ナザリック地下大墳墓第五階層に構えられし、〈氷結牢獄〉のある一室。
普段ならば領域守護者であるニグレドが、人形の入った揺り籠を揺らしているその場所に、今日は珍しいメンバーが集まっていた。
蟷螂の様な者、蟻の様な者、巨大な脳味噌の様な者。
一見すると統一性の無いようなメンバーに感じられるが、彼等にはちゃんとした共通点がある。
それはここにいる全員が、ニグレドの傍に控える四つ腕の
そして彼の配下の中でも、特に戦闘能力への自信がある者達であるということだ。
確かにニグレドは情報系魔法特化の魔法詠唱者であり、戦闘能力自体は100レベルNPCとしてはかなり低い。
しかしその分探知妨害等への対策は完璧と称せるもののため、彼女の居場所が逆探知され戦闘にもつれ込む可能性は限りなく低いと言える。
ならば何故、そんな彼女に対しここまで厳重な警備体制が敷かれているのか。
それは、彼女の映し出している存在達に、ユグドラシルの常識が通用しない可能性があるからだ。
「成程…………コレハ中々素晴ラシイナ」
どこか嬉しそうな声を上げたコキュートスの視線の先にあるのは、ニグレドが展開している〈
そこでは漆黒の全身鎧に身を包んだ人型実体と、恒星の如き光をその身から発する巨大なドラゴンによる激闘が繰り広げられていた。
巨大な翼を広げ飛行しようとするドラゴンへと向けて、大鎌を構えた人型実体────ナザリックの協力者であるアンティリーネという人物が疾走する。
どうやらドラゴンの翼を切り裂き、飛行を阻止しようとしているらしい。
だがそれを許す程ドラゴンも戦い下手ではなかった。
彼が翼を広げた瞬間、白金の鎧が数体アンティリーネに立ち塞がるような形で転移してきたのだ。
握られている武器はどれも、実用性に特化したシンプルなデザインをしている。
とはいえ、それが如何に強力な武器であるのかということは、画面越しのコキュートスでも何となく理解できていた。
そんなものを四方八方から振りかざされた彼女は、しかしどこからともなく生成された大鎌のコピーを背部の触手で握り、全ての攻撃を同時に弾く。
怯んだ隙に再び大鎌を振るい、硬そうな鎧を一閃。
その振り方は少々荒々しいが、瞬間速度だけ見ればコキュートスの一閃すら超えているかもしれない。
(技術ハマダマダダガ、力ニ関シテハ申シ分ナイト言ッタトコロカ)
鎧がほんの少しではあるが時間稼ぎに成功した結果、遥か上空へと飛び立ったドラゴンの口から光が漏れ出る。
天にて光るその様子は、空に煌めく太陽の如し。
その口から放たれた光線は無数の細い光線へと分裂し、囲い込むような軌道でアンティリーネに迫っていた。
音速を超えた速度で接近するそれらに対し、やはりと言うべきかアンティリーネは至って冷静。
大鎌を振りやすい体勢で静かに構えた彼女は、光線をギリギリまで惹き付けた後ドラゴンの真上へと転移。
右腕に光──何らかの強化を施したらしい──を纏わせたドラゴンの一撃と、転移と同時に放たれた大鎌による斬撃が空中でぶつかり合う。
発生した衝撃波が大気を揺らし、〈
ドラゴンの片腕には肉が見える程の傷が刻まれ、アンティリーネの大鎌は握っていた腕ごと吹き飛んだ。
しかし次の瞬間には両者共その傷を回復させ、再び戦いの幕が上がっていた。
(コレ程ノ存在ヲ早期ニ発見シ懐柔シテシマウトハ…………流石ハデミウルゴスヲ以ッテシテ『端倪すべからざる』ト言ワシメル御方ダ)
ナザリックが未知の現象に巻き込まれ、この地に転移してしまってから数日経った頃。
アインズ様が『守護者に匹敵するかもしれない存在を懐柔した』という話を聞いた時、コキュートスは内心少しワクワクしていた。
この世界にはどんな技術があるのか?
この世界の強者はどれ程の力を持っているのか?
