道外れの絶死絶命   作:池の鴨

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一旦最終回。
エピローグは気分が乗ったら書きます。

時系列的には正史でアンティリーネがマーレに負けた、原作16巻ラスト辺り。


道から外れた少女(オーバーロード)の世界

「シュ──フシュゥゥ────?」

「ん…………あら、もう朝?」

 

 夢だと分かって見ている夢、明晰夢の内容がツアーとの最終決戦に差し掛かった頃、私の意識が覚醒する。

 

 …………いや、明晰夢という表現は間違っているわね。

 

 私は不完全とは言えアンデッドだから、眠くはなっても生物のように睡眠を取ることができない。

 だからこの行為は、睡眠というよりも追憶と表現するべきもの。

 

 楽な姿勢を取った状態でグリム魂を弄ってもらい、自分の意識を強制的に薄れさせる。

 そうして現実と精神の境界が曖昧になった状態で、過去の記憶を挿入しボーっと流し見していく。

 

 傍から見たら、敢えて自分を失わせることで強引に夢を見るという、狂気的な行動に思われるかもしれないけど、かれこれ数十年こんな睡眠の取り方をしてきた私にとっては、ただのルーティンに過ぎない。

 

 そもそもの話、夢だってこれまでの記憶を整理するという点では、私のこれとそんなに変わらないわ。

 

 何なら私の睡眠はグリムが傍にいてくれなきゃできない分、身の回りの安全はこっちのほうが確実に保証されていると言ってもいいんじゃないかしら?

 

「フシュゥ?」

「…………いや、二度寝は止めておくわ。最近は精神的に疲れることもほぼ無いし」

 

 頭部の触手で私を包み、もう少し眠るかと問いかけてきたグリムにそう返答する。

 

 本当は精神的に疲れていようがいまいが、グリムの触手に包まれ眠るのはとても心地良いから、できるなら昼頃くらいまでは眠っていたい。

 

 ただそんなことをしてしまえば、家事手伝いをしてくれている少女に怒られるという未来が確定してしまう。

 彼女に怒られていると、昔ナズルおばちゃんに怒られたときと同じような悲しい気分になってしまうので、それだけは避けておきたい。

 

「っ……眩しい」

 

 フラフラと立ち上がった私は、睡眠欲を誤魔化すように目を擦りながら厚いカーテンを開ける。

 

 半分アンデッドになっている影響で陽光は少々煩わしく感じられるが、人間の心はそれを上回る爽快感を私に与えてくれた。

 

 私は最低限の警戒態勢を取りながら──百年間訓練していたせいで習慣になっちゃったのよね──窓の外に広がる景色をのんびりと眺める。

 

 何本ものエルフツリーや、大規模な農業施設、そしてアンデッドの兵が巡回するここはアンティール共和国。

 スレイン法国が『アインズ・ウール・ゴウン魔導法国』となった今、私の故郷と呼べる唯一の国だ。

 

 

……………………

 

 

「ヴア゛ァァ…………」

 

 部屋の扉を開けると、外で待機していたらしい一匹のアンデッドが私に対し頭を下げた。

 

 嚙み合わせの悪そうな無数の鋭い牙を生やした大口に、枯れ木を想起させる手足を見れば、並の冒険者はそれが吸血鬼(ヴァンパイア)であるということを見抜けるだろう。

 

 だが逆に、熟練の冒険者はきっとこの吸血鬼(ヴァンパイア)を見て困惑する。

 何故なら爛々と光る真紅の瞳には明らかな知性が宿っており、本来ならば伸びっぱなしの爪は整えられ、更にはその背に質素ながらも力を感じさせる槍を背負っているからだ。

 

 そんな彼は『騎士団長』という名で呼ばれている、二年以上前に生み出された真祖(トゥルーヴァンパイア)

 素体となったのは、スレイン法国崩壊前にグリムとルーファス様によって回収された、漆黒聖典第一席次である。

 

「おはよう。私が寝ている間に何か問題はあったかしら?」

「ヴァ゛」

「そう、分かったわ」

 

 いつもの報告をし終えた彼は、影に潜るような形で私の前から去っていった。

 アンデッドとなってより騎士らしくなった様子に苦笑しながらも、私はあの追憶の後のことを思い出す。

 

