道外れの絶死絶命   作:池の鴨

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おかしいな。
アンティリーネの一人称視点が、全体の一割くらいしかないぞ?


アンデッド騒動と“純白の閃光”

 ここはリ・エスティーゼ王国の隣国であるバハルス帝国と、スレイン法国の領土に面した都市。

 モンスターが多いトブの大森林や、アンデッド多発地帯のカッツェ平野に隣接しながらも、三重の城壁によって全ての脅威を跳ね除けてきた国王直轄領『エ・ランテル』。

 

 三つの人間国家に囲まれているという立地の関係上、この都市には物資や人間を始めとした、様々なものが行き交うこととなる。

 

 そんなエ・ランテルがお昼時を迎えたとなれば、市民達が生活する城壁内周部の区画が、活気の溢れた様子を見せるというのは当然のことだ。

 

 そして町中に溢れる賑やかな喧騒の中には、真っ昼間から酒に酔っている冒険者達の罵声も含まれている。

 

 というか荒くれ者の割合が高い冒険者達が、モンスター退治のため数多く集まっているこの都市において、特に意味のない罵声が聞こえてこないことの方が珍しいだろう。

 

「あぁ? テメェ今俺のこと殴ったよなぁ!?」

「はぁ!? テメェみたいな雑魚をこの俺が殴る訳ねえだろぉ!!」

 

 おっと、早速ある酒場──2、3階は宿屋になっている──にて、冒険者同士の喧嘩が始まったようだ。

 

 片方は追加の酒を注文するべくフラフラと歩いていた銅級冒険者、もう片方は席に座って酒が並々と注がれたジョッキを仰ぐ鉄級冒険者。

 

 両者とも酒の飲み過ぎでべろんべろんに酔っているため、言い合いになったところで決着など決まらないだろうし、そもそも殴ったと言っても肩がちょっと当たっただけなので、前提として殴られたという主張は根本から間違っている。

 

 ……のだが、低級にとどまっている冒険者は、大抵の場合腕っぷしに少し自慢があるだけの荒くれ者。

 力と勢いに任せて今まで生きてきた彼らが、冷静になって状況を分析することなんてできる筈もない。

 

「はっ! 万年銅級のクセに、よくそんな口を聞けたなぁ!?」

「テメェこそ鉄級に上がってから、ビビッて依頼受けてねえんだろバーカ!」

「あぁ!? やんのかテメェ!!」

 

 どうやら喧嘩を仕掛けた鉄級冒険者の方が、煽りに対する耐性が少しだけ低かったらしい。手に持つジョッキを高々と掲げ、『これ以上言うなら手が出るぞ』と勢いのままに立ち上がる。

 

 これは面白いものが見られそうだと思っているのか、周りの冒険者達は喧嘩を止めないどころか、『いいぞ! やっちまえ!!』などと囃し立て始める始末。

 

 その様子をカウンターで静かに様子を見守っている酒場の主人の頭には、遠くからでもはっきりと見える、太い青筋が立っていた。

 

 きっと数秒もしないうちに、堪忍袋の緒が切れた主人が発する怒声によって、この喧嘩も幕を下ろすことになるのだろう。

 

 それがこの酒場の、騒がしくも穏やかな日常であった。

 

「言ったなテメェ! ぶっ殺してやる!! オラ────」

「オオオァァァアアアアアア──!!」

 

 …………が、突如として遠くから響いた恐ろしき雄叫びにより、彼らの喧嘩は急遽終幕を迎える。

 

 投手の酔いが酷かったのか、的外れな方向へと投げ飛ばされたジョッキは、床に落ちコトンと音を立てた。

 

 普段ならば喧騒に搔き消されるその音が、誰の耳にもハッキリと聞き取れたという事実が、得体の知れない恐怖へと変わり、彼らの心に浸透していく。

 

「…………何だ、今の声は……?」

 

 不気味な静寂に耐えかねたのか、誰かがぼそりと呟いた。

 

 トブの大森林から魔獣でも現れたのか? それともトロールが人間を食おうと攻めてきたのか? まさかカッツェ平野からからアンデッドの大群が…………

 

「お……おいおい、何黙りこくってんだよ。もしかしてビビってんのか?」

「は、はぁ!? んなわけねぇだろ!!」

 

 いや、心配する必要はない。ここは三重の城壁に守られた城塞都市、エ・ランテル。

 帝国が誇る八万の兵に攻め入られようとも、決して落ちぬと言われるこの都市が、モンスター如きに落とされる筈がない。

 

