最強じゃない五条のヒーローアカデミア   作:せり

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17.雄英体育祭④

 一つ、二つと五条達の前方に他のチームの騎馬の姿が増えてくる。その前の方には、轟達の騎馬が、そのさらに奥には、1000万Pを持つ緑谷達のチームがいた。

 

 既に自前のハチマキを取られたチームがちらほら見えるあたり、彼らの狙いはわかりやすい。しかし、未だに自らのハチマキを持ち、現在の得点的にも別のチームのハチマキを少しくらい掠め取ればよさそうな轟チームまで1000万を狙っているのは、もはや合理的な理由だけではないだろう。

 

 控え室での轟。チーム決めの際の飯田。

 

 少なくとも、2人はあのチームの中に緑谷に対して宣戦布告をした人物がいる。ならば、彼らのこの行動は当然とも言えた。しかし、だとしても。

 

(こうも眼中にないってされると中々苛つくな。俺だって1165P持ってるってのに)

 

 五条はそう心の内で毒づいた。

 轟ほどの実力者だ。こちらに気づいていないはずがない。だが、それとは対照的に、こちらを狙うようなそぶりは全く見えず。それどころか、目線の一つも飛ばすことはない。どうやら、控え室で指摘した話は大して轟には響いていないようだった。相も変わらず、こちらに興味のないようなその振る舞いは、五条にとって愉快なものではない。

 

 しかし、周囲の者は、そうではないだろう。事実、轟の周囲を走る他のチーム達は、緑谷達を狙うと同時に轟のそのPハチマキにも貪欲な目を向けていた。隙を見て奪い取る。目がそう語っている。

 

 幸い五条は彼らよりもさらに後続だった。まだ存在を気づかれていない。先ほどから後ろから追いかけてきている鉄哲チームを除いて、五条チームの存在を注視している者はいないだろう。

 しかし、奥の緑谷達の騎馬を見ると、エリアの境界線が近づいてきている。そろそろ追いかけっこは終わりを迎える。五条達もあの戦場に加わることになるだろう。

 

「あいつらが立ち止まったら、そのまま不意打ちで轟のハチマキを奪うか?」

「うん、それでいい。そのまま突っ込もう」

「氷結だけ警戒だな。来ると思ったら地面から足を離そう」

 

 あいかわらず大雑把な作戦。しかし、このチームにおいてはこれで良い。なぜなら、こちらのハチマキは絶対に奪われることがないのだ。

 

 大層な自負。一つ卸したが故の自信。──それらは、時に目を曇らせる。

 

 轟チームの足が止まる。次いで周辺の騎馬達も制止する。彼らと相対しているのは緑谷チーム。じりじりと警戒するように後退している。

 

 轟の近くにいた騎馬達が、一斉に緑谷に攻撃を加えようとする。同じタイミングで追い着いた五条達は、勢いと同時に轟に突貫する。背後からは鉄哲チームが迫る。緑谷チームが迎撃態勢に入る。────轟チームは。

 

(八百万が何か生成して…………っ!!しまった!!!)

 

「一旦轟から離れ、っぐ!!」

 

 どうにか指示を出そうとした五条の体に、衝撃が走る。身構える隙もなかったそれによって、一瞬体が鉄の棒を通されるように硬直した。焼けるような痛み。一度ではなく断続的に轟チームの付近の騎馬を襲うそれは、上鳴の放電だった。

 

 無下限術式の防御は間違いなく張っていた。しかしそれでも五条に攻撃が届いたのは、彼を支えている騎馬の3人と触れている部分からの連鎖感電が起きたからである。

 幸い素肌が触れている部分はなく、届く電気の威力自体は五条にとって大したことはない。しかし、これはチーム戦である。彼だけが大丈夫ではどうにもならないのだ。

 

 数秒して放電が終わったその直後、息つく暇も無く新たな攻撃が飛んでくる。ガキンという音がしたかと思えば、場の景色は一変していた。温度が一段と落ちる。

 ──緑谷チームを除く周辺の騎馬全ての足が凍らされていた。

 

「っ尾白!尻尾は!!」

「駄目だ、凍らされてる!!!」

「庄田は!」

「腕まで氷結が届いて動かせない!!」

「っ…………やられた……!」

 

 轟の氷結。障害物競走の最初でも見せたそれ。分かってさえいれば避けること自体は難しいものではない。だから、警戒はしつつも、近づいてもいいと思ったのだ。手の内が割れているものを、轟が再び撃つと言うこと自体に懐疑的だったのもあるかもしれない。

 

「あ──ハチマキ!くっそぉお!」

「一応貰っとく」

 

 轟はついでのように、幾つか近くにいる騎馬のPハチマキを中途半端に奪い、そのまま緑谷の方へと騎馬の歩みを進めていく。五条の無下限防御を知っているか知らないか、ともかく五条からはハチマキを奪おうともしなかった。

 

