回収するかは知らないのだ。
大陸南方に位置するエイヴァーシャー大森林より、一瞬だけではあるものの不穏な気配を感じとってから数週間後。
リグリットの協力もあり、その気配の主が自身との話し合いに応じられる程度の知能を持っていると確信したツアーは、真なる竜王のみが扱える“始原の魔法”で作り出した白金の鎧を遠隔操作し、アンティールという女性との対談に臨もうとしていた。
(成程、この結界はあくまでも探知対策、出入りに関しては何ら問題が無い訳か)
目の前に薄っすらと見える大気の歪みは、半径約数キロにも及ぶ巨大な探知対策結界。
不穏な気配を感じ取ったツアーが、どれだけエイヴァーシャー大森林に意識を向けても強者の気配を感じられなかった理由は、この結界がエルフ国の王都一帯をすっぽりと覆っていたからだ。
しかしこの場で色々と試してみたところ、この結界に探知対策以上の効果は付与されておらず、ツアーの鎧が出入りしたとしても何ら問題はない様子。
彼は優れた知覚能力を用いて、他に罠が仕掛けられていないことを確認し結界を通過する。
知覚不可能な結界内部に罠が仕掛けられている可能性も考慮し、念の為武器を構え周囲への警戒は高めておいたのだが、どうやら杞憂に終わったらしい。
(…………確かに強者の気配が感じられる。場所は……こっちか)
彼の一部が結界を
これまでノイズでも掛かっていたかのようだった結界内部の気配が、鎧を通じてツアーの頭へと鮮明に流れ込んでくる。
無数の小さな気配に、少し大きな気配が数十、そして一際大きな気配が一つ。
小さな気配は王都で生活しているエルフ達や、貸し出されているという低位のアンデッド。
点々と感じられる少し大きな気配は、リグリットが言っていた
そして他の気配から少し離れた位置から感じられる、この世界に生きる存在としては、明らかに大き過ぎる気配。
それを発している者こそ、今回ツアーが鎧越しに会ってみようと考えている人物、アンティールと名乗った“ぷれいやー”に違いない。
(八欲王とまではいかないけれど、今までやってきたぷれいやー達と遜色がない程度の力強さは感じられる。…………でもその周囲に別の存在の気配がないというのは、色々と都合が良いね)
彼女がいつからこの世界に転転移していたのかは分からないが、ツアーの探知にこれまで一切引っ掛からなかったところから考えるに、警戒心が高いことは確実だ。
結界を張っていたから完全に油断しきっている、と考えるのは少々無理があるだろうし、もしかしたら彼が侵入してきたことにもう勘付いていて、敢えて油断を装っている可能性もある。
だがツアーにとっても、アンティールと一対一になれる今の状況はとても都合が良い。
敵対関係になってしまった場合は、弱者を戦闘に巻き込まないように立ち回れるし、協力関係になれた場合にも、情報はなるべく漏らしたくないからだ。
(まあ、できたら敵対関係にはなりたくないけどね。ただでさえ今は
そんなことを考えながら、彼は鎧に込められた魂を消費し、始原の魔法の中でも低位に属する魔法〈世界転移〉を行使した。
深い森を映していた視界が揺らぎ、次の瞬間には木の幹で覆われた部屋の風景を映し出す。おそらくはエルフツリーの内部だろう。
向かい合うように置かれた座り心地の良さそうなソファーと、それらの間にある高級そうな木で作られた机を見るに、どうやら転移した先は応接室だったようだ。
「……………………え?」
そしてアンティールの方へと顔を向けたツアーは、想定外の事態に思わず声を漏らす。
応接室に転移したツアーのことを待ち構えていた…………いや、丁度その場にいたらしいそれは、エルフなどではなくアンデッド。
しかも長き時を生き、十三英雄の一人として世界を巡った彼でさえ見たことのない、完全に初見のアンデッドだったのだ。
『フシュォォォォ…………』
渓谷に吹く風音にも似た鳴き声を上げる、それの見た目を一言で強引に表すのならば、『ドラゴンの頭蓋骨を被った
ツアーのことを視認したらしいそれは、頭蓋骨を傾け鎧を見つめ返してくる。
