俺は今、ちょっとした幻覚に囚われていた。
『……ふむ。生まれ育った村ならば大丈夫とは思うが、大陸に居ない種族を妻にするならばディンガル帝国に来た方が良いだろう。お前ならば将軍の地位を与えても文句は出まい。……妻が二人なのには何か言ってくる仲間がいるだろうが』
真剣な顔で勧誘してくるベルベル。おーい、未だそんな関係じゃねえからな? 周囲の認識ではそうだけれども。
『お姉ちゃん、一夫多妻はどうかと思う』
だから誤解だって姉貴! それと知り合った男だけじゃなく一部の女にさえ多くに恋心向けられてたアンタが何言って……ごめんなさい! 拳振り上げるな、チャージ溜めるな!?
姉貴は複雑そうな顔をしていて、反論したら殴ろうとして来た。
『……えっと、ロストールは貴族制を廃止する方向で動いているけれど宮廷魔導士なら奥さんが数人いてもそれほど不思議じゃない、のでしょうか?』
この幻が一番俺には効果的なんだがっ!? アトレイア様は勘弁してくれ、泣いて頼むから!
向けられる好意には何となく気が付いてるっつーか、俺は友達認識でも、普通は友達相手にするスキンシップを越えてるって事をされて、流石に出会って直ぐだから勘違いだとか大陸の文化の違いだとか、そんな風に思うのは無理があるだろうさ。
さて、現実に戻るか。
「ギル様は足繁く私の所に通っていただけて、後で殿方の鎖骨を見ただけで直ぐに気絶していたから役目を果たせていなかったと知った娼婦から解放して下さったのです。ずっと膝枕だけだったのですが、昨夜などは抱き締めて下さり……」
「私は公私共に関わりがありまして、先日は多少の事故もありましたが三日間は常に共に過ごし、一緒の宿の同じ部屋で過ごし、水浴びまで共に……は、話したら恥ずかしくなって来ました」
玄関で喋るのも何だからと食卓に向かい合って座る二人は俺との関係性を語って行く。
春姫は惚気話でも語るみたいに赤く染めた頬の両側に手を当てて少し恍惚の表情で、アミッドは片手を胸に当てて誇らしげにするものの最後には照れて俯く。
それを聞かされている張本人の俺は恥ずかしさやらで居た堪れないんだが、此処から去ったら駄目か? 駄目っぽいな。
「あれが無自覚に女性を口説いている男の姿です。ミアハ様も注意して下さい。手遅れな気もしますが」
そして団長の視線が冷たい。歓楽街通いがバレちゃったのもあるが、アミッドと春姫が互いに笑顔を向け合っているのに空気が重苦しいからか?
痴話喧嘩は他所でやれ、俺が他の奴に言った事もある言葉が今度は俺に視線で投げ掛けられていた。
「ううーむ? 私に関しては身に覚えが無いのだが、口説こうとしての結果でないのなら助けに入った方が良いのではないか?」
そして俺って団長から見たらミアハと同じ事してるのか!? いや、無いな。
ジャンル的に同じだろうが、格では向こうの方が上だろ。
団長とミアハの関係性を考えれば多少甘い判定になっても仕方がないんだろうが。
だが、使える物を使っている俺と違って金を払って仕入れた瓶やら材料を無料で配るのと一緒にされてもなぁ。
回復魔法を使うのも魔法で採取の手伝いするのも、大金だって稼げるから特に苦でもなかったんだし……。
それはそうとして危なくなったら神として止めに入って欲しい。片方には無効化されそうだが。
「駄目ですよー? 余計にややこしくなりますし、そっちの方が面白……事態が悪化せずに済みますから」
その片方、シルの時はシルって扱っているのにシルとしての振る舞いに時々ボロが出るヘスティアの同類……は流石に失礼として、朝偶々通り掛かっただけの奴がこっちを眺めて楽しそうだ。
店のお使いで買い物に出たんだったら急いで帰れよ。怒られても知らねえからな?