 ────六大神を信仰し、長き歴史を誇るスレイン法国。

 その末路は、正史に於ける王国のようなものだった。

 

 デミウルゴス改め天魔皇ヤルダバオトによる法国侵攻──確か『ジュデッカ』とか言う計画名だった筈──は、流石と言わざるを得ない速度で進められた。

 

 他国と繋がる要所を全て押さえ、最低限の人間以外は全て殺し、時には自ら戦場に赴き『天使は悪』というイメージを印象付ける。

 

 そうして侵攻開始から三ヶ月経過した頃には、法都や神都を除くほぼ全ての都市が崩壊し人口は百分の一以下にまで激減した。

 

 一応私の方で、最高執行機関の皆様や漆黒聖典第七席次『占星千里』の洗脳は行っていたというのもあるけど、それにしたってこの侵攻速度は流石としか言わざるを得ない。

 

『我が名はアインズ・ウール・ゴウン! この世界に降臨した、新たなる神である!!』

 

 既に戦力は残されておらず、住民達は神の使徒であった筈の天使に殺されるのを待つことしかできない。

 そんな中、神官長達の祈りに答えたという設定で降臨したアインズ様(テンション的に多分パンドラ)の戦う姿は、絶望に打ちひしがれていた全ての住民達の目に焼き付けられた。

 

 魔法一撃で迫りくる数百の天使を消し飛ばし、漆黒聖典ですら傷一つ付けられなかったヤルダバオトを、一騎打ちの末撃退にまで追い込んだ。

 

 神の使徒だと勝手に思い込んでいた天使に裏切られた彼らにとって、異形ながらも人間達の為に戦ったアインズ様への印象は最高潮。

 良い印象を抱いていない一部の住民に関しては、グリムが記憶改竄を行ってくれたので問題無し。

 

 結果として生き残った十万人程度の人間達は、全員がアインズ・ウール・ゴウンを信仰する敬虔な使徒となり、国の名前は『スレイン法国』から『アインズ・ウール・ゴウン魔導法国』となった。

 

 凄いわよあの国。全市民が正史のネイアみたいな思想を抱いているんだもの。

 まさにナザリックのNPC達が望む、理想のナザリック至上主義国家ね。

 

 死傷者数は千五百万を超えているけど、あの調子なら今後アインズ様が急に人間嫌いにでもならない限り、国が滅ぶ事はまず無いと思う。

 

 と、そんなことを考えている内にキッチンに到着した。

 扉の向こうから漂ってくる香りが、私の食欲を刺激してくる。

 

「おはよう、今日の朝食は何かしら?」

「おはようございます、アンティール様! 今日はベーコンエッグトーストとサラダ、それにコーンポタージュの予定です!」

 

 扉を開けキッチンへと歩く私は、アンティール共和国で開発したマジックアイテムを使いこなし、着々と料理を作っていく家事手伝いの少女に話し掛ける。

 

 彼女の名はツアレニーニャ・ベイロン。

 魔法適性のタレントを所持する少女、セリーシア・ベイロンの姉であり、セリーシアを手に入れる対価として私が救った少女だ。

 

 ここに連れてきた当初は私に対しやけに遜ったり、グリムを見て気絶しちゃったりと色々心配だった彼女も、今では立派な家事手伝い。

 

 いつの間にか料理人系統のクラスを習得していたらしく、宮廷で出るような絶品料理は勿論のこと、ある程度のバフ食まで作れるようになっていた。

 

「いただきます」

 

 六大神の書物にあった、食事前にするらしい簡単な祈りの儀式を済ませた私は、運ばれてきた食事を口の中に入れ咀嚼する。

 

 味、香り、触感。

 全てが本物と一切変わらないように感じられるが、それらは喉へと送られた瞬間、まるで元から何もなかったかのように消滅した。

 

 そう、今目の前にある料理は全て、実のところ幻術を発動させられるマジックアイテムによって複製された偽物。

 味や香りまで完璧に再現されてはいるものの、食べたところで何の栄養にもならない幻なのだ。

 

「…………あら、いつもとサラダの味がちょっとだけ違うわね。ドレッシングを変えたのかしら?」

「いえ、ドレッシングの配合を少しだけ変えてみたんです」

「へー、こっちも中々悪くないわね」

 

 しかしそもそもの話、私は睡眠を取れないのと同じ理由で、食欲というものは存在しても、肉体維持に食事は不要となっている。

 