その後頭部からは、黒い靄で形成された無数の触手が生えており、本来ならば目が嵌まっている穴には、宝石のような美しい瞳の代わりに、深く
肉体を構成する骨は通常のスケルトンと違い全てが黒く、表面には血管を思わせる赤い筋が浮き出て、その高さは背筋を伸ばしていない今の状態でも2mはあるだろう。
リグリットの情報によると、エルフ王を殺し国を纏め上げたアンティールは人間種の少女らしい。
決して細い10本の尻尾をゆらゆらと揺らす、正体不明のアンデッドなどではない。
「あー…………、私はアンティールという名の人物を尋ねに来たんだけど、どこにいるか知らないかい?」
そんな怪物が、“頭部の触手を器用に使って部屋の掃除をしている”という珍妙な状況に思わず絶句してしまったツアーは、しかし物怖じせずにそれへと話しかけた。
部屋を丁寧に掃除している様子や、ツアーのことを認識してもすぐに襲ってこない状況を見るに、このアンデッドはアンティールの
これまで転移してきたぷれいやーとえぬぴーしーの関係を見たところ、えぬぴーしー達は『そうあれ』と命じられない限り、創造主たるぷれいやーに絶対服従。
故にツアーは、この場でぷれいやーと思われる存在の名を出すことで、対談に話を持っていけるのではと考えたのだ。
『! フシュォォ……』
アンティールという言葉を聞いたそれは体を少し震わせると、魔法により収納していたらしい木板を、どこからともなく取り出した。
攻撃準備かと思い一瞬身構えたツアーだったが、それが爪を使って木版に文字を書いているのだと理解し、警戒を解かずに様子を見守る。
『フシュ…………』
しばらく待っていると、文字を書き終えたらしいそれが木板をツアーに差し出した。
〈ご主人は用事があって出かけている。あとご主人はもう王様じゃない。それでも会いたいなら少し待ってて〉
「……そうか、じゃあその言葉に甘えて、この場で待たせてもらうよ」
その言葉に頷き、何らかの魔法──おそらく〈
正直なところツアーは、今回エイヴァーシャー大森林に出現したアンティールという存在に対して、排除すべき存在なのではないかという危惧を抱いていた。
というのも、昔
(“かるま値”……だったか。もし八欲王みたく精神が歪みきっている存在ならば、先制攻撃を仕掛けないと不味い)
だが彼はこの場に来た時点で、向こうが敵対すると明言しない限りはこちらからも敵対しないつもりでいた。たとえアンティールが、かるま値の低いぷれいやーだったとしても、だ。
その理由は二つある。
一つはアンティールが、“リーダー”のように世界の平和を望む、もしくは“六大神”のような住処さえ提供してあげれば大人しくしてくれる存在、という可能性があること。
実際六大神の中でも、かるま値がマイナスに振り切られていながら、最後まで人間達を見守り続けた存在がいたことをツアーは知っている。
エルフ達が普通に暮らしていた王都の様子を見るに、少なくとも娯楽で他者の命を弄ぶような存在ではないことは確実。
ツアーと協力関係になることで生み出される利益を提示できれば、今後のぷれいやーに対する強力な手札となるだろう。
そしてもう一つの理由は────と、ここで彼の思考は止まった。
いつの間にか応接室に生まれていたどす黒い闇の中から、白と黒に分けられた長髪とオッドアイが特徴的な、一人の“幼女”が現れたからだ。
……………………
「────例えば貴方の正体が、この世界を守る
「〈世界断絶障壁〉」
白金の鎧を中心として大気に歪みが走り、半球の結界が即座に展開される。
その名も〈世界断絶障壁〉、始原の魔法の中でも中位に属するそれの効果は、『物理的、魔法的な外部への移動を全て遮断する』というもの。
本体ならばともかく、鎧に込められた魂だけでの再展開は不可能なそれを、普段は冷静なツアーが相手の話すら聞かずに発動した理由はたった一つ。
(一体どこからその情報が漏れた!? リグリットに細工……いや、記憶を覗かれたような形跡は見られなかったし、そもそも長期の記憶改竄は難しいのだから、ピンポイントで私の情報を…………まさかワールドアイテムか!?)
