最強じゃない五条のヒーローアカデミア   作:せり

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1.浮草

 一級術師、五条悟と夏油傑。二人に課せられていたのは星漿体の護衛任務だった。

 

 呪詛師集団「Q」や野良の呪詛師らの襲撃。そういった全てを撥ね除けて、護衛対象である天内理子と共に呪術高専の結界内まで辿り着き、これで任務は成功に終わる。つい先ほどまでは、そのように思われていた。

 

 しかし、そこへ来て謎の男からの襲撃。突然の事態に、夏油は天内と共に天元との同化へと先を急ぎ、五条は襲撃した男の迎撃に当たっていた。

 

(……速すぎんだろ!)

 

 呪力を全くもたない襲撃者の男。彼は、天与呪縛からなる体術を元に、呪具、呪霊、ありとあらゆる手段を持って五条を撹乱していた。

 対する五条だったが、それまでの任務において男の策略の為に体力を削られ続け、その顔には疲労の色が浮かんでいる。しかし、その空が描かれたような両目には確固とした自信がありありと現れていた。彼を支えていたのは、親友と共にある"自身が最強である自負"に他ならなかった。

 

 風を切るような音がたびたび周囲で響く。人一人が高速で移動することで生み出されているそれは、五条の緊張感を高めていた。

 襲撃者の男に巻き付いている呪霊の気配を元にその居場所を探るが、あまりの早さに直接狙うことを諦める。代わりに奇襲を防ぐため、周囲の見晴らしを良くすることにした。

 

「仕方ねえな。……術式順転、出力最大。────"蒼"」

 

 五条が構えた手の先に大きな引力の反応点が出現する。青白く光り輝くそれは、そのまま五条を中心に円を描くように移動し、周辺一帯を無差別に抉り取った。

 

 後に残ったのはドーナツ状に痕が残る地面。五条の周囲にあった建物も、木も全て、「蒼」によって飲み込まれ、小さな瓦礫へと姿を変えていた。これで、遮蔽物はない。奇襲も不可能となった。

 そのまま五条は男の姿を探すが、見当たらなくなっている。

 

「森に隠れたか」

 

 そうしてそちらの方を向いたとき、異様な光景がそこにあった。

 大量の蠅頭。森から這い出てきたそれらは、あっという間に五条を取り囲むように周辺に群がった。羽音が五月蠅いが、こちらを攻撃してくる様子はない。

 

「蠅頭をチャフみてぇに使おうってわけね」

 

 恐らく男が呪具を取り出したあの呪霊の中に飼っていたのだろう。無数のそれに五条の視界は大いに妨害され、男の位置も再び分からなくなった。加えて死角も出来たことで、再び奇襲の可能性が浮かび上がる。

 

 仕方ない、もう一度「蒼」で。そう考える五条の頭に浮かび上がる、別の可能性。

 

(アイツの狙いは、天内──)

 

 ハッとするように振り返った五条の、その背後に影が迫っていた。

 

 無下限術式。五条の自信の源でもあるそれは、無限を現実に現わす術式。それによって張られた防御網は、何物も通すことはない。そのはずであった。

 

 何かが割れるような音を聞いたような錯覚。瞬間、五条の首元に経験したことのないような激痛が走る。刺された、と直感的に理解した。

 いつの間にか接近していた男の手によって、五条の喉元にはその原因であろう呪具の刃が深々と刺さっている。首や口からは鮮血がとめどなく溢れ始め、突然の命の危機に、体からは冷や汗が沸き出した。

 

(失敗した……!)