 一応、味を感じる器官や内臓は残っているから、食物を口に入れ味を楽しんだ後体内へと送ることに問題は無い。

 ただその後の工程、食物の消化や吸収といった行為ができなくなってしまっているのよね。

 

 だから私が実物の食物を味わった場合、後で体内に酸を流し込んでドロドロに溶かし、下の穴から排出する必要があった。

 無論、その際に感じる不快感に関しては最早言うまでもない。

 

 食べても不快、食べなくても不快。

 そんな私の厄介な食事事情は、彼女の発した『なら実物じゃなくて、味を再現した幻を口にすればいいのではないでしょうか?』という一言によって解決した。

 

 少し頭を捻れば簡単に解決できたのに、何故この答えに辿り着かなかったのかと、今更ながらに思う。

 まあ、なんやかんやで心に余裕がなかったのかもね、私。

 

 そんな訳で、私は彼女に対しそれなりの恩義を感じている。

 元々はセリーシアのオマケとして連れてきただけなのに、いつの間にかセリーシアよりも大切な存在になっていた。

 

「ごちそうさま、美味しかったわ。それと今からフールーダのところに行ってくるから、何かあったら呼んでね」

「はい。いってらっしゃいませ、アンティール様」

 

 食事を終えた私は、ツアレニーニャに礼を言ってからキッチンを後にする。

 

 目指す先はアンティール共和国の端にある施設。

 フールーダやヘジンマールがよく出入りしている、表向きの魔法研究施設だ。

 

 

……………………

 

 

 私の出入りする研究施設は大きく分けて二つある。

 それらの違いはたった一つ。始原の魔法に関連しているか否かだ。

 

 始原の魔法関連の研究施設は、元々宝物殿だった場所を整理して作った。

 物理的に侵入することは不可能なため、転移の魔法でなければ辿り着くことはできない。

 

 更には魂制御技術を使用し疑似的な〈世界断絶障壁〉を展開しているから、あそこに入れるのは基本的に私の許しを得た人物…………つまりはグリムとルーファス様だけ。

 

 とは言っても、ナザリックを始めとしたワールドアイテム持ちプレイヤーならば、強引に侵入できる可能性も無きにしも非ず。

 

 だからここだけは入っちゃダメだと彼らに予め伝えてあるし、一応転移する前には厳重な警戒を欠かさないでいたりと、それなりの対策はしている。

 

 閑話休題。

 そして今私の目の前にあるのが、始原の魔法関連の資料が一切置かれていない研究施設だ。

 

「おはようございます、アンティール様!」

「おはよう、ヘジンマール。フールーダがどこにいるか知らない?」

「フールーダさんですか? うーん…………外出する様子もなかったですし、多分自分の研究室に籠っているんじゃないですか?」

 

 研究施設内へと入った私を迎えたのは、アゼルリシア山脈に住むフロスト・ドラゴンの一匹にして、優秀な魔法詠唱者であるヘジンマール。

 

 正史にて引き籠りだった彼は、この世界でも十分引き籠りではあるのだけど、私が色んな資料を読ませてみた結果、魔法の研究にハマっていた。

 

 元々ドラゴンという種族は、様々な面で他生物よりも優れている。

 それは魔法の才に関しても当てはまったらしく、ヘジンマールはたった数十年の研鑽だけで、大陸でも上位に分類されるレベルの魔法詠唱者へと成長してみせた。

 

 しかし、彼にとって高い戦闘能力というのは厄介ごとの種にしかならないらしく…………

 

「ところで、あなたはアゼルリシア山脈に帰らなくてもいいの? こっちに来てからもう十年以上経ってるでしょ?」

「嫌ですよ。ここは魔法の研究施設としてとても魅力的ですし、それに帰ったら兄弟達に決闘を挑まれたってのはもうこりごりなんです」

 

 何でも、前回彼はアゼルリシア山脈に帰った際、年上の兄弟から決闘を申し込まれたそうな。

 どうやら彼等は、ヘジンマールが修行に行っていたものだと勘違いしていたらしい。

 

 誤解だと伝えても『実力は見せないつもりか!』と言われ、周囲の雰囲気的に断ったら面倒臭い事態に発展しそうだったため、彼は仕方なく兄弟達と戦うことにした。

 

