最強じゃない五条のヒーローアカデミア   作:せり

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呪術廻戦29巻、最終巻発売おめでとうございます。


5.入学

 試験より一週間が経った。五条の目の前には一通の封筒がある。先ほどリカバリーガールから渡された入試試験の結果通知書だった。

 

「直接言いに来りゃいいのに、まあ平等ってことさね」

 

 そうぼやいていたリカバリーガールは現在席を外している。部屋には五条一人だった。

 結果自体は予想できているものの、それでも緊張と興奮が冷めない。世の中の受験生は皆こんなことを経験しているのだろうか。受験生ってすごいんだなと考えながら、軽く震える手を動かして、五条は封筒の口を破った。

 

『私が投影された!!!』

「うおっ?!」

 

 封筒から転がり落ちた円形の小さな物体。そこから映像が壁に映し出される。画面には金髪の筋骨隆々とした画風の違う笑顔の男性の顔面が大きく映っていた。恐らくカメラとの距離がかなり近い。しかし、その顔は流石の五条でも見覚えがあった。

 新聞の記事の中に散々見た顔。No.1ヒーロー。平和の象徴。

 

「オールマイト、だっけ」

『早速だが、試験結果を発表しよう!おめでとう五条少年、見事合格だ!!!』

 

 あくまで事前に撮られた映像を流しているだけのようで、こちらの呟きをそのままにオールマイトは話し続ける。結果を聞いて五条は少し安堵して、その口からは軽く息が漏れた。カメラから少し距離をとったのか、全身が見えるようになったオールマイトは、ピッチリとしたスーツを着用しているようだった。

 

『筆記試験、実技試験、どちらにおいても問題なし!特に実技試験の成績は、()()()()()()()()()()()()()()素晴らしい結果だった!』

「……1位ってわけじゃねえのか」

 

 流石に後半息切れしている状態だったのもあって、オールマイトの言い方的に成績トップを取ることは出来なかったようだ。五条はそこだけ悔しく感じたが、今の自身の状態を鑑みるに、歯噛みするしかない。とりあえず合格は出来たのだ。ここからさらに強くなればいいだけの話だと、そう割り切った。

 

 オールマイトはそれから改めて健闘を称える言葉と雄英で待つ言葉とを付け加えて、そこで映像は終了した。しばらくぼうっとしていた五条だったが、そういえば他にプリントが届いていたと、先ほど破った封筒から紙をいくつか取り出す。

 形式張った合格通知書。今後の予定。そうした紙の中に、試験結果なるプリントを発見する。そこには、筆記、実技それぞれ合格者たちの順位が簡単に記されていた。

 

 五条悟。実技試験()()

 

 その文字を見つけて五条はベッドにゆったりと身を預けた。しばらくそのまま無言で自分の名前を見つめていた。

 

「……あーあ」

 

 感情が冷めたような声。おおよそ温度を感じないその呟きと共に、五条は改めて現実を突きつけられる心地がした。

 

 伏黒甚爾への敗北。ミリオとの引き分け。これまでに五条は何度か勝てないことを経験した。それでも、かつてあった自身の実力への絶対的な信頼と、そこから生じるプライドは、無意識に現実逃避を重ねていたようだった。けれど、それもここで終わり。

 

 俺、最強じゃないんだ。そっか。

 

 立ち位置の失墜。自身が弱い者たち、と定義していた者と同義になったことの確信。それらは大きな穴のように、五条の心に莫大な喪失感をもたらしていた。

 

 同時に思い出すのは、自身の親友の姿。

 彼のことは、五条はあの時高専で別れた以降を知らない。襲撃者の男に殺されてしまったかもしれないし、あるいは返り討ちにして、無事に天内を送り届けたのかもしれない。

 

 まるで、シュレディンガーの猫だ。観測するまで、それは確定事項とはならない。

 ただ、分かっているのは、自身が彼の隣の立場、本来の"共に最強である"という対等な立場から転げ落ちたこと。

 

「私たちは、最強なんだ」

 