ふと心に湧いた「勝ち方の分からない、相手の手の内を戦闘中に読む戦いをしたい」という欲求。
それは彼の武人という設定に加え、創造主たる武人建御雷の心が反映された結果生まれたもの。
そんなコキュートスの元へ、先日アインズ様から直々にある任務を任せられた。
内容は『ナザリック近郊の森をアウラに調査させる際、万が一の場合に備えて彼女の護衛をしてほしい』という護衛任務。
コキュートスは喜んだ。
勿論仲間が傷つくことは望んでいないが、それでも未知の強者と戦える可能性を得られたから。
しかし、どれだけ森を探索しようとも強者は姿を現さない。
途中でアウラに頼み、魔獣同士を何組かのグループに分け探索させてみたが、それでも出てくるモンスターは高くとも30レベル程度。
弱い。あまりにも弱すぎる。
そういう訳で少しへこんでいたコキュートスにとって、今画面越しに繰り広げられている戦いは、彼の心を揺さぶるに十分足るものであった。
(惜シムラクハ、ソノ心ガ既ニ歪ンデシマッテイルト言ウコトカ)
母親モドキの為だけに生き続ける彼女を改心させ、心の底から我が主人に忠誠を誓わせられたのなら。
互いを高め合う為に訓練し戦友となれたら、それはどれ程素晴らしいことなのだろうか。
そんなことを頭の隅で思いながら、コキュートスはアンティリーネとドラゴンの戦闘を観測し続けるのだった。
……………………
(…………何かがおかしい)
地面へ足を付けると同時にエネルギーを送り込み、周囲の大地ごと聖属性の爆発で消し飛ばすその攻撃を、アンティリーネは再び転移の魔法で回避する。
その展開を予測し、翼から流星群の如き無数の光弾を発射したツアーは、心にぬぐい切れない不安を抱いていた。
戦況は一見、ツアーが有利なように見える。
アンティリーネはここまでで数十回は転移の魔法を使用し、また始原の魔法も魂の総量に変化が無いことから察するに使えないらしい。
一方のツアーは、使用する魔法をアンデッドの特攻がある且つ回避しにくいものを優先的に使用し、転移や回復などの魔法で魂を消費しないよう、極力自身の肉体を動かし攻撃を回避していた。
無論ノーダメージとはいかないが、ドラゴンの肉体は人間やアンデッドの肉体よりも頑丈。
故に多少ダメージを負ったとしても無茶は利くし、何ならカウンターとして攻撃を放てば、最大体力に対するダメージ割合はツアーの方が確実に少ない。
(私の魔法を解析…………いや、それとも何かを待っているのか…………?)
前者であるならば、ツアーにとって殆ど問題にならない。
現在彼女に放っている魔法は、彼が使用できる魔法のほんの一部。
これらを封じられても攻撃することはできるし、何なら今この場で新たな魔法を開発することだって可能。
どれだけ解析し対策を立てたところで、ツアーは実質的に無限の魔法を行使できるため、彼の魔法を完全に対策しきることは限りなく不可能に近いのだ。
しかし後者であるのなら、ツアーもそれなりの警戒心を持っておかなければならない。
アンティリーネが極度の慎重派であることは、アンティール共和国に置かせてもらった鎧で把握済み。
そんな彼女が待っているものといえば、それはきっとツアーを倒しうる何かだろう。
(…………だが、一体どうやって私を倒すつもりなんだ?)
この世界のツアーが持つ耐久力は凄まじく、正直なところ本人ですら他者に倒されるとは思えない程だ。
光り輝く鱗は物理、魔法の両方に対し高い耐性──ユグドラシル基準で言うなら、防御に特化させた
そのため、本来ならば空間ごと切り裂ける威力を誇るアンティリーネの武技〈絶命斬刺〉を以ってしても、肉体を欠損させられるレベルの傷を負わせることは、ここまで一度もできていない。
また彼は世界との接続をより深めた結果、この星そのものから魂を吸収できるようになっている。
全て吸い尽くしてしまうと、この星そのものが不毛の大地と化してしまうため限度はあるが、それでも高位の魔法十万発程度ならば問題無く行使できるだろう。
────と、ここでアンティリーネが、ツアーの右翼前方へと転移した。
先程からアンティリーネは、ツアーの腕や頭部ではなく翼を切り落とそうと狙っている。
どうやら彼女は翼による飛行能力を厄介だと感じ、優先的に潰そうという考えに至ったらしい。
確かに〈七彩の奇跡〉により回復はできるが、飛行中に一瞬でも翼が無くなればバランスを崩してしまうことは必至。
再生した翼で強引に体勢を整えようとすれば隙ができ、かといって魔法で体勢を整えようとしても一瞬の隙が生まれる。
この隙を利用されれば、ツアーに大きなダメージを与えることは十分可能だ。
しかし、そんな部位をツアーが何の対策もせず残している筈がない。
実際彼の翼は、魔法によってアンティリーネの一撃だけでは断ち切れない程度の強度を得て────
「────ッ!?」
カウンター用の魔法を放とうとしていたツアーの体が、重い衝撃と共に傾く。
何が起こったのかなど言うまでもない。彼の翼が切断されたのだ。
頭に浮かんだ疑問符へと、彼の優秀な知覚能力がすぐに答えを提示する。