 そうして始まった決闘は、ヘジンマールの圧勝という形で幕を下ろすこととなる。

 それもその筈。魔法の研究をし続けたことで彼のクラスレベルは異例の速度で成長を続けていたのだから。

 

 優秀なドラゴン専用クラスを幾つか修めている今の彼が全力で戦えば、きっと父親であるオラサーダルクにすら勝利を収めることができるだろう。

 

 だが、これまで戦闘のことなど一切考えてこなかったヘジンマールがそんなことを知る訳も無い。

 魔法数発で兄弟を倒してしまったという事実に一番驚いていたのは、実際のところヘジンマール本人だった。

 

 そんな訳で、フロスト・ドラゴン一家に於けるヘジンマールの立ち位置は急上昇。

 彼に敗北した兄弟達は戦闘訓練に熱を入れ始め、厄介なことになったと感じたヘジンマールはこの研究施設から殆ど出なくなってしまったのだ。

 

「まあ、私としては研究がどんどん進むからいいのだけど…………あ、そういえばキーリストランが『そのうち私の地位をヘジンマールに譲ろうと思っている』って言ってたわよ」

「うへぇ、あと数十年はここに引き籠らせていただきます」

 

 オラサーダルクが私のせいでいなくなった今のアゼルリシア山脈を纏めているのは、フロスト・ドラゴン一家の中でも特に賢かったキーリストラン。

 

 そんな彼女の地位を譲られるということは、すなわちアゼルリシア山脈を治める存在となることに他ならない。

 

 また一つアゼルリシア山脈に帰れない理由ができたことで、頭を抱えるヘジンマールに別れを告げ、私は研究施設の奥へと進んでいく。

 

 ここに務める研究員の割合は、基本的にその大半がエルフ達で構成されている。

 研究されている魔法は主に生活魔法で、その数は既に万を超えているだろう。

 

 だが奥にある地下への階段を下ればその様子は一変する。

 

 様々な実験道具や資料が散乱しているそこは、ここ一年くらいの間殆ど外に出ていないフールーダ専用の研究室。

 

 務める研究員は皆フールーダにより生み出された強力なアンデッド達。

 きっとここのアンデッド達を放つだけで、そこらの国家を滅ぼすことは容易だろう。

 

「どう? 研究は順調?」

「おお、わが師よ。丁度良いところに」

 

 帝国に於ける立場の関係上、中々魔法の研究に熱中し続けることのできない彼が、何故一年もの間魔法の研究に時間を費やすことができているのか。

 

 それは、私が彼に対しナザリック転移前に仕込んでおいた分身の魔法が原因だ。

 

 作れる分身は一体であり、一つの脳で二つの肉体を制御しなければならない関係上、グリムのような脳の構造そのものが人外でなければ難しい。

 

 …………筈なのだけど、私でさえ上手く扱えないこの魔法を、フールーダは一年足らずで完璧に把握し見事に使いこなしていた。

 

 今更なことだけれど、彼って相当な化物なのでは?

 

「? 何か新しい魔法でも開発できたの?」

「いえ、以前より与えられた課題に対し、おおよその回答を用意することができましたので、一度わが師に確認していただこうと思いまして」

「…………え、それ本当??」

 

 以前フールーダに与えた課題。

 それは『魂の在り方』に付いて考察せよという、位階魔法の研究だけではまず辿り着けないようなものだ。

 

 なんでこんな課題を与えたのかというと、フールーダの魔法に対する理解力が凄まじすぎて、ただ高位の位階魔法を見せるだけでは意味が無くなってきていたから。

 

 一応この考察が上手くできていたら、彼の同意を貰った上で裏向きの研究施設へ軟禁しようと考えていたのだけど…………

 

「…………という考察なのですが、如何でしょうか?」

 

 どこか不安そうな顔を向けてくるフールーダに対し私が抱いていたのは、ただただ純粋な驚愕。

 だってこの考察、私の研究結果とほぼ一致しているんだもの。

 

 それに加え、位階魔法と始原の魔法が根本的に違うことや、始原の魔法を行使する原理、さらには百年周期で現れる神についての考察も載っている。

 

 あの慈母(マザー)でさえ別次元と接触することでやっと知り得た情報を、何故ここまで考察できたのか全くもって意味が分からない。

 

