(こうすると画面がスクロールして、ここを指でずらすと拡大、縮小か…………)
西暦2126年に日本で発売され、日本国内で爆発的な人気を誇ったDMMO-RPG〈
そのサービス終了と同時に、何故か謎の世界に転移してしまったギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長たるモモンガは今、デミウルゴスに伝えた警戒網作成のために、あるマジックアイテムの操作方法を解明しようと奮闘していた。
そのアイテムの名は、〈
MPの消費を気にせずに外の風景を確認できるこれは、情報系魔法への対策が万全なプレイヤーに対してはあまり効果的ではないものの、あまりにも分からないことが多過ぎる今の状況では非常に重宝するアイテムだ。
「…………おっ!」
時間に換算すれば精々数分程度なのかもしれないが、中々景色が変わらなかったため、明らかにテンションが下がってきていたモモンガ。
しかし両手を広げるような動作を取ってみたところ、偶々俯瞰図の高さ調整方法を発見することに成功した彼は、驚きや自慢の混じった嬉しそうな声を上げた。
「おめでとうございます、モモンガ様」
「ありがとう、セバス。長く付き合わせてしまって悪かったな」
モモンガは隣に控えていてくれたセバスの称賛を素直に受け入れると、今の感覚を忘れないうちに再び鏡と向き合い操作に没頭する。
一度でも感覚を掴んでしまえばこちらのもの。
彼は先程と同じような動きを何度か繰り返し、俯瞰高さの調整方法を完璧に習得するに至った。
これで支配者としての威厳も保てるぞと安堵したモモンガは、続いて鏡に向けた手をゆっくりと動かしていき、人のいる場所を本腰を入れて探し始める。
(ひとまずは情報収集だ。ナザリックからあまり離れていないところに、情報収集ができそうな村でもあればいいんだけど…………)
そうしてモモンガがナザリック周辺を探索すること数分。
彼はここから南西に10km程進んだ場所で、牧歌的という言葉が相応しい小さな村を発見した。
…………が、何か様子がおかしい。
まだ朝日も昇り切っていない早朝だというのに、村人達は慌ただしい様子で家から飛び出し、村の中央へと向けて必死に走っていたのだ。
「…………祭りか?」
「いえ、これは違います」
モモンガの問いに答えたセバスの声色は硬く、その鋭い視線には少しの不快感が滲んでいる。
その理由は、モモンガが俯瞰図を拡大したことですぐに判明した。
鏡が映し出した光景は、恐怖の表情を浮かべた村人らしき人間を、全身鎧で武装した騎士風の人間が追いかけているというもの。
実際に体験したことは無いが、モモンガは何となくこの状況を察する。
きっとこれは、殺戮というものなのだろう。
「ちっ!!」
その光景に不快感を感じたモモンガは、即座に見捨てるべきだと判断し映る光景を変えようとした。
だが手を動かす寸前、何故ここまで冷酷な判断をできたのかと戸惑いを覚える。
フィクションではない、画面を隔てた向こう側で命の奪い合いが行われているというのに、心に浮かぶのは『それがナザリックの利益に繋がるのか』という、酷く薄情で現実的なことのみ。
…………まさか、アンデッドである自分は人間を同族ではないと判断している?
そんな筈はない。
不快と感じられている時点で、心はまだ人間の、鈴木悟としてのものの筈だ。
彼は頭に手を当て考え込む。
明らかに異常なこの心の働きを正当化しようと、意味もない言い訳を考えるために。
…………だがそんな彼の思考は、次の瞬間映りこんだモンスターによって、強制的に中断させられた。
「…………は?」
村人へと向けて、今にも剣を振り下ろそうとしていた兵士の前に、フサフサの体毛を生やした四足獣が立ちはだかる。
黒い円らな瞳に、ふくよかで丸っこい体型をしたその獣は、人間を超える大きさではあるものの間違い無く『ハムスター』であったのだ。
蛇のような鱗をびっしりと生やした長い尻尾を振り上げるハムスターと、どういう訳か顔を恐怖によって引きつらせ、必死に命乞いらしきことをしている兵士。
ゴア表現の強いコメディ映画としか思えないその光景は、自身の心情について悩むモモンガの思考を停止させるのに、十分過ぎる破壊力を伴っていた。
(待て待て!! これは何の冗談だ!?)