そこにあったのは、アンティリーネの横で同じ様に大鎌を振るい終えた、白きもう一人のアンティリーネの姿。
一発で切れないのなら、二発同時に打ち込んでしまえばいい。
彼女は汎用性に優れている方の切り札、自らの分身を生み出す〈
そしてもう一つ注目するべきなのは、彼女が握る大鎌の様子。
金色の衣装が美しい黒き鎌には、酷く有害に見える黒い靄が掛かっていた。
アンティリーネが〈カロンの導き〉を強化した際に内蔵したその魔法の名は〈
鎌系統の武器を使用している場合にのみ行使できるそれは、自身の鎌に
純粋な手数の増加に加え、自身のHPを代償に得たレベル差によるダメージ減少の無効化や、神聖属性に対する耐性。
これら全てを一点に集中させたことにより、アンティリーネはツアーに対し一撃加える権利を手に入れた。
そして遂に、戦況は最終局面へと移行する。
「いくよ、グリム────〈
……………………
ツアーが抱いていた、アンティリーネが何を考えているのかという疑問。
その答えは前者…………いや、明確に言えばどちらでもないと言ってもいいのかもしれない。
(無尽蔵の魂に、一撃で私を消し飛ばせる威力の魔法…………化物とかいうレベルの強さじゃないじゃん!?)
そう、精神抑圧により表情こそ変わっていないが、彼女はツアーの強さにドン引きしていたのだ。
(うぅ、正直舐めてたわ。グリムの魔法と〈
当初彼女は、ツアーに対し持久戦を仕掛けるつもりでいた。
ツアーはその出生の関係上、位階魔法を使用することができない。
だからこそ魂が切れるまで攻撃を続ければ、彼はそのうちただのドラゴンに成り下がるのだ。
しかし蓋を開けてみれば、彼はちゃんと自力で魂の回復手段を用意していた。
その上供給先は、ハッキリと断言できる訳ではないが感覚的に恐らくこの星そのもの。
つまり持久戦を仕掛ける場合、アンティリーネはこの星が枯れ果てるまで戦い続けなければならない。
そんなことは、流石の彼女でも不可能。
ツアーが魂を使い切る前に、彼女の蓄えたポーション等の消耗品が先に底を付く。
(それに防御力も尋常じゃないわね。私の魔法攻撃力はあまり高くないし、今のグリムはMP特化だからある程度は仕方ないけど…………だとしても魔法が全部効かないっておかしくない??)
戦闘開始直後、彼女は少しでも戦闘を有利に進めるべく、〈カロンの導き〉に内蔵された魔法を幾つも放っていた。
この世界の〈カロンの導き〉は、アンティリーネやグリムが散々強化していった結果、正史とはかけ離れた武器へと変貌している。
正史で内臓されていた魔法が十種なのに対し、この世界で内臓されている魔法は二十種。
さらに正史では幾つかの魔法を除いた全てを合わせて『4時間ごとに5回』魔法を使用できたが、この世界では各魔法がそれぞれ『4時間ごとに5回』使用できる。
そんなギルド武器にすら匹敵するかもしれない〈カロンの導き〉から、彼女が使用したのは以下の通り。
・〈
・様々な視線効果を付与することのできる〈
・〈
・〈
・対象を病気にすることのできる〈
・〈
・〈
これらに加え、グリム経由で幾つかの強力な攻撃魔法をアンティリーネはツアーへと放っていたが、そのいづれも彼に殆どダメージを与えられていなかった。
一応大鎌による物理攻撃は通用するため問題は無いが、これだけで決めきれる程彼の戦闘能力は低くない。
このまま戦い続ければ、遅かれ早かれアンティリーネが敗北するという形で決着は付くだろう。
どうやら、アンティリーネが思っていた以上にツアーも強くなっていたらしい。
故に彼女は、隠しておきたかった切り札の使用に踏み切った。
(どうせナザリックのメンバーは、何らかの手段で私を監視しているんだろうし、あんまり切り札は見せたくなかったんだけど…………あぁもう仕方ないわ。後のことは後で考えるとして、今はツアーを確殺することだけを考えなくちゃ)
彼女はグリムやルーファスのものを含めると、合計四つの切り札を持っているということになる。
しかし、彼を短期間の内に確殺できる切り札は、これらの中でたった一つしかない。
それを確実に通すため、彼女は隙を窺い続けた。
賭けに出られる条件は三つ。
一つ……ツアーを一瞬でも足止めできるタイミングであること。
一つ……ツアーに『アンティリーネは魔法戦よりも近接戦が得意である』と思わせ、同時に『魂の使用による魔法への耐性強化は不要』と思わせること。
一つ……ツアーが転移による逃亡を渋るような、要するに彼の有利な状況に戦況を持っていくこと。
そうして戦闘すること十数分。
全ての条件が揃ったと判断したアンティリーネは、遂に動き出した。
「いくよ、グリム────〈
瞬間、周囲一帯が闇に包まれる。
唯一残っている光は、ツアーの身から発されるものだけ。
この異常事態が何により引き起こされているのか把握するべく、ツアーはその知覚能力を最大限にまで高めた。
そして判明したのは、この暗闇は魔法によるメインの効果ではなく、魔法による副作用でしかないということ。
(ッ!? これが、彼女の切り札なのか────!?)
