「尾白、広場からここまでの距離関係って覚えてるか?」
「たしか、火災ゾーンは一番奥にあったはずだから……」
「うげ、一番遠いのかよ。運悪りいなぁ」
壁のない方向、USJの中央方向へと2人は走る。具体的な場所についてあまりわからなくとも、火災ゾーンさえ抜ければ視界は明瞭になるし、おそらく相澤が戦っているであろう場所も見えてくるはずである。
しかし、会話にも出たとおり、火災ゾーンは広大なUSJの敷地の中でも最奥に位置している。それに加えて、少しとはいえそこに配置されていた
勿論良い意味の変化であれば歓迎だが、悪い意味である可能性も存在する、なんならそちらの方が可能性は大いにあるだろう。
「広場が見えた……!状況は──」
「……あまり良いようにも見えねえな。急ぐぞ」
相澤が戦っていたセントラル広場では、形を変え未だに激しい戦闘が巻き起こっていた。
***
「脳無、爆発小僧をやっつけろ。出入り口の奪還だ」
未だにオールマイトを捕まえた姿勢のままになっていた、脳無と呼ばれた怪物。それが、男の一声で動き始める。
轟の氷結で凍った右半身が崩れることを気にする素振りは全くない。どころか、そうして欠損した部位は、すぐさま異様な蠢きを見せていた。先ほどの男いわく、「超再生」の"個性"が働いているようであった。
瞬く間に体を再生させた脳無は、自身に課せられたオーダーを遂行するべく、ある人物に対して飛びかかる。黒霧を押さえ込んでいた爆豪である。
彼は脳無のあまりのスピードに対応できている様子はない。すかさずオールマイトがそれを庇おうと飛び出していた。
────感じたのは違和感。まずそれだった。
右足。思うように突然動かなくなった。
かと思えば、根元から捻れるように歪められる。脳無の無い思考能力では、その原因がなんなのかを考えることはできない。そうして、何も対策をとれない一瞬のうちに、そのまま右足が引きちぎられた。
爆豪に攻撃しようとしていた体は不安定な体勢だ。突然右足が無くなれば、あとは倒れることしか出来なかった。一連の不可解な出来事に、その場にいる全員の行動が止まる。
「は……?」
転倒した脳無だったが、すぐさま再び立ち上がろうと動き始める。当然超再生の"個性"のため、失くした右足も既に再生が始まっていた。
しかし、またその行動も妨害されることになる。
脳無の体が硬直する。見れば、今度は体全体がねじ曲げられるように、歪な形へと変わっていく。
ぱきり。みしみし。無数の骨の折れる音や肉が引き摺られるような音を立てながら変形した脳無は、もはや人の形を保つことも出来ず、肉塊のようになってその場で固められるだけとなった。
「なんだ……何が起きてる……?」
白髪の男、死柄木は突然の事態に考える。
一応、13号の"個性"に似てはいるが、若干違う。あの"個性"の引力は、"個性"を持った本人から発生する。このような運用は出来ないはずだ。他のプロヒーローの中にも、このような"個性"を持った者はいなかった。
つまり、これをやったのは────。
「また子どもかよ…………。イラつくなあ……」
死柄木は舌打ちしながらある方向を見やる。
セントラル広場から遠く離れた場所。100mはあるだろうかというその距離の先に、下手人はいた。
「とりあえず、サポートは間に合ったかな?」
広場に向けて、掌印を組む。基本的に無下限術式に、距離は関係ない。
"五条悟が観測できている"。その条件さえあれば、どこであろうと彼の攻撃は届くのである。
「尾白、敵が近づいてきたら俺を抱えて逃げろ。あのバケモンとか靄はともかく、ヒョロガリ相手だったら逃げれるだろ」
「わかった……!」
五条に広場へ近づこうという気はない。
現状「蒼」を行使している状態だと、無下限による防御が出来ず体にも負担がかかることもそうだが、それ以上に自身があの場にいって共に戦うよりも、最も危険の高いであろう相手を確実に拘束するほうがより効率的であるからだ。
実際、脳無をここで抑えられることは、五条の想像以上に、死柄木ら
(あいつが──!あいつのせいで黒霧を奪還できない!!オールマイトも自由になった……!!ふざけんなよ……)
五条のサポートによって結局黒霧は未だに爆豪に抑えられたままである。そしてそのままオールマイトもフリーになった現状。
死柄木が真っ先にすべきなのは五条を倒し脳無の拘束を解くことであるが、距離的な問題もあり、なによりオールマイトがそれを許すとは思えなかった。
倒せない。帰れない。囲まれている。増援も時間の問題。──チェックメイト。
死柄木は苛つきが収まらなくなった。ガリガリと音を立てて体を掻きむしる。所によっては赤く炎症をおこし、軽く出血するほどに。それでも収まらない。収まらない。