ハムスターが兵士を尻尾で殴り飛ばしたところで、やっと脳の処理──骸骨なので脳はないのだが──を終えたモモンガは、例のハムスターが画面上から消えていることに気付く。
やっぱり見間違いだったのかなと思い俯瞰図を少し拡大してみれば、次の兵士を倒すべく凄まじい勢いで村を駆けまわる巨大な小動物の姿が映っていた。
「…………セバス、念の為聞くのだが、お前はあのモンスターを見たことはあるか?」
「申し訳ございません、モモンガ様。私もこのようなモンスターを目撃するのは今回が初めてです。この無知なる私の失態を払拭する機会を────」
「いや良い。私もユグドラシルでこのようなモンスターを見たことは一度もないからな」
事あるごとに謝ろうとするNPC達の行動に少しだけ慣れてきたモモンガは、セバスの言葉を手の動きで遮りながら俯瞰図を操作し、ハムスターの行動を観察し続ける。
伸縮自在かつ、鱗を逆立てることで剣のような切れ味を得られる強靭な尻尾や、兵士による斬撃を弾く程に硬い体毛は、確かにモンスターとして相応しいもの。
だがその外見は、何度見ても巨大なだけの可愛らしいハムスター。
一瞬、この映像に映る人間達は小人なのではないかとも思ったが、俯瞰図の拡大倍率を考えるとその可能性は有り得ない。
「…………どうやらこの世界は本当に、我々の見知ったユグドラシルじゃないみたいだな」
そうこうしているうちに、巨大なハムスターを映した鏡が見覚えのある光景を映し出す。
どうやらハムスターは小さな村を一周し、襲撃してきた全ての騎士を無力化し終えたようだ。
ハムスターは死体の幾つかを尻尾で器用に拘束すると、村人達が逃げていた村の中央へと歩いていく。
これをアンデッド…………それこそ
(それにしても、このハムスターと村人達はどういう関係なんだ? 今の戦闘を見た感じ、納得はいかないけどハムスターが暴れるだけで村は簡単に滅ぼせそうだし…………もしかして、誰かに仕える魔獣なのか?)
このハムスターを従わせられているならば、その人物もこのハムスターと同等、もしくはそれ以上に強い可能性もあるだろう。
好奇心が湧いてきたモモンガは、素早く画面を滑らせることで先回り。
画面に映った全ての村人が目指していた村の中央、木製の台座が置かれている広場全体を鏡に映し出させる。
不安げな顔を浮かべる百人と少しの村人達の中、彼らを守るような形で堂々と立っている人物が一人。
それは純白の全身鎧を身に纏い、背には白い大鎌を背負っている騎士風の人物だった。
兵士達の鎧に使われていた鉄らしき金属と比べ、数段は高価であろう金属で作られた装備を纏っていることから、モモンガはこの人物がハムスターの主人に違いないと思い、俯瞰図を拡大しその身をより詳細に観察しようとする。
────その瞬間、騎士がモモンガの方へと何気ない動作で顔を向けた。
「なっ!?」
「モモンガ様、お下がりを!!」
驚愕の声を上げたモモンガは、半ば本能的に無詠唱化した〈
それとほぼ同時にセバスが鏡とモモンガの間に入り、尋常ではない殺気を放ちながら騎士のことを睨み付ける。
彼が取っている空手に似たその構えは、次に受けた物理攻撃を無効化しカウンターを打ち込むという効果を持ったスキルが発動されている証拠だ。
ピリピリとした緊張感を含んだ静寂が部屋内を支配する。
…………そうして時間が経つこと十数秒、騎士は此方のことを見つめてはいるものの、結局それ以上のアクションを起こそうとはしなかった。
(…………クソ、これは失態だったな)
騎士がその視線をハムスターへと向けたことを確認したモモンガは、これ以上御身を危険に晒す訳にはいかないと言って譲らないセバスに〈
だが彼は、そんなことをしていても事態は解決しないと直ぐに気持ちを切り替え、あの騎士に対してどういう対応を取るべきかと考え始めた。