ワールドアイテム。
それは『百年の揺り返し』によりこの世界へ
この鎧とツアーが関係しているということは、かつて共に世界を魔神の手から守り抜いた仲間達しか知らない。そんな情報を目の前の少女が得る方法は、常識の範疇で考えるのならばワールドアイテムの使用以外に有り得ないだろう。
(だとしたら効果はなんだ? リグリットから情報を得たのなら、個人に対する記憶の完全掌握? もしくは昔スルシャーナが言っていたワールドアイテムと同じ、“世界の守り”がない者に対する絶対支配か? 最悪の場合、〈
ガキィィン!!
少女の発言に反応したツアーが、鎧を制御し巨大なハンマーを振り下ろすまでの一秒にすら満たない時間。
刹那のうちにここまでのことを考えていた彼の意識は、無防備な格好だった幼女からは決して聞こえる筈の無い金属音により、強引に現実へと引き戻された。
いつの間にか彼女の手に握られていたのは、大人でも振り回すのには少々大きいと感じられる、死神が手に持つような漆黒の戦鎌。
弧を描く二つの巨大な刃に、槍としても使える音符のように曲がった一本の鋭い穂先。アクセントカラーとして入れられた白の装飾が美しい、十字架に似た形状の武器を、彼は確かに見たことがあった。
それはかつて人類存続のために、ツアーと対等に話し合った異形種の男が、法国の守り手と共に遺した形見の一つ。
(『カロンの導き』!? なぜこの娘がスルシャーナの武器を!?)
この幼女がどれだけの情報をどんな方法で得たのかは、数百年に渡り世界を見守ってきたツアーでさえも推測でしか語れない。
しかし彼女が『カロンの導き』を振るっているということは、法国の超重要戦力、または法国内部から至宝を盗み出せる程の力を持つ存在であることの証明だ。
(……どうやら選択を間違えたみたいだね。情報漏洩対策で排除するにしても、先にどれだけの情報を握っているのか暴くべきだった)
エルフ国と敵対している法国の至宝が何故この場にあるのか?
彼女がさらっと言っていたその出生は本当のことなのだろうか?
そしてなにより、何故この鎧とツアーの関係性を知っているのか?
いくら
そう思ったツアーは、こうなった以上少しでも言葉を交わして情報を集めなければと判断し、ひとまず体勢を整えようと後方へ大きく飛び退く。
…………だが驚いたことに、近接戦闘タイプである筈の彼女は、鎧に追撃を加えようとしてこなかった。
というかむしろ凄く焦っているようにも見える気が────したのだが、隙の無い構えでこちらを見つめるアンティールの表情は、命懸けの戦いに慣れている戦士のそれ。
一瞬可愛らしい慌て顔を見せていた気がしたのは、きっとツアーの見間違いだろう。
「勘違いしないで欲しいんですが……私は貴方と敵対するつもりはありませんよ?」
「…………そうだね、少し焦り過ぎたみたいだ。部屋を破壊してしまったことも合わせて謝ろう」
どうやらその反応と態度を見る限り、今のところ彼女にツアーを害そうというつもりはないらしい。
今の行動はあまりにも短気で愚かだったなと冷静に自己分析したツアーは、躊躇うことなくその頭を下げ謝った。
竜帝の息子たる彼が人間如きに頭を下げたと知られれば、『真なる竜王として相応しくない』などと、他の真なる竜王達から言われるのだろう。
だがツアーは気にしない。
最低でもこの鎧と戦える戦闘能力を持つ、世界にとって脅威となりうる者の好意を得られるならば、邪魔なだけのプライドなんていくらでも捨ててやろうとさえ思っていた。
…………それに彼の行動を糾弾できる者など、この世にはもう殆ど
……………………
その後、『本音で話し合いたいから敬語をやめていいかしら?』という旨の意見をすんなり了承したツアーは、盗聴対策のアイテム(デケムの宝物庫産)が置いてある部屋へと移動し、アンティールとの対談に臨んだのだが…………
「…………つまり、君は不慮の事故とはいえ、六大神と私が交わした約束を破って生まれたと?」
「そうなるわね」
身内のやらかしということもあり、ツアーは一応被害者でもあるぷれいやーに対して、これまで(他の竜王と比べれば)比較的平和な対応を取っていた。
