「一かたまりになって動くな!13号!!生徒を守れ!」
相澤の怒号が飛ぶ。まだ状況を掴めず困惑するA組をおいて、彼は一足先に戦闘態勢に入った。
彼の視線の先には、先ほどの黒い靄。人一人の顔程度の大きさだったそれは、いつしか直径数メートルもの大きさまで成長し、その中からは絶え間なく人が溢れ出る。
しかし、そのどれもが平穏とは言いがたい感情を持っていることが、五条には感じ取れた。彼にとってはなんてことは無い、普段から向けられ慣れているもの。殺気である。
そして何より、一番初めに靄から出てきた男。顔に付けられた手で見づらいが、あれは間違いない。先日の、雄英バリアーを破壊したであろう白髪の男だった。
「動くな、あれは
未だに現状を掴みきれず、レクリエーションと勘違いする生徒を警戒させるようにか、あるいは相澤と同様にクラスの中でもいち早く戦闘態勢に入った五条に気づいたか、相澤はそう叫んだ。
「どこだよ…せっかくこんなに、大衆引きつれてきたのにさ……オールマイト……平和の象徴……いないなんて……」
「……子どもを殺せば来るのかな?」
淀んだ声でそう呟くように話す白髪の男。彼らの狙いは、オールマイトの殺害であるようだった。雄英というヒーロー最高峰の学校に突っ込んでくる辺り、恐らく勝機があるのだろう。
何人か他のクラスメイトも同じ結論に至った様子で、場にはより一層危機感が募っていく。
そうこうするうちに、13号たちに避難指示を出し終えた相澤が、
"個性"を消す"個性"といえど、正面戦闘は苦手かと思えば、流石にプロヒーロー。自らの強みを生かして上手く立ち回っていた。13号はその間に生徒の避難を急ぐ。
「何をしてるんだ五条くん!早く避難を!!」
「助けを呼ぶにどれだけかかるってんだよ。先にアイツら全員倒した方が早い」
しかし一人、その意思に反する者がいた。彼は相澤が戦っている方を見て、淡々と掌印を組み始めていた。
明確な殺意を持った
加えて、相澤一人だけであの数は、流石に荷が重いことも理解していた。つまりそれは、五条なりの「親切」ですらあった。
あれだけの大人数、それもまだ比較的位置が固まっている。相澤さえ最初に退かせば、あの連中全てを「蒼」で
そう冷静に思考する五条の視界が突然ブレた。バチンと大きな音と共に。
「……なにすんだ」
後から来る熱を帯びた頬の痛み。誰かに叩かれたようだった。────誰に?
そちらを向き直せば、必死の形相の飯田の顔がある。
「手荒な真似をしてすまない。だが、君は相澤先生の意図を汲み取れていないのか?!先生がこうして身を賭して僕らの逃げる時間を稼いでくれているというのに、君はその思いを無下にするつもりか!!?」
「……!!んなつもりは──」
「だったらなぜ!!早く逃げようとしないんだ!!!」
何故。────そう問われても、それは五条にとって問いですらない。
戦うべき時に戦う。そうするのが「当たり前」だったのだ。
「五条くん、……相澤先生が心配な気持ちはわかります。ですが、あなたはヒーロー科に入ったとはいえまだ学生の身。我々大人が守らないでどうします」
飯田に続けてそう諭す13号の言葉に、今度こそ五条は可笑しなことを聞いたように一瞬困惑を顔に浮かべ、その次にはカチンと来たのか、怒りを露わにし始めた。
学生であっても、危険な任務に駆り出されるのは日常茶飯事。自分や傑はともかく、いつ死人が出てもおかしくない、そんな命を落とすかもしれない場所に平然と置かれる。
けれど、それが異常だとか守られるべきだとか言う者など、周囲には誰もいなかった。強い自分が戦うのは当然のことだったのだ。
(今更、何を……!)