かつてギルメンの一人から言われた『状況対応能力はギルド一』という評価は伊達ではない。
(騎士の反応を見る限り、彼は『対探知系魔法の攻性防壁に逆探知の魔法を組み込んでいた』と考えるのがユグドラシルでは普通だ。そうなるとあの騎士には、ナザリックの現在地がバレたということになる。でもここはユグドラシルとは全く違う世界。攻性防壁とはまた別の、俺の知らない技術による逆探知の可能性もあるし、そもそも効果が逆探知だけなのかも不明、か…………)
少しの間考え込み幾つかの仮説を立てたが、結局辿り着く答えは一つ『情報が足りない』。
ならば優先して考えるべきことは、あの騎士に対して自分達がどういう対応を取るかについてだ。
(情報の一切分からない存在を敵には回したくないし…………ひとまずは謝罪に向かうべきだな。この世界じゃ情報系魔法がどういう扱いをされているかは分からないけど、少なくとも自身の行動を覗かれて良い気分にはならない筈だ。となれば────)
「セバス、片付けたばかりで済まないが〈
「畏まりました」
即座に行動を開始したセバスを横目に、アインズは〈
各階層守護者に加え、階層間等の転移門を管理しているオーレオール・オメガに、各階層や階層を繋ぐ転移門に不具合が発生していないかどうかの確認と、警備レベルを最大限引き上げておくよう手早く伝達する。
続いてアウラに、ある程度隠密能力に長けているか透明化のスキルを持つ魔獣を数匹用意し、後でオーレオールに開かせた〈
「準備に時間が掛かり、申し訳ありませんでした」
「いや、こちらも今準備が終わったところだ。経緯については向かっている途中に話そう。〈
……………………
「お父さん! お母さん! ネム!!」
「エンリ! 無事だったか!!」
カルネ村の中央へと走ってきた少女…………エンリ・エモットのことを、今にも泣きだしそうな顔で父親が抱き締めている。
彼女に死なれると、もう用は済んだとはいえンフィーレアとの関係性が悪くなるかもしれなかった。
それは個人的に嫌だったから、いざというときには私が彼女を強引に助け出すつもりだったのだけれど、その心配は不要だったみたいね。
一方その頃ハムスケはと言うと、先程までエンリのことを追いかけていた兵士に対してトドメを刺そうとしているところだった。
「か、金をやる! 二百金貨……いや、五百金貨だ! だから命だけは! 命だけは奪わないでくれ!!」
「うーむ、
「なっ!? ま、待て!! いいのか!? お、俺はこの部隊の隊長だし、国でも有名な資産家なんだぞ! もし俺が死んだと分かれば、国が全軍を持って貴様らを始末しに来る!!」
「なんと! お主が隊長だったでござるか! それじゃあ、情報を引き出すための捕虜になってもらうでござる」
「え、ちょっ────ゴハァッ!!」
必死の説得も空しく、この部隊の隊長であった…………ベリュースとかいう名前の男は、背を向けて逃げることすらできずにハムスケの尻尾で殴り飛ばされ、凄い勢いで民家に頭から突っ込んでいった。
…………ハムスケは彼を捕虜にするつもりだったみたいだけど、あの体の曲がり具合から見るに、多分今の一撃で死んじゃったんじゃないかしら。
まあ、面倒だからという理由で手加減の方法を教えなかったのは私だし、そもそも私が彼等よりも詳しい情報を握っている時点で尋問する必要は無いからいいんだけど。
「っ! モルガーさん!!」
「ハァ、ハァ…………た、助かった……!!」
『…………フシュ──』
モルガーという名の村人が広場に滑り込んできたところで、一連の出来事を魔法で影の中に潜み監視してくれていたグリムが、全員避難完了との連絡を〈
後は兵士達を蹂躙しているハムスケの任務終了を待つだけだ。