 呪いのように、頭の中で言葉が反芻する。ああ、置いていかれたんだ。いや、俺が勝手に落ちただけか。傑は未だに最強のまま、変わりないのだ。

 

「……追いつかなきゃ。強くなって、また傑と肩を並べられるように」

 

 小さく呟いて、改めて決意を固くする。五条の雄英での目標が、ここに定まった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「実技総合成績出ました」

 

 五条ら合格者に通知が届く数日前。入試で採点を務めた雄英教師であるプロヒーロー達は、受験生の結果が映し出されたそのモニターを眺め、各々の感想を述べていた。

 

救助(レスキュー)P0で1位とはなあ!!後半他が鈍っていく中派手な"個性"で寄せつけ迎撃し続けた、タフネスの賜だ」

「対照的に(ヴィラン)P0で8位。アレに立ち向かったのは過去にもいたけど……。ブッ飛ばしちゃったのは久しく見てないね」

「思わずYEAH!って言っちゃったからな──」

 

 実技試験において、雄英側が見ていたのは敵ポイントだけではなかった。審査制の救助活動(レスキュー)(ポイント)。実技試験においても、人を助けるという行動には大きく加点が加えられていたのである。

 合格者それぞれの実技試験の映像が流れる中、彼らの講評はまだまだ続く。

 

「総合2位、五条悟。彼の得点は(ヴィラン)P73、救助(レスキュー)P3か。かなり(ヴィラン)Pに偏ってるから救助(レスキュー)Pはたまたまって感じかな?彼は前半の動きがすごかったね」

「真っ先に会場奥へと移動して、仮想(ヴィラン)をひたすら引き寄せてからの大技による殲滅。そう、あの大技はすごかった!破壊力が他の受験生と比べても段違いだったぞ」

「ただまあ、それで体力がなくなったか"個性"の制限か、どちらにせよ後半は体術中心でポイントを稼いでいましたね。加えて、同会場の緑谷が吹っ飛ばした仮想(ヴィラン)に気をとられて最後の方は動けていなかった。前半稼いだ分の余裕からでしょうか、少し気が抜けていた様に見えました」

「あそこで動けていれば総合1位も狙えただろうに、惜しいな」

 

(………ったく、わいわいと…)

 

 大いに話が盛り上がっている彼らの背中を眺めながら、ボサボサの黒い長髪の男は心の中で毒づいていた。彼はこれから自らが担当するであろう合格者たちのリストを見つめていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『五条、忘れ物は大丈夫かね!なにかあったらすぐにいいなよ』

「わかってるって。ありがとね、おばあちゃん」

『……気をつけてくるんだよ』

 

 そうして五条は電話を切った。その体には雄英高校の灰色のブレザーを身につけている。鏡を見ながら軽く赤いネクタイを整えて、五条は玄関のドアを開けた。

 

 流石に保健室から登校するのはちょっと。

 少し気まずそうにリカバリーガールにそう伝えた五条は、雄英高校付近にあるアパートの一室を借りることになった。治療といい、学校といい、この件といい。その境遇のためいくらか支援金があるとはいえ、五条は本当にリカバリーガールには頭が上がらなかった。

 

 アパートからそこまで離れてはいないため、徒歩で雄英を目指す。途中自分と同じ新入生と思わしき人が同じように歩いていた。入学前より知り合いなのか、中にはすでに仲良く談笑する生徒の姿もあった。

 それを見て五条は、改めて新しい学校生活に思いを馳せる。

 

 五条の入る雄英高校ヒーロー科1年A組は全部で()()人のクラスである。それは他の科に比べれば非常に少ない人数であったが、元々同級生が2人しかいなかった五条にとっては十分多いように感じられていた。なんなら新しい友人を得ることも出来るかもしれない。

 期待に踊る心に合わせたように、無意識に歩く速度が速くなる。気づいた時には雄英の校舎の目の前まで来ていた。

 

 そこからさらに敷地内を歩くこと数分。五条の目の前には、1-Aと記された巨大な扉があった。大きな鼓動を鳴らす心臓を押さえるように口を噤み、その引手にゆっくりと手をかける。