 

 五条はとっさにそう思った。

 反撃を試みるも、男の持つ異様な呪具の影響か、思うように術式が発動しない。それに気づくやすぐに、五条は直前に発動しようとしていた「蒼」の発動をすっぱり諦めた。

 

 代わりに狙ったのは体の回復。反転術式である。

 負と負の呪力を掛け合わせ、正のエネルギーを生み出す技術。難度の高いそれは、五条にとって今まで成功したことはなかったが、今成功させねばあるのは死のみであるというのもわかっていた。

 

 色濃く迫る死の実感に、無意識に体が震えた。それを無視するように、脳みそをそれまで以上に高速に回転させる。

 外では自らの体がさらに刻まれ、辺りが血に染まっていく様子がある。それすらも意識の外に押しやる。意識を全て、反転術式の発動に向ける。集中。

 

 そうして何か、今までにない感覚が訪れ始めていた。湧き上がるものがあった。未だ切り刻まれ、もはや瀕死の状態になった体では、そうとは思えぬほどの緻密かつ高速な呪力操作が絶え間なく行なわれていた。

 理解、獲得。それらの現象を間近に迎えた五条の全身は、全てが自らの物になったかのような全能感に、高揚感に支配されていく。そう、あと少しで。

 

(……………………っ、あ?)

 

 ──だからこそ、全く気づくことができなかったのだろう。

 

 突然、呪力の操作に乱れが生じた。それまで全身を包んでいた快楽が全て剥ぎ取られ、冷や水をかけられたような。急転直下、まさにそれである。

 何があった。急激に現実に引き戻され、混乱する頭をどうにか冷静に保とうとしつつ、五条はようやくここで外へと意識を向ける。

 

 そうして気づいたのは、────赤。左の視界を塗り潰すドス黒い赤であった。

 

 襲撃者、伏黒甚爾はまず五条の喉元に刺した呪具、天の逆鉾を右の鳩尾の方まで引き摺り下ろした。そうして大きく胴体を切り裂いた後、そのままの勢いで今度は足を奪うために右足を何度も刺し続けた。

 五条の体勢が崩れたところでその足を払い、そうしてトドメと言わんばかりに刃物で五条の頭を()()()()貫いたのである。

 

 五条の目は六眼と呼ばれる特別な目である。本来原子レベルの緻密な呪力操作が必要となる無下限術式を五条が操ることができるのも、この眼があってこそのもの。

 ──呪力操作の要である六眼。その片方の突然の損失。まだ呪術の核心を掴みきれていなかった五条にとって、それは致命的なことであった。

 

 今まで全て反転術式のために注いでいた呪力が暴走し始める。なまじ直前まで五条という実力者が全力で操作していた分、六眼という手綱を失ったそれは、もはや誰にも止めることはできなかった。

 

 あたりに破砕音が響き渡る。あの呪具が離れた影響か、暴走する呪力は行き先を変え、無下限術式へと流れ込んでいた。そうして、ただでさえ二人の戦闘のために抉れ、ボロボロになっていたあたりの地面の、その形がさらに歪んでゆく。身の危険を悟った伏黒甚爾は、五条のそばからとうに離れていた。

 

 そして、肝心の五条は、反転術式を失敗した反動か、その場に倒れ伏したまま、急速に体の熱が失われていく感覚を感じていた。

 全身を劈く痛みは飽和して、もはや何も感じない。あれだけ忙しなく動いていた脳みそも、物理的なダメージと呪力の暴走に引き摺られ、まともにものを考える事ができなかった。そして、残った右目の視界も段々と薄れ、輝きが失われていく。

 

(……ああ、死ぬのか)

 

 改めて、実感した。それももう、避けることの出来ない直近の自己の未来として。

 湧き上がる感慨は特にない。ただただ、五条悟という、自分という個が消えて無くなっていく瞬間を他人事のように眺めている。

 

 ふと、その視界の端の方に青い呪力が渦巻いているのが見えた。死に体の五条には、それがなんなのかはわからなかった。だが、段々と勢いを増すその呪力に、動くことのできない体は抵抗もなく飲み込まれて。

 

 ────意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 リカバリーガールは、いつも通りの業務を終えて、雄英の校舎を後にしていた。

 治療系の希少な"個性"を持つ彼女の仕事は多く、帰る頃には月がすっかり真上の方に上りつつあった。あたりに人はとうにおらず、風の音と、雄英の防犯システムが稼働している音が聞こえるだけだ。