「守られる」という感覚がない五条にとって、それは現実味のない綺麗事に過ぎない。
「ふざけ──」
「させませんよ」
反論を口にしようとする五条の声は、別の声に遮られた。そこには、ついさっきまで遠くにいた黒い靄がA組たちを囲うようにして揺らいでいた。
自らたちを「
途中切島と爆豪が靄に攻撃を加えるも、あまり効いた様子はない。それどころか。
「ダメだどきなさい、二人とも!!」
二人を先頭に、全体的に前のめりになったA組たちを囲うようにして、黒霧は靄を大きく展開させる。そしてそのまま彼らを一瞬の内に黒色の中に飲み込んだ。
先ほどから少し動揺がおさまっていなかった五条もその例外で無く、視界全てが黒に染まる。かと思えば、次の瞬間には別の風景が目の前に現れた。
「……?!あっちぃ、どこだここ!」
彼の視界には、燃え盛る町が映っていた。あの黒い靄の能力を考えれば、自分はどこかに飛ばされたのだろうと五条は考える。
天井が変わらないこと、この燃える町を見れば、恐らくここはUSJ内の火災ゾーンだろうか。状況把握を進める五条はふと自分の隣にも同じように飛ばされたであろう姿を見つける。
「ええと、尻尾のやつ」
「尾白だよ。……どうやら皆あの黒い靄によって分断されたみたいだ」
「あっそう。……尾白、コイツらどう思う?」
合流した二人の周囲には、いつの間にか彼らを取り囲むように大勢の
「どうって……明らかにこちらを狙ってきてるけど……。恐らく分断もこういう風に各個撃破しようって話だろ?」
「そう。けどコイツら、さっき広場での相澤先生の戦闘を見た限りでは、大部分がただのクソ雑魚だ。取るに足らない」
「だね……、どうにか二人でこいつらを凌ぎきって……」
「違ぇよ。コイツらとっととブチのめして相澤先生の加勢に行こうって話」
相澤、つまりプロヒーローを相手とするメインの軍勢があの程度の連中なのだ。生徒に宛がわれたコイツらなど、たかが知れている。逆に言えば、その程度で自分たちをなぶり殺すことが出来ると踏んでいるのか。
いずれにしろ、気分がいいものではない。……特に今は。
「どいつもこいつも、ナメやがって……」
五条の中では未だに13号の言葉が響いていた。彼女のあの言葉はまるで、自らの今までの生き方自体に否定をされているようだった。
少なくとも五条自らにとっては、あの言葉は
「雑魚のくせして無駄に数だけ多いし、一体一体ってのも面倒だ。尾白、その尻尾が"個性"だろ?俺に捕まっとけ」
「何かの作戦?」
「そういうこと。こういうのは俺の"個性"のが適任だ」
「わ、わかった」
そうして尾白を抱えた五条は、真上へと跳躍する。体は呪力で強化され、その高さは周囲の模擬ビルにも及んでいた。驚いてただ上を見上げる敵に対し、五条は先ほどまで自分たちがいた場所に術式を発動させる。
「術式順転、──"蒼"!」
鬱憤を晴らすためか、強めの出力で発生したそれは、一斉に周囲の
五条が術式を解いたとき、彼らは巨大な球体のように一つに纏まった状態にされていた。人によっては人体が異常にねじ曲げられたそれは、中々に凄惨なものだった。
「……!」
「はぁ、やっぱり雑魚じゃねえか。……っと、オマエ結構元気あるね。運が良い」
「ぐぅ……、ち、ちくしょ、ぉ………」
あまりの光景に言葉が出ない尾白とは裏腹に、五条はまだ意識がある者を見かけ淡々と話しかける。まるで何事も無かったかのように。
意識があって何かされても面倒であるし、トドメを刺そうと近づく五条だったが、ふと以前の反省を思い出す。そうだ、六眼に頼らない情報収集を心がけるんだった。
「つーわけで、洗いざらい情報吐けよ、オッサン。痛いのは嫌だろ?」
「……くそっ…………誰が吐くか!!このクソガキがっ、ぎ、ぁあ”ああ!!!!」
「はいはい、俺今機嫌悪いからさ。次関係ないこと言ったら左捩っちゃうからねー」
「ちょ、ちょっとやりすぎじゃない……?」