「あー…………とても素晴らしいとは思うわ。ただここまで考察できちゃった以上、あなたの本体はなるべく外に出したくないのだけれど…………」

「!? となると、私も遂に!?」

「ええ、私の出入りしている研究施設で研究を進めて────」

「ヒャッハアアァァッッ────!!!」

「うわビックリしたっ!?」

 

 周囲のアンデッド達ですらドン引きする程の奇声を上げ喜びを表すフールーダ。

 こうして私の研究施設には、かれこれ百年以上ぶりに新たなメンバーが加わることになった。

 

 ただ始原の魔法にまで踏み込んでくるとなると、そろそろ彼にも脆弱な人間の肉体を捨ててもらわなければならない。

 

 彼自身に抵抗はないだろうけど、外見の変化は分身体にも適応されてしまうため、今彼を異形種にすると帝国が大変なことになってしまう。

 異形化させるタイミングはちゃんと見計らわないとね。

 

 …………そうそう、バハルス帝国に関してだけど、あの国はフールーダの助言もあって、建国の情報が入ってから直ぐに、ジルクニフ自ら魔導法国へと赴き同盟を結んだらしいわ。

 

 アインズ様に対するジルクニフの深読みは相変わらずらしいけど、正史と違ってこの世界のアインズ様は人類の救世主だからか、抜け毛の量はあんまり多くないっぽい。

 

 まあアインズ様が何故かあまり外に出てこないから、正史みたいにほぼ無犠牲で属国化するのは難しいかもしれないけど、ナザリックの知者達からすれば扱いやすくそこそこ有能な彼がいる限り、国が滅ぶことはないでしょうね。

 

 

……………………

 

 

 フールーダを研究施設に転移させ、実験にある程度付き合ってから戻ってくると、太陽は既に沈みかけていた。

 

 体感的には半時間も過ごしていないような気がしたのだけど、時間を忘れて研究に熱中できるところは、案外フールーダも私も同じなのかもしれない。

 

 あんまり遅くなるとツアレニーニャに怒られるし、そろそろ家に戻って────

 

「フシュゥ────」

「……そう、長い間お疲れ様」

 

 どこからともなく現れたグリムの分身体の一つ。

 これが帰ってきたということから考えるに、ローブル聖王国での仕込みもおおよそ完了したのだろう。

 

 聖王国は四大神信仰という関係上、六大神信仰である法国とはあまり上手く付き合えていなかったらしいけど、宗教色が強く基本アンデッドを嫌っている国だろいうことは一致している。

 

 そんなあの国が、何故今まで魔導法国に対し何の対応も取ってこなかったのかというと、それどころじゃなかったから。

 

 天使が危険な存在だという情報が広まり、聖王国全土に不穏な気配が広がりつつあったある日、聖王女カルカの友人兼サポート役であったケラルトが、無残な死体と成り果てた状態で発見された。

 

 友人の死に悲しむ聖王女へと浴びせられたのは、南部貴族からの心無い言葉。

 優し過ぎる彼女の精神は徐々に弱っていき、最終的に自室での自殺という末路を迎えたそうな。

 

 大切な妹と聖王女を、守るべき人間の手で殺されたといっても過言ではないレメディオスの精神は崩壊寸前。

 それをグリムの分身体が上手いこと導き、聖王国で殺戮の限りを尽くす敵役へと仕立て上げたのだ。

 

 過程はどうあれ、この世界でもあの国はナザリックの正義を広めるための踏み台となった。

 可哀想ではあるけれど、最終的には平和な国となれる筈だから頑張ってほしい。

 

 そういえば、ネイアはこの世界だとどうなるのかしら?

 天使に殺されるのか、南部貴族の手に掛けられるのか、それとも正史みたく宣教師となるのか。

 

 まあ、私にとってはどれでもいいことだけど。

 

「ただいま」

「お帰りなさいませ、アンティール様!」

「おや、今日の帰宅は随分と早いのぅ」

「今日はフールーダの実験に少し付き合っただけで、本格的な研究はしてなかったからね」

 

 火が沈み切る前に帰宅した私は、リビングでのんびり茶を啜っているリグリットと軽く言葉を交わす。

 

 …………何故、本来であれば殺し合っていてもおかしくない筈の彼女がここにいるのかって?

