「そういえば五条、その指……ホントに大丈夫なのか?」
「うん?」
開始直前。初めての騎馬の上の景色に目を輝かせる五条に、それを支える尾白が下から聞いてきた。
心操の洗脳を解除するために無理矢理捻り折った小指と薬指は、すっかり変色し赤紫色の痛々しい色となっている。常人であれば今も苦痛に喘いでいそうなものだった。
『よォーし組み終わったな!!?準備はいいかなんて聞かねえぞ!!』
「心配しなくても全然平気。それにこれ終わったらちゃんとおばあ……、リカバリーガールんトコ行くつもりだし」
「……それならいいんだけどさ…………」
(いや、どう見ても大丈夫じゃねえだろ)
引き下がる尾白に、心操は心の中でツッコミを入れる。指を2本、それも自分自身でへし折って、平気だとのたまう五条のことを、心操は心底イカれた奴だと認識していた。
まあ、本人がそう主張するのだから、こちらにどうこうできることでもない。今は気にせず、目の前の騎馬戦に集中することにした。
『いくぜ!!残虐バトルロワイヤルカウントダウン!!3、2、1──』
開始前特有の緊張感。静寂。無意識に唾を飲み込み、瞬きが繰り返される。
そうして、五条は口角を上げて、前を見据えた。
『────START!!!!』
一斉に動き出す。走り出す。熱気に支配された会場には、選手たちに合わせるかように歓声が響き渡る。気持ちは既に有頂天。
「目標は!」
「当然!!1000万Pだろっ!!!」
──こうして、戦いの火蓋は切って落とされた。
***
「おいおい、そんな気はしたけど緑谷のとこ人いすぎじゃね?!!──よし、ど真ん中突っ込もう!!!」
「……まさか、それが作戦って言うつもりじゃないだろうな」
「そのまさかだって!!俺の説明もう忘れちゃった?」
"絶対にハチマキを取られることはない"。それが、この競技の五条チームにおいて、最大の強みである。
無下限術式による無限の防御。その仔細まで彼らに語ったわけではないが、とにかく決して破られることのない不可視のバリアを張れるのだと、五条は彼らに話した。
つまり、ハチマキの防衛に対する意識を全く割く必要がない上、他から奪ったハチマキも、取られることはない。五条チームの点数が減ることはないのである。
──他のチームにとって、あまりに理不尽な差であった。
「だからといって、チーム全体が無敵になったわけじゃない。他チームの動きもしっかり確認しつつ動かなくては。特に、"個性"による嵌め手に掛かってしまえば厄介だよ」
「あ?!緑谷謎の機械で空飛んでるぞ!!何だアレ!!!」
「……聞いてないね」
「……聞いてないな」
「あれは、サポート科のやつじゃないか?確か、自身の発明品なら持ち込み可だって」
「サポート科あ?って、よく見たら第二関門のときの奴じゃん!!!……丁度良いや、手間が省ける……」
「何されたんだよおまえ……」
会話はいまいち緊張感が無いものの、その進みは変わらないまま。緑谷チームの着地先を見据えて先回りするように駆けだした。しかし──。
(やっぱり、俺のせいで機動力が落ちてる。本来ならもっと早く追いつけてる筈なのに)
心操は歯噛みする。
普通科で、普段から戦闘訓練も何も受けていない自分だ。足を引っ張ることは予測できていたけれど、いざその事実を改めて突きつけられると、やはり苦しいものがあった。
個性「洗脳」。どうやらこの個性は、皆が求めるヒーロー像とは、ズレていて。
──数ヶ月前、ただ空を仰ぐしかなかったあの地獄の10分間は、今も心操の心に鮮明に焼き付いていた。お前には無理だと、言われているようで。
「ぜーんぜん追いつかねえなあ……」
「……!」
「まあ、俺が無理に上になったからしょうがないか」
「…………悪かったね。足が遅くて」