「お使いは急ぎじゃねえのか? 何ならパッと送って行くぞ?」
この場から逃げ出す大義名分になるんだが、そんな考えはお見通しなのだろう。
何も言わないが唇を尖らせている。
二人から逃げるなってか? いや、面白そうなのに水を差されて不満ですって事か。
「急げばミア母さんに怒られる前に戻れるので大丈夫ですよ。じゃあ、最後にお二人にお聞きしますが、お二人にとってギルさんはどんな人ですか?」
立ち上がって帰ると見せかけてぶち込んだ質問に隣で話を聞いていた団長は頭を抱える。二人は問われた言葉に少しだけ悩む様に互いを見つめ、そして俺に視線を移した。
「救われる筈が無いと思い込んで絶望に染まっていた春姫をお救い下さった英雄であり、ずっとお側に置いて欲しい殿方です」
「最初は仕事上の尊敬できる相手でしたが、今では公私共にかけがえの無い相手にして、側に居続けたいパートナーであればと思っています。仕事以外に目を向けるなんて私でも驚きなのですよ?」
正面から見詰められ、照れを見せながらも好意を隠す事無い言葉に俺の方が耐えられそうにない。アミッドの方は人間的な好意にも解釈しても通じるが、それでもだ。
神でない俺でも二人の言葉は真実だろうって分かるし、確かめようとも思わない。俺はそこまでの奴じゃないんだけれどな。
本気の神相手だとタイマンで勝つのは厳しいだろうし、攻撃魔法の威力以外は上位互換が結構居るんだし……。
向けられる好意に相応しい奴にはなりたいとは思うんだけれどな。
「わぁ。素敵な言葉じゃないですか。ギルさん、頑張って下さい。……では、流石に時間が危ないのでお店に戻りますね」
やれやれ、好き放題して帰って行きやがったよ。遅れて怒られれば良いのに。それにしても彼処まで言われたら春姫にはこの店で働いて欲しいんだが、恩恵はどうするかなんだよな。
荷物を運ぶ上であった方が助かるが、ミアハに更新させるのは無理だ。じゃあ、他のファミリアの女神に頼んで出向って形で雇うのか?
イシュタルの方針でか読み書き算術、ちょっとした家事や雑用は教養として身に付けている。多分事故や病気で娼婦として働けなくても手に職があれば、そんな考えなんだろう。
でも、オラリオ内だとギルドだの敵対するファミリアとのゴタゴタに巻き込まれそうでな……。
フレイヤのお気に入りなベルの居るヘスティアの所は無理でフレイヤは論外、他に頼めそうな繋がりがあったデメテル様は帰っちまって、残りは……あっ!
居たな。善良な女神で直接的な繋がりは無くとも友達や知り合いの知り合いなら居るのが。
「……あっ。そういやアミッド、相談ってなんだったんだ?」
それはそうと忙しいアミッドがちゃんと相談出来る様に急がないとな。俺達の仲だしファミリアを抜けるとかじゃない限りはどんな頼みだって聞いてやりたいんだ。
だってアミッドだし、どんな内容にしろ誰かの役に立つ事だろう? だったら喜んで引き受けるさ。例え頼まれていなくたって自分から申し出るさ。
「貴方という方はそういった事を平然と口にするのですから……」
そんな事をそのまま包み隠さず伝えればアミッドは机に突っ伏して顔を見せてもくれない。内容からして悪い印象は受けないんだけれど呟くだけで終わりだし……。
綺麗な顔なんだしむくれ顔も照れ顔も見せてくれたら嬉しいんだが、伝えてみようかと思う。
「だから! 貴方は本当に!」
バッと顔を上げたアミッドは限界とばかりに立ち上がって俺に詰め寄ると肩をガクガクと肩を掴んで揺らして来る。
元気で可愛いし、出会った頃のクールな仕事一筋な美女ってのも素敵だが、こんな歳相応の姿も……うん。
思わずアミッドに見惚れているとテーブルの下から俺の足に春姫の手がそっと触れて、少しだけ拗ねている風にも見えた。
「私もギル様には願い事を何でも聞いて下さると言っていただきました。あの時は本当に夢見心地で……あの、未だ有効なのでしたら……と、とてもこの様な場所では言えませんんんんんんっ!」
凄いよな、とても鎖骨見ただけで気絶する初心な奴には見えないって。
アミッドの発言に嫉妬でもしたのかと思ったが、普通に妄想を爆発させて、発言で恥ずかしさが限界突破の大爆発。
根っこの純情さは名家の生まれ育ちからなんだろうが、エロ妄想は十一からの暮らしで知識と興味ばっかが膨らんだ結果なんだろう。
両手で顔を覆う姿を見てアミッドも軽く引いてたが、少し考え込んだ後で俺の耳にする顔を寄せて囁いた。
「そろそろ戻る時間ですし、内容が内容ですので二人っきりの時にじっくりと話しましょう。私の私室か何処かの宿で邪魔が入らない様にゆっくりと」
軽く腕を巻き付けるが体は密着しない微妙な距離、声色も相談したい時のそれではないみたいで、何処か甘えるみたいだ。
「それでは失礼致します」