『森の賢王対策で兵士を予定より多く動員する』っていう話を盗み聞きしたときは肝が冷えたけど、ハムスケが戦うところを意図的に見せなかったお陰で、六色聖典が動員される事態にまで発展しなかったことは幸運だったわ。
まあ、今のハムスケはタイマン勝負の場合、漆黒聖典の隊長以外になら問題無く勝てる────
「────ん?」
武技〈可能性超知覚〉により上空から感じられた、何者かが私のことを監視しているという気配。
ちょっと過保護なルーファス様が、私に向けて時々情報系魔法を使用してくることがあったことで慣れてしまっていた私は、何気なく視線を感じた方向に首を向け────
「……あっ」
…………それが大きなミスであることをすぐに悟った。
(……これって、もしかしてかなり不味い…………?)
風花聖典や水明聖典が私を監視していないということは、現在彼らを監視してくれているルーファス様のお陰で分かっている。
そんな今の状況で私のことを覗き見できるのは、
ツアーは私が伝えたプレイヤーの襲来に備えていて監視どころじゃないだろうし、そうなると今のはモモンガ様の使用した〈
(…………ヤバい。多分今画面の向こうで滅茶苦茶警戒されてるわよね、私…………)
私は今、凄くしょうもない凡ミスで自身の命運を不味い方向に傾けてしまったのかもしれない。
ユグドラシルでは数多ものプレイヤー達を殺してきたらしいモモンガは、情報収集を何よりも大切にしている人間だ。
そんな彼が私のような未知の強者を確認した場合、私に対する全ての情報を完全に調べ終えるまで、一切の接触を避けてしまう可能性がある。
私はアインズ・ウール・ゴウンという厄災を乗り越える手段として、原作のラナー王女みたく彼らの味方になることで、モモンガ様直々に身の安全を保障してもらうつもりだった。
けど、もしここで彼が私のことを最重要警戒対象として定めた場合、私は彼らと碌に接触することができず、結果として彼らの味方になることが難しくなってしまう。
それどころか彼らの最初の目標が、『モモンガ様に危害を及ぼす可能性のある私を排除する』になっちゃった可能性も…………。
(あぁ…………どうしよう、本当にどうしよう……! 監視は切れちゃったみたいだから、今更私の印象を操作することはできないし、ナザリックは探そうと思えば探し出せるだろうけど、その場合も絶対に不審がられるし…………もしこのまま、ナザリックと敵対にでもなっちゃったら洒落にならないんだけど……!! もういっその事全部────…………いや、まだ全て終わった訳じゃないわ)
数年振りに感情の昂りが一定値を超えたらしい。
即座に精神抑圧──不完全なものではあるが──が起こり、熱を持った私の頭を冷やしてくれた。
「姫! この村を襲撃した賊を…………どうしたんでござるか? ボーっと空なんか見つめて」
「…………いや、ちょっと考え事をしていただけよ」
やってしまったことはもう仕方が無い。
彼らが私のことを警戒している以上、私にできることは最悪の事態を想定して動くことだけだ。
なら最初に行うべきは周囲の警戒。
これはハムスケに頼むことにしましょう。丁度邪魔な死体もいっぱいあることだし。
「ヘーラ様、帝国の兵士達は…………」
「大丈夫、全員ハムスケが対処してくれたわ。ただ死体がまだ残ってる筈だから、もう少しここで待機しておいて。ハムスケ、散らばった死体を全部村の外に運び出して、ついでに同じ鎧を着た兵士が村の外にいないか確認しておいてくれる?」
「勿論でござる! それと、捕虜として捕まえたこの者達はどうするでござるか?」
「…………それ全員死んでない?」
「へ? …………な、なんと!? 某、ちゃんと優しく持ってきたでござるよ!?」