「…………どこまでもコケにしやがって」

 

 低く唸るような声が、喉から溢れる。この体育祭での轟の立ち振る舞いは今までも十分腹立たしいものであったが、ここまで来ると流石に限界である。

 

「P自体はそこそこ持ってるから、このままでも勝ち抜けは狙えなくはないが……。どうする、五条」

「ない。あの野郎に吠え面かかすまで、絶対諦めねえ」

「それはいいけど……、実際どうやって脱出するんだ」

「心操」

「……何?」

 

 ……少々痛い目に遭わせても、バチは当たらないだろう。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 目の前の緑谷の騎馬の傍には、白いラインが引かれている。エリアの境界線を示す線だった。現在、轟は緑谷達をエリアの端へと追い詰めていた。

 

 後は、轟自身がここら一帯を取り囲むように氷の壁を作るだけだ。近くにいた他のチームの足回りは凍らせてきたから、これで他に気を割く必要はなくなる。

 轟はそう思考する。残り時間はあと6分ほど。十分だった。

 

 ────突如、轟は浮遊感に襲われた。何が起きたのかわからないまま、一つ瞬きをする間に、飯田達が大きく離れて映る。

 何かに、引っ張られている。

 

「轟くん!!!」

「──っ!!」

 

 伸ばした手は届かない。どころか、彼らから離れるスピードはさらに増している。首根っこを捕まれたような体勢のまま、向かうは緑谷とは真逆の、後方だった。

 

(見えない力に引っ張られる……この"個性"、そこにいるのは……!)

 

 首を捻って後ろを見る。轟の目が捉えたのは、予想通りこちらに向けて掌印を組む五条の姿だった。

 

 僅か数秒。たったそれだけの時間で、あっという間に先の氷結を発動した場所まで単身戻されていた。轟は、五条の動きを封じようと、空中で"個性"を発動しようとする。

 

「なあ!!左は使わなくていいのかよ!!!」

「は?」

 

 紫髪の少年がそう叫ぶ。その言葉を聞いて、轟は反射的に声が出た。

 お前には関係ないだろ。そう言って半冷を使おうとしたその動きが突然止まる。

 

(体──が────!)

 

 止められた、と言った方が正しい。急激に四肢から力が抜ける。轟は、体の自由が効かなくなっていた。恐らく、今話しかけてきた紫髪の奴の"個性"だろう。

 気づけば体を引っ張る力も消えている。轟は、無抵抗のまま数メートルの高さから自由落下せんとしていた。

 

「よし!心操やれっ!!」

「ああ!────"氷を溶かせ"!!!」

 

 ──それは。それは────!!!

 

 轟自身の思考を完全に置き去りにしたまま、その体の左半身からは勝手に熱が生み出されていた。やがてそれは燃えさかる炎となり、五条達の足下の氷を溶かしていく。

 

 ──半燃。左の個性を使わされていた。

 

「よし、動けるようになった!」

「急げ!轟の真下へ!!」

 

 完全に自由を取り戻した五条チームの騎馬は、すぐに轟の方へ走り出した。今にも地面に叩きつけられんと落下する轟を、五条が間一髪で拾い上げる。

 

「あっぶねえー。もうちょっと高度つけとくんだった」

「ともかくこれで、ルール違反じゃないはずだ」

 

 悪質な崩し目的での攻撃はアウト。轟がここで地面に落ちてしまえば、そう見られ、最悪退場になりかねない。かといって、洗脳する前に轟を掴むのは反撃されるリスクがあった。そこそこ危うい綱渡りだが、ともかく成功である。

 

「あ、そうそう。これも貰わなきゃね」

 

 いまだ洗脳から抜け出せず、手足を投げ出して脱力したままの轟から、五条は額のハチマキを奪い取る。轟の顔は、表情がなく虚ろなままだ。

 

「さっき他のとこから奪ってた分は取らなくていいのか?」

「ん?いいのいいの!!だって。()()()、だし?」

 

 質の悪い笑顔を浮かべ、五条は明るくそう答える。

 五条が奪ったハチマキは、元々轟達がもっていた595Pのものだけであった。先ほど轟が拳藤らから奪っていたハチマキは、あえてそのままにしている。五条なりの意趣返しのようなものだった。

 

「向こうから飯田くん達が接近してきてる!凄いスピードだ!!」

「リーダー取られてキレてんだ!よっしゃ、トンズラこくぞ!!」

「えー!折角だからこっちの氷も溶かしてってよー!!」

「やーだね!!誰が敵に塩送るってんだ!!!」

 

 葉隠の文句を聞き流しながら、五条は呪力で強化した腕で、轟を飯田達の方へと放り投げる。そのまま踵を返し、一目散にその場から去って行った。

 

「轟くん!!大丈夫か!!!」

「っ…………」

 