 

「…………?」

 

 そうしたいつもと変わらない様子の道を、真下の影を踏みながら歩いていると、いつもは聞こえることのないような異音が僅かに彼女の耳に届く。何か、濡れた重たいものが地面に落下したような鈍い音だ。だが、雄英の防犯システムが何かの侵入者を捉えたような音は聞こえてこない。

 

(音の出所は…………、ここからあまり遠くはないね)

 

 しばらくどうするか考えたが、何があったのかを確かめようと、彼女は踵を返した。

 

 初めの異音以降、何か別の音が聞こえることはなかった。だがそれとは反対に、音の発生源に近づけば近づくほど、彼女にとって仕事柄身近ともいえる臭いが強まってきた。

 ──間違いない、血の臭いだ。リカバリーガールは警戒心を強めた。

 

 彼女もヒーローではあるが、あくまで治癒という後方支援がメインであり、戦闘員ではない。仮にこの臭いがヴィランが原因のものであるならば、彼女には対処できないだろう。しかも、この夜の遅い時間帯。他のヒーローの助力は得られないかもしれない。故に一歩一歩、慎重に歩みを進める。

 

 そうして大道に差し掛かるところで、ついに音と臭いの原因と思われる人物を発見する。

 それは、全身を無残に切り刻まれ、大量に血を流し倒れている白髪の少年だった。全身に黒い服を着ており、目立つ容姿だが見覚えはない。おそらく雄英生ではないだろう。

 

 この少年は一体どこから来たのか。どうやって防犯システムに補足されずに雄英敷地内へ入り込んだのか。この怪我はどうしたのか。様々な疑問がリカバリーガールの頭に浮かび上がるが、それよりもなによりも、確かめなくてはならないことがある。

 

 リカバリーガールは周囲に他の人影が見えないことを確認した上で、急いで少年へと近づく。

 遠目からはピクリとも動いていないように見えた。しかし、近くで見れば意識は失っているようだが、わずかに口から浅い呼吸を繰り返していることがわかった。

 

 ──まだ、この子は生きている。

 そう理解したリカバリーガールのやることは、当然決まっていた。

 

「チユ~~~~~~~!!!!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 二度と覚めることのないと思っていた意識が浮上する。ぼんやりする意識の中、視線の先には白い天井が写っている。こんな部屋、見覚えがない。そうして考えて、ようやく五条の意識は本格的な覚醒を迎えた。

 

 知らない部屋の知らないベットで横になっている。

 始めに得ることができた情報はそれだけだった。左右には空間を遮断するようなカーテンがついており、それより先の部屋の様子はわからない。だが、ベットの横についている柵や、傍の点滴スタンドから自身の腕につながるカテーテルなどの限られた情報を見る限りでは、普通の病室であるように見える。

 そうしてしばらく辺りを見回していた五条だったが、ふと奇妙なことに気づく。呪力が全く見当たらないのだ。

 

 呪力は人間の負の感情が元になって生まれている。呪術師がいようがいまいが、人間が存在する以上、呪力が存在しないわけがないのである。

 六眼がおかしくなった可能性も考えられたが、五条の体自身を見ればしっかり呪力が流れていることが見えたし、そもそも破損したであろう左目は上から包帯が丁寧に巻かれていてその様子を測ることは出来ない。

 

 そこまで考えて、五条は漸く意識を失う前のことを思い出した。そうだ、護衛任務の途中に自分は襲撃者の男に殺されかけたのだ。左目の怪我もそれのせいだった。任務はどうなっているのだろう。傑達は大丈夫だろうか。

 自分を殺しかけた男は恐らく彼らのところに向かっている。ここがどこかはわからないが、今すぐ向かわなくては!