擦れた人間は、言葉を悪く捕らえがちだ。心操も、言った直後にしまったと思った。だが、どうしても心のザワつきは、何かを刺したくてたまらなかったようだった。
「……いや別にオマエが鈍足なくらいどうだっていいよ。それ以上にこの騎馬の最終兵器でもあるからな!」
「最しゅ……はあ?」
「だって、オマエの個性の初見殺し性能ヤベーじゃん。ほぼ必中必殺だろ。領域展開みたいな。ホラ最終兵器」
「……意味が分からん」
突然変なことを言い出すこいつの癖は治らないのだろうか。いまいち会話の文脈が読めず、心操は困惑する。
「……だから、気にすんなっていってんの。別にオマエにそんなこと期待してないから。オマエはオマエの役割があんだろ」
「!」
「ていうかどうせ勝てばいいわけだし?ぶっちゃけ目標達成できたら過程なんざどうでもよくね?結果が重要だろ」
「………………。下手くそ」
「はあ?!普通罵倒してくるかあ!???今の流れで」
あんた、気遣い下手くそなんだな。伝わらないか直接的すぎるかの二択だぞ。最終兵器とか直前に考えたんだろ。根拠が適当すぎるし、そもそも事前にそんなこと全く言ってなかったしな。ていうか領域展開ってなんだよ。
けれど、…………そうか。
「…………結果が大事……か」
最終的にどうなっているか。それを見据えたら、早さなんて気にすることはない。置いていかれたのなら、追いつくまで走れば良い。自分なりの、やり方で。
別に、全て悩みが晴れたとか、そういうわけではない。ただ、とりあえず今は少し落ち着いた、そんな気がする。
……今はこの男に感謝しなくてはいけないな。
「まあ俺は早いほうがいいと思うけどね」
「台無しだよ」
前言撤回。──駄目だ。こういう奴だった。
「お二人とも。仲良く話してるところ悪いんだけど、そろそろ本格的に接敵しそうだ。警戒を」
「……!」
いつの間にか、目の前には緑谷を複数で囲む集団が出来上がっていた。緑谷チームは、峯田の"個性"によって足を取られているらしく、今はどうにか峯田と蛙吹の猛攻を避け続けているようだった。
「峯田の"個性"が厄介だ。下手するとずっとあそこから動けなくなる」
「無策で突っ込むのは危険だね」
「でも緑谷チームもずっとあそこに居るわけには、──ああ、やっぱり」
「また飛んだぞ!!」
周囲からの攻撃に、緑谷は再び空へ逃げようとする。しかし、空高く飛び上がった緑谷の前に、彼が阻止するように現れた。
「調子乗ってんじゃねえぞクソが!」
「!!!常闇くんっ!」
空中での激しい攻防。空中の緑谷チームに単騎で特攻を仕掛けたのは、爆豪だった。
「はあ?アイツ空飛んでね?!ズルじゃんズル!!!」
「いや、瀬呂がちゃんと騎馬の方に引き戻してる!」
「っとにかく、緑谷くんの着地先を追いかけよう!!」
「──!尾白、後ろっ!!!」
とっさに叫ぶ五条に、考える暇もなく尾白は後ろへ尻尾を振り回した。
その直後、ガキンと盛大な金属音が鳴り響く。まるで、火花でも散ったかのような衝撃で尾白とぶつかり合ったそれは、その通り金属の体を為していた。
「鉄哲くん……!」
「庄田……同じB組だからって、手加減はしねえからな!!」
鉄哲チーム。五条たちと同じように緑谷を追いかけていたはずの彼らによる強襲である。全体的に障害物競走においても順位の高かったB組のメンバーがそろっており、決して油断の出来ない相手であった。
「1000万だけを追っかけてるのかと思ったが、そういうわけでもないか……」
「当然です。少しでも栄光ある勝利へと繋がるものであるのなら、精一杯手を伸ばすべきでしょう」
「まどろっこしいこと言ってるけど、要はこういうことでしょ?」
五条が挑発的な笑みをつくる。
「"僕たちのポイントを貰ってください"ってきたわけだろ?健気だねえ」
