダメージを与えられるという、強力な効果を付与されている。

 

(…………まあ、この程度で死んでくれるとは思っていなかったけど…………)

 

 明らかに攻撃態勢を取っていた彼女は、しかし瞬時に状況を理解したのか驚く様子もなく魔法の射程外へと転移。

 

 結果としてツアーは、距離を稼いだ代償としてユグドラシルの最高位金属にすら匹敵するその肉体に、深い火傷を負わせる羽目になった。

 

 傍から見れば、今がツアーに対する絶好の攻撃チャンス。

 しかし彼女は遠くから彼のことを観察するだけで、即座に転移することで攻撃に移ろうとはしなかった。

 

 その選択は正しい。

 先程の奇襲で彼女が無事だったのは、彼が過去のことを思い出していたのと、純粋に彼の知覚範囲外から転移してきていたから。

 

 もしここで迂闊に転移しようものなら、転移のタイミングに合わせて放たれる〈聖天の裁光〉によって、跡形もなく消し飛ばされていただろう。

 

「〈七彩の奇跡〉」

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の扱う魔法を改良して生み出された始原の魔法、〈七彩の奇跡〉。

 効果は即死に対する完全耐性と、魔法行使の際に消費した分の魂を自身の生命力に変換することで、その分のダメージを即座に回復させるというもの。

 

 ツアーが負っていた重い火傷は、まるで時間が巻き戻ったかのように修復された。

 この魔法がある限り、彼の体力は実数値の数十倍にまで跳ね上がる。

 

 それでも彼は、この戦いに負けてしまうという確信を持っていた。

 

(共和国の鎧は…………やっぱり繋がりが切れているね。彼女の仲間を人質にすることは難しそうだ)

 

 ツアーは顔を上げ、空中から此方の様子を伺っている彼女を目視で確認する。

 

 そこにいたのは、漆黒の全身鎧を身に纏った人型実体。

 背部からマントのようにたなびかせている、彼女の眷属の尻尾に酷似した形状のそれは、全てが口をツアーの方へと向け警戒態勢を取っていた。

 

(あのとき油断せずに殺しておけば…………いや、今はそんなことを考えている場合じゃないか)

 

 この世界に於けるツアーの目は、知覚した対象の魂を正確に読み取ることができる。

 彼女と初めて会った日は鎧越しだったためよく読めなかったが、今ははっきりと魂が見えた。

 

 中核にあるとても小さく弱々しい魂は、人間の────もっと言ってしまうならば、二百年前に旅を共にしたある少女のそれによく似ている。

 

 その中核を覆っている二つの大きな魂は、アンデッドのものと判断して間違いは無い。

 二つある理由に関しては、おそらく今の彼女があの眷属と…………正気の沙汰とは思えないが、融合を果たしていることが原因だろう。

 

 そして彼女の魂全体に、薄く広がっている知覚すら難しい魂は、ツアーのものとよく似ている。

 

 かつて仲間の一人が()()()()()()()のだ。

 決して見間違える筈などない。

 

 ────それは慈母(マザー)の魂。

 彼女が行使する最悪の魔法を食らった、何よりの証だ。

 

 

……………………

 

 

 私がこの世界の未来を知った理由を、何となくだが理解できたのは、今から数十年程前の出来事。

 ズーラーノーンという組織の盟主と名乗るアンデッドが、ある取引を私に持ちかけてきたことがきっかけだ。

 

 最初こそ協力どころか殺し合いに発展しそうになったり、お互いが個人情報を出し渋った結果意見が合わなかったりしたが、最終的に私はその取引を受けることにした。

 

 何故ならその取引の内容……盟主が私に殺してほしいと思っている相手が、とある洞窟に引き籠っている『真なる竜王』の一匹だと判明したからだ。

 

 私は盟主の仲間──のちに『深淵なる躯』というアンデッドの魔法詠唱者集団だということが判明した──から〈支配(ドミネート)〉を始めとした情報系魔法でソレの情報を集め、当時できる最大限の準備と警戒をした上で戦いに臨んだ。

 

 まあ、結果から言ってしまうとこの戦いは私の圧勝…………いや、そもそも戦いにすらならなかった。

 

『貴様、何者だ────おかえりなさいませ、偉大なる慈母(マザー)

『…………は??』

 

 戦闘形態……〈死装束(シュラウド)〉を発動した私に対し、ソレは突然跪いた。

 ついさっきまで殺意をまき散らしていた存在が、突然意思の感じられない声で対応してきたのである。

 