上下左右、四方八方。
ツアーとアンティリーネの周囲を覆っているのは、数える気にすらなれない量の蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。
そう、この暗闇は大量の蟲────ある世界で
〈
それは彼女がスルシャーナの所持品に記載されていたある考察を元にして、第十位階魔法〈
その効果は『レベル十未満の蝗を百万匹召喚する』というもの。
この蝗達は制御不能で召喚された仲間すら食べてしまう上に、召喚してから十分で消滅してしまう。
さらに消費MPは凄まじく、ステータスをMPに特化させたプレイヤー……それこそモモンガのようなステータスだとしても、ギリギリ一発放てるかどうかといったところ。
超位魔法を第十位階魔法で再現しようとした代償は大きく、結局生まれたのは消費MPと見た目が凄まじいだけで、百レベル相手には時間稼ぎにすらならない、クソでか恐怖公とも称せる用途の非常に限られた魔法。
しかし、グリムが手を加えられるとなれば話は別だ。
(────ッ!? これは……魂の吸収!? 私の魂そのものを喰らう気かッ!!)
グリムは取得しているスキルの関係上、他者の魂に干渉する能力に長けている。
魔法を仲介して他者から──格上であるほど吸収率は下がるが──直接魂を吸収することだって、自身のスキルを併用すれば可能なのだ。
百レベルを超えしツアーから吸収できる魂は、一回につき精々0.01レベル程度。
しかしそれも百万の軍勢で同時に行えば、理論上数分の内に一万レベル分の魂だって吸収できてしまう。
(まあ、そんなのはまさしく机上の空論だけどね)
…………と、ここまで聞くととても強そうに感じられるが、実際はそう上手くいかない。
召喚された蝗の半数以上は共食いに明け暮れるため、ツアーに殺到してくれるのは、精々十万匹がいいところ。
さらに彼らのレベルは全員低いため、ツアーが軽く攻撃するだけで数万の蝗は消滅してしまう。
それでも短時間の内に百レベル分くらいは吸収できるため、プレイヤーやNPCに対してはそこそこ有効なのだが、今回の相手は半ば無限の魂を持つ最強の竜王。
この魔法で存在ごと消すなんて確実に不可能。だからこそ彼女は、これを囮として使用した。
「〈
周囲の存在を敵味方関係なく喰らう蝗に襲われないよう、群れの外……しかしツアーの知覚範囲からは外れていない高度へと転移したアンティリーネ。
ちなみに当然のことではあるのだが、ツアーへの転移妨害はその一切が通用しない。
つまりここでツアーが転移を用いて戦略的撤退を行った場合、アンティリーネの作戦は完全に崩壊するのだが────
(────来たッ!!)
