普段ずっと中にいる建物に仰々しくいざ外から入るとなると、少し違和感を感じる。そんなことを考えながら五条は雄英の校舎の前に立っていた。
「まあ2回目だけど」
以前筆記試験の方を受けた際も似たようなことを考えていたのを思い出す。
あれから4ヶ月。五条は術式の強化よりも何よりも、勉強に打ち込んでいた。当たり前と言えば当たり前なのだが、雄英高校ヒーロー科は倍率も馬鹿みたいに高く、そのレベルも高い。
実技試験には余裕があったが、筆記試験はそうとはいかない。幸い五条は、術式の理解のために理数系は得意だったため、それ以外の苦手な分野にしぼってひたすら勉強をしていた。呪術高専に通っている以上、受験なんてものは無縁だと思っていたのが懐かしくなる。
とはいえ、五条の要領の良さと努力の結果もあってか、数日前に受けた筆記試験の自己採点は合格平均点を超すことは出来ていた。つまるところ、雄英入学のために立ち塞がる壁は、今から挑む実技試験のみというわけだ。
周りでは自分と同じような受験生が続々と校舎の方へ向かっていた。五条の見た目が特徴的なためか、中にはたびたびこちらを見る目がある。人並み外れた長身、白髪、そしてサングラス。見られて当然の容姿だった。
「いやー、やっぱこれあるとしっくりくるわ」
そう呟く五条が触っているのは、見た目の胡散臭さを助長させていた原因の一つ、丸い縁の黒サングラスである。
五条の六眼は細かな呪力の流れを読み取る以上、その情報の多さから目がとても疲れやすい。しかし、この呪力のない世界においては、そうしたことはほとんどなかった。
それでも五条がサングラスをつけているのは、単純に元々色素が薄めでダメージを受けやすいことや、なにより慣れているからである。ただし、呪力によってものを見ることは出来なくなったので、そのレンズは真っ暗なものではなく普通に透過するものに変えていた。
それにしても人数多すぎだろなどととぼやいていると、前方でやたら挙動不審にしていた縮れ毛の少年が躓く様子が視界に入る。あーあ、と思っていると少年の体が倒れるのが空中で止まる。見れば、近くの少女が助けたようだった。
(ものを止める、いや、浮かす"個性"か?見た目はちょっと似てんね)
そんなことを考えながら、五条は話している二人の横を通り過ぎて、校舎へと入っていった。そのまま雄英高校内の視聴覚室内へと迷うことなくたどり着き、指定の席に座る。着ている服を見るに、席順は学校ごとまとまっているのだろうか。五条の席は一番後ろだった。
他の受験生も着席し終え、しばらく待っているとステージに誰かが上がってきた。サングラスを掛け、金髪をオールバックにしたDJのようなその男は壇上にたどり着くと、受験生に向けて大きく叫んだ。
『今日は俺のライヴにようこそー!!!エヴィバディセイヘイ!!!』
五条はそれを聞いた瞬間、その男の正体に気づいた。
怪我が治ったところでまだ雄英生ではない五条は、運動以外でむやみに校舎を彷徨くことは許されず、基本保健室にいるままだった。
テレビのないその部屋の中では、外の情報を知れるものは面白く、特にラジオは音があって聞くのが楽しかった。そのラジオでも特に、毎週放送されるボイスヒーロー「プレゼント・マイク」のラジオはよく聞いていたのだ。
ラジオしか聞いていなかったので姿は知らなかったが、まさか雄英の教師だったとは。
そんな五条がとった行動は簡単である。
「ヨーコソーーーー!!!!………あれっ?」
最後列から聞こえた叫び声に、他の受験生は皆後ろを振り返った。見ればかなり長身かつ白髪の男が、室内なのにサングラスをかけて腕を振り上げている。
叫んだのコイツか!と受験生が呆れる中、当の五条は周りが思ったよりノリが悪いことを不満そうにしていた。
『オーケェイ!受験番号13829くんナイスな反応サンキュー!!!さあ、受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!アーユーレディ!?』
『「YEAHHHHHHHHHH!!!!!!」』
天上天下唯我独尊。周囲の目程度で、五条は止まる男ではなかった。
二度目ともなると、周りの反応は薄くなっていたが、内心では五条の声をうっとおしがっているのは明らかであった。
これについては、そもそもライヴのような反応を求めたのはプレゼント・マイクの方なので、五条が完全に悪いわけではない。ただ、少なくとも空気はまったく読めていなかった。
『入試要項通り!リスナーにはこの後!10分間の「模擬市街地演習」を行ってもらうぜ!!!』
そうして説明が始まった。三種の仮想
