やや西日が差し掛かり始めた白い廊下。そこを動く影が二つ。長さの違うその影の持ち主達は、その談笑の声を静まりかえる辺りに軽く響かせていた。
「びっくりしたよ、まさか五条くんがリカバリーガールと知り合いだったなんて」
「そりゃそうだろ。俺が倒れて大怪我してたことは大々的にニュースになったワケでもないらしいし、それもつい数ヶ月前の話だしな」
その正体は緑谷と五条だった。彼らは個性把握テストにおいてそれぞれの理由で怪我を負い、そのため二人そろって保健室に訪れたのである。これはその帰りであった。
「しっかしいざ保健室行ったところで、俺は怪我とっくに治ってたわけで。ったく、大丈夫だって言ったのに、心配性かよ」
「いやでもいくら五条くんが平気だからって流石にあれは心配するよ……。インパクトが強すぎたもん」
腕で呆れるようなジェスチャーを大げさにする五条に対し、緑谷は収めるように軽く笑って返す。保健室から歩いて今まで、当たり障りのない会話が繰り返されていた。
「それに、実際軽い擦り傷だったとはいえ短時間であそこまで治るのは普通じゃありえないよ。もしかしてそれも君の"個性"に関係あるの?最初見たときはシンプルな身体能力増強系だと思ったんだけど……、いやでも立ち幅跳びの時の引っ張られたような挙動もあって………、だけど、さっき聞いた分だと…………。とにかく、あのテスト中ではいまいち全容を掴めなくてさ」
しかし、"個性"の話になった途端、緑谷の口数が増える。若干話す速度が上がり、会話の随所にブツブツとした呟きが混じり始めていた。五条はその大きな変化に少し驚いたが、なんとなく把握したようにそのまま会話を続ける。
「勉強熱心なこった」
「え!いやっ、そんなことないよ、あはは……」
少し茶化しと皮肉を混ぜたようにそう言う五条の言葉を、緑谷は素直に受け取った。思ったような反応が返ってこなかった五条は、返答を新たにすることはなくそのまま頭を働かせる。
実のところ、自らの"個性"もとい術式についてどこまで開示するか、五条はいくらか迷っていた。
初めリカバリーガールに尋ねられた際には咄嗟にサイコキネシスなどとふざけた誤魔化し方をしてしまったが、あれからこの世界のことを、様々な"個性"を知ることで、想像以上に「個性」というものの幅が広いことを知った。
それならば。ならば"個性"として「呪力」というエネルギーを扱えるということにすればいいのではないか?考えたのはそんなことである。
いい加減五条も、サイコキネシスではおおよそ説明できない呪力による身体能力強化や反転術式について、毎回毎回言い訳を考えるのも面倒になりつつあった。もういっそ何から何まで全て話してやろうか。そんな投げやりな考えもポツポツと降って沸いて出ていた。
唯一デメリットになり得るであろう、術式の開示によるバフをのちに受けられないという部分についても、その必要性を大きく感じないこともありその思考に拍車を掛けていた。
……いや、そもそもこんな問題でなぜ自分がいちいち気を遣わなくてはならないのか。その必要なくね?よし、全てゲロろう。
適当な思考でそう決定した五条の行動はご覧の通りである。
「呪力だよ」
「呪力?」
そのまま聞き返す緑谷にそのまま五条は説明を続ける。
「そういう名前の特殊なエネルギーだと思ってくれていいかな。俺はそれを体内で生成できる。これを用いて身体能力の強化をしたり、ものを引き寄せたりする反応を作ったりとか、まあ色々応用が利くわけ」
呪力の源などの根本的な情報や術式の存在などをぼかしつつ簡潔に説明する。これだけフワフワした説明の方が、後は向こうが勝手に思うように解釈してくれるだろうし、五条にとってもそちらの方がやりやすい。
「すごい"個性"だね!……あれ?でもさっきリカバリーガールが五条くんの"個性"はサイコキネシスだって……」
「あーそれ?なんていうか、初め適当に言ったのでそのまま個性届とかも出されちゃったっぽくて、今更どうしようってなってるっていうか……」
「あ、それなら、個性届は後から変更できるよ!実際僕も"個性"の発現が遅かったみたいなので後から修正したことあるから」
「ふうん……。アイツが"無個性"だのなんだのって言ってたのもそういうこと?」
「……えっと、うん、そうだね」
爆豪の話題になると、途端に緑谷のそれまでの会話の勢いが鳴りを潜めた。そのぎこちない様子やテストでの喧嘩勃発寸前の雰囲気からして、凡そ良好な関係ではないだろう。加えて、本人もあまりこの問題を上手く整理できていないようだ。