『────えーっと、つまり私の魂には、その慈母(マザー)っていう竜王の魂が混じっているから、始原の魔法で洗脳されているあなたは、私のいうことを聞いているって訳?』

『そうです、偉大なる慈母(マザー)よ』

『にわかには信じ難いわね。…………じゃあ、もし今ここで私があなたに自害しろって言ったら、あなたは自害するの?』

『当然でございます』

『……………………分かったわ。それじゃあ、私の為に死んでちょうだい』

 

 相手はあのツアーと同じ、始原の魔法を扱う真なる竜王。

 万が一騙されていた場合、受ける被害は想像を絶する。

 

 だから私は彼の魂をグリムに支配させ、完全な傀儡に仕立て上げた後肉体を殺し、魂の情報を直接読み取るという形で彼を尋問した。

 警戒し過ぎと思われるかもしれないけど、油断して後悔するよりはよっぽど楽だ。

 

 そういう訳で、彼の魂からの情報により、私はこの世界が今どういう状況にあるのかをだいたい理解することができた。

 

 ユグドラシルプレイヤーがこの世界に転移してくるのは、ツアーの父親である竜帝に原因があること。

 八欲王との戦争で、殆どの竜王が既に滅んでしまっているということ。

 二百年以上前のどこかで、慈母(マザー)なる竜王が竜帝と同じ様なことをしでかそうとしたこと。

 この世界を守るために、ツアーが他の竜王と協力して慈母(マザー)を殺しにいったこと。

 そして、どういう訳か私の魂に慈母(マザー)の魂が少しだけ混じっていること。

 

 何故私に慈母(マザー)の魂が混じっていたのかは、フールーダやヘジンマールを迎えたことで増えた私の知識を以ってしても未だに不明。

 

 始原の魔法か何かで私の魂に寄生していたのか?

 それとも私自身が、実は慈母(マザー)の転生した姿だったのか?

 

 きっと今私の前に佇んでいる彼に聞けば、答えが分かるのかもしれない。

 

 だが私は後顧の憂いを残さない為にも、ここで彼を魂ごと消滅させるつもりでいる。

 もうこの疑問については、考えないようにしておくべきなのかしら。

 

(それにしても、本当に膨大な量の魂。多分私だけの戦闘能力じゃ、百年鍛えた今でも歯が立たないでしょうね)

 

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)、ツァインドルクス=ヴァイシオン。

 私の最終目的、そしてナザリックの世界征服に於いて障害になる可能性が高いとし、デミウルゴスが早期排除を望んだ存在。

 

 そして私が、武力面でナザリックの役に立つ(障害にもなり得る)と証明するための、最初で最後の引き立て役。

 

 …………人間としての私は、彼に対しそれなりの罪悪感を抱いている。

 

 殺した竜王の魂から読み取った記憶の中で彼は、いついかなるときも世界の為に奔走していた。

 他者の追随を許さぬ強大な力も、慈母(マザー)に反旗を翻すという凶行も、果てしなく長いその寿命までも。

 その全てを費やして、彼はこの世界の秩序を、平和を、必死に守ろうとしていた。

 

 彼はある意味、私に似ていると思っている。

 目的の為ならば、どんなことだってできるというその精神性が。

 

 だからこそ、私は彼が何か面倒ごとを起こす前に、彼を殺しておかなければならない。

 

『彼が…………有り得ないとは思いますが、万が一至高の御方たるアインズ様に傷を与えられる程強くなるか、竜帝なる者が作ったユグドラシルとの繋がりを断ったとき、貴方は彼とどう付き合っていくつもりなんですかね?』

 

『彼からしてみれば、貴方はプレイヤーと戦うためだけに生きることを許された駒に過ぎない。ならば彼はいつか、貴方の存在そのものを否定しようとするのではないでしょうか?』

 

『心配は要りませんよ。貴方がアインズ様の許しを得られている限り、私達が貴方達を否定することはありません』

 

『そしてアインズ様は、とても慈悲深い御方です。貴方が不審な行動を取らない限り、貴方のことを排除しようとはしないでしょう』

 

『なのでどうです? 敢えてこちらから行動を起こし、不穏分子たる彼に奇襲を仕掛けてみませんか?』

 

 結果としてナザリックは、私とツアーが協力するという最悪の可能性を潰せる。

 そして私は、ナザリックからの信頼を得ることで平穏が約束される。

 

