今日は久々に歓楽街へと行こう、そんな風に決めた俺は鼻歌混じりに通りを歩く。
普段はリヴィラの街に行くって言って、実際に経由してから行くんだが偶にはこの時間の賑わいを味わいたかった。
「何か手土産でも……」
あの二人の特訓に付き合ったせいで先週は一回しか行けなかったし、こんな事なら欲しい物でも聞いておけば良かったな。
甘い物は嫌いじゃないらしいし、極東の菓子でも無いかと屋台を探すも見付からない。……そもそも話で聞いた物しか知らないから分からねえな。
「あ、あの! これを受け取って下さい!」
そんな時、人混みの中から出て来たエルフの少女に小さな包みを差し出される。
匂いからしてクッキーか?
「うん? ああ、この前の……」
「はい! バグベアーに食べられる寸前で助けてもらった者です」
「あの時は無許可で抱えて悪かったな。一言必要だった」
薬の材料採取の最中、果物欲しさに寄った十八階層で助けたな、確か。不意打ちで足を切り裂かれた上に岩壁まで追い詰められていたから掴んで転移したが、あの程度で律儀なことだ。
ついでだし治療をしてダンジョン入り口まで送り届けたが、荷物だって置き去りだし、掴んだ時に反応した辺り抵抗があるタイプだと思ったんだがな。
「いえ、平気ですからお気になさらずに。それでは!」
エルフの少女はそれだけ言うと慌てた様子で去って行くし、忙しいのに礼を渡す為に俺を探してたなら教育をちゃんと受けたんだろう。
流石に礼で貰った品を手土産にするのも悪いかなと考えながら歓楽街へ向かっていたんだが……。
「これ、お礼です」
「この前はありがとうねー」
「感謝の品だよ」
何か次々に礼の品をダンジョンや治療院で助けた連中から受け取ったんだが、恩返しブームでも来てるのか?
俺が特訓でダンジョンに入り浸ってる間にそんな歌劇が人気になったとか……。
歌も音楽も好きだ。俺がハープを演奏するのは何故か禁止されたけれど。
ちぃっと興味が湧いたし、誰か詳しそうな奴に聞いてみようかとも思うが、問題はこの両手一杯の礼の品。
市販のお高そうなのは誘拐されそうになってたらしいお忍びで来ている何処かの貴族令嬢で、一番大きいのは姉の形見をギルドに届けた礼にアマゾネスがくれた肉料理。
うん、人助けってのはするもんだな。
「あっ! おミャー随分と美味そうな物持ってるニャ。こんな時間にこんな方向に行くって事は歓楽街かニャ?」
「そういうお前は制服姿で堂々とサボりだろ、アーニャ」
横から無遠慮に伸びて来た手をヒョイと避ければ不満そうにするアーニャ、どうやら仕事をサボって遊びに来ているらしいが、忙しい時間帯だろうに良いのか?
この後で現実を落とされるだろうによ。
「同好の士が早死にするなんて悲しい事もあるもんだ。死因・店長の制裁」
「縁起でも無ェ事言うんじゃねーニャ!? むっふっふ、即戦力が入ったからそこまで忙しくないのニャ」
「それはそうとサボるなよ」
アーニャが言うには新人は直ぐに店に慣れて、今じゃ店長の代わりに的確に指示を出してるとか。
「だからニャーやクロエが少しくらい遊びに抜け出しても構わないのニャ」
いや、そんだけ優秀なのが入ったんならサボり癖がある奴なんてクビにまではならなくてもシフトと一緒に給料も減るんじゃね?
得意気に胸を張る友人にそれを教えるべきか否か、それがちょっと問題だが、サボる方が悪いから黙っている事に。
「それで女に会いに行くなら、他の女から貰ってたその荷物は無粋だニャ。ほれ、ニャーが預かってやるから行って来るのニャ」
「分かった。食うなよ?」
「……食わないのニャ」
あっ、これは食うな。だからってホームまで戻るのも気分的にな……。
アーニャの目は男を狙う時のアマゾネスに似ているし、神じゃなくても嘘だって分かるぞ。
分かり過ぎるにも程があるだろ。
「せめて俺の分は残しておけよ?」
「了解だニャ。それより次は何時……」
合唱の為に集まるのか、そう言おうとしたらしいアーニャが突然顔を伏せて俺の陰に隠れる様に身を縮こませた。
視線の先に居るのは豊穣の女主人でも偶に見かけるアレン、俺をダンジョンで襲おうとしたから顎に一撃入れて沈めた奴だが知り合いか?
