この日、タケミカヅチ様から指導を受ける内に眷属間でも交流が生まれた事もあり、僕の快気とランクアップを祝ってくれる事になったんだ。
「遠慮無く飲み食いするが良い。食材の多くは桜花達が釣った魚や採って来た山菜だ」
聞けば故郷で孤児を養う為に仕送りが必要なのに故郷の料理を用意してくれて、命さんもランクアップした事もあって互いに中層に慣れたら一度組んでダンジョンに潜っても良いかも、そんな話題を交わしつつ僕と神様は極東形式の宴を楽しんでいた。
「この油揚げでしたっけ? 変わった食べ物ですね」
甘い物は苦手なんだけれど、それを知っていたから普段は甘辛く味付けしていた油揚げの煮物もお醤油って珍しい調味料を中心に辛めに味付けをしてくれていて、それを食べていた時だった。
「そういえばタケ、確か極東じゃ油揚げは狐の好物って伝わってるんだっけ?」
「狐……そういえば春姫殿はご無事なのでしょうか」
ぶっ!?
命さんが口にしたその名前を耳にした瞬間、僕とタケミカヅチ様と神様は思わず吹き出してしまいそうになる。
既に事情は聞いているけれど、その春姫さんは故郷で行方不明になった後でイシュタル・ファミリアで娼婦をやっているってのは眷属には秘密だってタケミカヅチ様から聞いている。
その後は聞いちゃ駄目な事だろうから話題には出さなかったけれど……。
「あ、ああ、そうだな。愛しい男でも出来ていれば良いのだが、うん……」
「そ、そうだぜ。イシュ……何時か再会出来るさ」
ちょっと神様!? その言い方だと春姫さんの事を知ってるみたいに聞こえるんですけれどぉお!?
慌てて誤魔化した神様だけれど桜花達、特に命さんと千草さんは訝しげにしていて、タケミカヅチ様も目が泳いでいる。
「そ、それにしても前に一度だけ話題に出した春姫について覚えているとはな、ヘスティア」
「う、うん。ギルく……タケが懐かしそうに話すもんだから覚えていてさ」
何とか誤魔化そうとして墓穴掘っている神様。タケミカヅチ様がフォローしてくれたのに余計に穴を深くしているし。
「イシュ……まさか? そ、そうでしたか。ベル殿達も春姫殿について聞いていたのですね。で、では楽しい宴を続けましょう。いやー、魚とか美味しそうですねー」
そして命さんは神様と同じで隠し事が致命的に下手だ。騙された振りをしてくれているけれど、ギルの名前だって出しちゃってるし。
普通を装う積もりの命さんは千草さんと目配せをして内緒話をしているし、これはちょっと不味い事になるかも……。
ギルに回復してもらう時に聞き出そうとするかも知れないし、先に打ち合わせをしていた方が良いよね?
今日にでも抜け出して聞きに行かないと良いけれど……。
「成る程ね。それで歓楽街にまでやって来たって事か。上級冒険者になった祝いに大人の階段昇りに来たのかと思ったぜ」
「違うよっ!? 夜中に抜け出した二人を追って来たんだ。タケミカヅチ様は目立つし主神が何かしているってイシュタル様に知られたらって事で僕と桜花が来たんだけれど、人混みに飲まれてはぐれちゃって……」
ベルからその後の話を簡単に聞いたが、桜花の名前を呼んで探していたらアイシャに遭遇、最速記録とはいえ一度だけしかランクアップしていない事からLv.2までのアマゾネスに追われて最終的に飛び込んで来たって事らしい。
壊れた窓を見てヘスティアの所に修繕費が請求されたりするのか、そもそもアマゾネス達が追い回したのが悪いんだってとも思えるが、ファミリアの力の差を考えれば請求される可能性も高いだろう。
「えっと、それで邪魔してごめんね? 直ぐに出ていくから……」
サッから状況を説明する間もモジモジしていて何がどうしたんだって思ってたんだが、俺と春姫が娼館で二人っきりな上に座って正面から抱き付いて来た春姫を支えている状態だ。
普通に考えれば今からおっ始める一秒前にベルが突っ込んで来てお邪魔虫になっているって思うよな。
外からはベルを探す声が響いているし、窓に気が付いて誰か来るのも時間の問題だ。