 

「……!っぐ…………」

 

 そうして上半身を上げようとしたが、瞬間胴体を襲った鋭い痛みに体が一瞬硬直する。思わずうめき声が漏れ、冷や汗が背筋を伝った。

 あの男に刺された全身が、ここにきて一斉に激痛を伝えている。思わず痛みの部位に目を向ければ、自身の首元から恐らく刺された右足までになるまで包帯が巻かれているようだった。多少の動きづらさを感じる。

 

 しかし、そんな快不快や苦痛などで止まってなどいられない。未だに痛みを訴え続ける体を無視して無理矢理起きあがろうとしようとした時、カーテンの奥から足音が近づくのが聞こえた。

 

 五条は一気に警戒心を引き上げた。他のことに気を取られすっかり頭から抜け落ちていたが、そもそも重症の五条をここまで運び治療した人間がいるはずなのである。

 

 勿論善意で治療をしてくれた可能性もあるが、何かしらの悪意を持って行なった可能性も否定はできない。果たしてどちらなのか、それはわからないが、現状で相手について何もわからない以上、最大限注意はするべきだ。

 五条は現在負傷しており、尚且つ呪力の流れが無く通常の視界以上の情報を得ることが出来ない。そのことも、彼の警戒に拍車をかけていた。

 

 足音はどんどんこちらの方へ近づいてくる。そうして恐らく正面の位置でその音は止まった。五条は静かにそちらを見つめ続けている。

 勢いよくカーテンが横に引っ張られる。五条の目線の先には小さな老婆がいた。

 

「ああ、よかった。漸く目覚めたかね」

 

 背丈は1mと少しくらいだろうか。白衣の裾を引き摺り、目にはシールドのようなものをつけている。老齢特有の柔らかさを含んだ口調をまとい、純粋に喜ぶ様子には、一切の邪気はないように見える。

 しかし、五条はそれでも警戒を解かない。幼少期、悪意を持つ似たような輩を散々見てきている経験が彼にそうさせていた。そのピリついた感情を感じ取ったのか、老婆は口調は変わらず話を続ける。

 

「そうね、警戒するのも無理はないさね。それじゃあ、先に自己紹介からしようか。私はリカバリーガール。ヒーロー兼雄英高校の看護教諭さ」

 

 リカバリーガール。とても本名とは思えない名前である。それに、ヒーロー?何をいっているんだコイツは。

 よくわからない名前ややたら聞き慣れない言葉に、五条の警戒に多少困惑が混じる。それを知ってか知らずか、リカバリーガールはさらに耳なじみのない話をする。

 

「ヒーローネームから察したかもしれないけど、私の"個性"は治癒でね。雄英の敷地内で倒れていたあんたをたまたま発見したから、こうして治療させてもらってるのさ。にしても、よくあんな重体からたった数時間で持ち直せたものだ。常人ならとっくに死んでるよ。あんたも治療系の"個性"をもってるのかい」

 

 リカバリーガールが当然として話す言葉も、五条にとっては聞いたこともない。だが、治癒、という言葉からもしや反転術式が使えるのでは、と予想する。

 呪術師なのかもしれないと頭では考えるが、それとは裏腹にその右目には未だに呪力の存在を写さなかった。

 

「は、ぁ”、……っ…」

 

 反転術式を使えるのか。そう聞きたかったが、五条の喉からは声にもならないかすれた音が漏れるばかりであった。加えて、あの男に切られたであろう首がひどく痛んでいる。

 

「ああ、すまないね。首元が傷ついていて、うまく話せないだろう。無理はしないで。でも声帯自体は無事だから、ちゃんと治るよ。ほら、今は代わりにこっちを使うといい」

 

 申し訳なさそうな声色で話しながらリカバリーガールがもってきたのは、小さめのホワイトボードとそのペンだった。比較的動かせる腕でのろのろとそれを受け取った五条は、会話の初めの方から疑問だったことをその板に書いていく。

 

『ヒーロー、個性って何?』

 

 そう書かれたボードを見たリカバリーガールは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに納得したようにそういうことかと呟く。

 

「ええと、質問を質問で返すようで悪いんだけど、名前とか、自分の経歴とかはわかるかい?」

 