「っ!!テメェ!!!」
「落ち着け、鉄哲!!!」
「冷静さを欠かせたいだけだ、真に受けるもんじゃない」
残念。もう少し釣れると思ったが。まあ、流石に舐めすぎか。
五条はそう心の中で呟いて、改めて目の前のこの相手について考える。
B組の"個性"について、五条には基本的に情報がない。庄田に聞けばわかったろうが、本番前、そんなことを聞く時間的余裕は無かったし、接敵してからでは遅すぎる。
つまり、ほとんど相手の手札を知らない状態で、この場面を突破しなくてはならない。
こちらの手札についてだが、まず庄田に関しては完全に割れていると思って良い。なにせ、同じクラスメイトだ。"個性"を知らない方がおかしいだろう。
尾白はA組だが、外見的特徴がわかりやすすぎる。10人見て10人が、彼の"個性"は「尻尾」だと答えそうなものだ。
心操については、大してネタが割れていないが、今ここは"個性"を切るタイミングとしては違うだろう。
……後は、五条自身。なまじ、呪力が見えないのならわかりにくい"個性"だろう。駆け引きなら、ここでするべきだ。
「時間に限りもあるし、まあちゃちゃっと終わらせようか」
「……!!足が!」
骸骨のような見た目をした少年──骨抜はそう言って早速"個性"を発揮させる。
個性「柔化」。触れたものを柔らかくする。これによって、五条たち騎馬の立つ地面が底なし沼のように変化した。
「っ彼の"個性"は固めることもできる!!このまま地面に固定されたら終わりだ!!」
(チッ……メンドーな"個性"しやがって。──仕方ねえ)
焦るようにそう叫ぶ庄田。彼の警告を聞きつつ内心舌打ちをした五条は、即座に掌印を組む。自分たちの騎馬の後方上部に強めの「蒼」を展開させ、騎馬をまるごと地面から引きずりだした。
そして、そのまま大げさに滞空させたのち、無事に着地を行う。心の中のしかめっ面は消し去って、余裕綽々の顔を見せてやる。
「なーんだ。終わらせるっつってこの程度?こんな沼、俺に取っちゃ屁でも無いね」
……勿論嘘だ。
何度も連発されれば、いずれ五条は疲弊して「蒼」は使えなくなる。自分以外骨抜の個性から免れる術を持たない以上、相性は相当悪いと言ってもいい。
だから、誤魔化した。わざわざ余計なリソースを割いてまで、五条は自身の余裕を作り上げた。俺にその技は効かないよ。まるでそう言うかのように。
後は、相手次第。さあ、どうする────?
「……柔化じゃ有効打にならないか。仕方ない、別の方法で攻めよう」
────釣れた。五条は内心ほくそ笑む。
相手の騎馬本体が動き始める。こちらに近づいてくるかと思いきや、ある一定の距離は保とうとする。端から見れば、あまり一貫性の見えない動きである。
近接がお好みか?いや、違う。庄田と尾白の手札がこちらにある上で、馬鹿正直に挑んでくるわけがない。緑谷を追いかけていたときの動きからしても、近接戦闘型は1人、多くても2人程度だろう。
始めに切ったのがあの柔化の"個性"であったことからも、恐らく嵌め手を得意とするチームである。黒髪と緑髪の"個性"については情報が欠落しているが、大層な"個性"であるのなら、初手でそちらを先に切るはず。
油断するべきではないが、要警戒までは行く必要は無い。五条はそう結論づけた。
二つのチームの距離は、なかなか縮まらない。両者のうちには重苦しい緊張感が走っていた。しばらくそうしてから、骨抜は呆れたように呟く。
「なんだ。威勢の割には意外と来ないんだね」
(ブラフが見え見えなんだよ!素人が)
五条は相手の狙いなどとうに分かっている。こちらから近づくのを誘っているのだ。
相手は五条たちが近接が得意という自負があると同時に、相手側が近接が苦手であると気づくのも分かっているようだった。だが甘い。他の雄英生なら騙せたろうが、既に戦闘経験が数多くある五条には通じない。