アンティリーネの視界に映っていた黒き球体が大きく蠢く。
そして次の瞬間、魂を喰らおうとした蝗は一匹残らず、隕石が落下してきたかの如き大爆発によって消滅させられた。
その魔法がどんな効果を持っているのか、アンティリーネには分からない。
だが一つ言えるのは、今のツアーに耐性の類を強化している余裕がないということ。
確かにドラゴン……その中でも最強クラスの能力を秘めた、真なる竜王の持つ状態異常への耐性は凄まじい。
戦闘開始時に放った魔法を、何の対策もせずその肉体スペックだけで弾いたことが良い証拠。
どれだけスキルや魔法で状態異常付与の成功率を強化したとしても、それが一生物の行使できる力でしかない限り、これを突破することは不可能だ。
ならば、沢山の魂から力を分けてもらえばいい。
それも満遍なくではない、たった一つの目的を達成する為だけに、力の全てを収束させればいい。
これだけやったとしても、世界が少し対策を講じ抵抗力を上げれば、彼女の切り札は通用しなくなってしまうだろう。
────
しかし、今ならば貫き刻み込める。
百年掛けて蘇生の原理や魂の何たるかを理解し、たとえグリムの補佐ありきでなければならないとしても、完璧に使いこなせる今ならば。
幾らでも再生させられる肉体ではなく、肉体の復活に必要な魂そのものを狙い撃ち、世界に刻まれしその存在ごと即死させることだってできる────!!
「〈
グリムのMPを大量に分けてもらい、次に放つ魔法の効果を極限にまで高めていく。
中でも〈
だがまだだ。
まだツアーの表面だけではない、存在そのものを殺す為には質が足りない。
故に彼女は、ここまで一切見せてこなかった、魂の消費による魔法の強化を行った。
これにより彼女の魔法は世界の守りすら貫く、言うなれば『耐性貫通特化のワールドアイテムにより強化された魔法』となったのだ。
隙を晒したのに追撃をこれ以上加えてこなかったアンティリーネに対し、訝し気な視線を送っていたツアーの目が見開かれる。
どうやら彼女へと魂が収束している様子を観測したらしい。
ここまで一切魂は使ってこなかったから、きっと魂を使いこなすことはできないとでも思っていたのだろう。
だけどもう手遅れ。
今から魂による耐性強化を実行しても、魔法発動までには間に合わない。
そのことを理解しているのか、ツアーの口から光が漏れ出る。
たとえ刺し違えることになったとしても、彼はアンティリーネを滅するつもりだ。
ただ守りたいものの為だけに、相手の全てを否定するエゴのぶつかり合い。
あまりにも身勝手なこの争いに決着が付くまで、後十二秒。
「────〈
一秒経過。
アンティリーネの背後に出現した、決着までの時を刻む時計針が一つ動く。
最低限の威力だけを残し、ひたすらに速度を追及した光線がアンティリーネへと迫る。
だがこの程度の反撃など想定済み。
彼女は冷静に〈
二秒経過。
彼女の転移した場所は、大陸のどこかに広がっている山岳地帯。
転移直前に、彼の魂へと自身の魔法を刻み込んだ感覚は得た。
後は十二秒逃げ続けるだけで、彼女はツアーを殺し目標としていたグリムとの平穏を──一時的ではあるかもしれないが──手に入れられる。
とはいえ、彼がそう容易く彼女のことを逃がしてくれる訳が無いというのも当然だろう。
アンティリーネの位置を何らかの魔法により把握し、ほぼ同時に転移してきたツアーが放ったのは、長い尻尾による空間を揺るがす一閃。
彼女の大鎌さえも凌駕するその一撃を、転移によりギリギリのところで回避した。
三秒経過。
無論、この切り札を用いても彼が即死しなかった場合に関しても、彼女はそれなりの対策を考えている。
グリムは現在魔法により、数十もの分身体を所持している。
それらを全員動員してこの世界の生物を片っ端から殺していけば、彼の圧倒的な魂量にもある程度抵抗できるだろう。
なお、この外道という言葉すら生温い手段でも倒し切れなかった場合、彼女はツアーを連れてナザリック地下大墳墓付近に転移するつもりだ。
代償として即ナザリックとの戦争にもつれ込むかもしれないけど、確実に死ぬよりかはマシである。
────そう、彼女はこの時、既に勝利を確信してしまっていた。
勝って兜の緒を締めよ。
勝負……特に殺し合いというのは、完全に相手を殺していない時点であれば、幾らでも逆転が効いてしまうというのに。
四秒経過。
転移により距離を取って、再び逃げの体勢で構えたアンティリーネ。
それに対してツアーは、何故か魔法を放つことも飛行し接近することもなかった。
彼の前に現れたのは、彼が始原の魔法で生み出したらしい白金の鎧。
だが、これが一撃で砕かれてしまうことを、ツアーはさっきまでの戦闘で既に把握している筈。
(ん? 一体何をするつもり────ッ!?)