「持ってくる以前に、貴方の尻尾攻撃を受けて死なない人間の方が少ないわよ。まあ、そこら辺は私の方でもカバーできるから、そんなに気にしなくてもいいわ」
「かたじけないでござる……」
ちょっとだけしょぼくれた様子で、死体の廃棄に向かったハムスケを眺めながら、私はナザリックが村に直接転移してきた場合に備えて、複合武技〈絶対回避〉を発動。
その後無詠唱化した〈
会話の主な内容は、今起こり得ることの中で最悪な事態…………私のことを危険視した100レベル級ナザリックメンバー複数人による強襲が発生した場合、私達がどれくらいの戦力を持ち出すのかどうかについての相談だ。
『例のポーションは半分くらい使っても大丈夫そうですね。あの魔法は…………そうですか、なら実践使用はまだやめておくことにしましょう。それとアレの調整は…………え、もう完璧? 流石はルーファス様ですね。ただ周辺への被害を考えるならまだ出さないでおいた方が良さそうですね。それとフールーダとヘジンマールには一応連絡を────』
「姫ぇー! 姫ぇー!!」
『…………状況が動き始めたようなので、一旦切らせていただきますね』
大声で叫びながら中々の勢いで走ってくるハムスケに気付いた私は、軽い溜息を付くと〈
ハムスケは私との特訓もあって、原作とは比べ物にならない程強くなっている。
そんな彼女を狼狽えさせられる相手なんて、この世界には殆どいない。
ならば────
「姫!! 緊急事態でござる!! なんか物凄い化物が部下を二人連れてこっちに向かってきているでござるよ!!」
……………………
近くの森へと〈
やろうと思えば村に直接現れることも可能だったし、初めから相手を排除するつもりなら、そうやって大量のアンデッドを送り込み騎士の実力を測ることだってできた。
だが己の武力を過信し、むやみやたらに敵を増やす程モモンガは愚かではない。
彼の戦闘能力は強力な装備を加味しても精々上の中程度。
ならばここは例の騎士と敵対し排除するより、友好関係を築いて少しでも多くの情報を引き出した方が良い、と彼は判断したのだ。
(…………! あの騎士は女性だったのか。しかもまだ成人すらしていないように見えるが…………もしかしてこの世界の人間は幼い方が強い? …………いや、しかし同年代っぽい村娘は普通に逃げていたし、あの騎士が例外なのか…………?)
自身の営業スキルが役に立ってくれるかどうかと、緊張しながらも村の方へと歩みを進めるモモンガの視界に現れた、兜を取って素顔を露わにした騎士とハムスターを見たモモンガは、騎士の若さに驚いた。
白く染まった短髪が美しく、同時に少し幼さが残っている顔立ちの騎士と、それに追従する巨大なハムスターという光景は何ともメルヘンチック。
だがそれでもモモンガは油断しない。
少なくとも騎士の方は、何らかの手段で〈
(…………堂々と姿を見せている。こちらよりも強いという自信があるからなのか、そうこちらに思わせるためのブラフなのか。強力な伏兵から目を逸らさせるための囮という線もあるが…………まあなんにせよ、俺のことを見てすぐさま襲い掛かってこないだけマシか)
最悪のパターンとして、あれが反アインズ・ウール・ゴウン派のプレイヤーで、モモンガのことを見た瞬間襲い掛かってくるということも想定していたのだが、その可能性は低そうだと分かり彼は少しだけホッとする。
アインズ・ウール・ゴウンは悪のロールプレイを是としているギルド。
非公式魔王軍とさえ呼ばれた彼らは、そのロールプレイや設立した経緯の関係上、一定数のプレイヤー達からはかなりの恨みを買っているのだ。
「至高の御方を前にして、頭すら下げないとは無礼千万。モモンガ様、あのような下等生物は排除すべきだと愚進いたします」