しかし、このままだと膠着状態が長く続くこととなる。それは、残り時間的にもよろしくない。
「……いいよ、乗ってやるよ」
「!!」
「庄田、前進。近接に持ち込むぞ」
「了解!」
唯一近接に持ち込んだ後の相手の狙いだけ不明だが、そこはいざ始まったときに考えれば良いだろう。五条は不敵に笑った。
五条チームの騎馬が走り出す。間もなく鉄哲チームの騎馬との距離が埋まっていく。
それぞれの表情が緊張を飲み込んで引き締まったものへと変わる。残り距離──。
再び、金属音が開始の合図だった。
鉄哲の拳を、五条は軽々と回避する。そうした五条を面で潰すつもりか、左右から緑のツルが這い出てくる。──緑髪の個性はそれか。
「尾白!」
「ああ!」
尾白が一歩前に踏み出す。そうして、騎馬に迫り来るツルに向けて敢えて自らの尻尾をぶつけ、その多くを巻き取った。そのまま相手の体勢を崩さんと、自らの尻尾を絡まったツルごと全力で横へと引っ張ろうとする。────が、しかし。
「甘いです!」
「うぇっ?!」
尾白が力を込めたその瞬間、その体勢が崩れた。尻尾に巻き付いていたツルが、突然本体である塩崎から切り離されていた。
(あのツル、切り離し可能なのかよ!つくづく相性悪いな!)
「よそ見してんじゃねえぞ!!」
「……!」
尾白の体勢が崩れたことにより、五条チームの騎馬の機動力が一瞬低下する。その隙を逃すまいと、正面からは鉄哲が五条に向けて奇襲をしかけていた。その拳が今まさに五条の体を捉えんとしたその時。
「はっ?!んだこれ、拳が……!」
「誰がよそ見だって?────庄田!!」
「了解っ!!」
「……まずい、鉄哲!下がれ!!」
鉄哲の拳は無下限術式によって阻まれていた。彼の"個性"を知らなかった鉄哲は、動揺で一瞬動きが止まる。
当然、その隙を逃す道理はない。五条の下にいた庄田が、鉄哲の胴体に向けて、打撃をたたき込んだ。
「っつ!!しくった!!悪い!!!」
「大丈夫だ!庄田の"個性"はそれ単体ならどうにか出来る!」
庄田の攻撃を食らったということは、今後どこかで鉄哲に今の倍の衝撃がやってくるということ。その地雷を抱えた状態でのゼロ距離近接戦は、流石にリスクが大きい。
そう判断したのか、鉄哲チームはわずかながら、五条チームの騎馬から距離を取った。それと同時に、再び塩崎のツルが動き始める。それも、さらに激化した動きを持って。
「尾白、今どうなってる?」
「悪い!未だにさっきのツルが取れてない!」
そもそも、このチームは塩崎の"個性"のような物量攻撃にも相性が悪い。心操はともかく、庄田は点の攻撃に特化しているし、尾白は対応できなくもないが、現在はそれも不可能だ。
唯一五条の術式であれば対応できるだろうが、先ほどツルを切り離した後、すぐにその分が再生したのを見ると、いずれ体力不足となるジリ貧状態と言えるだろう。後手後手の対応では、相手の思う壺だ。
よって結論は、────騎馬本体を叩く。
思考を巡らせるその間にも、五条チームの騎馬の周辺のツルが密度を増していく。まるで自然の牢獄のようになったそれを見て、五条は相手の狙いを察し始めていた。
恐らく、動きに制限をかけた上で、再び「柔化」の"個性"による拘束が本命だろう。
「囲われてきてるぞ!どうする!」
「3人とも、せーので前に全力ダッシュな」
「……は?前?」
「それから、庄田は俺がツルにぶつかる瞬間に、あの鉄の奴の分の"個性"を解放しろ」
「あ、ああ。了解した」
尾白は耳を疑った。
前と言ったって、そこにはツルがあるだけだ。しかも棘付きである。そんなことをしたら、真正面の庄田は勿論、全員刺さってしまうだけなのでは?