だが世界のバランスを崩されるのは御免なので、六大神とは『ぷれいやーの血が濃い子孫同士で子どもを作ってはいけない』という約束事を交わしていたのだ。
…………いたのだが、アンティールはその約束を破って生まれた……ツアーからしてみれば真っ先に排除すべき存在なのだそう。
「浮遊都市が放棄されていたし、邪悪な気配も残っていなかったから、てっきり八欲王は自滅したものだと思っていたけれど…………そうか、だとするとより一層の警戒が必要だね。彼らの血を覚醒させた子孫が、この世界のどこかにまだいるかもしれない」
とはいえツアーが直接会っていなかっただけで、六大神より以前にもぷれいやーやワールドアイテムの影はちらほらと見えていた。
故に世界征服を目論んだりしないのであれば、ぷれいやーやその子孫が寿命で死ぬまでの間くらいは見逃そう、と他の竜王に内緒で彼は考えているので、この点に関しては…………まあ、ギリギリ許そう。
そんなことよりも今問題なのは…………
「浮遊都市? それに関してはあまり知らないわ」
「…………法国の南には大きな砂漠が広がっていてね、そこにかつて八欲王が作った都市がそれだよ」
「ふーん…………あ、もしかして貴方が保管してるギルド武器って、そこから持ってきたの?」
「……………………うん、そうだよ」
ツアーの前でうんうんと頷き納得する少女、アンティール・ホウガンの特異性に関してだ。
まず前提として、彼女はこの世界に生きる存在としてあまりにも規格外過ぎる。
親の肉体相性が良かったのか、先代エルフ王が特殊な子作りアイテムを用いたのかは知らないが、彼女はぷれいやーの遺伝子を、突然変異か肉体改造でも施されたのではと勘ぐってしまう程に覚醒させているのだ。
さっき彼女と一瞬だけ剣を交えた際に、ツアーははっきりと感じていた。彼女を倒す場合、この鎧での全力では全く足りないと。
本体で戦えば問題は無い程度の強さではあるものの、竜王にも傷を負わせられるかもしれないその力は法国……いや人類国家の身に余るレベルだ。
次に問題となるのは、先程起きた騒動の原因である、彼女が持つ出典元不明の知識について。
(一体どうなっているんだ……? 何故私を含め数人しか知らない筈の情報を知っている?)
彼女は六大神や八欲王については全然知らないのに、十三英雄の物語でも殆ど語られない、
本人は『この知識はある日突然、私の頭の中に流れ込んできた』と言っていたけれど、そんな偶然がある筈ない。
こんな厄ネタだらけの幼女なんて、情報の流出元を聞き出したら成長しきる前にさっさと殺しておきたいのだが、彼女の戦闘能力とツアーの手札を考えるとそれは難しいだろう。
(今は良好な関係を築いて、油断を誘うことに専念するべきか…………)
そして最後に────
「おっと、話がズレちゃったわね。それで貴方からの質問は以上かしら?」
「いや、あと一つだけ聞きたいことあるんだ。君は今当たり前のように出てきているけど、本来は私に見つからないよう、法国内部に軟禁されているんだよね?」
「そうよ。法国の最高執行機関は、私が勝手に出歩いていることも、エルフ王が既に死んでいることも知らないわ」
…………やっぱりここで殺すべきか?
と思うツアーだったが、焦る心を抑え最も重要な問いを投げかける。
「そう、それだよ。君が真に人類の守り手なら、エルフ王を討伐したと言って無益な人間種同士の戦争を止めなくちゃならないし、法国が気に入らないなら、さっきのアンデッドでも使って軽く滅ぼしてしまえばいい。でも君が今している行動は、まるで戦争が長引くように願っているみたいだ。…………君は一体、何が目的なんだい?」
もしもこの幼女が、今語られた情報をワールドアイテムで得ている……つまりワールドアイテムを所持しているのなら、彼女は始原の魔法や他のワールドアイテムの効果を無効化できるということになる。
そうなった彼女を止められる者は、多分この世界に殆どいない。
彼女はやろうと思えば、新たな上位存在として世界に平穏をもたらすことも、魔王として世界に恐怖と絶望を撒き散らすことも──無論その時はツアーも全力で戦うが──できるだろう。
だというのに彼女はその力を殆ど見せていない。まるで自分よりも強い者の襲来を恐れているような…………
(…………!? いや、まさか……!!)