「……ふん。クズが何やってやがる」
俺を……いや、アーニャを見て不愉快そうに鼻を鳴らしてから何処かに向かって行くんだが、尻に一撃入れても良い気がすんな。
「彼奴も歓楽街に行くのかね? 女神一筋かと思いきや、この前も歓楽街に居たし」
「兄様がっ!?」
え? 兄妹なのか? 驚いてるが、俺も驚きだよ。
俺もこの前行った時、テレポートで到着した際の探知範囲にアレンの反応があったから驚いたんだよな。
イシュタルがフレイヤを敵視しているらしいし、コッソリ会ってるみたいだから見ない振りをしたけれど、さっきの態度が不愉快だから妹にバレたって別に良いだろ。
「取り敢えず店の近くまでは送って行くぞ」
それはそうと随分と兄妹関係を拗らせてるみてぇで大変そうだな。俺も一時期急激に強くなって行く姉貴に置いて行かれそうで拗らせかけてたし、友人だから他人事とは思えねえ。
流石に落ち込んでる友達を放置も出来ねえし、店の近くまでは連れて行くか。
……リオンとは会いたくないんだけれどな。苦手なタイプだし、名前がリューだぜ? ロストール王家の家名なせいで嫌でもティアナ様達を意識しちゃうしマジで苦手だわ。
「ふーん。その新人は随分と気に入られてるんだな」
「ちょっとリューが嫉妬するレベルでニャ。文字の勉強とか教えてるし、日用品の買い出しのついでに街の案内とかもして、昨日なんてお泊り会までしたもんでリューが放置されて拗ねてたんだニャ」
本人は否定してたけれど、そんな風に話すアーニャは少しは元気を取り戻したらしい。
あくまで少し、表面上は明るいが兄貴に睨まれて罵倒されたのが予想以上にショックだったみたいだ。
魔法でパッと向かっても落ち込んだまま戻るだろうから並んで歩き、店の裏手まで来ると荷物を手渡す。
「じゃあ、明日にでも様子を見に行くから……菓子とかのな? 取り敢えず預かっていてくれ。預かり賃に少しは食って良いから」
「……サンキューだニャ」
後は店長やら他の仲間やら付き合いが長かったり事情に詳しい奴に任せた方が良いんだろうがな。
差し出された拳に拳を軽く当て、店から離れた所で思い出す。
「新しい店員って名前何なんだろうな。まあ、滅多に行かない店だし別に良いか。気になったら聞けば良いし」
俺がこの時の選択を後悔するのは数日後、時間を巻き戻す魔法が欲しいと強く願う事態になった後だ。
「休…み……?」
そして向かった歓楽街の大門前。引き受けたからには徹底的にとアイズとレフィーヤの訓練に付き合い、合間合間で治療院の手伝いや薬材集めをこなしたりやって、俺の心はお疲れだ。
それを癒す為に春姫の膝枕目当てで来てみれば、俺と同様に門の前で呆然と立ち尽くす男達。
「ばんなそかな!?」
「眷属の眼を盗んで資金を持ち出したのにっ!?」
「サービス券の期限が今日までなんですけれど!?」
うん、あの見苦しく騒ぐ神連中を見ていたら冷静になれたな。にしても急に休みって……病気でも流行したか?
「なあ頼むよ。今頃眷属に絶対バレてるから今後来るのが難しいんだって!」
「帰れ。休みだ、休み」
門の前に立つアマゾネス達は必死に懇願して中に入ろうとする神を雑に追い返し、理由を尋ねても主神の意思だとしか答えない。
病気だってんならうちみたいな弱小は兎も角、アミッドの所は慌ただしくなってそうだが、場所が場所だけに内密にって感じか?