その答えを、彼女は自身の肉体を以ってして味わうこととなった。
五秒経過。
ツアーの内包していた魂が、ほんの一瞬だけ限りなくゼロとなる。
その代わりとして、鎧には始原の魔法数百発分の魂が与えられた。
何か不味いと直感的に判断したアンティリーネは、どんな行動を起こされても対応できるよう構えながら、無詠唱化した転移の準備を進める。
しかし、彼女が気付いたときに事はもう為されていた。
始原の魔法により極限まで機動力を高められた鎧による、何の変哲もない最速の突き。
ツアーのような巨体ではないが故に、鎧の持つ敏捷性は神速と称せる領域へ。
放たれし突きの速度は、近接戦闘を得意としていたアンティリーネの反応速度を優に超えている。
彼女は回避が間に合わない速度に驚くことすらできずに、胸へと長槍を突き立てられることとなってしまった。
六秒経過。
(ッ!? これ不味────)
一瞬の間を置いて、彼女は自身の肉体が長槍で串刺しにされていることに気付く。
今のところ、アンデッドとしての特性のお陰で痛みは無い。
だがもしここで鎧が、何らかの魔法を放ったとしたら────
「ぐあぁ゛ッ!?」
アンティリーネに突き刺さった長槍から、彼女の体内へと神聖属性の含まれたエネルギーが送り込まれる。
魂の使用によって弱点への対策はしていたが、これは実質上位互換でもある、始原の魔法から繰り出されし耐性貫通効果持ちのエネルギー。
アンデッドとしての痛覚耐性を凌駕するダメージにより、彼女の口からは苦悶の喘ぎ声が強引に絞り出された。
そうして生まれた少しの隙を好機と見た鎧は、追加で数多の長槍を生成し、次々とアンティリーネへと向けて突き立てる。
七秒経過。
「いぎゃぁ゛あ゛ぁ゛ぁッッ!!!」
頭に、肩に、腕に、腹に、脚に、胸に。
長槍によって磔のような形で地面に拘束された彼女へと、容赦の無い神聖属性エネルギーが襲い掛かる。
融合しているグリム経由で放つ〈
このままでは負けてしまう。
あと少しで己が望みを叶えられるというのに、たった一つの油断で全てが崩壊してしまう。
────ふざけるな! ここまできて諦めるものか!!
痛い、怖い、泣きたい、喚きたい、逃げ出したい。
もう何もかも嫌だと必死に訴える人間としての心を強引に押し殺す。
まだ、何も終わっていない。
寧ろこれからだというのに、こんなところで命を手放す訳にはいかない。
八秒経過。
アンティリーネのHPは、数秒の内に半分以下にまで削られた。
だがMPポーションを大量に消費し行い続けた回復の結果、鎧に込められた分の魂で殺されることは無くなったらしい。
「あ゛ッ…………ぁ゛ぁ……………………」
とはいえ、彼女は身動ぎすら殆ど許されない状況で、一方的にダメージを喰らい続けたのだ。
アンデッド化の影響により、数百回死ねる量のダメージを食らっても精神崩壊を起こすことはなかったが、立ち直るまでに最低でも一秒は掛かってしまう。
これが彼女を殺せる最後のチャンスだと判断したツアーは、その口内に光を収束させる。
威力は最小限でいい。可能な限り最速でエネルギーを溜めて、一瞬の内に魔法を放つ。
もし彼女の意識が持ち直してから転移の魔法を使おうとしても、地面に縫い付けられた彼女は詠唱の最中に消し飛ばされてしまう。
だからといって強引に体を捻じり、一時的な四肢欠損を代償に拘束を解こうとすれば、今度はその行動を取り終えた直後に消し飛ばされることだろう。
どちらを選んだとしても、アンティリーネが生き残る術はない。
万事休す。チェスで言うところのいわゆる『チェックメイト』というやつなのだろうか。
────否。
彼女にはグリム以外にもう一人、共に戦える家族がいる。
九秒経過。
「────ッッ!!?」
突如として大地が割れ、勢い良く飛び出してきた巨大な何かがツアーに食らいつく。
それは真なる竜王の躯を中心として構成された、全長150メートルを超える超巨大な屍の
グリムとアンティリーネが殺した真なる竜王の躯を元に作成し、統率力に関しては他の追随を許さないルーファスが遠隔操縦する、アンティリーネ第四の切り札。
対プレイヤー戦にて拠点の破壊を担う戦略級攻城ゴーレム枠、名付けるならば『
この山岳地帯の地下にこれが安置され、またルーファスから操作が可能だという連絡を事前に受けていたからこそ、万が一のことを考えアンティリーネはここに転移してきたのだ。
それでも、ツアーの世界を守りたいという意思は凄まじい。