「そうねえ…………自分でもよく分からないけれど、多分“本能”なんじゃないかしら」
それを皮切りに彼女が語り始めたのは、語り手が正確な情報(出典元不明)を得ているプレイヤー級の存在かつ、聞き手がこの世界について誰よりも詳しい、最強の竜王でなければ誰も信じないであろう恐ろしき未来。
死の支配者と呼ぶに相応しい一人のぷれいやーと、ぷれいやーに匹敵するであろう戦闘能力を持つ数多くのえぬぴーしー、そして『世界の守り』……始原の魔法に対する耐性を得られるワールドアイテムを多数所持する恐ろしき異形種ギルド“アインズ・ウール・ゴウン”。
アンティールの知り得る情報によると、100年後に転移してくるそのギルドは、たった数年で人類国家の半数を支配し、その上で亜人種や異形種へも支配の手を伸ばしているらしい。
「────と、まあ彼らの概要についてはこんな感じね。どう? 何の根拠もない私の話、信じてくれる?」
「…………正直信じたくはないけれど、嘘にしては出来過ぎているとも言えるね。本当にどうやって君はその知識を手に入れたんだい?」
「だから何度も言ってるじゃない。
そんな効果は『カロンの導き』に秘められていない。
もし秘められていたのなら、スルシャーナが得られた情報をツアーに知らせて、八欲王への対策をある程度取っていた筈だ。
「そうかい。まあとにかく、君が私と協力したいって言ったのは、そんな彼らを倒すためってことでいいのかな?」
「いいえ。他の真なる竜王達が協力してくれるなら勝算は少しあるかもしれないけれど、私と貴方だけじゃ絶対に勝てないわ」
「…………そうか、それは難しいね。なんせ他の真なる竜王がどこで何をしているのか、私も
「ふーん、竜王ってのも一枚岩じゃないのね」
…………どうやら彼女は、今ツアーがどういう状況に立たされているのか、についての情報までは得られていないらしい。
分かった上でこう言っている可能性も少しだけあるが、その線は捨ててもいいだろう。
これはツアーにとって、あまりにも大き過ぎる弱みなのだから…………。
「そうだね、…………プライドの高い彼らを集めるのは大変なんだよ。それで、君はアインズ・ウール・ゴウンにどう対処するつもりなんだい? わざわざこの話題を振ったってことは、対応策の一つくらい考えてあるんだあろう?」
「ええ、勿論。ただその前に聞いておきたいんだけれど、貴方はプレイヤーがどういう存在なのか、どの辺りまで把握しているの?」
「ユグドラシルという異世界を、仮初の肉体で楽しんでいた人間種ってことまでは知っているよ」
ぷれいやーがどんな怪物だとしても、その精神には人間としての残滓が残っている。
そうでなければスルシャーナはあそこまで人間種に肩入れしなかっただろうし、……リーダーがあんな最後を迎えることもなかっただろう。
「なら話は早いわ。アインズ・ウール・ゴウンに残った唯一のプレイヤー、彼の残滓が求めているものを、私達が提供してあげればいいのよ」
「…………まさか、世界を献上するとか言わないよね?」
ツアーの脳裏に、嬉々として竜王を殺していった八欲王の姿が浮かぶ。
「NPC達は喜ぶかもしれないけれど、プレイヤー本人はそんなもの求めてないわ。彼が求めているのは
「……それはまた、随分と謙虚だね」
「他者からみればそう感じられるかもしれないけれど、一緒に笑ってくれる存在って、結構大切なのよ?」
そう語るアンティールの瞳は、どこか遠いところを見つめている。
「…………その気持ち、少しだけ分かる気がするよ。つまり君は、アインズ・ウール・ゴウンのプレイヤーと友達になって、内側から彼らを操るつもりなんだね?」
「まあそんなところね。人間国家はいくつか支配されるかもしれないけれど、全面戦争になって世界が滅ぶよりはいいでしょ?」
「ああ、400年前みたいな事態は、私としても遠慮したい」
こうしてアンティールとツアーによる協力関係は成立した。
ツアーとしては、相手の持つ情報量がどれほどのものなのか、結局最後まで分からなかったため少々複雑な気分だが、ひとまずは彼女の言葉を信じようと決めた。
…………それに最悪の場合、アンティールを
「それじゃあ、私はそろそろ帰らせてもらうよ」
「分かったわ…………あ、そうだ一つ確認しておきたいことがあるのだけれど」
「何だい?」
「その…………私って、やっぱり他のエルフと比べて、
言葉の真意を測りかねたツアーは、とりあえずアンティールの容姿を凝視する。
白と黒に分かれた長髪とオッドアイ、エルフらしい長耳に、まだまだ成長途上ではあるものの、程よく鍛えられたしなやかな肉体、…………しかし、これといった違和感は感じられない。
「…………変、とはどういう意味だい? 確かにぷれいやーの血を色濃く継いでいるし、同年齢と比べれば多少筋肉質かもしれないけれど」
「そう…………他のエルフ達から『顔立ちにちょっとだけ違和感がある』って言われたことがあったから、少し気にしていたのだけれど、貴方が気にならないなら問題なさそうね」
そう言ったアンティールはツアーへと、ここまで一切見せてこなかった美しい笑みを向けた。
(色仕掛けか? いや、彼女は私の正体を知っているのだから、わざわざそんなことはしないだろう。…………もしかして、本当にただ気になっただけなのか?)