「ちょっと来な」
それなら俺の魔法を頼りそうなもんだと考えつつ、俺だと知られれば魔法で中に送れと言い出す奴が出そうなのでその場から離れたんだが、路地裏から声を掛け手招きするアイシャの姿があった。
春姫が無事か聞きたかったし都合が良いと着いて行けば表通りからは見えない場所まで来たんだが、内密な話だって事で間違いは無いと。
こりゃマジでヤバい病気でも流行ってるんだな。
「……春姫は無事か?」
「っ!? 何処でその話を聞いたんだい?」
探りを入れるのも面倒だとストレートに聞いてみたんが、途端に警戒を見せられる。
これは大当たりの上で秘密を誰かから聞き出したって思われてるのか。
「その反応からすると春姫にも感染してるのか。……それでわざわざ俺を呼んだんだ。治せって事だろ? 良いぜ。片っ端から治すから病人全員集めな」
アミッド辺りは治療の対価の必要性をコンコンと説いて説教して来そうだが、それは後だ。
病気でも堂々と医者を呼べないのなら俺が行くしかないし、彼奴だけ治すのもどうなんだって話だが……。
「いや、何の話だい?」
「え? 大規模な感染症を隠す為に閉鎖してるんじゃないのか?」
返事に眼を丸くして固まったアイシャは暫く何かを考え込み、納得が行ったかの様に頷くと吹き出した。
「ぷっ! あはははははっ! 違う違う、イシュタル様が欲しがってた物が遠くで手に入りそうと思いきや、救世主って奴の余計な横槍が入って台無しになってね。それで不機嫌になってんのさ」
腹を抱えて暫く笑い、イシュタルは意外な事にその辺はしっかりしているとか。
荒々しいから誤解されがちだが、ちゃんと団員への愛情は確からしい。
問題は価値観の違いだけれどな。
にしても救世主……エルファスの奴、何をしたんだ? あれ、待てよ……ー
「うん? 春姫は無事かって聞いた時の反応は何だったんだ?」
「あの馬鹿、娼婦としちゃ使い物にならないポンコツだからね。暫くの間、アンタが来た時以外はイシュタル様の小間使いに変更したのさ。……警戒の方はアレさ。ブツがブツだけにって事だよ」
……成る程、違法な品って訳か。前にギルドと揉めて勝ったから強気に出られるが、違法な取引の関与が疑われたら……って奴ね。
「アンタの主神を侮辱したのは謝るよ。それで何で呼び止めたんだ?」
「まあ、特別サービスって訳だ。この前、宴に呼ばれた先でフレイヤに魅了されずにイシュタル様へのと同じ対応だったって客から知ってね、アンタは特別に入れてやるから魔法で入って来な」
勿論他の客には秘密だ、そんな警告を受けながらも俺は歓楽街を囲む塀の内側へと瞬時に移動する。
灯りが殆ど消え、客も呼び込みも居ない街に時々響くのは住人達の声、そして幾つかの視線を浴びつつも何時もの店に行けば中ではなく玄関で春姫が待っていた。
普段の赤い着物ではなく色鮮やかな花の模様の物に少し底が厚い極東の靴、歩きにくそうだなって思う。
「今宵はお店はお休みですし、イシュタル様から店の中でのお相手ではなく、外で“でぇと”をしろと命じられまして。……宜しくお願い致します」
普段のお伽噺を楽しんで語る少女の姿は何処かに隠れ、薄化粧をした気品ある佇まいで静かな笑みを浮かべる姿は何処かの貴族令嬢にさえ見える。いや、そもそも名家の出だったか。
これが本来の春姫の姿だったのか、と思ったんだが尻尾がパタパタと激しく動いているんだよな。
今回みたいにデートとして出るのは初めてだし、少しでも嬉しいと思ってくれているか。
周囲から感じる視線はこういう事か。成る程な、面白半分って事だろうが、ま、良いか。
普段の魔石灯に照らされた部屋の中で見る春姫も綺麗だが、月明かりの下で見る春姫も美しい。
「普段の魔石灯に照らされた部屋の中で見るお前も綺麗だが、月明かりの下で見るお前も美しいな、春姫」
「はわわっ!?」
自然と口から出ていた言葉に春姫は即座にボロを出し、浮かべた笑みもパニックを起こして普段の少女の物に戻った上で転びそうに。
ほら、思った通りに歩きにくそうだ。
慌てず春姫を受け止めたが、正面から軽く抱き締める形に。周囲から歓声が上がるが、酒の匂いも漂って来て完全に楽しんでやがる。
「あわわ、あわわわわわわっ!?」
「おーい。落ち着け、春姫。デートするんだろう、デート」
「は、はい! 是非ともご一緒に街を歩きたいのですが……」