 神妙な声色で聞かれたその質問で、リカバリーガールが自身のことを本当に知らないのだと五条は理解した。自身を狙いとした暗殺者ではなさそうだ。少し警戒を緩めつつ、先ほどの文字を消して再び新しい文字を書き込んでいく。

 

『五条悟。東京都立呪術高等専門学校2年』

 

 その文字列を見て、今度こそリカバリーガールは困惑していた。

 名前や経歴をしっかり把握できているようであるのはよかった。しかし、問題はそこではない。目の前の五条という少年の言う学校名に全く心当たりがなかったのである。

 

 リカバリーガールはこの雄英高校に配属されて久しいが、治療系個性のその希少性から、他の地域の学校に出張することもままあった。故に、ある程度全国の学校の名前は網羅しているつもりでいたのだ。

 五条の言った学校名がなかなかインパクトのあるものだったのもある。それが聞いたこともない、となると些か不思議であった。

 

 ……いやしかし、もしかしたら単に知らないだけかもしれない。そう考えたリカバリーガールはちょっと失礼、と近くにあるパソコンで学校名を検索した。

 しかし、当然ながら結果はノーヒット。どういうことかとも思ったが、とりあえず先の五条の質問に答えるのが先だと、一度考えるのを止めることにした。

 

「……すまないね、そちらの質問をないがしろにしたままだった。"個性"、というのは現状人々の大半がもっている特異体質のことだよ。例えば、筋力を増強したり、火を噴いたり、体の一部を変形させたり……。一概にどうこういえないほど様々な"個性"があるんだけど、当然その能力を使って悪さをする奴も出てきてね。彼らのことは(ヴィラン)といって、そしてその(ヴィラン)から人々を守る職業というのがヒーローなんだ。見た方が早いかね」

 

 そう言って、リカバリーガールはパソコンで動画を再生する。ある事件の解決動画である。しかし、五条にとってそれはわけのわからない映像だった。

 異形の頭をもった巨大な怪人が町で暴れている。大きな咆哮をまき散らすその巨体の前方には、全身を樹木で覆ったかのような人間がその手からツタのようなものを伸ばしていた。そうして怪人に攻撃を加えるかと思われた瞬間、突如別方向から巨大な女性が怪人相手に飛び蹴りをかました。

 

(これが、"個性"……?)

 

 映画かなにかか?とも思ってしまうような異様な光景。術式の類いかとも思ったが、それにしてはあまりにも有り様が異質すぎる。

 五条は、信じられないものを見るかのようにその動画を見つめていた。眉間の皺は寄っており、口はいつの間にか半開きになっている。

 

 その様子を見て、リカバリーガールは五条が本当にヒーローや個性という「常識」を知らなかったことを悟る。この社会においてそれを知らないでいる、というのはなかなかありえないことであるが、それについては五条自身に事情を聞くしかない。

 

 そう思考したその時。

 部屋のドアから、控えめなノックの音が響き渡った。そして、知らぬ男性の声がこちらに投げ掛けられる。

 

「すまない、リカバリーガール。入ってもいいかな?」

「!……ちょっとまってて。…………五条といったね?私以外の知らない人が部屋に入ってきても、大丈夫かい?」

 

 特に断る理由もなかった五条は、首を僅かに縦に動かして承諾した。それを見て理解したように相槌を返したリカバリーガールは、「どうぞ」とドアの外の人物に声を返した。

 

 そうして入ってきたのは、スーツの上にトレンチコートを重ね、短い短髪を7対3に整えた、やや大柄の男だった。

 

「……!ああ、目が覚めたんだね。突然ですまない。私の名前は塚内直正。警察をやっている者だ」

 

 意識を取り戻した五条を確認したその男は、彼も警戒を抱かせまいと、すぐさま自身について語る。

 