気質が自己中めなだけで、五条自身は他人、それも同年代との会話は好きだった。そのため、そのまま会話が萎みかけたのを防ぐように、話題を転換させる。
「ていうか、俺はちゃんと"個性"について話したんだからさ、緑谷の方も教えてよ。なんか俺だけ教えたみたいでずるいじゃん」
「……確かに、そうだね!えっと、僕の"個性"は超パワーみたいな感じで、その分反動で体がバキバキになっちゃったりするけど……」
「超パワー、ね。……もしかして入試の時0P
「それは……、うん、そう。もしかして、見てた?その後さっきも言った反動で全身バキバキになっちゃって、麗日さんに助けられたりして自分ではダメダメだったけど……」
「直接見たわけじゃないけどな。つまりアレだろ?反動ダメージの制御さえできればあの規模の攻撃をバンバン出せるってことじゃん。そうなったらめちゃくちゃ強いんじゃない?」
「
五条の言葉を聞いて同意するように緑谷は頷く。その肯定はまるで
決意を語る緑谷を横目に、五条も言葉を漏らす。
「……俺も。テストのやつ見てたんなら分かるかもだけど、自身の"個性"の出力の制御があんま効かない。悔しいけどな。それで結果がこうしてオマエと同じ保健室送りだよ」
それは、ちょっとした弱音だ。本当は言うつもりもなかった言葉が、自然と口から出てくる。しかし、まぎれもない本音でもあった。五条の言葉はそのまま続く。
「だからさ、俺とオマエ、どっちが早く自分の"個性"を制御できるようになるか、勝負しようぜ。勝った方は……コンビニでアイス奢るとか。どーよ?」
「……!!うん、そうだね!勝負しよう!」
緑谷の顔にようやく混じりけのない笑顔が戻る。つられて五条の表情も朗らかなものに変わっていた。
「言っとくけど俺は勝負事には強い自信あっから。すぐ……親友との勝負じゃ俺の勝率の方が高かったし、多分、いや絶対負けねえわ」
「僕だって、負けるつもりはないよ。全力でやるからね」
「ったりまえだろ、覚悟しろよ」
笑い合う二人はそのまま雄英の校舎から外に出て行く。弱気なことを言うつもりは本当になかった。だというのに、今歩く五条の心は不思議な充足感で満たされていた。
じゃあ帰ろうかと校門へ歩いて行く二人の肩に突然手が置かれる。
「君たち、怪我は治ったのかい?」
「わ!飯田くん……!うん、リカバリーガールのおかげで……」
「俺はそもそも行く前から全快してんだって」
いつの間に背後にいたのか、飯田が二人に話しかけた。緑谷は驚きつつ、五条は主張するようにそれぞれ返事を返す。
「しかし相澤先生にはやられたよ。俺は「これが最高峰か!」とか思ってしまった!教師がウソで鼓舞するとは……」
「俺もすっかり騙されたわー。頭ん中ではもう『緑谷を偲ぶ会』の段取り考えてた」
「いや死んでないよ僕!!?」
五条のデリカシーのない発言が飛ぶこの場にいる三人は、残らず相澤の除籍発言に騙された者たちだった。会話が半分被害者の会みたいになっているのもその為なのかもしれない。
「おーい!」
そこに4人目の被害者の声が響く。三人が振り返ると、そこにはショートボブの茶髪を揺らしながらツッテケテーとこちらに駆け寄る麗日の姿があった。
「君は、
「麗日お茶子です!えっと飯田天哉くんに、五条悟くんに、それから緑谷…デクくん!だよね!!」
「デク!!?」
緑谷と入試時に話していたのを見ていた五条は、二人は前からの知り合いなのだと思いこんでいたが、どうやらそうでもないらしい。
「ん?なんか名前もうちょっと違くなかったっけ?」
「あれ?だってテストの時爆豪って人がデクって」
「あの……本名は出久で……。デクはかっちゃんがバカにして……」
「蔑称か」
「えー、そうなんだ!!ごめん!!」
あくまで予想ではあるが、緑谷は恐らくいじめられていたのかもしれない。
"個性"の発現が普通よりかなり遅かったとすれば、きっと周囲からはそれまで"無個性"だと思われていたのだろう。
これだけ"個性"の存在が常識に浸透した社会だ。"無個性"の扱いは想像に難くない。例えるなら、御三家に一般人が生まれるようなものなのだろう。流石にそういった時の呼び名、それも蔑称が嫌である感覚は分からなくもない。
緑谷のこれまでの予想される境遇を少しだけ不遇に感じていると、笑顔の麗日からこんな言葉が飛び出してきた。
「でも「デク」って……「頑張れ!!」って感じで、なんか好きだ私」
「デクです」
「ブハッ!」
「緑谷くん!!」
即答。あまりに速すぎる返答だった。顔全体を真っ赤にして先ほどまでの蔑称を即行で撤回する様に、思わず五条は吹き出してしまった。そのままツボに入ったように笑い続ける。