彼は自身の魔法に曲射機能を付与し発射。強引にアンティリーネの殺害を狙ったのである。
しかし、ルーファスによる攻撃によって十分な時間は稼がれた。
十秒経過。
「っらあ゛ぁ゛ぁ゛ぁッッ!!!」
長槍を持ち振り上げられた鎧の腕を、口内に生成し咥えた大鎌によってギリギリ防ぐ。
それと同時に、アンティリーネはグリムに融合魔法を解除させた。
「フシュオ゛オ゛オォ゛ォ゛ォッッ────!!!」
普段の大人しい様子から大きくかけ離れた、ある意味その外見に相応しい咆哮を上げたグリムが勢い良く飛び出し、頭部の触手によって鎧の全身を絡めとる。
藻掻く鎧に向けてグリムの尻尾から放たれたのは、相手を酸性の強烈な蒸気で包む第十位階魔法〈
スキルによる魂吸収と同時に行われたそれにより、鎧は数秒も経たない内に動きを完全に止めてしまった。
それでもグリムは止まらない。
自らの創造主を、大切な我が娘を死の寸前にまで追いやった鎧に対し、ありったけの憎悪をぶつけ続ける。
「ありがとう。でも、もう大丈夫だから」
しかしその行動も、拘束から抜け出し無事な姿を見せたアンティリーネと、近くで鳴り響いた轟音によって諫められた。
十一秒経過。
アンティリーネのすぐそばに落ちてきた
雲一つない綺麗な青空。
その中心にてアンティリーネ達を見下ろす、太陽の如き肉体を持つ最強の竜王。
彼の体から発される光はどんどん強まっていき、既に極点に達している。
これから放たれる一撃に対処できるかによって、彼女の運命が決定されることだろう。
(一番安定なのは転移。でも彼がそのことを考慮していない訳が無いし、放たれた光線が自動追尾してくる可能性もあるわね。そうなると転移先は大陸中央部辺りにした方がいいか。いや、そもそも光線や光弾の類じゃなくて、肉体そのものを爆発させる可能性も。流石にここからアンティール共和国にまでは届かない…………いや、最後の嫌がらせとしてアンティール共和国に転移してくる可能性もあるわね。だとすると
ほんのコンマ一秒にも満たない時間で、アンティリーネはその思考を超高速で回転させる。
油断によって危うく全てを台無しにされかけた彼女は、もう警戒を一切怠るつもりはない。
攻撃か、転移か、それとも即死を防ぐか。
あらゆる状況に対応できるよう構えていた彼女に対し、しかしツアーは予想を超える対応をしてみせた。
「────え…………?」
彼から放たれていた光が、突如として全て掻き消える。
まだ彼は死んでいない。
即死効果が発動するまでに、まだ時間はある筈なのに。
アンティリーネはこの行動が理解できず、ツアーの顔を凝視した。
怒り、憎しみ、後悔、諦観。
彼の浮かべる表情にあったものの殆どは、アンティリーネが予測していた、世界の守護者として至極当たり前のもの。
だがたった一つ。
まるで何かから解放されたかのようなその表情に込められた意味を、彼女は理解できなかった。
十二秒経過。
肉体が死ぬ。
魂が死ぬ。
心が死ぬ。
そうして断末魔の声を上げる事すらなく、世界の守護者は静かに生を終えた。
「……………………」
これにてアンティリーネの幸せを邪魔する者はいなくなった。
ナザリックとの協力関係を保っている限り、彼らと戦う羽目にはならないだろう。
それに今後新たなプレイヤーが転移してきても、即座に殺し安寧を維持することができる筈だ。
だというのに、何故か彼女の心は素直に喜べずにいた。
それどころか『これでよかったのか?』という、ちょっとした虚しささえ感じられてしまう。
彼女が正史のアンティリーネであれば、その理由に答えを出せたのかもしれない。
正史のアンティリーネは、どこか狂っているように見えてもちゃんと人間であった。
なればこそ、人間の心からくるこの感情も理解できたのかもしれない。
「フシュ──?」
「────いや、何でもないわ。それじゃあ帰りましょうか」
しかし人間でありながらもアンデッドとなってしまい、歪な魂を持つこととなった彼女には、やはり理解できなかった様子。
そうして、かつて世界の支配者であった真なる竜王は、その殆どがこの世界から姿を消したのだった。
コキュートス
原作とは違い、結構序盤から外での仕事に付いていた。
理由はアンティリーネの存在を知ったアインズ様が、外の世界を酷く警戒したから。
ニグレド
覗き見に於いて右に出る者はいない、顔が滅茶苦茶怖いアルベドの姉。