 そう結論付けた者達が再び騒ぎ始めたことで、酒場には再び喧騒と日常が戻ってくる。

 

「ほーん、それじゃあさっきの続きと洒落込もうか? まあ、今ので腰を抜かしちまったんなら仕方がねえけどよっ!」

「言ってくれるじゃねえか!! お前なんか簡単に────」

「────こんなところで何やってんだテメェら!? 早く逃げろ!!」

 

 …………いや、今なお燻る不安をどうにか掻き消すため、強引に戻ってこさせたと言った方が正しいだろうか。

 

 そんな彼らの願いは、酒場へと走りこんできた男によって、無残にも打ち砕かれることとなる。

 

「お、おい。何をそんなに慌てて────」

「アンデッドだよ!! 共同墓地からヤバいアンデッドが現れて、門を破壊しやがったんだよ!!」

 

 共同墓地の方から悲鳴が上がり始めたのは、その男が走り去ってから数秒後の出来事だった。

 

 

……………………

 

 

 アンデッドは基本的に陽光を苦手としている。

 陽光に聖なる光が含まれているのか、それともただ純粋に眩しいだけなのかは判明していないが、彼らは陽光に晒されることを嫌っているのだ。

 

 なので曇天や雨天、或いはカッツェ平野みたいな呪われた場所でもなければ、穏やかな昼下がりにアンデッドが湧いて出てくるという事象は殆ど起こらない。

 

 それは数多の死体が埋葬された影響でアンデッドがよく発生する、エ・ランテルの共同墓地でさえ同じこと。

 

 故に共同墓地に設置された門へ配備される衛兵の数は、昼間と夜間では数倍の差がある。無論、夜間に配備される人数のほうが多いということは言うまでもない。

 

 …………だからこそ、すっかり平和ボケしていた衛兵の一人が、その違和感に気付けたことは僥倖だった。

 もし彼が気付けていなかったなら、より多くの人間が死んでいたかもしれないのだから。 

 

「…………なんだ、あれ?」

 

 彼が指差した方向にあったのは、地面の下から真っ直ぐに伸び、もぞもぞと動いている一本の腕。

 

 泥と腐肉しか付いていないそれは、この共同墓地でもよく出現する動死体(ゾンビ)のものによく似ている。

 

 ……が、ゾンビとは比べ物にならない程太い腕には、ねじ曲がった鋭く怪しげな大剣が握られており、それが動く度に周囲の地面はもぞもぞと不気味に蠢いていた。

 

「あれ……アンデッドじゃないか?」

「でも今は昼間だぞ? アンデッドが湧くことなんて有り得な…………」

 

 彼はそこでふと思い至る。

 アンデッドが昼間に出現しづらいのは、彼らにとって陽光が害をなすものだから。

 

 つまり陽光程度では怯まない強力なアンデッドならば、陽光の有無に関係なく出現するのではないか?

 

「……俺、一度隊長に連絡を────」

「オオオァァァアアアアアア──!!」

 

 彼の声を掻き消し響くのは、本能的な恐怖心を刺激する死者の咆哮。

 その直後、腕が出ていた周辺の地面が一気に盛り上がり、舞い上がる土煙の奥から、見たこともないアンデッドが姿を現した。

 

 長さ1mを超える大剣を右手に、巨体の半分以上を覆い隠すタワーシールドを左手に装備した、悪魔の如き鎧を身に纏う巨大なゾンビ騎士が、ズシンズシンと重い足音を鳴らし、共同墓地の門へと猛スピードで走ってくる。

 

 死の国から蘇ってきたとしか思えない、腐肉にまみれた悍ましき肉体を晒し、ぽっかり開いた眼窩の中に生者への憎しみと殺戮への期待を灯したそれの名は『死の騎士(デス・ナイト)』。

 

 己が殺した者を従者として引き連れ、生きとし生ける全ての存在を殺し尽くすとさえ言われる、伝説級のアンデッドだ。

 

「あの野郎、墓地の門を破壊するつもりだ!! 退避するぞ!! 早く住民達にこのことを知らせるんだ!!」

 

 カッツェ平野ですら殆ど発生することのないそれが、どれ程までに強大で恐ろしいアンデッドなのか、しっかりと理解できている衛兵はこの場にいない。

 