 

「あれ?オマエは……」

 

 そのままガラリと勢いよく開けた扉の先には、ポツリと一人の少年が座っていた。黒髪で眼鏡をかけ、まっすぐと背筋を伸ばした状態の少年。その顔には見覚えがある。紛れもない、入試試験の説明で五条を注意してきたあの少年だった。

 

「実技の時の注意大好きマンじゃん。マジで受かったのかよ」

「君も合格したのだな。周囲の気を乱すのはよろしくないことだが、ともかくこれから3年間共に良き学生生活を送ろうではないか」

「あれは元々プレゼント・マイクがフったやつだろ。フリっていうのは乗っかるのが普通だぜ?むしろそれが礼儀みたいなもんじゃないの?無視の方がむしろ失礼ってか」

「そ、そうだったのか……!俺はなんという勘違いを……すまなかった!!!」

 

 ……あれ?コイツ思ったより単純だな?

 

 心の中で五条はそう思った。

 事実、彼──飯田という男はわかりやすいまでのクソ真面目である。冗談も交えて言った言葉を真摯に受け止められ、真正面から素直に謝られてしまった五条は、すっかり彼への毒気が抜けてしまった。予想外の会話の展開に、いまいち上手い返しも思いつけず「……いや別に……」だとかぎこちない言葉を吐いて、そのままぼんやりと自己紹介などの雑談に移行していった。

 

 そうしているうちに、ポツポツと教室に人が増え始めた。この時点で既に察していたが、どうやら自分は早く着きすぎてしまったらしい。

 ただでさえ、他人との約束事などでも軽い遅刻を繰り返し、それを反省しない五条である。正しい時間感覚はロクに育っておらず、期待にはやる気持ちも相まって、結果的に相当早い時間についてしまったのだろう。隣の眼鏡はどうだか知らないが。

 

 そうして教室に8割方ほど同級生らが集まったくらいで、突然飯田がある方に向けて大声を出した。

 

「そこの君!!!」

 

 急な大声に驚き、飯田の視線を辿れば、そこには尖った金髪の少年が非常に行儀の悪い姿勢で椅子に腰掛けていたのが見えた。飯田は出した声そのままにズンズンと彼に近づいていく。

 

「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の制作者方に申し訳ないと思わないか!?」

「思わねーよてめーどこ中だよ端役が!」

 

 そして言い争いが始まった。ドがつく真面目を発揮し金髪の少年に注意をする飯田だったが、金髪の少年も脊髄反射のごとく言い返す。それは反論と言うよりは罵倒であった。日本トップの学校のヒーロー科に合格したとは思えないほどの口と態度の悪さである。

 五条自身もある程度口が悪い方ではあるが、あれほどまでに酷くはない。井の中の蛙になった気分であった。

 

 また、教室のドアの方には別の二人がこれまた談笑をしていた。試験前に校舎前で見た男女二人組である。加えて、先ほどまで言い争いをしていた飯田も、今度はいつの間にやらそちらの会話に加わっていた。

 

「プレゼント・マイクの言ってた通り受かったんだね!!そりゃそうだ!!パンチ凄かったもん!!」

「いやっ!あのっ……!本っ当あなたの直談判のおかげで……ぼくは……その……」

 

 どうやらあの縮れ毛の少年は緑谷というらしい。その名前を聞いて、五条は改めて試験結果を思い出していた。

 実技試験8位。(ヴィラン)P0、救助(レスキュー)P60という尖りまくった結果は、そのインパクトの大きさから五条の頭に色濃く残っていた。

 一体どうしたらそんなことになるのか。五条には見当もつかないが、ともかく合格できるだけの力はあるのだろうと結論付けた。

 

「お友達ごっこしたいなら余所へいけ」

 

 ぼんやりと会話を聞いていた五条の耳に、冷ややかなその声が響く。どうやら廊下の方から聞こえてきたようで、近くで話していた緑谷達はその声の主の方を見て固まっていた。

 

