ウィズダフネ 短編   作:ドワスレイ

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筆が進んだのでもう一話


なんとかの知恵袋

私は「超」がつくほど勤勉な人間だ。

 

わからないものは「わからない」とはっきりといい、わかる人に「教えてほしい」と頭を下げることができる。理知的で、理性的で、論理的な人間だ。

 

そんな私は、生きていくうえで必要な知識を丸々忘れてしまった。記憶喪失というやつだ。奈落の片隅で目覚めてから、すでに自分の名前すら思い出せなかった。しかし、これだけ勤勉なのだから、記憶をなくすまでは稀代の知識家であったに違いない。世界は惜しい人をなくしたものだ。

 

私はかつての姿を取り戻すために、冒険をしながら多くの知識を集めている。興味深いことに、世界には知っても知っても新たな知らないものがあふれてくる。知識の後ろに別の知識が隠れていて、その陰にまた知識が隠れている。以前同業者からお小遣いをもらった時と似ているように感じた。巾着から、靴の裏から、耳の裏から貨幣が途切れることなく湧いたのと似ている。違うのは、同業者があまり協力的ではないのに、世界は私に協力的であるところだ。全く、世界ってヤツは......。

 

私が最近受けている依頼は、数十人を超える人々と協力して臨むものだ。だから、私が知識を得る機会はたくさん訪れることになる。

 

私のとなりには幽霊のルルナーデがのんきに浮かんでいる。彼女も相当な知識人だが、数百年間奈落に閉じ込められていたせいで、知識に新鮮味がない気がする。簡単に言うと時々ジェネラルギャップを感じるのだ。

 

だから、私は生きている人に話しかける。特に、目の前を歩く金髪のエルフの少女はその脳みそに長い年月を刻んでいる。最近のこともちゃんと知っているし、当然古い時代の知識もある。私にぴったりな人材だ。

 

ねえ、おばあちゃん。あれなあに?

 

「お主の呼ぶ『おばあちゃん』とは、まさかわしかの?」

 

じゃあどこに奈落に潜るおばあちゃんがいるかってんだ。

 

おばあちゃん───エルモンはお気に召さなかったようで、小さい口をぷくっと突き出している。見た目は完全に童女なのだが、れっきとしたおばあちゃんだ。

 

───ああ、呼び方がよくなかったかな。勤勉な私はおばあちゃんの真意に気が付いた。

 

ねえおばば様。あれなあに?

 

「丁寧に呼べばいいと思ったか」

 

おばば様はさらにあきれた表情をするが、いったい何が悪かったというのだろうか。女心は秋の空という。あれは妙齢の女性を口説くときに、女性の気持ちが移ろいやすいことを嘆いた言葉だと思っていたが......。草木が枯れるような高齢でも同じなのだろうか。あるいは、おばば様は見た目通り童女なのだろうか。「おチビちゃん」とでも呼んだほうがいいのだろうか。

 

「すべて口に出ておるぞ! なぁんて失礼な奴じゃ。これまで幾多の人族に出会ってきたが、こんなに礼を欠いた奴は初めてじゃ!」

 

「お前! エルモン様に失礼だぞ!」

 

憤慨したおばば様に、私の胸ぐらをつかむ王国兵。こうやって感情をあらわにするあたり、やっぱりおチビちゃんなんだろうか。同じくらい高齢の幽霊だってこんなに怒りはしないのに。

 

私は観念して「おチビちゃん」と呼ぶことに決めた。なぜか王国兵がさらに首を絞めたが、おチビちゃんがいさめることで手を離した。人を殺すような視線と、悪態と、唾を吐いて。あれが国を護る兵士の所業なのか。私は残酷な世界を憂いた。

 

『確かに、世界は残酷だね。なんでこんな奴が生きていて、私が死んでいるんだろう』

 

傍らの幽霊が勝手なことをいう。そういえば、おばば様もおばあちゃんも、どちらの呼び名もフリーになった。片方あげるよ。

 

『もしかして、私のこと年寄りだと思ってる? 心外だな』

 

「お主は独り言もそうなのか」

 

浮遊霊おばあちゃんは目を見開いて驚きの感情を表し、暫定おチビちゃんはあきれたようにため息をついた。

 

「して、お主。わしに何か用があったのだろう? 何が気になったのじゃ」

 

脱線に脱線を重ね、ようやく本題に戻る。ああ、年寄りは寄り道が大好きなんだった。やっぱりおチビちゃんじゃなくておばば様じゃないか。

 

「貴様! エルモン様に───!!」

 

「よい。もうよい、アルバーノよ。ここで無為に体力を浪費することなどない」

 

「ですが、これ以上の無礼は看過できません!」

 

「気を静めるのじゃ。冒険者とは元来、礼とは無縁の職業。礼を尽くすヤツの方が稀有じゃ」

 

「エルモン様───」

 

何度お預けされればいいのだろうか。従順な犬だってよだれで水たまりを作って、しまいには主人に嚙みつくところだ。もう我慢できないぞ。

 

「わかった、わかった。さっさと用を済ましてしまおう。何を聞きたいんじゃ?」

 

私は先ほど通過した通路のわきにポツンと立っていた、小さなしゃれこうべと骨で飾られた祭壇を説明した。

 

「ああ、あれはおそらく、奈落に住まう人間が作ったものじゃろう。奈落を畏れ、崇拝する者たちがおる。彼らは奈落をたたえ、己に災いが降りかからないよう祈るのじゃ。全く、人をむしばむ悪に縋るとは、趣味の悪い話じゃの。───これでいいかの?」

 

な↑るほど、な↓るほど、な↑るほどー!

 

合点がいった。承知もいった。つまりそういうことなんだよね! さすがおばば様。何とかの知恵袋とはまさにこのこと。また教えてね!

 

「貴様ぁああ!!」




エルモン「キモイんじゃあ~」cvこおろぎさとみ←聞かないと人生の十割損
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