「浅いぞ!!蔑称なんだろ!?」
「もう良いじゃん!!改名しようぜ改名!!」
「五条くん、君まで乗っかるな!」
「コペルニクス的転回…」
「こぺ?」
雰囲気が一気に明るくなる。そのまま会話は和やかに続いていった。
何度か笑って、軽口を叩いたり、時には驚くような話が出てきたり。雄英は巨大で、故に校舎から校門までの距離はそこそこあるはずなのに、まるで一瞬で着くかのようだった。駅に向かうと言っていた彼らと別れるのを惜しんだ。
五条にとってこれらの体験は、高専の時とはまた別の輝きをもっているようでならなかった。眩しいほどに新鮮で、楽しい。そして、これがまだ初日であるという事実がより五条の胸の奥の期待を膨らませる。家路を急ぐ足取りには、明日を待ち切れない心が滲んでいた。
これほど明日が待ち遠しいのは、自身の親友以外では初めてな気がした。この思いを胸に、今日はぐっすり眠れそうだ。赤く染まった空を見上げて、彼はそう笑った。
***
雄英高校ヒーロー科でも、当然ながら通常の教科の授業は行われている。
プロのヒーローといえど、流石に教職を極めているものは少ない。その普通の内容の授業、五条にとっては内容にいくらか既視感すらあるそれが終わり、午後の時間にこそ、最も生徒たちの期待する授業が待っていた。
「私が~~~~~普通にドアから来た~!」
その大声とともにA組の教室に現れたのは、No.1ヒーロー、オールマイトだった。その登場に教室内の空気が浮き足立つ。その空気感を受けたまま、オールマイトは意気揚々と授業の説明を行う。
「私の担当はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作るためさまざまな訓練を行う科目だ。早速だが今日はこれ!戦闘訓練!」
五条の目が見開かれる。無論それは高揚ゆえだ。事実その口角は大きく上がっている。
他のクラスメイトにおいても、各々が多少違いはあれど、その多くがこの授業に大きな期待を寄せているようだった。クラス中の熱気が高まるのがひしひしと感じられる。
「そして、入学前に送ってもらった個性届と要望に沿ってあつらえた
その一言を皮切りに、A組の生徒は一斉に動き出す。せり出してきた壁に設置されているそれぞれのコスチュームのトランクを手に取り、更衣室へと移動していった。
五条も入学前に同様にコスチュームの要望を出していた。彼にとってコスチュームで大きく優先したかったことは二つある。
一つは左目を隠すことが出来ること。
今現在、五条の六眼は片目のみ失われている。通常呪力のない視界を見る分には特に問題はないのだが、これが五条が呪力を用いて戦闘を行うとなると事情は大きく変わる。呪力のよく見える右目、呪力の見えづらくなった左目。左右で視界の情報量が異なると、非常に気持ちが悪く、混乱しかねない。出来の悪い3Dメガネをつけているようなものだ。そのため、多少遠近感が犠牲になったとしても、視界を右目のみに絞ることにはメリットがある。
もう一つは高専制服と多少似たデザインがよかったことだ。
これはあくまで感覚の話ではあるが、やはり呪術を使うとなると、普段任務でも身につけていたあの服に似たものの方が落ち着くのである。ヒーローとなればそれこそキラキラしたデザインの方がより良いのかもしれないが、五条にとって
コスチュームを着替え終わった五条は屋外へと繋がる通路を歩く。周囲には個性豊かな服装を纏ったクラスメイトたちが同様に歩いていた。このコスチュームはつまり一人一人の思い描く夢を物理的に着ているようなものだ。彼らは例外なく皆テンションが上がっているようだった。
外に出るやいなや、日の光がその姿をはっきり写す。全体的に黒を基調とするのは変わらず、若干伸びた裾に、首回りがゆったりしたつくりとなっている。白髪を上に上げ、左目のみを覆うように包帯が巻かれていた。
「格好から入るってのも大切なことだぜ少年少女。自覚するのだ、今日から自分はヒーローなんだと!」
オールマイトのその声に、五条は心の中で半分同意する。
そう、格好から入るのは大事だろう。だから俺は、ヒーローじゃない。あくまで呪術師としてここに立っているのだ。
…………そう自負している五条は、自身がどれだけ環境と精神と行動とにおいて矛盾しているか、気づいているのだろうか。ただ、自覚の有無に限らず、こうした中途半端な覚悟はいつまでもそのままにすることは出来ない。
──自身の在り方の再定義。いつか、ソレと向き合う時が訪れる。
作中で言及された夏油との勝負の勝率は、五条主観で盛られてます。