「もう遅い。来るから其処の戸棚の陰にでも隠れてろ。俺が誤魔化してやるから」
ほら、さっさと隠れろと片手で戸棚の方を示せば廊下の方から聞こえてくる数人の足音。叫びそうになるベルに人差し指を唇に当てて黙らせて隠れたのを確認するのと扉が開くのは数秒の差だった。
入って来たのはアイシャと取り巻きのアマゾネス達。
「ちょっとだけ邪魔する……マジでお邪魔だったみたいだねぇ」
さて、ベルが入って来てから黙ったままの春姫だが、ずっと抱き付いたままだなんて普段の姿を見てりゃ無理だと分かる。
なのに喋らず離れず、理由は俺に抱き付いた状態で気絶したから。ベルが飛び込んで今の状況を見られたショックで気絶してるんだ。
初夜を覗かれた、とか言って気絶しながらも腕はガッチリ俺の首に絡まったままなんだよなあ。
鎖骨見ただけで気絶、胸見られただけで気絶、娼婦なのに膝枕が精一杯。だからアイシャ達も平然と入って来たのに現実はこの通り。
「うわぁ。春姫の奴、見られて気絶してるよ」
「イシュタル様に知られたら叱られちゃわない、私達? 落ちこぼれが漸く抱かれようってのを邪魔すんなって」
「最近機嫌悪いもんねー」
「……あっ、そうそう。少し部屋を空けている時にイシュタル様の部屋にこそ泥が入ってね。警備の連中がピリピリしているから今日は泊まっていきな」
気まずい空気に最初の目的を忘れたのかアイシャ達は去って行くんだが、ベルが盗人扱いされているのか、それともイシュタル・ファミリアに盗みに入る無謀なのが居るのか?
……そもそも盗みに入られたなんて恥をどうして俺に教えた?
「取り敢えず春姫を起こさないとな……」
ベルが突っ込んで来たから忘れていたが、再び恥ずかしさが込み上げて来る。耳元で春姫の息遣いが聞こえて来て少し欲望が膨れ上がりそうだ。
寝心地が良さそうな布団も目の前にあるし、抱き付かれたまま添い寝とかしたい。髪の匂いを嗅ぎたいし尻とか指先で突っついたいんだけれど……。
いや、駄目か。寝ている間に身体を好きに触るとか。
「……おーい、起きろ。俺から情報を仕入れるんじゃなかったのか? 主神に叱られても知らねえからな」
春姫の腰の辺りに手を当てて支えなから揺するも起きる様子がない。密着した身体を動かしたせいで擦り付けさせるだけになっているし、俺には刺激が強過ぎるんだよなぁ。
戦争も世界の危機も乗り越えて来たし、急に増えた姉二人のスキンシップは激しかったが当時は実の姉って認識だった。
「これだけ美人が無防備な姿を晒して今まで無事で済んだのが奇跡みたいなもんだよ。うん、その辺は主神から子供への愛情って奴か」
流石に俺でも何となく理解しているさ、吊り橋効果やらかどうかは分からねえんだが、春姫から好意を向けられているってな。
だってアトレイア様が姉貴に向けていた目と似ていたから……。
「でもなぁ……」
俺って流石に大陸間を移動は出来ないし、諸々の問題を解決して方法を見付ければ故郷に帰る予定だし、俺自身の感情が友情なのか恋愛なのかハッキリしていないからな。
「取り敢えず今は心地良い関係を楽しむか。ちょいと無責任な気がするんだが」
春姫を支える為の腕の力を少しだけ強める。欲望も静めて今日は此処までだ。ちょっとならば流されても良いが、これ以上はちょっとの範囲を越えちまうからな。
「春姫、お前ファミリア追放な。この私の下に居ながら娼婦として扱い物にならないとか要らないね」
「えぇっ!?」
翌朝、早朝に春姫を抱き締めた姿勢で目を覚ました俺達はイシュタルにホームへと呼び出されたんだが、朝の挨拶をする暇すら与えられずに一方的な解雇通知。
俺が支払った春姫の独占料金一億ヴァリスはどうなるんだよと思ったが、そもそも娼婦じゃなくなるんだから春姫からすれば良いのか?
「えっと、それで今後はどうすれば……」
「知るか。其処の男にでも養ってもらえば良いだろう?」
当の本人は元々解放されていたのと同じ役目からの正式な解放、十一歳の時から暮らしていた場所から事前通知も無く追い出される事が急に決まって戸惑い半分って所か?