(五条少年、サポートありがとう!──さて)
「観念しろ、
状況の把握を終え、死柄木が追い詰められていることを悟ったオールマイトは、そうして敵の戦意を折りに掛かる。いくらこちらが勝利目前とはいえ、まだ生徒が近くにいる状態である。警戒を解く気はなかった。
死柄木にこちらの話を聞く様子は見られない。彼は完全に自身の癇癪に意識を飲み込まれているようだった。
(投降しないのなら仕方が無い。拘束できるまでの増援が来るまで3人を抑えておくしかないか。爆豪少年と五条少年には迷惑をかけてしまうが──。それ以上に誰か一人でも自由にすることのリスクの方が大きいな……)
そう考えつつオールマイトは死柄木の拘束のために彼に近づく。拘束されている最中に"個性"を使用されるリスクを考えると、死柄木の拘束はオールマイト自身が行うべきだろう。
────そうして近づいた死柄木の口から、突如として
「……!?させんっ!!!」
見ればその泥は、死柄木だけではない、黒霧や脳無からも同様に湧いている。そうして、それぞれの体を覆い始めた。オールマイトは敵の狙いを直感的に悟り、阻止しようと泥に触れようとする。しかし、その手は何も掴むことが出来ずすり抜けた。
──気づけば、3人はどこかに消えてしまっていた。
「はああっ?!!クソ
「ま、まだワープの"個性"持ちがいるのか……」
「……遠隔での転送、これは……」
現場は一気に騒然とした雰囲気となる。
(────誰かが裏にいるな)
一人そう考えるオールマイトを、まるで嘲笑う声があるようだった。
***
「話が違うぞ、先生……」
『違わないよ。ただ、見通しが甘かったね』
バーのカウンターのようなその場所で、死柄木は恨むような口調で話している。返ってくるのは、モニター越しの低い男の声だった。
『たまたま僕が少し前に転送の"個性"を手に入れていたからよかったが……。それもぶっつけ本番だったし、かなり危うかったね』
『うむ、なめすぎたな。ところで、ワシと先生の共作、脳無が帰ってきたのはいいが……。なんじゃ、これは?既に再生が始まっているとはいえ、体中があらぬ方向に折れ曲がっておる。いくらオールマイトとはいえショック吸収がある以上、こんなことができるとは思えんが……。』
「脳無なら子どもの一人が捩りやがったんだよ……。あいつさえいなきゃオールマイトも殺せたはずなのに……」
『へぇ……?雄英の子どもが、脳無を?』
さらに別の声が一人加わって、会話は続く。
『ふむ……脳無すらも抑えられる"個性"……興味深いね』
「その白髪のガキだけじゃない……他にしてもそうだ……黒霧を抑えた爆発のガキ、脳無の半身を凍らせたガキ、……ああ、オールマイトみたいなパンチを打つガキもいたっけ……ムカつくなあ……」
『オールマイトの────。……まあ、悔やんでも仕方ない!』
『死柄木弔!!次こそ君という恐怖を世に知らしめろ!』
"先生"と呼ばれたその声は、待ちわびるような期待の声で死柄木を鼓舞していた。
***
あの後、しばらくして他のプロヒーローも現場に到着した。主犯は既に消えてしまっていたが、それ以外の
生徒は指が折れている緑谷を除いて、ほぼ全員が大きな怪我もなかった。相澤は一番酷く、目に何らかの後遺症が残る可能性があるそうだった。13号、オールマイトに関しては、それぞれ命に別状はないものの、怪我を負っており、各自治療を行った。
雄英高校はこの事態を受けて翌日、臨時で休校となった。
────雄英高校、会議室。そこではUSJの件での死柄木ら主犯についての話し合いがされていた。
幼児的万能感の抜けきらない"子ども大人"。会議の中で、オールマイトは死柄木をそう相した。
「先日のUSJで検挙した敵の数72名。どれも路地裏に潜んでいるような小物ばかりでしたが、問題はそういう人間がその"子ども大人"に賛同し付いて来たということ。ヒーローが飽和した現代、抑圧されてきた悪意たちはそういう無邪気な邪悪に惹かれるのかもしれない」
そう繋げるように語るのは、警察の塚内。死柄木自体は現状そこまで単体で危険性があるわけではなかったが、大いに可能性を秘めたその特性に、一同に緊張感が走る。
「逆に考えれば生徒と同じだ。成長する余地がある……。もし優秀な指導者でもついたり、……いや。オールマイト、君は死柄木ら主犯が逃げる際、黒霧のモノとは性質の異なる転送を見たんだよね?」
「ええ、確かに確認しています。アレは明らかに別の人物の"個性"によるものだった。つまり──」
「裏で死柄木を支援していた人物が存在するってことだね」
最悪の想定が浮かび上がる。発展途上の"子ども大人"に、それを支える人物。場合によっては今後とんでもない巨悪として完成する可能性は、大いにあった。