肩を掴んで軽く揺らして話し掛ければ我に返ったみたいだが、俺にもたれ掛かったまま起き上がる様子すら見せない。
足でも捻ったって感じでも無いんだが。
「あの、情けない事なのですが、実は緊張のあまり足腰が立たなくなって、そのぉ……」
「まったく、何をやっているんだい、この馬鹿狐。『運び屋』、その馬鹿を運んでやりな。方法は分かるね?」
「アイシャ様!?」
何時の間にか追い付いたらしいアイシャの言葉に春姫は真っ赤になって余計にフラフラし始めたんだが……うーん。
「悪い。こんな時にどうやって運べば良いんだ?」
田舎育ちの上にずっと旅ばかりだった俺に難しい事を要求しないで欲しい。いや、何か一斉に呆れ顔を向けられてるんだが、どうすれば良いのか教えてくれよ。
「はぁ……。アンタ、どんな所で育ったんだい?」
「畑以外に殆ど何も無い場所だな。でも黄金色に輝く景色は美しいぞ」
「取り敢えずアタシが手本見せるから同じ様にやってみな」
あっ、はい。えっと、膝の裏の少し上と腰辺りに腕を持っていって……。
「これがお姫様抱っこって奴か」
「はうぅ……」
星空の下、屋根の上に立って春姫と共にオラリオの夜景を眺める。このデートで歩き回って良いのは歓楽街の中だけ。
楽しい場所もあるんだし、俺も詳しくないとはいえ色々と案内してやりたいんだがな。
「春姫、行ってみたい場所はあるか? 流石に主神がぶちギレて二度と会わせてくれなくなりそうだから連れ出せないがな」
残念だ、と冗談を言ってみるが春姫からの返事はない。顔を見れば夜景ではなく俺の顔だけを紅潮した顔で見詰めているだけだ。
普段から俺の顔なんて……いや、違うな。この光景の中で見る春姫は何時もより綺麗に見える。
気が付けば俺は春姫を少しだけ抱き寄せて近付けていた。
「……おっと、悪い。つい、な。」
「は、はい。春姫は構いませぬので……」
「あっ、そうだ。最近ちょっと纏まった金が入ってな。約束の金額まであと少しになったぞ」
娼婦をお休みの期間が何時までなのかは分からないが、この調子なら一億ヴァリスの支払いも済みそうだな。
伝え忘れる所だったので慌てて教えたが、春姫は数秒固まった後に俺の首に回した腕に力を込めて胸に顔を埋める。
これはアレだ。ぬか喜びにならない様に頑張らなくちゃな。……宝石樹の実の分け前を主張して良かったよ。ボールスがウダイオスの剣を預ける代わりに一般価格の九割で買取りさせられるボールスの顔も笑い物だったし。
「まさかアイズとレフィーヤが遠征前にランクアップするとはね。……ちゃんと伝言も頼まずに長期間潜っていたのは困ったけれどね」
そろそろ遠征についての話し合いも進むロキ・ファミリアのホームにて夜遅くまで続けられる話し合い。話題に出たのは荷物も纏めずにダンジョンに潜ったアイズと、許可を取らずにそれに同行したレフィーヤについて。
本来ならば幹部と幹部候補という立場からして罰則は必要となる行為であり、昔の悪い癖が再発したアイズと、それがレフィーヤにも感染したのかと思うと頭が痛くなる。
「ああ、本当に困ったものだ。力を求めるのは結構だが、無茶をする癖が他の団員にまで広まったらどうなる事やら。……胃まで痛くなって来たぞ」
他の団員にも遠征前に無茶をして大怪我をする者が出ては困るとフィンは苦笑しリヴェリアは頭に手を当てていた。
「魔力は良いとして耐久まで無茶苦茶上がっとったし、どんな経験積んだんやろな、レフィーヤ」
「本人達から聞き出そうにも黙りを決め込んでおるしのぉ。二人揃って顔を青ざめさせておったが」
「妙なスキルまで発現したしな」
レフィーヤに今回目覚めたスキルは二つ、その片方は魔法を二つはなつ為の物だったのだが問題はもう一つ。
≪スキル≫
【
・任意発動
・発動時に魔力の数値及び成長に高補正 魔法技術の向上
・時間経過と共に効果上昇
・発動中、狂化が進み続ける
「マジで何を……誰とやったんやろな」
影響を与えた誰かが裏に居る、そんな確信を持つロキ達なのであった。
「あの、アイズさん。何時までこれを下げていれば良いんでしょうか……」
「分からない……」
尚、二人には当面の間の雑用当番及び首から『反省中』と書かれた板を下げさせられ続けていた。買い出しなどの外出時もである。
ニアミス!
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