「塚内、何か捜査で進展が?」

「進展……とは言えないな。寧ろ、より不可解になったと言える。彼、ええと……」

「五条悟、という名前だそうだ」

「五条くんか、わかった。……その五条くんが倒れていた付近の監視カメラ数台の確認が今終わったんだが……。殆どが、そのカメラごと破壊されていた。しかも、()()()()()()()()()()()ような、大凡通常には壊せないような形で」

「……!」

 

 一呼吸おいて、塚内は話を続けた。

 

「恐らく、加害した(ヴィラン)の"個性"が原因だろうとは踏んでいる。だが、監視カメラが破壊されている以上、その人物の物的な手がかりも現状ない、というわけだね」

「……」

「だが、そうだな。今このタイミングで君が目覚めているのは、こちらにとって幸運だったかもしれない」

 

 塚内は、五条の方へと向き直り、その声色をより安心させるようなものにして、話しかける。

 

「目覚めて早々に、こんなことを聞いてしまって申し訳ない。そして、もし思い出すのが辛いのであれば無理にとも言わない。……どうしてあれだけの怪我を負っていたのか、なにか話せることがあれば教えてほしいんだ」

「……我々はヒーローだからね。あんたをそんな目に遭わせた(ヴィラン)に対しても徹底的に対処にあたるつもりだ。どうか安心してほしい」

 

 塚内の言葉に合わせるように、リカバリーガールがそう続けた。

 警察の矜持。ヒーローとしての信念。五条を見つめる二人の目には、確かにそういったものが備わっていた。

 

 それを見て五条は緩慢な動作でペンを手に取り、ホワイトボードに向ける。だが、そこからペンを動かすことは出来なかった。別に、思い出すのが辛いわけではない。ただ単に、()()()()()()()かわからなかったのである。

 

 自分が大怪我を負った顛末ははっきりと覚えている。それ自体をそっくりそのまま書くこともできる。ただ、彼らの話を聞いていると、あまりに自分の知っている常識と乖離しすぎているのだ。

 

 彼らは呪術の話については全く触れる気配もない。おそらく知らないのだろう。

 だが、代わりに"個性"という別の超常現象について話していた。呪術の言い換えかとも思ったが、二人とも呪力は一切流れていない。呪力なしで呪術を扱えるはずもない。本当に呪術とは由来が異なる力が存在しているかもしれない。

 

 また、自分が雄英高校とやらの敷地内に倒れていたというのも気になる。最後に意識を無くしたのは、高専の結界内であるはずだ。それが、全く別の場所にいつの間にやら移動しているというのだ。

 

 五条はこの謎の現象について、一つの仮説を頭に思い浮かべていた。

 

 瞬間移動。

 五条家に伝わる自身の術式の取説に記載されていた技術の一つである。その原理は、二つの異なる場所の座標を無下限術式を用いて重ね合わせることで自身の体を移動させるもの。

 

 五条はまだ瞬間移動を習得しているわけではない。だが、意識を失う直前、視界の端で自らの呪力が暴走しているのを確認している。あれは首を刺される直前まで貯めようとしていた「蒼」が元だろう。

 

 加えて、六眼を傷つけられる前、全身全霊をもって必死の呪力操作を行っていた。それが一気にバランスが崩れたことで急激な呪力の暴走、そして偶然瞬間移動が成立してしまったのでないか。

 恐らく塚内の話していた監視カメラの内部破損は、これが原因だ。あれは、自身の呪力が暴走していた、その証左に他ならない。

 

 さらに言うなら、この瞬間移動が転移先に選択するのは、場所ではなく、あくまで座標だ。下手すれば別世界に飛ぶことも、理論的に不可能ではない。

 意図せず自身の全力をもってされてしまった転移。それであれば、相当離れた座標に飛ばされていてもおかしくない。そうすれば、今までの彼らとの話のズレにも理由がついてしまうのである。

 

 あくまで現時点では只の仮説にすぎない。だが、正直現状の状況では、夢でもない限り、それ以外に原因を考えられなかった。こういった大規模移動が可能な人物に、他の心当たりがあるわけでもないのだ。

 