 だが少なくとも、一般人よりちょっと強い程度の力しか持ち合わせていない自分達が、立ち向かっていいような相手ではないことなど明白。

 

 ならばせめて、あのアンデッドが門の破壊に手間取っている間に、住民達へと向けてこの場から逃げるよう叫ぶべきだ。

 住民達が少しでも生き残れるよう最善を尽くすことこそ、衛兵である彼らの役目なのだから。

 

「皆逃げろ!! 強大なアンデッドが共同墓地に出現したぞーっ!!」

「門が破られるのも時間の問題だ!! 早く逃げろーっ!!」

 

 階段を一段飛ばしで駆け下りた彼らは、目一杯の声量で叫びながら町中を駆ける。

 

 真昼から意味の分からないことしている衛兵達に、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべる住民達。

 しかしその直後に共同墓地方面から響き渡った、大地を揺るがす足音によりただ事ではないと理解した彼らは、衛兵達の後に続いて走り出す。

 

 ……が、時すでに遅し。

 

 共同墓地に現れたアンデッドが、デス・ナイトだけだったのならばあと数分は持ったのかもしれない。

 しかし今回共同墓地にはもう一体、デス・ナイトと同等クラスの難度を誇る伝説級のアンデッドが存在していた。

 

────ドガアアァァァァ!!!

 

 突如として共同墓地の奥から太陽の如き眩い光が放たれ、高さ4mはあろうかという巨大な門を火柱が包む。

 

 次の瞬間エ・ランテルに響いたのは、鼓膜を破らんばかりの大爆音。

 並みの魔法を凌駕する圧倒的な火力により、アンデッド達の進行をこれまで防いできた門はたった一撃で、周囲の石壁ごと粉砕されることとなった。

 

 熱された門の破片は灼熱の瓦礫となり、逃げ遅れた住民達の肉体を潰し焼き焦がしていく。

 ついさっきまで活気のある声が聞こえてきていたエ・ランテルの一区画は、たったの数十秒で人間達の絶叫と崩壊した街並みによって彩られし、地獄の如き風景に早変わりだ。

 

「うぐぅ…………一体……なに、が…………っ!?」

 

 運良く吹き飛ばされただけで済んだらしい住民が恐る恐る顔を上げると、役割を果たせなくなった門を踏み越え、二体のアンデッドが丁度町へと出てくるところだった。

 

 デス・ナイトの背後に見える、腐敗した肉体を持つ一体のアンデッド。

 

 ボロボロのローブを身に纏ったその姿は、カッツェ平野にて時折発生するという死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に少し似ているが、きっと実際に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を目撃したことのある者がここにいれば、それがより上位のアンデッドなのだと気付けただろう。

 

 デス・ナイトと同様、生者への憎しみと殺戮への期待を眼窩に宿したそれの名は『死の魔術師(デス・ウィザード)』。

 英雄級の存在にしか扱えない、第五位階までの魔法を行使することができる、デス・ナイトと同格の恐ろしきアンデッドだ。

 

「オオォォォォ────!」

「い゛だいっ!! い゛だいぃぃっ!! ごろざないでぐだじゃいっ! だずげでぇぇっ!!!」

 

 デス・ナイトは先程の爆発に巻き込まれ、逃げられない程度の傷を負った人間の元へと近付くと、大剣を見せびらかすような挙動で掲げ、獲物の肉体へと何度も何度も突き刺した。

 

 両手や両脚、腹部ばかりを剣で刺し、潰し、抉りつつ、しかし決して首や頭部といった急所を狙わないのは、人間達が奏でる断末魔をより長く、そしてじっくりと楽しむためだろう。

 

 今すぐにでも目を背け、この場から逃げ出したい。

 だがもしそんなことをすれば、あの騎士は真っ先に自分のことを殺しに来る。そう確信しているが故に、彼は震えるばかりでその場から逃げ出せずにいた。

 

「オボボォォォォ──」

「ひぃっ!? 来るなっ! 来るなぁぁっ!!」

 

 数十秒──彼にとっては数時間だったのかもしれない──の間、人間が物言わぬ屍になるまでの工程を呆然と眺めていた彼は、すぐ近くから上がった悲鳴に驚き顔を向ける。

 

 そこでは先程殺された人間が従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)へと変貌し、溢れ出た臓物を引きずりながら、周囲の人間達を無差別に襲っている最中であった。

 