「今後、より力を入れて奴らの動向を追わなくては……」
────不穏な影は、すぐそこまで迫っている。
***
「雄英体育祭が迫ってる!」
「クソ学校っぽいの来たあああ!!」
休校明けの日。クラスの想定よりも遙かに早い速度で復帰を果たした相澤は、全身が包帯で巻かれた姿でそうクラスへと宣言した。
純粋に湧き上がったり、あるいは襲撃があった故の安堵。そういったものに教室中が包まれる。そうして"クソ学校っぽい"にいまいちついて行けていない者が案の定一人。呪術御三家生まれ高専育ちの五条である。
「ウチの体育祭は日本のビッグイベントの一つ!!日本において「かつてのオリンピック」に代わるのが雄英体育祭だ!!」
(え?体育祭って行事自体はそりゃ聞いたことあるけど、そんなすげえヤツなの?知らなかったわー……)
相澤の説明に対して、五条は思いっきり勘違いをしていた。なにせ普通の体育祭を知らない男である。困惑しつつも「まあ、皆そう言ってんならそういうものなのか、体育祭……」と普通の体育祭まで可笑しな解釈で捉え始めていた。勿論これは外れ値の体育祭である。
兎も角、世間的にも非常に話題性の高い行事らしく、将来のヒーロー事務所加入などに大きく関わってくる重要なものであることは理解した。相澤の話が終わった後、クラスメイトたちはそれぞれ浮き足立ち、また一様にやる気に燃えていた。
「お金欲しいからヒーローに!?」
「究極的に言えば」
相澤の話以降、どこか様子のおかしい麗日が言うには、そうであるらしい。若干の照れを見せつつ語るその動機は、非常に分かりやすいものだった。
「冥さんみたいなもんか」
「メイさん?」
「あーいや、こっちの話」
金の為、となると真っ先に五条の頭に浮かぶのは彼女だった。流石に彼女ほどの執着が麗日に見られるわけではないが。
だが、以前とは異なり、五条家の資産や高専の任務の報酬がなくなった今、五条も金がほしいという願望は以前よりも遙かに共感できる話題となっていた。入学してそこそこ時間が経った今でも中々苦労が絶えないものだ。もやしは最強の食べ物なのだと学んだ。
「私は絶対ヒーローになってお金稼いで、父ちゃん母ちゃんに楽させたげるんだ」
しかし、麗日の話をより詳しく聞くと、どうやら本質はそこではなかったようだ。両親を支えるため。楽をさせてあげたい。献身が根本を担っているようだった。隣の飯田が喧しいくらいに手を叩いて賞賛している。
……五条も、立派な動機だと感じた。
彼にとって両親云々の感情はよくわからない。何せ大して顔も覚えていない相手だ。仮に、いつの間にか死んでいても、大して気にもとめることはないだろう。それでも、麗日の真剣な眼差しを見れば、彼女がどれだけその二人のことを大切に想っているかが鮮明に伝わってくるようだった。
──少し、羨ましいくらいに。
***
自室で一人、考える。今回の体育祭の意義について。
とりあえず、過去の分の体育祭について、インターネットで動画を漁ってみた。年によって、いくらか競技は異なるものの、概ね自らの能力を生かして勝ち上がっていく大会のようだった。
麗日だけではなく、クラスの誰もが、やる気に満ちあふれていた。それぞれに動機があるのだと思う。では、自分の動機とは何か?
分かりきっていた。"あちら"に帰るために、そして追いつくために強くなること。体育祭という場は、特におあつらえ向きの舞台のように思う。
特に、最終種目の個人戦。毎年変わらないこの競技では、純粋な戦闘力が求められる。なんとうってつけだろうか。五条にとってかなり追い風のように感じ、否応なく自身もテンションが上がってくる。
しかし、折角の貴重な機会である。いつものように感情の赴くままに振る舞って、予選敗退などとなったら洒落にもならない。……少なくとも、今はもうゴリ押しの通る体ではないのだから。
だから、考えるのだ。"勝つ方法"を。
五条はなんとなく反転術式を回してみた。
最初に死にかけた後、唯一自分が新しく得られた力。別に怪我などしてはいないが、あくまで習慣である。毎日、余裕のあるときに少しずつ慣らして、どうにか強化を図っているものだ。
しかし、相変わらずその出力は微々たるものにすぎなかった。きっと実戦でも、僅かな治癒力程度にしかならないと確信できるほどに。
「………………」
五条は一人、考える。静寂が、部屋を支配していた。
***
打ち上げられた空砲が軽やかな音を上げる。それをもかき消すかのごとく、下方では多くの人々が賑わいを見せていた。普段生徒が数多くを占めている雄英高校敷地内だが、今日だけはその限りではない。
雄英高校体育祭、当日。
多くの者が待ちわびたであろうその時は、あっという間に到来したのであった。