 その理由を説明するには、今朝見ていた夢の続き……ツアーを殺しアンティール共和国へと戻った時まで遡らなければならない。

 

『対面で会うのは初めましてじゃな。わしはリグリット・ベルスー・カウラウ。十三英雄の物語にある死者使いで、お主が先程殺したツアーの友人じゃ』

 

 アンティール共和国にいたグリムの分身体から『客が来ている』という話を聞き、ある程度警戒しながら客間へと向かった私に対し、彼女は怒りや憎しみを一切感じさせない声色で話しかけてきた。

 

『…………彼の敵討ちにでもきたの?』

『いやいや。まあ、お主がツアーを殺したことに対して言いたいことが無い訳ではないのじゃが……今回ここに来た理由は別件じゃ』

 

 何でもツアーは私との戦闘中、一つの鎧を遠隔操作しリグリットへと頼み事をしていたらしい。

 

 その内容というのが『アンティリーネの元に行けば安全だから、早めに向かっておいてほしい』というもの。

 

 何故リグリットが、世界の為なら友人すら犠牲にできるツアーらしくない、私にだってすぐに見抜けるような嘘を付いたのかは分からない。

 

 ただツアーがリグリットをアンティール共和国へと行かせたかった理由を考えれば、彼女が何故敵地にわざわざやってきたのかということについても何となく推測できる。

 

 私は魂をある程度操れる力を持ち、それは劣化品ではあるものの始原の魔法に近い。

 そしてこの強大過ぎる力が過ちであったということを、ツアーはよく知っている筈。

 

 だから彼はリグリットに私の監視を願ったのだろう。

 私は慈母(マザー)の魂を継いだ、危険な存在なのだから。

 

 …………そうなると、ツアーとの最終決戦時に彼が最後まで足搔かなかった理由がますます分からなくなるのだけど……まあ、終わったことはどうでもいいわね。

 

『あなたの言いたいことは分かった。ある程度の監視を配置してもいいって言うなら、この国に滞在することを許すことにするわ』

 

 それに私としても、彼女が目の届く範囲に居てくれるというのは有難いことだった。

 何故なら彼女はツアーの友人という立ち位置にいる関係上、ツアー信者からの反乱の中心人物になる可能性があるからだ。

 

 勿論、私はそこらの有象無象に滅ぼされるほど弱くは無いわ。

 とはいえ反乱の処理というのは何かと面倒だし、それをある程度事前に回避できるのならこの提案を飲まない手はない。

 

 まあ、一つ誤算があったとすれば、彼女が想定以上にアンティール共和国に馴染んでしまったことくらいか。

 

『だから言ったじゃろう? わしはここに居れば安全とツアーに言われたから来たのじゃと』

 

 リグリットがこの国に来てから早二年以上。

 彼女は殆どのエルフと顔見知りになり、国での地位もそこそこ上がり、何なら私からの評価もエルフ達と同等くらいにはなってきていた。

 

 何というか、リグリットって私の扱い方が上手いのよね。

 アンデッドと人間の合間にいるイビルアイとも冒険していたみたいだし、そういう存在には慣れているのかもしれないわね。

 

 そんな訳で、今や彼女は最優先でこそないものの、私の中では『余裕があれば守ってあげようかな』と思えるくらいの立ち位置にいる。

 

「アンティール様、夕食の準備ができました」

「ありがとう。リグリットはどうするの? 夕食をまだ取っていないなら、ツアレニーニャに頼んで作ってもらうこともできるけど」

「いや、それには及ばぬよ。わしもそろそろ、仕事に戻らねばならぬしなぁ」

「そう。それじゃあまたね」

 

 

……………………

 

 

 リグリットと別れた私は、ツアレニーニャの作ってくれた美味しい食事を取った後、寝室へと向かう。

 

 扉を開けると、既にグリムがベッドの上で待機してくれていた。

 

「夢は昨日の続きからお願いね」

「フシュ──」

 

 〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉の魔法が込められたマジックアイテムを切り、グリムの膝に頭を乗せる。

 グリムの温かな触手が全身に絡み付き、私の意識を夢の世界へと誘う。

 

 そうして私の幸せな一日は幕を閉じる。

 朝になって目を覚ませば、いつものようにグリムが優しく抱きかかえてくれるだろう。

 

 そんなただの平穏が、私にとっては狂ってしまいそうな程に喜ばしい。

 