 デス・ナイトの能力によって生み出された彼らは、その見た目こそ普通のゾンビとあまり変わらない。

 

 しかし彼らのレベルはデス・ナイトの半分程度であり、難度で表すならば50にも匹敵する怪物だ。

 当然衛兵程度に太刀打ちできる存在ではなく、何なら並の冒険者ですら単身で相手取るのは難しいだろう。

 

 人間の腕をへし折り、嚙みつくだけで頭蓋骨を脳ごと潰し食い千切る。

 そんな怪物の一匹が、彼の方へと顔を傾けた。今にも腐り落ちそうな眼球に宿るのは、アンデッド特有の生者を憎む赤光のみ。

 

 既に従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)は彼の喉元へと目掛けて飛び掛かってきている。あと一秒もしないうちに彼も凄惨な死を迎え、亡者達の仲間入りを果たすことだろう。

 

「オォォ────…………」

 

 その血に塗れた鋭い歯が、彼の体に突き立てられ────る寸前、彼の視界を何かが覆った。

 

 鋭い爪によって目を潰され、何も見えなくなったのかと一瞬考えたが、痛みを感じない辺りそういう訳ではないらしい。

 

目撃者は……6人、ちょっと少なすぎるかしら? …………あらあら、アンデッド風情が随分と好き勝手やってくれたみたいね」

 

 小鳥のさえずりを思わせる透き通った女性の声に疑念を抱き、顔を上げた彼の目の前に立っていたのは、純白の全身鎧を装備した騎士の姿だった。

 

 彼女の足元に散らばるのは、細切れになった従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)の姿。

 

 彼は彼女に助けてくれた礼を言おうとしたが、彼女へと一直線に向かってくる従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)達の姿をその視界に捉え、すぐにここから逃げるよう、言葉にもならない絶叫を上げる。

 

 しかしその絶叫に含まれた意味合いは、次の瞬間には恐怖から驚愕へと変わることとなった。

 

「遅い」

 

 並みの冒険者よりも素早い動きで飛び掛かってくる従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)に対し、女騎士は心底つまらないといった様子で、手に握られた白き()()を無造作に振るう。

 

 たったそれだけ。

 戦闘経験の一切ない彼でさえ分かる、何の気合いも感じられないその一撃により、彼女へと攻撃を仕掛けた従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)達の肉体はズタズタに引き裂かれ、呻き声すら上げる間もなく滅び去った。

 

 そんな彼女の首から下げられている冒険者プレートが、駆け出しの証である銅級(カッパー)のプレートだというのは、新手の冗談なのだろうか。

 

「さて、次は貴方の番かしら?」

「オオオァァァアアアアアア──!!」

 

 部下であるスクワイア・ゾンビを容易く滅ぼし、愉快な殺戮の邪魔をしてきたことに憤りを感じたらしい。

 

 新たな獲物を求め周囲を見回していたデス・ナイトは、女騎士へと向けて大気を震わす殺意の籠った咆哮を上げると、巨大なタワーシールドを前方に構え走り出した。

 

 2mを超える肉体を存分に使ったその突進は、単純ながらも人間一人を殺すのには十分な一撃。

 そこらの馬と同程度の速度で、ズシンズシンと大地を揺らしながら迫るデス・ナイトの姿は、さながら意思を持った暴走列車とでも言ったところか。

 

「やる気だけは十分ね。それじゃあ始めましょうか──〈剛腕剛撃〉!」

 

 英雄級の人間だろうと轢き殺すその突進を前にして、女騎士は逃げも隠れもしない。

 それどころか彼女は、どこか嬉しそうな様子で武技を発動させると、大鎌を大きく振りかぶりタワーシールドへと叩きつけた。

 

ガキィィンッ!!

 

 凄まじいエネルギー量を持つもの同士が激突することで発生した衝撃波は、一帯に転がる瓦礫を吹き飛ばし戦いの舞台を整える。

 

 いや、それは戦いというよりも蹂躙という言葉が似合うのかもしれない。

 

 思わず顔を手で覆ってしまった彼が次に見たのは、半分程欠けてしまったタワーシールドで身を守るデス・ナイトと、凄まじい速度で大鎌を振るう女騎士の姿だった。

 

ガキィィンッ!! ガキィィンッ!!