「庄田。肩借りるよ」
「オイ、正気か?」
「大丈夫。俺…………、いや、俺を信じなって」
五条は左足を騎馬の定位置から外し、庄田の肩の上に乗せた。そうして高い身長をフルに生かすように、かなりの前傾姿勢をとる。そして、両手を前に突き出した。
「いくぞ。せーのっ!!」
ああもう、どうにでもなれ。3人はやけくそだった。
庄田より体を前に出していた五条は、その腕が残り僅かだったツタの隙間を通り抜けた瞬間、無下限をニュートラルのままその出力を倍増させた。同時に、腕を思いっきり左右へ広げる。
五条の腕にまとった無下限の圧力に耐えられなかったツタは、あえなくカーテンのごとくその突破口を開かれた。
「──────なっ?!!」
「っツインインパクト、
「ぐうっ!!!」
ツタで身動きを完全に封じたとでも思ったか。飛び出してきた五条チームを見て、鉄哲チームは完全に不意を突かれたように顔を歪ませた。
同時に、その騎手である鉄哲を庄田の"個性"が襲う。あまりに突然の出来事に、後ろに仰け反った鉄哲を中心に騎馬のバランスが崩れた。
そこに追撃を加えるように、3人分もの全力の突貫の衝撃が鉄哲チームへと加わった。さらに体勢を崩されて、とても反撃が出来る状態ではない。
「そのまま密着して離れんな!」
五条から指示が飛ぶのとほぼ同時に、二つのチームが接したままになる。すかさず五条は騎手である鉄哲の頭を左手でわしづかみにし、もう片方の手で彼のハチマキを奪い取る──!
「────あ?」
──────はずだった。
ハチマキをつかんで全力で取ろうとした。呪力で強化した五条の全力である。
だが、動かない。本来簡単に取ることの出来るであろうその頭のハチマキは、まるで縫い付けられたかのようにビクともしなかった。
…………どういうことだ?
「……そうか!五条くん!!泡瀬くんだ!!彼の"個性"はものを分子レベルで溶接できる!!」
「はあっ?!そんなの、絶対ハチマキをとれないじゃないか……!!」
「妙な余裕は、それで…………!」
「……っそういうわけでね。元から絶対に渡すつもりなんかないけど、念のため不可能にしてあるんだ」
絶望的な事実が明らかになる。ハチマキと鉄哲の額を溶接してあるのだというのだ。しかも、説明を聞く限り、無理矢理引き剥がせると思えるほど弱いつなげ方にはとても聞こえない。
「さっきは流石に驚いたよ。でもまあ、これで今度こそ終わり」
「………………分子レベル?」
勝利を確信したように話す骨抜を無視して、五条は言葉をかみ砕くように呟いていた。至極平坦な言い方のそれには、流石の五条も諦めたのかと思わせるものがあった。
────次の瞬間、凶悪な笑みを見せるまでは。
五条の左手は未だに鉄哲の頭を掴んでいる。そして突然、もう片方の空いた右手で拳を振り上げた。次の瞬間、躊躇無く鉄哲を殴りつける。ガツンと金属に拳がぶつかる音がした。
鉄哲は、咄嗟に防御のために体を金属化させた。相手の狙いがよく分からず、警戒のためにその後も"個性"をしばらく維持している。
一方の五条は、かけていたサングラスを頭にあげて、白く濁った左目のみを瞑る。そうして、鉄哲のハチマキに再び手をかけ、限りなくそこに顔を近づけた。
視界を絞るように細められたもう片方の右目は、瞳孔が縮小しきり、瞬きを忘れ、微細な動きを繰り返している。何か、
「っざけんな!!離っ、……!!」
五条を止めようと、鉄哲や塩崎がその手をつかもうとするが、不可視のバリアに遮られてそれは叶わない。五条を支えている騎馬の3人も、彼を見上げて困惑しながら立ち尽くしている。
誰も、五条の意図がわからなかった。