「質問よろしいでしょうか!?」
そう大きな声で言うのはいかにも堅物そうな眼鏡をかけた少年だった。彼はそのまま、配布されたプリントと説明の仮想
ついでのように、先ほどからブツブツと独り言を言っていた別の受験生に注意をする様子を見て、五条はコイツは苦手なタイプだなと考えていた。
「それから一番後ろの白髪の君!」
「あん?」
突然こちらに矛先が飛んできたことに、反射的に五条は苛ついたような声を出す。
「ここは受験会場だぞ!他の受験生の気を乱す行為は止めたまえ!!」
「はっ、ヒーローを目指すような人間がこれしきのことでメンタル乱れるって大丈夫かよ。もしかして向いてないんじゃない?」
「……何だと?」
五条の煽りを真に受けて、少年の声のトーンが一気に低くなる。会場の空気は二人のせいで急激に冷え込み重たくなっていた。
『ハイハイ、そこまで!!受験番号7111くん、ナイスなお便りサンキューな!四種目の
二人の会話を打ち切るように、プレゼント・マイクが説明を再開する。その声を聞いて五条は面白くなさそうな顔をして押し黙った。
四種目の
一通りの説明を終えたプレゼント・マイクから、受験生に向けて雄英の校訓とやらを伝えられる。校訓もへったくれもなかった高専出身の五条はそれを受けて、改めてこれから雄英に入るのだと実感した。
『"
***
「……わかっちゃいたけど、やっぱデカすぎだろ。雄英の敷地だけで高専何個分よ」
そう呟く五条の眼前には、まんま市街地を模した巨大な受験会場がある。保健室の窓から見ているだけでも雄英が大きいことはなんとなくわかっていたが、いざこうして見ると規格外というものだった。
周囲には同じ会場であろう受験生達が、意気揚々と試験開始に向けて集まっている。そこに先ほどの眼鏡の少年の姿を見つけ、五条はげんなりした。
彼はこちらには気づいていない様子で、相も変わらず別の受験生の注意を行っている。よく見ると注意を受けているのは校舎前で見かけた縮れ毛の少年のようだった。
(アイツはアレだな。ああしなきゃ一生気が済まないタイプの奴だ。近寄らんとこ)
他の受験生もそちらに気をとられているのを完全に無視して、会場への入場ゲートの方へ歩を進める。ゲートは既に開いているようだった。
『ハイスタートー!』
プレゼント・マイクの声を聞いて、五条は即座に会場内へ駆け出す。
周囲はその突然の声にあっけらかんとした様子だったが、その後のプレゼント・マイクによる補足や、既に走り出している五条の様子を見て、遅れて一斉に各々の方向へ走り始めた。
「へっ、ちゃんと話聞いてないからこうなんだよ」
先頭を走る五条は余裕綽々といった面持ちでいる。その体は呪力によって身体能力が底上げされており、下手な身体能力向上系の"個性"であれば負けないほどであった。
(よし、あれにするか)
五条が目をつけたのは前方にあるアパートを模した建物である。
地面を大きく蹴り、出っ張っているベランダ部分に飛び乗る。そのままさらに上の階のベランタへと登り、一気に屋上へと駆け上がった。そうして今度は屋上から屋上へ、建物の上を飛び移る。
途中、眼下で既に仮想
「ま、ここらへんでいいかな。ったく、弱い奴等に気を遣うのは疲れるよ」
そうして五条がたどり着いた場所には、まだ人っ子一人いなかった。しかし、地上の方には配置されている仮想
五条のこの試験における作戦はこうだ。序盤に人のいない奥の方で体力の続く限り
この実技試験において、五条が持つ中で最も効率的にポイントを稼ぐことのできる手段は「蒼」を使うことだ。しかし、これは以前にも言った通り非常に五条の体力が削られる。故に試験時間フルで使い続けることは出来ないだろう。
加えて、「蒼」はあくまで引き寄せる反応点を作る技であり、その吸い込む対象を選択することは今の五条には難しい。下手に他の受験生がいるところで使えば、その攻撃に巻き込みかねないし、最悪の場合プレゼンの際言及されていた他者への妨害行為の禁止に抵触する可能性がある。
そのためのこの作戦である。
序盤、まだ他の受験者が比較的手前の
一応似たようなことを考える者も幾らか存在するだろうが、"個性"というふるい落としも相まってその数は問題にならない程度だろう。
「……まだ少ねぇな」
現在既に五条の元には何体か仮想
そう考えた五条は前方にあるビルに向けて「蒼」を発生させた。ビルの窓ガラスは大きな音を立てて激しく割れ、建物全体があっという間に崩壊していく。五条は術式を解除し、一度地上へと飛び降りた。
ビルの倒壊音を聞きつけてか、他の場所から仮想
『標的捕捉!!ブッ殺ス!!』