「ここは……ヒーロー科だぞ」

 

 なにかを吸い込む音と共にそう話すそれは、教室内へと入ってくる。その正体は寝袋をかぶった男だった。突然現れた不審人物に、教室内は困惑で埋められていた。そんな空気を気にしないかのように、男は寝袋を脱いで話を続ける。

 

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」

 

 ボサボサの黒髪と伸ばしっぱなしの無精髭。怠惰の極みのような見た目をしたその男は、外見に反して合理主義であるようだった。その先生のような口ぶりに、教室内はざわついている。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 実際に担任であるらしい。簡潔すぎる自己紹介に、五条はかつての担任の脳筋さを思い出して、真逆のタイプだと感じていた。

 

「早速だが、体操着着てグラウンドに出ろ」

 

 そう言った相澤の手には寝袋の方から取りだしたのか、雄英指定の体操着があった。五条らA組の生徒は訳もわからないまま、それに従って着替えることにした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「個性把握……テストォ!?」

 

 驚くような声が生徒の中から上がる。

 体操着に着替え、グラウンドに出たのがつかの間。相澤から告げられたのは、個性把握テストなるものの実施だった。突然すぎるその事に、クラスはまたもや困惑に包まれていた。

 

 当の五条はといえば、他の者よりは冷静であり、寧ろ初めての雄英における授業だとして、気持ちが上がっていた。

 入学式、ガイダンス。普通の学校ではあるはずらしいそれらの行事。呪術高専出身である五条はそういったものに馴染みがない。そのことも、五条にこの状況を受け入れやすくさせていた。

 

 一連の不満の声を全て切り落とした相澤は、テストの具体的な内容の説明に移る。その話の中で出た"個性"禁止の体力テストとやらも、五条にとってはいまいち馴染みのない行事である。

 相澤は、先ほど飯田と口論を繰り広げていた金髪の少年に、話しかけた。

 

「爆豪、中学の時ソフトボール投げ何mだった」

「67m」

「じゃあ"個性"を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。早よ」

(……!コイツが………)

 

 爆豪。その名前を聞いて、即座に五条はその名前を見た記憶を想起する。

 入試の実技試験1位。緑谷とは対照的に、救助(レスキュー)P0で首位に上り詰めたその結果を見た五条は、雄英ではコイツに負けたくないと密かに対抗心を燻らせていたのだ。

 

(丁度いい、その"個性"見せてもらおうか)

 

 爆豪は、相澤からソフトボールを受け取った。そうして軽く腕の筋肉のストレッチを行った後、大きく腕を振りかぶる。

 

「死ねえ!!!」

 

 ボールを投げる際のかけ声にしては物騒すぎるその声と同時に、大きな爆発が爆豪の掌から発生した。その爆風に乗って、ボールは一瞬で遙か遠くの方へ飛んでいく。

 しばらくすると相澤の持っていた機械から電子音が鳴った。705.2m。画面に映るそれが爆豪の記録であるようだった。

 

 歓声が上がる。ある者は爆豪の超人的な記録に興奮して。またある者は"個性"ありの体力テストという経験したことのないものに心を躍らせて。五条もまた、爆豪の"個性"を軽く把握する傍ら、テンションが上がらずにはいられなかった。そんなクラスの雰囲気を、相澤は両断する。

 

「…………面白そう……か。ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?……よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

 

 急転。その言葉があまりにもピッタリだった。相澤から告げられた無慈悲な通達に、多くの者が戸惑いを隠せず顔を歪めている。クラスは皆先ほどまでのお気楽な雰囲気を無くし、その空気は一気に引き締められていた。

 

 かくいう五条は、相澤の言葉が先ほどまで抱いていた気分に図星だったこともあり、そこは少し気まずく感じていた。

 だが、この個性把握テスト自体は悪くない。五条の頭の中には先ほど以上にやる気が満ちあふれていた。

 

「生徒の如何は先生の"自由"。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

 いつの間にか、五条の口角は上がっていた。

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