「うふふ…………私って、案外人間のままだったのね」

 

 ただ法国の為だけに生きていた正史の私は、ずっと愛してくれなかった母親に心を苛まれ、最後には──偶然ではあったけど──決定的な敗北をその心に刻み込まれた。

 

 しかしそんな残酷な運命を、私は遂に覆すことができたのだ。

 

 温かな抱擁の中で目を覚まし、美味しいご飯を和やかな会話と共に口へ運ぶ。

 自分で見つけた趣味を仲間達と楽しみ、そして最後にはまた温かな抱擁の中で眠る。

 

 かつて幼心に抱いたそれを、私は数えきれない量の命と自身の苦痛()()で叶えることができたのだ。

 

「明日は何をしましょうか。フールーダと一緒に魔法研究? リグリットと市場を探索するのもいいわね。それとも、ツアレニーニャと新しい料理にでもチャレンジしてみようかしら?」

 

 薄れゆく意識の中で、明日の予定を思い浮かべる。

 この幸せな日々は、何十年も、何百年も続いていくことだろう。

 

 平穏も、母親も、強さすらも手に入れた。

 私の複雑に混じり合った魂は、今やその全てが満たされている。

 

「────あぁ、私は何て幸せなのかしら」




目的を達成したアンティリーネがわざわざ外界と関わることは無さそうなので、彼女の物語はこれにて完結です。

正直色々と粗削りな小説ではありますが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。



以下ちょっとしたオマケ



キャラクター紹介

アンティリーネ
やっとハッピーエンドに辿り着いた少女。
その精神性は精神の異形種ことラナー王女に限りなく近い。
これまで犠牲にしてきた命に対しても食材に送る程度の感謝は抱いている。

グリム、ルーファス
アンティリーネの身に二度と危険が迫らないよう、漆黒聖典第一席次を隊長としたアンデッド軍団を作成中。

フールーダ
そのうち別世界への渡り方とかまで解明しちゃいそう。

リグリット
アンティリーネに対してかなり複雑な感情を抱いている。
彼女がアンティール共和国で大人しくしている限りは、様子見を続ける予定。

アインズ
本作のアンティリーネ程ではないにしろ、そこそこ狂気的な思考を持つアンデッド。
ナザリックへの依存度は、外にあまり出ていないためかなり高いが、一番大切なのはやっぱりかつてのギルドメンバー達。
いっそのことアンティリーネみたいに、狂うところまで狂いきってしまった方が幸せなのではなかろうか。



周辺国家のその後


スレイン法国
ヤルダバオトの侵攻により、総人口が十分の一以下にまで減った。
聖なる存在に裏切られた住民達の心に、魔なる存在はとても美しく見えたようで、残された住民達の殆どがナザリックの者達を心酔している。
上手く統治できる量まで人間を減らしたお陰で政治も滞りなく行われ、結果として本作の法国改めアインズ・ウール・ゴウン魔導法国は、ナザリックへの印象がとても良い国家となっている。


バハルス帝国
フールーダの助言によりヤルダバオトの危険性をいち早く察知、魔導法国と同盟を結ぶ決断をした。
ジルクニフは色々と考えているが、最終的には原作にてデミウルゴスが当初予定していたような形で属国化することになる。アインズによる究極の一手が決まれば、もう少しマシになるかも?
なお、フールーダはデミウルゴス了承の元アインズの前で一芝居打ったため、ジルクニフに裏切りを懸念されることはなかった。


リ・エスティーゼ王国
賢者の想定すら上回れるフィリップではなく、常識的な愚者であるバルブロ第一王子がナザリックに利用される。
お陰で原作十四巻のような事態には発展せず、かなり綺麗な形で併合された。

ちなみに冒険者ヘーラはというと、ヤルダバオトの恐ろしさとアインズ様の慈悲深さを印象付ける道具として利用されることとなった。
ラナー王女の計らいで青の薔薇と仲良くなり、同時にその強さを知らしめた後で、原作に於ける聖棍棒みたいな散りざまを見せ王国の民達を大いに絶望させたそうな。


聖王国
過程は違えど、末路は原作に近い。
ただし暴走騎士団長が暴れてくれたお陰で、人間を間引く手間が多少省けた。

評議国
幾つかの派閥に分かれたりしたが、最終的には危険分子を排除した後属国化。
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