イシュタルはそんな様子を分かっているのか紫煙を吐き出しながら気怠げにするばかりで直ぐにでも出ていけと言わんばかりだ。
「あ、あの、長い間お世話になりました、イシュタル様」
「お前がやらかせばこっちの顔にも泥を塗るんだ。次の所では足引っ張る真似をするなよ? 出戻りを受け入れてやる気は無いからね」
その場で三つ指付いて深々と頭を下げる春姫に対してイシュタルは一切の興味が失くしたみたいに顔を向けもしない。
でもまあ、要らないから捨てるってのが本気ならわざわざ俺を同席させる必要性は無いんだよな。
「……おい、ミアハの所以外に改宗させる気なら生半可な所は止めておきな。じゃないと抱えきれないだけの物をその馬鹿娘は持っているんだからな」
最後に出ていく俺の背中に忠告が投げ掛けられて俺達は歓楽街を後にした。もう二度と足を踏み入れぬであろう育った場所を春姫は一度だけ振り替えると俺に寄り添って歩いていく。
「まさかお前が脱退するなんてさ。世間知らずが外で上手くやれるか心配だね」
門番は顔見知りなのか首輪を外して出て行く時に肩を竦めて驚いた様子で声を掛け、最後にヘマをするなと笑いながら送り出していた。
「心配はしてくれているんだな」
「はい。駄目な仲間とだけ思われていると認識していましたが、浅はかだった様です……」
「そんなもんさ。人から向けられる想いへの認識なんてな」
未だ太陽が昇り切っていないせいか人通りが殆どないオラリオの通り。歓楽街から出る事がなかった春姫からすれば、近くて遠い、そんな話に聞いただけの場所だ。
私物は住処が決まり次第連絡すれば送り届けてくれるって事で昨夜から同じ着物で俺の隣を歩き、不安もあるのか腕を組んで来た。
さてと、別のファミリアに入る下準備はしてもらっちゃいるがミアハに頼むのが……うん? ステイタスの更新って背中は晒すよな?
エルフが少ししか森から出てこないのって、外で暮らすな必要になりそうな恩恵を得る為に肌を見せる必要があるからじゃ?
フィルヴィスは男神相手のファミリアをよく選んだよな。同性でも本来は無理だって教えなのを聞いたぞ?
まあ、少なくても春姫は女神相手なら大丈夫だろうな。つまりミアハは無理だ。団長が見張る中で目隠しさせてやるしかねえし可能不可能でいえば……。
「春姫、昔馴染みのタケミカヅチ・ファミリアの所と俺がいる所の……」
住処も食事も十一まで育った環境と同じ文化で、付き合いだって長い連中と一緒に過ごす、そっちの方が良いんじゃないかとは思う。
それでもミアハ・ファミリアを選択肢に提示するのは未練なんだろうが……。
「ギル様のお側に置いて下さい」
「うん、どうにか考える……」
組んだ腕の力を強めながらの即答に嬉しさと気恥ずかしさの二つが込み上げて来る。
未だどうすれば良いのか思い浮かばないのに安請け合いしてしまったが、口にして相手が期待した以上は……。
俺が守らないといけない、そんな決意をした瞬間に変態に遭遇した。
「.……下がれ。良いと言うまで出て来るな」
路地裏、店の裏口横のゴミ箱の陰に隠れて表の様子を伺う大柄な男。屈強な肉体を隠すのは褌のみで、顔は手拭いを巻いて目の下から全てを隠した顔。
百人中百人が変態だと判断する変態。神は判定者に加えない、だって神だから。
イシュタルなんて僅かな布だけだったし。
咄嗟に春姫を俺の背中に隠して変態の視界を遮れば、向こうも俺が見ている事に気が付いて慌てふためくが、誰か分かると安堵した様に胸を撫で下ろして手拭いに手を伸ばした。
「ギル! 丁度良かった。俺は……」
「人違いです人違いです。【テレポ……】」
少し街中を見せたかったから徒歩で移動していたが、変態が近付いて来るなら話は別だ。
こんな所で気絶されても困るのもあって魔法で逃げようとしたんだが、関わり合いになりたくない変態の顔が見えると思わず止まってしまう。
「桜花、お前って露出狂だったのか……」
「断じて違う! 歓楽街に行ったら気に入られて路地裏に連れ込まれて、全裸一歩手前で逃げて隠れながら何とか脱出したんだ」
泥棒騒ぎがあって警備が歩き回ったって割には見つからなかったんだな、この大男が。
「怖かった。心の底から怖かったっ!」
「あー、はいはい。取り敢えず待ってろ。先にホームに帰る用事が……あれ? ベルはどうしたんだっけか?」