その男が五条に対し罵倒した次の瞬間、男の右腕はまるで雑巾のように捩られていた。そこには一切の躊躇も見られない。そうして淡々と男を詰める五条に対し、耐えかねたのか尾白が苦言を呈する。
「いくら相手が
「いやだって、急いで
「……それは、そうだけどさ…………」
淡泊にそう答える五条に対し、何かいいたげな様子のまま、尾白は黙ってしまった。しかし、目は口ほどにものを言うとは誰が考えたのだろうか。こちらを見るその瞳には昔よく見た色が映っていた。
────それは、"恐れ"。
いつも周囲から向けられるそれが、五条は好きではなかった。姿形は変わらず、話す言葉も同じなのに、まるで違うナニカを見るような畏怖を孕んだその視線。──断絶の象徴。
それでも、1人だけ例外はいたのだ。そうではないと示してくれた人がいた。だから希望を持っていたのだ。新天地で、弱くなった自分なら、あるいは。……そんなことを思ったけれども、結局彼らも変わらないのだろうか。
急激に感情が冷め始める。視界が暗くなるような錯覚。それはきっと失望だった。勝手に期待していたのはこちらだというのに。気色の悪い被害妄想のように、それは他者へのイメージを喰らい尽くしていく。
────だが、そうであるなら何故彼女は
「でもやっぱり、やりすぎるのは良くないと思うんだ!!」
目が覚めるような大声が響いた。五条の目の前にいるのは、当然尾白である。
「いくら
「頭沸いてんのか?オマエを殺そうとしたやつだぞ?こっちの配慮がどこに必要なんだよ」
「っ!……確かにそうだし、五条の方が論理的に正しいのかもしれない!でもやっぱり俺はこれが正しいとは思えないし、それに……」
「……」
「まだ会ったばかりでも、同じクラスの仲間にこんなこと、してほしくない……!」
それは五条にとって予想外といえる返答だった。なまじやれ倫理観がどうだこれはいけないことだと言われること自体はどうでも良かったし、ただの甘ちゃんの戯れ言で今までのやり方を否定されるつもりも無かった。
しかし、その理由は、どういうことだ?
してほしくない?何を馬鹿なことを。俺がこれをしようとしまいと、お前に悪影響もなにもないだろうに。
不思議な言い方だった。行動自体は否定されているのに、自らは否定されたような感じがしない。むしろ、ちゃんと見ていたからこその発言なのだろうか?少しだけ五条はその事実に混乱した。
そうして改めて彼の顔を見れば、必死そうなその面には先ほどの色はもう残っていない。代わりにあるのは、こちらに対する────。
「……なんだそりゃ。ただの感情論じゃん。正論よりひでぇ」
「それはまあ、そうだよ。俺は五条ほど効率的に動ける人間じゃないからさ」
「でもまぁ。…………そうかよ」
一つため息を吐いて、五条は言葉を連ねた。先ほどから口調の苛烈さも薄れて、会話は穏やかさを取り戻している。
なんだか、よく分からなくなってしまった。口喧嘩では圧勝していたはずなのに、なんだか別のところで負けた気がした。
彼らに対する感情はすっかり自らの勝手なレッテルごと吹き飛ばされてしまったのがその証拠だった。良くも悪くもフラットである。
「……ずいぶん時間食っちまったな。コイツもいつの間にか気絶して結局話聞けそうにねぇし、相澤先生んトコ急ぐか」
「そうだね。……あ、そうだ」
「何」
「さっきはあんなこといったけど。でも敵の一掃だったり五条のその力にはすごく助けられた。それは間違いないからさ。……だから、ありがとう」
「…………そりゃ、どーも」
A組に入った時から思っていたことであるが、如何せん居心地は悪くないのだが、どうしたって会話の勝手が違いすぎる。有り体に言えば、五条なりの茶々を入れづらかった。
普段から会話に息をするように煽りを入れる五条にとって、逆にそうではない会話となると、途端にぎこちなくなる。
オマケに今回に限っては若干の照れも混ざって、当たり障りの無いことしか言えなくなっていた。
とてもむず痒いような心地だった。それでもやっぱり、嫌いじゃなかった。