俺から離れた途端に普段の冷静沈着さを取り戻した後で一礼をして去って行く後ろ姿を見守った後で俺はミアハと団長に向き直った。
「二人とも、ちょっと春姫の事で相談がある。ちょっとややこしい事になりそうだが、多分しないならしないでややこしくなりそうでな……」
此処から先はファミリア全体に関わる事だ。だから黙って勝手に決める事じゃねえ。
春姫も肩を軽く揺すって正気に戻らせ、俺は本題に入る。
「春姫をこの店に置いて欲しいんだが、男に肌を見せるのが無理なタイプでな。だからってオラリオ内の女神の誰かに主神になってもらうにしても注目を集める」
「同感だな。改宗は必要だろうが、他のファミリアの者を雇うのは神の注目を集めて面白がらせるだけだ。相手側にも迷惑が掛かるだろう」
「ああ、だから……オラリオの外のファミリアに頼もうと思う。ちゃんと神格者だった分かっていて、繋ぎになってくれる相手に心当たりがある女神アルテミスにな」
俺自身は会った事が無いが、フェルムさんが世話になったそうだし、ヘスティアとも友達だって聞いている。
少し堅物なのが不安だが、まさか男に肌を見せろとか言えねえしな。
ヘスティアの方はヘファイストス・ファミリアのホームでバイト中だし、先に豊穣の女主人に行こうかと思ったんだが、それは失敗だったかも知れねえ。
何故なら店に近寄るなり面倒な相手に絡まれたからな。
「よーす! 久々やなあ、ギル。ちょいと付き合えや。ウチが奢ってやるさかい」
「えぇ……」
真昼間から飲んだのか少し酒臭いロキを振り払いたいが、これは拒否したら余計に面倒になるタイプだと俺が知っている。
身長差があるから肩は組まれないが腕は組まれ、豊穣の女主人とは別の方へと連れて行かれた。
「取り敢えずエールをジョッキで二杯頼むで!」
やって来たのは路地裏の食堂兼酒場みたいな薄暗い店。そのせいか他の客の顔もハッキリ見えないが、それはそれで需要があるんだろう。
昼間から酔っ払いが屯しているのを除けば悪い店じゃないさ。
「俺は酒は飲めねえぞ?」
「構わん構わん。ウチが飲む。好きに飲み食いしてろや。話はそれからや」
幹部勢が一度にダンジョンに潜ってる上に主神もホームを空けがちなフレイヤ・ファミリアもそうだが、遠征で人が出払ってるのに主神が書類仕事もせずに昼間から飲むとか、大手は事務官でも雇ってるのか?
それにしたって最終的に捺印やらサインだって必要だろうにどうなっているのやら。
奢りだと言われたので適当に食い物と紅茶を注文して向こうが用事を切り出すのを待つ。
「おっ、来た来た。キンキンに冷えとるやないか」
届けられたエール二杯、それを立て続けに飲み干してジョッキをテーブルに叩き付けた後、ロキは細い目を開けて睨み付ける様な視線を俺へと向けた。
「おい、神に嘘は通じんから正直に答えろや。適当な誤魔化しも通じんで。……アイズの事をどう思っとる?」
「其処まで付き合いがある訳じゃねえが、危うい感じだな。それと中身が未だ餓鬼だ。それも結構幼いな」
何かと思えば主神もとして眷属を心配しての質問か。身内目線抜きにしての意見が欲しいが、素面の状態でそんな相談じみた真似も出来ない立場だ。
愛だな、愛。神の愛とか拗れそうだけれど。
「なんか認識がズレとる気がするんやが、異性としては興味が無いちゅう事でええんやな?」
「全く興味が無い」
分かったぞ。ベルもそうだが彼奴に憧れを抱く奴は多いし、俺の魔法から付き纏いを心配しているんだろう。
随分と不機嫌そうだし、第一級冒険者を相手に既に何かしている奴が居るのなら心配にもなるだろうさ。
だから言ってやった。彼奴には一切魅力を感じていないんだと。これで安心してくれるだろう。
「アイズたんに興味無しとかふざけとんのか!? お前は一方的に好意向けてフラれればええねん、お前が!」
あっ、既に拗らせに拗らせている奴だな、これは。
安心させる筈が余計に機嫌を悪くして指差す手を激しく動かしてるし、どれだけアイズが心配なんだよ。
いや、あの精神年齢が幼女みたいな奴だから騙されたりしそうで気持ちは分かるんだがさ。
俺も姉貴が心配でね。素手で竜をぶち殺せるし神とタイマンで勝てるだろうけれど、脳筋だし。
今頃、何処かで城とか壊してねえよな? 遺跡とか壊したら怒りそうなの居るんだからさ。
「俺が彼奴に好意を持ってないのが不満なのかよ。別に良いだろ? ほら、酒のお代わり来たぞ。飲め飲め」
もう面倒だからさっさと酔い潰れさせてホームにでも送ってやろう。
「姉貴がアンタみたいに酒癖悪かった場合、下手すりゃ国一つ一晩も掛からずに潰れるんだよな」
「何それ、怖いなっ!? なんやの、その姉貴への負の方面での信頼感!? ……お前の姉ちゃんって何者?」
「英雄だよ。……最強のな」
あの人を言い表すのに他に何があるってんだ? 大切な家族とか頼れる姉貴とか弟達限定で横暴な脳筋暴君になる貧乳とかか?