「ははっ、やれるもんならやってみろよ!!!」
走るその間にも、五条はわざと大きな声を出したり、大きく手を叩いたり、弱めの「蒼」を発動させて建物のガラスを破壊するなどして、徹底的に敵の注意を引きつけた。結果、五条の後ろにはおびただしい数の仮想
五条は再び高所へと移動した。下を見下ろせば、気持ち悪いほどに仮想
五条はそちらの方へと腕を向ける。その手の中には大量の呪力が渦巻き始めていた。
「術式順転、出力最大。────"蒼"!!!」
現在出すことの出来る最大サイズの「蒼」。それを密集している仮想
「まだ、まだっ!!」
下に集まっていた仮想
五条は、いまや巨大な瓦礫の球体と化した「蒼」を、自分がまだ関わっていないエリアの方へと飛ばし始めた。これだけ巨大な反応であれば、飛んでいく過程でさらに何体か巻き込めるだろう。
「……っ!…………ここまでか」
頭に痛みが走る。五条は「蒼」の行使をその時点で打ち切った。
五条が術式を使った時間はそう長くはない。だが、それだけでも「蒼」の通った後は、地面が抉れ、周囲の建物は崩壊し、一帯が廃墟と化していた。
何ポイント稼げたか。それは流石に数えられなかったが、相当数の仮想
五条は体に無下限を張り、呪力で肉体を強化して、入場ゲートの方へと引き返した。
「蒼」によって削られる体力というのは、肉体自体のことではなく、主に複雑な操作を請け負う六眼とそこと深くつながる脳の術式のことである。そのため、いくらもう「蒼」などの大技が打てないとはいえ簡単な術式操作なら可能であったし、そもそもその二つ以外の体の筋肉や器官はまだまだ元気なままなのであった。
単なるステゴロでは当然術式ほどはポイントを稼げるわけではないが、それでもダメ押しのように五条は周囲の
ここに来るまでにも受験生何人かとすれ違ったが、五条の思惑通り彼らは周囲に全く
そうした混沌を見せる会場内に、突如轟音が響き渡る。
何事かと振り返れば、建物と建物の隙間から"ソレ"が巨体を覗かせていた。既視感のあるシルエットをしたその大型のロボットは、派手に街を破壊しながら無差別に暴れ始める。
0Pの仮想
「……あー。盲点だったわ、大きさまで想像してなかった。素手じゃあれは倒せねぇな」
周囲の受験生が逃げ惑う中で、五条は冷静に0Pの仮想
だが、現在素手という攻撃手段しか持たない五条は、流石に規格外の大きさを誇る0P
そうして五条もその場を離れようとしたその時。
────0P
驚く五条の耳には目の前の光景から遅れて破砕音が届けられる。
0P
「……へぇ」
誰だかはわからないが、あの巨体を倒した者がいるらしい。やるじゃん。そう五条は素直に心の中で感心していた。
相当な出力がなければあれを一発で倒すことは出来ないだろう。倒した本人とはもしかしたら雄英で会えるかも知れない。五条の口角は上がっていた。
『終了~!!!!』
「あ」
しまった。野次馬のように見物していたら残り時間で敵を倒すことを忘れていた。だがまあ恐らくポイントには余裕があるはずだ。
まあいいかと、五条は入場ゲートの方へと戻り始めた。
***
「お疲れ様~お疲れ様~、ハイハイ、ハリボーだよ、ハリボーをお食べ」
「あれ?おばあちゃんじゃん」
入場ゲート付近に戻ってきた五条が見たのは、受験生の怪我を治して回るリカバリーガールの姿だった。
「ああ、五条かい。あんたもお疲れ様。見たところ怪我は大丈夫そうだね。あんたもハリボー食べな」
「やりー。ちょうど脳みそに糖分欲しかったわ」
「じゃあ、私は他の怪我人を見てくるからね。試験どうだったかとかはまた後で」
「へーい」
緩い会話のやりとりを終えて、リカバリーガールは近くの重体の少年の元へと近寄る。つられて五条もそちらの方を見た。
全身がボロボロになっている。両足、それから右腕が大きくひしゃげており、皮膚は痛々しい色に染まっていた。よく見れば、彼は試験前に注意されていた縮れ毛の少年だった。うつ伏せの状態で顔が隠れており、その表情は窺い知れない。
ただ仮想
それを見て、五条の脳裏には同級生の顔が浮かんでいた。
アイツもアイツですごい奴だ。この世界だけでなく、元の世界においても、回復能力をもっている人間は希少だ。ましてや硝子はさらに難度の高い、他人を対象とした反転術式を行使できた。一度やり方を聞いたこともあったが、説明が感覚派すぎて全然理解できなかったっけ。
顔を思い出して少し感傷的な気分になったが、一度その気分を振り払う。俺がやらなきゃいけないことはまだまだ沢山ある。今できることをしていかなくては、と五条は気分を引き締めた。
そうして雄英高校入試試験は幕を閉じた。