 余談になるけど、デミウルゴスって本当に凄いと思う。

 彼が如何に賢いのかというのは知識として知っていたけど、実際に相対してみて、その恐ろしさをよく理解できた。

 

 たった数時間の内に数百ページもの資料を読み込む読解力。

 初対面で私が何を欲しているのか的確に見抜く観察眼。

 そして、相手に不快感を抱かせずに行動を操る天才的な頭脳。

 

 相手の思考を巧みな言葉使いと甘い声で操り、自身の整えた舞台の上で思うがままに踊らせる。

 ホストクラブにでも就職すれば、数日の内に売上トップになるんじゃなかろうか。

 

 …………と、まあそんなことは置いといて。

 

「こうやって実際に対面するのは今回が初めてだね、アンティリーネ」

「…………あら、驚いたわ。てっきりこのまま殺し合いを始めると思っていたのだけれど。時間稼ぎでもしたいのかしら?」

「いや、君と直接会ってみて、幾つか質問したいことができたんだ」

 

 ツアーの仲間の内、私の脅威となり得る存在は全て慈母(マザー)に殺されている。

 

 東方の地は完全に焦土と化しているし、海上都市にて眠る少女も撃破済み。

 パワードスーツはグリム一人でも対処できるし、リグリットやイビルアイに関しては敵にすらならない。

 

 …………まあいっか。

 こっちもルーファス様の準備には時間が掛かる。彼の口車に乗せられてあげよう。

 

「何かしら? 答えられる範囲でなら答えるけど」

「ならまず一つ。君の最終的な目的は一体なんだい? 確か百年前君は、本能みたいなものに動かされてるとか言ってた気がするけど」

「グリムと一緒に過ごすこと、ただそれだけよ」

 

 あの時はナズルおばちゃんが死んでからまだそう時間が経っていなかったから、生き残りたいが為に動いているのだと思っていた。

 ただグリムを生み出してから、その考え方は少しずつ変わっていった。

 

 私の人間としての心が恐れていたのは、ナザリックに幽閉されるとか、真なる竜王に殺されることじゃない。

 ただ、誰からも優しくしてもらえなくなることが、怖かったのだと思う。

 

 全く、何と可愛らしく愚かなことか。

 あらゆる環境に恵まれ、最強となることを確約されし(わたし)が孤独などという、強者となれば必ず抱く感情を最も恐れていたとは。

 

「そうか…………それじゃあもう一つ。君は一体“誰”なんだ?」

 

 …………むう、中々難しい質問をしてきたわね。

 

 普段の状態なら、私は──多少心が歪んじゃっているとはいえ──アンティリーネだと即答できるけど、今の状態だと何とも言えない。

 

 正史よりも明るく優しく、そしてちょっぴり寂しがり屋な人間としての私。

 

 スルシャーナ様の魂を取り込んだことで変質した、ただひたすらに──それが紛い物だと知っていながらも──母親を求めるアンデッドとしての私。

 

 際限無き寂しさと狂気的な依存心を満たすために生み出された、母親モドキ(グリム)に込められし願い(わたし)

 

 何らかの手段を用いてアンティリーネの魂に入り込み、〈死装束(シュラウド)〉を使用したり魂による一時的なレベル上限突破をすると表層に出てくる、かつて世界を崩壊に導こうとした慈母(わたし)

 

 アンティリーネが半分に、グリムと慈母(マザー)が四分の一ずつ。

 三重……いや、四重人格とも称せる今の私は、一体何者なのだろうか。

 

「そんなの簡単よ。私は私、それ以外の何者でもないわ」

 

 アンティリーネでも、スルシャーナ様でも、グリムでも、慈母(マザー)でもない。

 

 どれだけ狂気に呑まれようと、どれだけ命を手に掛けようとも。

 私が私であろうとする限り、そこにあるのは紛れもなく私だ。

 

 …………まあこの言葉は、ナズルおばちゃんの言葉を引用したものだけど。

 

「これで質問は終わり?」

「ああ、君がどんな状態かはよく分かった。────それじゃあ、始めようか」

 

 

……………………

 

 

 同時刻、エイヴァーシャー大森林にて。

 腰から立派な剣を下げた一人の老婆が、道なき道を身軽な身のこなしで進んでいた。

 

「全く、この森は目印になるものが少なくて敵わんのぅ」

 