 五条に投げられた轟は、駆けつけた飯田達になんとか受け止められた。その衝撃でようやく洗脳が解ける。

 自由に動く体で強く拳を握りしめた。血が流れてしまいそうなほどに。

 

(………………左を。あいつの、"個性"を)

 

 一気に心が荒れ始める。安い挑発に乗って、結果、忌み嫌っていた炎を使わされて。──そして。

 轟は、首元に掛かったままのハチマキをきつく握りしめた。

 

「……認めるよ」

「轟くん……?」

「すまねぇ、飯田。お前の望みを反故にしちまう」

「………………。いや、いいんだ。あそこまでされて黙っているのも違うだろう?」

「悪いな……、気を遣わせる」

「とりあえず、まだ凍らされている方々のハチマキを回収しましょう!このままでは4位以内にも入れなくなってしまいますわ!!」

 

 そうして、轟チームの騎馬は動き出した。轟自身も、ようやく体勢を元に戻す。残り時間はあと4分ほど。

 

「……奴らを追いかけるぞ」

 

 確かな敵愾心が、そこに燃えていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「今のところ、追いかける影はないね」

「あースッキリした!!」

 

 一方こちら。五条チームは、作戦が上手くいったことで、上機嫌なまま逃げていた。

 

 轟チームが緑谷チームを追いかけた後の話。

 五条は、「蒼」を使って元の場まで轟を引き寄せていた。そうして心操の声が届くところまで寄せたところで、心操の"個性"を使った。普通科所属の心操はなまじ誰もその"個性"が何かを知らないのだ。轟は上手く引っかかってくれた。

 

 洗脳の時にかけた言葉は、五条がシンプルに疑問に思っていたことだったが、思ったよりも反応がよかった。よく知らないが、まあ何かあるのだろう。

 

「残り時間は、僅かだけどあるな」

「緑谷は……あの場から移動して、今爆豪とやりあってんね」

「変わらず1000万は維持してるようだ」

「多分間に合わないけど、行くのか?」

「勿論!!」

 

 可能性があるのなら、走った方がいい。何せ、そちらの方が楽しいだろう。

 騎馬戦前半のわくわくとした気分が再び戻ってきていた。戦勝ムードを既に引っ提げた五条達が、そちらに移動を開始しようとする。その時だった。

 

「が、っ!…………どっ、から」

 

 身に覚えのある痛みが全身に走る。焼けるような、その痛み。──そして、次に予想される手は、きっと冷たさを纏っている。

 

 氷の張る音。固められる体。今度は足だけじゃない。肩の下まで。

 執念を見せるような拘束の仕方をした張本人は、いつの間にか目の前にいた。

 

 轟チーム。先ほどまで影も形も見えなかった彼らは、一瞬のうちに五条達の懐に潜り込んでいた。よく見れば、飯田のふくらはぎのマフラーから、尋常じゃない量の煙が出ている。

 

「はは、容赦ないね。もしかして怒ってる?」

「……返して貰うぞ」

 

 無下限で守られた五条はともかく、残りの3人は完全に身動きを止められていた。下手に動けば体ごと割れてしまうだろう。二度も洗脳を掛けさせてくれるとも思えない。今の五条に空を飛ぶ力が無い以上、轟からはもう逃げられなかった。

 

 轟達がこちらに近づく。狙いは勿論ハチマキだろう。五条は動かない。

 これで、チェックメイト。五条達のハチマキは全て轟達に奪われるだろう。

 

 ──そう、普通であれば。

 

「………………」

「どうしました、轟さん?」

 

 ハチマキを取ろうとした轟の手が停止する。その手は、五条の頭に触れるかどうかという処で何かに阻まれていた。

 

『残り後30秒!!!』

「どうしたの?取らないの?ハチマキ」

「……くそっ!!」

 

 五条は何もしない。動くこともしない。しかし、未だに五条の元に轟チームのハチマキは残っていた。

 

『そろそろ時間だ、カウントいくぜエヴィバディセイヘイ!10!9、……』

「っ…………!なんで」

「無駄だよ」

 

 轟の手は動かない。よく見ると、若干その手の平にも氷が張っていた。

 

 五条の"個性"は、その詳細が分からない。だがそれでも、不可視のバリアのようなものを貼れることぐらい、轟も理解していたはずだった。

 そんな相手に、わざわざ少ない残り時間を掛けてまで、全力を出してまで追うことのリスクなど、少しでも考えたら分かることだった。

 ……それなのに。

 

(────ああ。きっとあの時、自分は冷静じゃなかったんだ)

 

 否定されたような気がした。

 右側の"個性"だけで完全勝利する。そうして、あの男を否定する。そうしなくていけない。だから、どうにか今この力だけで勝てると、そう証明しなくちゃいけなかったのに。

 

「オマエじゃ俺に届かないよ」

「……!!!」

 

 轟の目が大きく見開かれる。その手は変わらず、五条に触れることはなかった。

 

『TIME UP!!!!』

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