 

 女騎士が一歩踏み込み、大鎌の一撃を加える度に火花が散り、強固なタワーシールドに深い傷を刻まれたデス・ナイトが一歩後退していく。

 

 しかもデス・ナイトは全ての攻撃を捌き切れていないようで、数発に一発の頻度でその身を大鎌に切り裂かれ、赤黒い腐肉を地面に零してしまっていた。

 

 大鎌を持つ女騎士が一人で巨大なゾンビ騎士を圧倒しているというこの様子は、きっと誰かに話したところで、出来の悪い作り話だと鼻で笑われるのがオチだろう。

 

 それ程までに彼女の戦闘能力は現実離れしており、とても恐ろしく、そして非常に美しかった。

 

「オオ、アア……ア、アァァ────…………」

 

 時間にしてたったの数十秒。

 度重なる連撃によりタワーシールドを破壊されたデス・ナイトの肉体へと、抵抗する間もなく大鎌の連撃が襲い掛かる。

 

 視認できない程の勢いで体中に深い傷を負わされたデス・ナイトの肉体は、『死に至るダメージを受けても、一回だけHP1で耐えられる』というスキルにより再構成されそうになったが、即座に走らされた大鎌の一閃によって、今度こそこの世から消滅した。

 

「さてと、次は────」

「オオァァァアア────!!」

 

 ────が次の瞬間には、これまで様子見に徹していたデス・ウィザードの手から、女騎士へと向けて魔法が放たれる。

 

 先程共同墓地の門を破壊する際にも用いられたそれは、第三位階魔法〈火球(ファイヤーボール)〉。

 

 この魔法は行使した魔法詠唱者が高位であればあるほど、威力や飛距離が伸びる特性を持つ。

 第五位階までの魔法行使を可能としているデス・ウィザードであれば、その威力は十三英雄の御伽噺に登場する“魔神”達の魔法にさえ匹敵するだろう。

 

 いくら良い金属で作られた全身鎧を身に着けていても、圧倒的な熱量により中身ごと燃やし尽くしてしまえば関係ない。

 そういわんばかりに放たれた〈火球(ファイヤーボール)〉を前にして、しかし彼女は焦った様子もなく、ただ歩きながら大鎌を一回振るった。

 

 その速度があまりにも早かったからか、振るわれた大鎌の軌道上には二つの真空波が…………いや、周囲に散らばる建物の残骸を切り裂きながらデス・ウィザードへと迫るそれは、決してただの真空波などではない。

 

 彼女の武技〈双空斬〉により発生した、実体を持つ二つの鋭い刃は〈火球(ファイヤーボール)〉を四等分に割り爆散させただけでは満足せず、勢いのままデス・ウィザードの喉元へと飛来する。

 

「オァァ――!? …………オオァァァ────!!!」

 

 〈盾壁(シールド・ウォール)〉と〈鎧強化(リーンフォース・アーマー)〉の重ね掛けにより、金属にも匹敵する防御力を得ていたデス・ウィザードの肉体は、しかし柔らかいバターのように容易く切り裂かれた。

 

 〈火球(ファイヤーボール)〉のお陰で軌道が少しずれていたらしく、急所へのダメージによる即死こそギリギリ防げたものの、斬撃によって左腕と喉の半分を失ったデス・ウィザードは、怒りの咆哮と共に右手に握られていたそれを大きく掲げる。

 

 一見すれば黒い輝きを放つだけの無骨な玉、しかし一度人間が触れようものなら、その精神を侵し自身の傀儡にしてしまうというそれの名は『死の宝珠』。

 アンデッドへの支配力を補佐し、所持者の死霊系魔法行使すら可能とする、一つでもエ・ランテルを崩壊へと導く可能性を秘めた、恐ろしき知性あるアイテム(インテリジェンス・アイテム)だ。

 

「オオァァァアア────!!!」

 

 禍々しきオーラを発している死の宝珠は、周囲に散らばった人間達の死骸から何かを吸い上げ、ドクンドクンと心臓にも似た脈動音を鳴らし、眩くも暗い光を周囲に放つ。

 

 するとデス・ウィザードを囲み守るような形で、彼の周囲から三頭の巨大なドラゴン…………の姿を模したアンデッドが現れた。

 

 巨大な肉体を無数の人骨で形成し、背部から生やす破れかけの巨大な翼を羽ばたかせ、四つの赤き眼光で女騎士を見下ろす彼らの名は『骨の竜(スケリトル・ドラゴン)』。

 