 そして、もしこれが本当に起きたとすれば、現時点では元の場所に戻ることは出来ないだろう。

 死の淵、掴みかけた呪力の核心、六眼破損からの呪力の大暴走。これらの条件をもって偶然起きた出来事なのだ。通常の瞬間移動すら未取得の、普段の五条が再現するには無理がある。

 

 ならばもう一度死にかけるしかないのだろうか。だがそれも、現状仮説の段階で試すにはあまりに危険すぎる。

 実際問題、リカバリーガールに助けられなければ、あの時本当に死んでいたのだ。仮に帰れたとして、死体で到着しては何の意味も無い。

 

 しばらくは帰ることを諦めた方がいい。そう結論づけた五条は、彼らの善意に甘えることにした。

 

「……そうか、わかった。これ以上の詮索もしないよ。でもなにか辛くなって吐き出したいことがあったら遠慮無く言うんだよ」

 

 ペンを握りしめたまま動かなかった五条を見て、そう解釈したリカバリーガールは優しい声色でそう声をかける。そうして今度は彼の今後について話し始める。

 

「親御さんとか、誰でもいいから連絡の取れる信頼できる人はいるかい?」

 

 そう言って塚内は、五条の携帯を彼に渡した。五条は画面を開き、右上に圏外と写っているのを確認する。予想通りだった。五条は首を横に振った。彼にとってここは異世界だ。知り合いなど存在しない。

 

「そうかい。……じゃあ、私が面倒をみよう」

「!……よろしいのですか?リカバリーガール」

「ああ。……あんたの体は死の危険は乗り越えたけど、怪我自体はまだ酷いものだ。その経過をみていなきゃいけないのもあるしね。いいかい?」

 

 五条はわずかに首を縦に振った。リカバリーガールはそれをみて理解したように頷きを返した。

 

「それじゃあ、私はこれくらいで。あまり長時間話して、体に響くのも良くないだろう」

「そうだね。……じゃあ、あんたももう今日は、ゆっくり休むといい」

 

 塚内がそう言って、部屋から静かに退室した。五条も、リカバリーガールの言葉通り、素直に再びベッドの中へと潜りこんだ。

 

 それを見てリカバリーガールは、何かあったら物音か何かを立てて知らせるようにとだけ伝え、パソコンの画面に向かい合った。きっと、相当多忙なのだろう。

 

 五条は再び視線を天井へと向けた。そうしてぼうっとしながら元の世界でのあの後のことを思い浮かべる。

 

 俺を殺そうとしたあの襲撃者の男は十中八九傑達を追いかけるだろう。傑は当然残穢を残してはいないだろうが、あの男はフィジカルギフテッド。五感を駆使して残穢以外の方法で追いついてしまうかもしれない。

 ……傑はあの男に勝てるだろうか。

 

 五条はそれまでの自信にあふれた様子からは考えられないような、心配をしていた。

 本来の五条であれば伏黒甚爾による敗北など、大きな出来事として心に残りはしても、その後の覚醒によって()()()()に留まるものだ。

 しかし、その途中で六眼を傷つけられて、結局彼は呪力の核心をつかむことは出来なかった。結果、人生初めての敗北という事態を真正面から突きつけられ、五条の自信は大きく揺れていた。有り体にいえば、五条は打ちのめされていた。

 

「私達は、最強なんだ」

 

 親友の言葉が脳裏を反芻する。

 なあ傑、俺、負けちゃったよ。最強じゃないかもしれない。傑は、どうだろう。あの男は確かに強かった。最悪の場合、傑も。

 

 そこまで考えて、五条は余計に気を落とした。親友の安否の不安もそうだが、その()()()()()()という、親友のことを信じ切れないでいること自体に言いようのない悲しみを覚えていた。

 

 敗北、呪力の暴走、治癒による身体の負担。様々な要因が重なり、五条は心身ともに限界を迎えていた。

 今はもう何も考えないでいよう。そう考えて、一度瞼を下ろした五条の意識はまもなくすぐに落ちていった。

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