始原の魔法を逆探知に回してる暇はツアーに無いため、問題無く戦闘を見届けることができた。
氷結牢獄に集まったメンバー
アンティリーネとツアーの戦闘を無事に記録し、アインズ様の元まで届けるために集められた精鋭メンバー。
戦闘を録画し終えてからの十数秒、情報量の多さ故に誰も言葉を発さなかった。
アインズ様
録画を見た結果、外部への警戒心をかなり高めることになった。
NPC達に悲しい思いはさせまいと、自らの冒険したいという欲求を抑え、今日も事務作業に勤しんでいる。
この世界じゃ英雄モモンは生まれないし、何なら外の世界を出歩くのも世界征服がある程度終了した後だと思われる。
〈
グリムの使用する切り札魔法。
これ一発で国一つが簡単に堕ちる。
スルシャーナの考察要約
超位魔法の中には、〈
〈
〈
なんでもアインズ様だけが使用できる超位魔法らしく、転移後の世界だと短期で国一つを滅ぼせるそうな。
〈
アンティリーネの持つ、汎用性に優れた方の切り札。
大鎌しか使用できない代わりに、原作のエインヘリヤルよりも少し強い。
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アンティリーネの持つ、相手を確実に殺す切り札。
肉体ではなく魂へと向けて放てば蘇生が効かないというのはオリジナル設定。
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ルーファスがその優れた統率力で遠隔操縦する切り札。
始原の魔法は使えないが、その分位階魔法は普通に使ってくる。
ツアー
ワールドエネミーかよってくらい強さを盛られた竜王。
本来であれば勝てたアンティリーネに負けた最大の理由は、彼が有り余る力で世界に影響を及ぼすことを恐れ、無意識の内に縛りを掛けてしまっていたから。
強大な力に身を苛まれ、この世界の未来は暗いとアンティリーネに知らされ、それでも世界の為にひたすら戦い続けた。
そんな彼が最後に浮かべた表情の意味を真に理解できるのは、多分リグリットくらい。
グリム
初めてブチ切れた母親モドキ。
ルーファス
五百年前のトラウマが刺激された。
アンティリーネ
この世界を守護する太陽を殺した
周囲に歪んだ自身を肯定してくれる存在しかいなかったため、歪んだまま成長し人の道から外れてしまった少女。
本当に欲しいものはとうの昔に失われ、それでも空虚な渇望を満たすべく母親モドキと生きる姿は、どこかアインズに似たものがある。
本人の心まで歪んだ結果、人形を使ったおままごとでちゃんと幸せを感じられている分、かつての仲間を心のどこかで求め続けるアインズや、ずっと母親のことを考え続けていた原作アンティリーネよりかはマシ…………かなぁ。
オバマスから流用できそうだと作者が思い、結局実装されなかった方々。
ナザリックの主要メンバーから見たアンティリーネへの評価
シャルティア
『デミウルゴスが上手く管理してくれしんしょうし、おままごとに夢中な女のことなんてどうでもいいでありんす』
コキュートス
『ソノ精神ガ歪ンデイナケレバ、良イ同胞トナレタモノヲ…………』
アウラ
『今回ばかりはシャルティアに賛成かなー』
マーレ
『ぼ、僕もお姉ちゃんと同じ考えです……』
デミウルゴス
『ここまで歪な精神構造を持つに至った理由が気になりますね。その利用価値の高さ故、私の玩具として扱うことができないのは非常に残念ですが、その分世界征服の役に立ってもらうことにしましょう』
セバス
『…………彼女の心はとても幼く、同時に酷く歪んでしまっているように感じられます。できるならば…………あまり敵対したくはないですね』
アルベド
『アインズ様を利用しようとしていたことは不快だけれど、それ以上に面白い人間…………いや、あれを人間とは呼べないわね。まあ、いいんじゃないかしら? 彼女がナザリックに益をもたらす限りは、可愛いモルモットくらいに見てあげましょう』
アインズ様
『…………デミウルゴスが上手く管理できているのなら、私から言うことは何もない』
アインズ様(心の声)
(うーん…………レイドボス並に強いかもしれない彼女を放置するのは危険だろうし、取り敢えずはこの協力関係を維持しておきたい。デミウルゴスは上手く利用できるって言ってたけど…………ひとまず、彼女と敵対しても問題ないくらいの戦力増強が、ナザリックの名を世界に知らしめるのと同じくらい重要な目標だな)