「よせアルベド。今回の一件は私の油断によるものだ。それに私達がこの世界に於いて、どの程度の強さなのかも判明していない内に喧嘩を売るのはあまりよくない」
とは言いながらも、モモンガは相手の対応…………例えば騎士が反異形種派の人間だったりして、将来的にナザリックに害を及ぼす可能性が高いと判断した場合、彼はこの騎士を排除するつもりでいた。
あの騒動で戦っていたのが、巨大なハムスターと騎士のみだったことを鑑みるに、この村にはあの二人以外の戦闘要員がいないのだろう。
対してこちらのメンバーはここにいるだけで三人。
そして周囲に潜んでもらっているアウラの魔獣が十数匹に、何なら〈
つまり彼らの戦闘能力がワールドエネミー級でもなければ、数の差で彼女を倒せるとモモンガは踏んでいるのだ。
(できたらそんな荒事はしたくないけどな。…………さて、ここからが本番だ)
一応勝てるようにそれなりの準備はしてきたものの、モモンガは無暗に人間を傷付けるつもりはない。
そんな彼は、彼女と上手く取引し友好関係を築けるのかという不安と、未知の世界に踏み込もうとしていることに対する、どこか懐かしい期待を心に抱きながらカルネ村へと歩いていく。
…………そして、双方の距離が10mを切ったところで、騎士がモモンガに対し頭を下げた。
「初めまして。私はアダマンタイト級冒険者チーム“純白の閃光”のリーダー、ヘーラ。後ろに控えさせているのは私の騎獣であるハムスケです。よろしければ、貴方のお名前を教えていただきたいのですが」
「ハムスケ? まあ、確かにそんな感じの見た目をしているが…………ええ、私は────アインズ・ウール・ゴウンという。そして後ろに控える二人はアルベドとセバス、私の頼れる従者達です」
ちゃんと会話が通じることに安堵したアインズは、後ろから聞こえた『くふぅっ!!』という奇声を一旦思考の隅に追いやっておく。
言葉が通じるということは、相手を騙せるということ。
偽情報の恐ろしさをよく知っているアインズは、ナザリックに不利益をもたらさないためにも、全力で思考を回転させヘーラと名乗った騎士との会話に集中する。
「成程。ところで、アインズ・ウール・ゴウン殿は、さぞ強大かつ高貴なアンデッドだとお見受けしますが、そんな貴方が何故こんな辺境の村に?」
表情を見るだけで感情を読み取るなんてことは、元サラリーマンであるアインズにはできない。
それでも自分達に対する彼女の対応が(多分)普通だったので、異形種に対する敵対意識は無いのかもしれないと思った彼は再び少しだけ安心し、同時に彼女への対応を、ひとまずは排除ではなく情報収集へと方針を定める。
「そうですね…………私達は長く旅をしている者なのですが、今朝この辺りを歩いていたところ、人間の叫び声のようなものが聞こえましたので、私が魔法を使って周辺の安全確認をしていました。その際、貴方がその魔法を知覚していたようだったので、ご不快に感じられていたらと思い謝りにきたのです」
相手との関係を拗らせないためにも、自分から謝っておくのは大切。
そんな感じのテンションでアインズは軽く頭を下げたのだが、その効果は彼が想像しているよりもかなり大きかった。
まずアインズが頭を下げた瞬間、セバスとアルベド、なんなら遠くに控えさせているアウラさえもが激しく動揺する。
当然だろう。偉大なる主人が何の前触れもなく頭を下げて、焦らない者などいない筈がない。
そしてそれとほぼ同時に、アルベドからヘーラへと向けて、凄まじい程の殺気が発され始めた。
黒い全身鎧の下では、何か巨大なものがモゾモゾと蠢いている。それを確認したセバスの額に垂れている汗は、決して幻覚などではないだろう。
しかし戦闘経験の無い者なら卒倒、あったとしても到底口出しできないようなその殺意を向けられてもなお、ヘーラは気にせず言葉を紡ぐ。