 第六位階以下の魔法に対する完全耐性、さらにはスケルトンということで刺突と斬撃に対しての耐性を持つ彼らならば、デス・ウィザードの放つ魔法を気にせずに壁役としての役割を果たしてくれるだろう。

 

 …………まあ、圧倒的なレベル差を前にしては、多少の耐性など何の意味も成さないのだが。

 

死の宝珠に込められたエネルギーは、ちゃんと使い切ったみたいね。…………なら、そろそろ終わりにしましょうか」

 

 ぼそりと何か呟いた女騎士は、堂々とした足取りでデス・ウィザードの方へと歩いていく。

 

 デス・ナイトのような防御性能を持たないデス・ウィザードが、彼女に接近戦を仕掛けられてしまえば敗北は必至だ。

 

 己の召喚主を守るべく、一頭の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が翼を羽ばたかせ大きく飛翔し女騎士の元へと急接近。太く硬い両前脚に自身の全体重を乗せ、身に纏った鎧諸共叩き潰そうと襲い掛かる。

 

 しかし脚が鎧に触れる直前、肉眼でギリギリ捉えられる程の速度で、大鎌が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の脚へと叩きつけられた。

 

バギャァァッッ!!!

 

 響き渡るのは、あまりの力に耐えかねた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の脚が、粉々に砕け破裂する音。

 斬撃に対する耐性を持っていた筈の肉体は、圧倒的強者が放った打撃と遜色無い破壊力の斬撃を前に弾け、最早原型を留めていない。

 

 そして次の瞬間には、それの頭部も同じような末路を辿っていた。

 

「オオァァァアアアア────!!!」

 

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)程度では壁役にすらならないのだと悟ったデス・ウィザードは、少しでも女騎士が己の元へと到着するまでの時間を稼ぐべく、残りの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に突撃を命じ、そしてデス・ウィザード本人も、MPを全て使い切る勢いで魔法を乱射し始める。

 

 巨大な火球や水晶で形成された剣、更には竜を模した雷や無数の氷槍までもがデス・ウィザードの手から放たれ、女騎士を殺そうと殺到した。

 

 そのどれもが、英雄級の人間さえも殺しうる強力な魔法。

 ……しかし、それらは彼女の鎧にすら届かず、全て大鎌により弾かれ消滅していく。

 

 強大な魔法を前にしても、一切動じることなく進み続けるその姿は、救われた者達からすれば女神のように見えるのかもしれないが、殺される者からすれば、きっと悪夢の世界から現れた死神に見えるのだろう。

 

「────〈双空斬〉、〈疾風超走破〉!!」

 

 そして彼女とデス・ウィザードとの距離が数十メートル、二頭の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が女騎士に襲い掛かる寸前、彼女の体勢が少し沈む。

 

 …………次の瞬間、彼女の姿がその場から搔き消え、同時に全ては終わっていた。

 

「オ、アァァ……ァァ────……………………」

 

 真っ二つに割られたデス・ウィザードの肉体が、ボロボロと崩れ落ち消滅していく。

 二頭の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はいつの間にかバラバラに切り裂かれ、綺麗に残った頭部は瓦礫の山へと、盛大な音を立てながらゴールイン。

 

 …………何が起こったのかと言われれば、それは単に彼女の動きが素早かったというだけの話。

 

 彼女はコンマ一秒にも満たない間に、〈双空斬〉を骨の竜(スケリトル・ドラゴン)へと放ちながらデス・ウィザードの傍へと急接近し、大鎌を縦に振りかざすことで決着を付けたのだ。

 

「……あなた、様は…………一体…………?」

「ん? 私? 私はアンティ────んんっ、私の名前はヘーラ。通りすがりの銅級冒険者よ」

 

 その日、エ・ランテルに新たな英雄が生まれることとなった。

 

 純白の閃光“ヘーラ”。

 共同墓地から現れた、推定難度100を超える二体のアンデッドをたった一人で討伐。銅級から一気にミスリル級にまで昇格し、その上実力だけならアダマンタイト級冒険者にすら匹敵するとさえ言われる、純白の全身鎧に身を包む美しき女騎士だ。

 

 

……………………

 

 

「申し訳ございません。現在ヘーラ様にご依頼できるほどの仕事は入っておりません」

 

 ミスリル級冒険者にしか頼めないような依頼は、滅多なことが無い限り連続して出てくることはない。

 

 故に高位の冒険者になればなるほどランクが上げにくく…………やっぱりもう少し早めに、冒険者稼業を始めていた方が良かったのかしら?