確か桜花と一緒に歓楽街にまで来た後で逸れた結果、俺がいた部屋に飛び込んで来たから匿って……そのまま忘れてたんだっけか。
「そうだ! ベルと逸れたんだっ! 探しに行かなくてはっ!」
「……俺がホームに帰ってないか見て来るから。いや、本当に話がややこしくなるから待っててくれ」
成る程、これが春姫が言っていた英雄を破滅に導くって奴か。ベル、美味しく頂かれてなきゃ良いんだけれどな……。
「酷いよ、ギル!? 出るに出られずに隠れてたら抱き合って座ったまま寝ちゃうし、掃除しに来た人に見つかって事務所まで連れて行かれたんだからね!?」
「だから悪いって。今夜は飯奢ってやるから機嫌直せ。……それで窓壊した分の修繕費とか請求された?」
「……うん。窓枠の飾りが壊れたからって結構な額を。営業時間は終わったし逃げ隠れするだけの雄には興味が無いって言われて、もう追い掛けられずに済んだけれど……」
速攻で春姫をホームまで連れて行き、ちょっと訳ありだと説明もそこそこに舞い戻った歓楽街。
少し呆れた様子のアイシャに案内された先で涙目になったベルが待っていた。
「ついでに昨日着物剥ぎ取られたまま逃げ出した奴は知り合いだろう? その坊やの名を出してたらしいからね。ほら、ちゃんと持っていってやりな」
ベルは請求書を、俺は桜花の着物を受け取って歓楽街から慌てて出て行く。
「街中でほぼ裸とは変態め! 一旦詰所まで来てもらおうか」
「ちょっと待ってくれ! これには事情があるんだ!」
そうしたら手遅れだった。
ガネーシャ・ファミリアの団員に囲まれ、裸が見えない様に毛布を体に巻かれてグルグル巻きに縛られて連れて行かれる桜花を俺とベルは野次馬の後ろの方から眺めると
「桜花、僕が逸れたりしなければ……」
「その場合二人揃ってアマゾネスに童貞奪われてただろうな。さて、桜花に気付かれて周囲に仲間だと思われる前に逃げるぞ」
「えぇっ!? いやいや、駄目だってっ!?」
ベルは慌てているが、顔だって隠れているしガネーシャが聞き取りすれば被害者でしかないって分かるんだ。
此処で少し話題になっているベルが飛び出す方が大事になっちまう。
「歓楽街が近いからな。向こうも事情を予想した上で放置は出来ないからの現状だろうから」
だから今は身を低くして見捨てた事を悟られるな、とベルの頭を掴んで人混みに隠れている間に桜花は連れられて行く。
「俺は無実だぁああああー!!」
うん、後で差し入れでも持って行こうか。
「お帰りなさいませ、ギル様!」
俺がホームに帰ると声が聞こえたのか春姫が嬉しそうに出迎える。少しは事情を説明しただろうが俺からも補足が必要だと思った時、少し離れた場所から声が掛けられた。
探知を怠っていた、完全に油断だ。
「ギルさん、少し宜しいですか? ディアンケヒト様の事で少しご相談が……新しい団員の方でしょうか? 初めまして。ギルさんとは仲良くさせていただいている者で、アミッドと申します」
春姫の姿を見たアミッドは一瞬だけ何かを考える様な仕草の後、丁寧に頭を下げた。
……あれ? 更に離れた場所でシルが笑い堪えてねえか!?
フレイヤ・ファミリアルート
それは偶々ファミリアを探している時に勧誘された。それだけだったんだが.…
「なあ、ヘディン。何で俺とお前ばっか書類仕事しているんだ?」
「私とお前しかマトモに出来んからだろう。口ではなく手を動かせ、団長」
「そもそも俺って下級冒険者なんだが?」
「黒竜を倒した奴が何を言っている。手を動かせ、手を」
「それなんだけれど、アレンの野郎が気に入らなくてさ。アーニャと泊まりがけのデートに行ったら五月蝿いし、文句言うなって伝えたら“テメェが黒竜倒したら言わないでやる”って言ってたのによ……」
「ああ、あの裸でベッドに潜り込んで来て“抱き締めて”って言われたから一晩中抱き締めていただけの後の話か。どうせ”テメェとは言ったがテメェ等とは言ってねえ”とでも言ったのだろう。良いから手を動かせ」
目の前には全然減らない書類の山。ウンザリして来た時にヘイズが慌ててやって来た。
「あのー。フレイヤ様が黙っていなくなられました」
「しゃーっ! 大義名分ゲット! 探してくるから残りは任せたヘディン!」
「おい、巫山戯……」
ヘディンが何か言ってキレてたが無視! 感謝するぜ、フレイヤ様ー!
「何故かしら? こうやって出掛けた時だけギルが様付けで呼ぶ気がするのだけれど……」