…………全力でこの場から逃げ出そうとしている、ハムスケを片手で抑えながら。
「アインズ・ウール・ゴウン殿、頭を上げてください。あのときは私も兵士達の襲撃に気が立っていたので、つい敏感になってしまったのです。それに…………」
ヘーラの視線が、ほんの少しだけ横にずれる。
その先にいるのは、今にも真の姿を露わにしそうな黒きサキュバスの姿。
ヘーラはそれ以上言葉を発されなかったが、アインズには彼女が何を言いたいのかを直ぐに察した。
要するに彼女は、アインズの後ろで今にも
「…………アルベド」
「しかしアインズ・ウール・ゴウン様!!」
「よい。…………それとアインズでいいぞ。勿論セバスもな」
「──ッッ!!!」
一瞬、兜の奥に見えるアルベドの目が、恐ろしい程に見開かれたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
アインズはそう思うことにした。
「お見苦しいところをお見せしてしまったな、ヘーラ殿」
「いえいえ、お気になさらずに。それで、要件はそれだけでしょうか?」
「そうですね…………では、ヘーラ殿に一つ頼みたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
「先程も言った通り私達は旅人、つまりこの辺りの情報について疎いのです。なのでヘーラ殿には、ここ近辺の情報を私達に売っていただきたい。無論、それなりの礼はいたします」
アインズは自身のインベントリに手を突っ込むと、予め用意しておいた指輪を一つ取り出した。
「これは〈
「…………成程、分かりました。村人達にも話を付けてくるので、少々お待ちください」
(…………あれ? もしかして交渉が成立した?)
一部の例外を除いて基本魔法を使えない近接職にとって、〈
最初に敢えて低めの価値の物を交換条件として提示し、そこから徐々に妥協点を探していくつもりだったアインズは、何故この条件でヘーラが納得したのだろうかと頭を唸らせる。
そんな彼に背を向け、巨大なハムスターと共に村の中へと戻っていく騎士が、内心ガッツポーズを取っているということに気付いた者は誰もいなかった。
モモンガ
遂に登場した原作主人公。
人間を探していたら、何か凄い場違いな巨大ハムスターを発見した。
この世界に於ける物の価値をまだ知らないので、第七位階が人智を超えし位階であることを知らない。
ちなみにヘーラと対面する前に、予め十を超える数の魔法を自身に掛けているし、転移阻害を始めとした妨害も用意していた。
ヘーラのことを警戒してはいるものの、正直なところちょっとワクワクしている。
アインズ・ウール・ゴウン
ナザリック地下大墳墓に唯一残られた御方の名。
アルベドのピリピリゲージがほんの少しだけ上昇した。
アンティリーネ
ちょっとしたミスで危うく敵対ルートに入りそうになった。
相手が初期アインズだったから何とかなったが、アニメ三期辺りのアインズにこれをした場合は何とかならなかったかもしれない。
ハムスケ
巨大な小動物。前々回アンティリーネが言っていた『興味を引く手段』の一つ。
武技の習得やレベルアップに加えて、ルーン技術を応用した模様の書き換えにより、本作では第五位階くらいまでなら魔法も使えたりする。
エンリ・エモット
ヘーラとハムスケのお陰で両親が殺されずに済んだ。
それはそれとして、ネムは前よりもいい子になる。怖いものは怖いのだ。
セバス
今回の苦労人。
警戒を怠った結果、アインズの身を危険に晒した(と本人は思っている)上に、交渉に行くって言ったのに同僚がブチ切れ初めたから結構焦った。
本作ではハーレムを作れるのだろうか?
アルベド
モモンガ様の第一妃(自称)。
ヘーラのことは隙を見て殺そうと思っている。