 

「そう。それじゃあ私は宿屋で暇を潰しているわね。もし何か急用があったら、『黄金の輝き亭』まで来てくれると助かるわ」

 

 私は純白の閃光こと、ミスリル級冒険者“ヘーラ”。

 本当はアンティリーネって名前だけれど、本名を出したら法国上層部に激震が走っちゃうから、偽名を使って冒険者活動をしているしがない半森妖精(ハーフエルフ)よ。

 

 王国や帝国でも有名な秘密結社、『ズーラーノーン』の盟主さんに貸してもらった『死の宝珠』を使って、共同墓地のアンデッド騒動を起こしてから早一ヶ月。

 

 住民や冒険者達から度々向けられる、羨望と畏怖の混じった眼差しに嫌気がさした私は、宿屋にほぼ引き籠る…………と見せかけて聖域やアンティール共和国に転移し、新たな魔法やアイテム、武技の開発に勤しんでいた。

 

 人間を間接的に殺したことや、自作自演で名声を得たことに関しての罪悪感は、正直に言ってしまうとあんまり感じられない。

 

 ただ沢山の人間達からずーっと見つめ続けられるっていうのは、ここ100年近く表立って行動してこなかった私にとって疲れるというか、けっこう堪えるものがあるのよね。

 

 とはいえこれも、アインズ様と友好的な関係を築くのに必要なこと。彼らと敵対することに比べれば、この程度の苦痛を我慢するのだって屁でもないわ。

 

「取り敢えずエ・ランテルでの仕込みは終わったし、次はタイミングを見計らって帝国に行かなきゃね。……あの人のところかあ…………足を舐められたりしたらやだなぁ…………」

 

 奇声を上げ飛び掛かってくるかもしれない、魔法狂い老人の姿を脳内に浮かべた私は、心の中で深い溜息を付き、デス・ウィザードと戦ったときの数倍は重い足取りで、宿屋への道を歩いていった。




ヘーラ
アンティリーネが持ち出した第二の偽名。
ある方法で素顔と声は変えているので、顔を見せてもあんまり問題は無い。その上で全身鎧、つまり兜で素顔を隠しているのは、顔を見られるのが少しだけ恥ずかしいから。
ちなみに純白の鎧は自作の物であり、アルベドの全身鎧『ヘルメス・トリスメギストス』の白色バージョンをイメージして作られている。

ンフィーレア
ヘーラがミスリル級冒険者になった数日後、彼とは既に接触している。
あるブツを代価に、彼の専属護衛係になった。その内本編にも登場する予定。

デス・ナイト
ヘーラの名声を得るべく生み出された引き立て役一号。
防御性能が高いため、ヘーラの戦闘をより長く魅せられるという点で採用された。

デス・ウィザード
ヘーラの名声を得るべく生み出された引き立て役二号。
本作では35レベルのアンデッドとして扱っている。魔法攻撃力だけなら40レベル相当。
ド派手な魔法を容易く打ち消すヘーラの凄さを魅せられるという点で採用された。
またデス・ナイトとヘーラの戦いを邪魔しないだとか、魔法はなるべく見栄えの良いものを使うなど、事前に色々と言われていた。

死の宝珠
アンデッド騒動の元凶と思われているアイテム。
魔術師組合によって厳重な監視下に置かれていた…………が、事件発生から数日後に突如として消えたらしい。

盟主さん
アンティリーネの知り合い。死の宝珠を彼女に貸し出した(返却済み)。
彼女とはある事件をきっかけに接触し、以降良好な関係が続いている。

カジット
原作ではこの頃から共同墓地で魔法儀式『死の螺旋』の準備を始めていたが、本作で彼は共同墓地にはおらず、そもそも法国からも出ていなかったりする。
彼の名はカジット・デイル・バダンテール。闇の神スルシャーナを信仰する、教会の心優しき神父だ。

アンティリーネ
本作の彼女は、率先して人助けをするタイプではない。
むしろ自分にとって害があるのなら、相手がどんな過去を持っていようと躊躇なく排除するタイプである。

…………それでも、人としての心を完全に捨て去った訳ではない。だからこそ、母親を失い泣き喚く一人の少年を救うという、余計なお節介を焼いてしまった。
復活した母親と抱き合う彼の姿は、自嘲的な感情を抱いていた彼女の心を、ほんの少しだけ暖かくしたそうな。
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