「はーん。その弟であるお前も強いんか? なあ、
「おいおい、ベルゼーヴァは魔導王の息子で帝国の宰相の名前だぜ? 相当酔ってるな」
「そうやな。その名前の持ち主がそうなのは嘘やないのは伝わっとる。お前の知るベルゼーヴァはな」
ありゃま、あの程度の言葉遊びで誤魔化せる相手じゃなかったか。嘘を見抜く力に頼り切っていると思っていたが油断大敵ってな。
困った……とはならないか。
広める気なら広めてるだろうし、酔っ払って敵視している癖にって事は……。
「取り敢えずソーセージ盛り合わせお代わり頼んで良いか?」
「この流れで注文するとか図太いな、自分。……まあ、ええわ。お前の知り合いっちゅうベルゼーヴァには眷属達が世話になったからな。助かったって伝える手間賃や」
ふーん!だったらお言葉に甘えさせてもらうとするわ。
「じゃあ持ち帰りでフライのセットを三人前頼む」
「図太いにも程があるやろ、自分」
「図太くなきゃやっていけない旅を続けてたんでね。それに図太さならゴブゴブ団……禁断の聖杯って魔法の道具の力で知性を手に入れたゴブリンの冒険者には負けるさ」
さてと、さっさと酔い潰れてくれないもんかね? アルテミスとやらにさっさとお願いしたいんだしさ。
そんな俺の願いは叶わず、ロキが酔い潰れるのに結構掛かる事になった。
フレイヤルート
「……また此処に来てるのかよ。バベルの方が眺めが良いだろうに」
ホームを脱走した駄女神二号を探して辿り着いたのは人目から外れた建物の屋上。
狙ってる奴だって居るのに呑気なもんだぜ、よ不満を顔に出すも振り返った相手は気にした様子もなかった。
「あら、此処も悪くないのよ? バベルの部屋からは見えない場所だってあるし、女神としての顔を捨てられるもの」
「そりゃ結構。主神の承認待ちの書類だってあるんだ。気分転換が終わったら言ってくれ」
どうせ此処に来ているだろうと思ったから用意した折りたたみの椅子を並べ、屋台で買った飲み物を手渡す。
おい、酒じゃないのって文句言うなら返せよな。
「そうね。もう少しのんびりしたら帰るわ。それとも何処かに旅行に言っちゃう?」
「ヘディンが過労で逝っちゃうだろ」
「ふふふ、そうね。でも、貴方も気分転換がしたいでしょう? 救世の大魔導士さん?」
フレイヤの言葉に俺は露骨に嫌な顔を向ける。エルファスがメレンに来てたって聞いたからフェルムさんを誘って黒竜討伐の協力を頼んだんだが、倒したら姉貴同様に勧誘やら王族からの見合い話やらで気が滅入るんだよ。
「主神だってんなら盾になって欲しいんだが?」
「嫌よ、面倒臭い」
言ったよ! 言い切ったよ、この女神! アーニャが拗ねて大変だったんだからな?
「私だってフェルムと遠出したかったのに置いていった罰よ」
「世界を救いに行った事への評価かよ、それが。言っておくけれど守りながら戦うとか多分無理だったからな? せめて前の仲間はあと1人欲しい」
「世界を救うためじゃなくって彼女のお兄さんに交際の許可を得に行ったんでしょう?」
あーもー! 本当に巡り合わせが悪かった。この駄女神二号が誘った時に断ってりゃもう少しマシだっただろうによ。
このルートではフレイヤ様が楽しんでます