いくら彼女が危険人物なのだとしても、その精神が20歳程度の幼女だということは、この短時間でもよく理解できていた。
「その点に関しては気にしなくてもいいんじゃないかな? ドラゴンである私が言っても説得力は無いけれど、君は十分美しいと思うよ」
「…………え!? ちょっ!?」
明らかに動揺しているアンティールを横目に、ツアーは〈世界断絶障壁〉を解除し、同時に〈世界転移〉でその場から立ち去った。
……………………
(…………もしかして今のって色仕掛け? 流石に彼のところに嫁ぐのは…………いや、場合によってはありかも? まあいいや、とりあえず……〈
アンティリーネは目の前に展開されたどす黒い闇を潜り、法国最奥部に位置する聖域の入口へと転移する。
聖域には強力な結界が張ってある上に、ナザリック地下大墳墓の一部階層と同様、物理的に外と繋がっている訳ではなく、入口である転移門を介さなければ侵入できない。
…………故にここならば、何をしようと外部からは知覚されないのだ。
(ふー……完っ全に想定外だった。まさか私の情報が外に漏れていたなんて。エルフ達にアンティールとしての姿を、
聖域へ彼女が入ると同時に、6歳程度にしか見えなかった幼女の体とその服が勝手に蠢き、急速に成長し始める。
時間にしてたった数秒後、そこにいたのは我々が見慣れた姿…………
(一応協力関係にはなれたけれど、やっぱり警戒対象になっちゃったみたいだし、そのうちまた急に転移してくるかもしれないわね。結界の強化と…………念の為エルフ達の記憶改変もグリムに頼んでおかなくちゃ)
ツアーに目を付けられたため、今後エルフ国で行う予定だった技術開発は、ある程度規模を縮小しなければいけない。
いくつかやっておきたかった戦力増強に関しても、ツアーにばれないよう行わなくてはならないだろう。
(…………多少のリスクを背負ってでも、先にツアーと殺り合っておいたほうが良かったのかしら? ……いや、何事も焦ってはいけないわね。あそこをダミー拠点にしちゃえば、ツアーに与える情報の調整もできる訳だし。それにこの指輪が、ツアー相手に通用するって分かっただけでも十分な収穫だったんだから。……そういえば、あの娘はどうやって誤魔化していたんだっけ?)
そんなことを思いながら、少女はその歩みを進めていく。
聖域から溢れる光が映したその影は、人智を超えし怪物のそれであった。
ツアー
相手はプレイヤーだろうと覚悟していたら、もっとヤバい厄ネタの塊みたいな幼女と対面することになった最強の竜王。これからはアンティールの監視もしなければならなくなり、頭を抱えている。
今後語られることはなさそうなので先に言っておくと、ツアーが修行中のアンティリーネに接触しなかったのは、彼の知覚能力がいくら凄いと言っても、『超位魔法』レベルの規模でなければ彼の居場所からは知覚できないから。
原作では発生しなかったある事件により、本作での苦労人具合が増していたりする。
グリム
掃除をしていたら、目の前に突然不審者が現れた。
モデルは青褪めたやつ。そのゲームの核心に触れるキャラクターなので、調べる際はご注意を。
アンティール
エルフ王を殺したのは幼女だった。いいね?
アンティリーネ
バレてたらちょっと不味かったかもしれないことを無事に隠し通せて安心している。
今回で『100年前編』のお話は多分おしまい。
次は『5~0年前編』で会いましょう。