「ご、五条?ハチマキは溶接されてて無理だってさっきも……」
「そうだぞ!溶接は俺が解除でもしなきゃ剥がすのは不可の………………は???」
その、その不可能が、覆されていた。
「骨抜!!!柔化は!!」
「無理だ、距離が近すぎてこっちまで巻き込まれる!!」
「っ……くそ!!掴めねえ……!!」
少しずつ、少しずつ離れていくハチマキ。誰もが目を見開いて、その様子を見ていた。本格的に焦り始めた鉄哲チームの者たちが五条を止めようとするも、やはり誰も触れることすら出来ない。彼を止められる者は、この場に誰もいなかった。
そうして、長いような短いような、その状況の後──。
「……っし、取れた!!一回逃げるぞオマエら!!!」
鉄哲チームのハチマキは、完全に五条の手に渡っていた。
五条は取ると同時に鉄哲を突き飛ばし、笑いながら撤退を言い渡す。それにワンテンポ遅れ、両チームは動き出した。
「あんた!!どうやってやったんだ!!まさか溶接が嘘だったとでも?」
「いや、ありえない!!確かに泡瀬くんの"個性"は溶接で間違いないはず!!!だけど、彼が自主的に"個性"を解くはずもなし……」
「俺には訳が分からない……。とりあえずまず逃げることを考えよう……」
「大層なことはしてねえよ。ちょっと俺の"個性"でいじってやっただけ。ほら!尾白の言う通り、とっととアイツらから離れようぜ!」
後ろを振り返れば、ハチマキを失った彼らが、中々のスピードでこちらを追いかけてきている。その表情には焦りだけではなく、なぜ、どうして、──そういった疑問の色が混ざっている。
(何が分子レベルだ。こちとら普段から原子レベルの呪力操作を求められてんだよ)
原理はすこぶる簡単だ。
手にまとわせたニュートラルな無下限術式を、そのままハチマキと鉄哲の額の間にねじ込んで膨張させただけ。分子レベルで結合されているというのなら、さらに細い針を差し込んでやれば良いだけの話だ。
とはいえ、片方の六眼を失っている現在。本来なら、もう少し手こずる可能性はあった。しかし、鉄哲の"個性"のおかげでハチマキと結合している肌の組成自体が比較的単純なものになっていた。そのお陰でこうして簡単にハチマキを引き剥がすことが出来たのだ。
しかし、細かいものを見ようとしすぎて少し目が疲れた。騎馬戦が終わったら昼休憩らしい。甘味を食べたいものだ。
「五条……俺未だにおまえの"個性"について全然わかんないや…………」
「全容は全く掴めず……底も見えない……」
「俺あんたが騎馬戦チーム決めの時不人気だった理由わかったよ」
「ねえ?どさくさに紛れて誰か失礼なこと言わなかった?」
とにかく!こちらの勝利である!
鉄哲たちが持っていた685Pのハチマキは無事手に入り、これで五条チームの合計Pは1165Pとなった。
『現在の保持Pはどうなってるのか……7分経過した現在のランクを見てみよう!』
「お、丁度出てるね。俺ら3位だってさ」
「爆豪が落ちてる……意外すぎる……」
タイミングよく順位発表のモニターが現れた。どうやら他は他で波乱が起きつつ、奪い合いに勤しんでいるようである。
そして、肝心の1位はというと、未だに緑谷チームのまま変わっていない。上手く守り切っているようだ。
「よし、じゃあ今度こそ1000万狙うか!あっちの方にいるっぽいよ」
「近くに轟が向かってきてるのも見えるけどね」
「それでこいつが止まると思うか?」
「無理だね」
「よく分かってるじゃん。慣れてきた?」
残り時間はあと8分。後半戦も目前に見えてきたというこの段階。
第二種目、騎馬戦。さらに多くの者を巻き込み、この競技はこれからさらに混乱の渦に包まれていくことになる。