 そんなぼやきとは裏腹に、彼女が進む方向に迷いは一切見られない。

 

 彼女の眷属である〈骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)〉が上空から安全なルートを示してくれているというのもあるが、最たる理由は元アダマンタイト級冒険者としての経験なのだろう。

 

「せめて近くまで送ってほしかったんじゃが…………まあ、致し方無いかのぅ」

 

 彼女…………リグリットは寂しさの混じった表情を浮かべながら、アンティール共和国を目指す。

 

 友人たるツアーに頼まれた、最後の約束を果たすために。




■■■■■山
原作では七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)が住処としている山。
周辺地域は常時大嵐に見舞われており、到底生命が存在できない環境になっている。

ツァインドルクス=ヴァイシオン
最後の純粋な真なる竜王。
原作では不明だが、本作でのレベルは100オーバー。
高位の始原の魔法を乱発できるほどの魂を蓄えているため、少なくともその戦闘能力は原作での彼を優に越している。
また、原作では起こり得なかった様々な事象を経験した結果、その心情にも変化が表れたようで…………
それと何故か色合いがウルトラネ〇ロズマみたいになった。

十三英雄
二百年前に転移してきた、あるプレイヤー達を中心として結成された勇者パーティー。
冒険の内容自体は正史と乖離している可能性があるが、その結末は正史とほぼ変わらない。

魔神
かつて六大神に仕えていたNPC。
本作では慈母(マザー)の甘い言葉に乗せられ、十三英雄の前に立ちはだかった。

慈母(マザー)
全ての元凶。本作と原作の違いは、彼女がどう動いたかによる相違から生まれたもの。
本作では世界の境界に干渉する魔法を使っていた際、『この世界が小説となっている世界』を観測したことで動き出した。

慈母(マザー)の扱う始原の魔法
本作オリジナル設定。
最悪の効果を持つ五つの魔法の一つ。
効果は本体が死んだ際、この魔法の効果対象となったものを新たな慈母(マザー)に変えるというもの。
魔法というよりかは呪いに近い。
モデルはアニマな世界で汎用人型決戦兵器と戦った黒い巨人や、大国を一夜で文明ごと滅ぼした黒い龍の持つそれ。

洞窟に潜んでいた真なる竜王
原作とは別の竜王。
本人はプレイヤーと戦うために力を蓄えているつもりだったが、実はこの世界のどこかに今も存在し続けている、慈母(マザー)の魂を宿した者を見つけサポートするため、無意識のうちに操られていた。

デミウルゴス
凄腕営業マン。
ツアーとアンティリーネの関係があまり良好ではないことを資料の筆跡や文面だけで読み解き、さらに彼女の欲するものを的確に与えることで、ナザリックにとって最悪の展開であるツアーとアンティリーネの協力を阻止した。

アンティリーネ
心が最大で四つくらいある本作主人公。
基本的に自身とグリム以外の存在は道端の小石程度にしか思っていないが、中核を成す人間の心に気に入られれば、安全は保障してくれるしそれなりに気を使ってくれる。

グリム
ナズルおばちゃんをモデルにして生み出された、寂しがり屋な彼女の心を埋め合わせるための存在。
本来のナズルであれば、アンティリーネがここに至るまでに間違いなく彼女のことを叱るのだが、グリムはアンティリーネから見た『優しいナズルおばちゃん』という概念から生まれた妄想の産物に過ぎないため、アンティリーネを叱ることはまず無い。

アンティリーネの着ている鎧
ツアーの遠隔操作鎧の黒色バージョン。
ただしこれは取り込んだ〈カロンの導き〉を変形させているに過ぎず、全裸の状態と防御力は変わらない。
なのにわざわざ鎧を纏っているのは、その内側に色々としまい込んでいるから。

アンティリーネに宿る慈母(マザー)の魂
彼女に〈ソウル・アドラー〉と原作知識を与えた原因。
原作知識から依代として丁度良いと判断したため、時間座標と空間座標を合わせ呪いを未来に放った結果宿ることとなった。
…………が、タレントとの相性が良かったからか、アンデッドとしての魂に飲まれてしまったため自我自体は消滅し、スキルと原作知識のみが継承された。
ただしアンティリーネの精神がより異形に近付くか、魂の使用によりユグドラシルの制限を突破した場合にのみ、彼女の自我を少し侵食するときがある。

リグリット
ツアーらしくない最後の願いを叶えるため、エイヴァーシャー大森林を進む。
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