英雄の末弟と英雄を目指す白兎   作:ケツアゴ

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精霊

 準備は怠らなかった。事前に策を練り、精霊の分身(デミ・スピリッツ)が誕生する前に決着が付く筈だった。だが、大きく違う現実にラウルは打ちのめされいる。

 

「あぁ……」

 

 リヴェリアが咄嗟に詠唱を結界魔法へと切り替えた事で直撃だけは避けられた超長文詠唱。それは百が九十になった程度。結界は五秒も持たずに破られ、結界の外側に居たフィン達は勿論、リヴェリアさえも炎風によって受けたダメージが大きく倒れ伏す。

 

 意識を保つことさえままならない中、彼の耳に届いたのは金属がぶつかり合う音。精霊の分身(デミ・スピリッツ)に刺さっていた

 

武器は内側から盛り上がった肉に押し出されて地面にばらまかれ、僅かな傷跡すら残らない綺麗な肌が見えている。

 

 

『『『ねえ、何故なの? アリア、何故貴女だけなの?』』』

 

「何…が……?」

 

 見た目に相応しい年頃の少女の仕草と表情で首を傾げながら精霊の分身(デミ・スピリッツ)はアイズへと歩み寄り、重なった声で問い掛ける。

 不思議そうに、拗ねた様に、何処か責めるみたいに。

 

 仰向けの状態から立ち上がろうにも力が入らないのか上半身だけを起こしたアイズが問い掛けに問いかけを返す中、精霊の分身(デミ・スピリッツ)の表情が一変した。

 

 

 

 

『『『私達が食べられて地面の下に居るのに、どうして幸せになろうとしているの? ヒドイ酷いひどい! 貴女も、アリアも一緒になりましょ。それで上に行くの。邪魔な物を壊して太陽を見るの!』』』

 

 

 

 アイズに向けられた手が大きく広がって行く。厚さはそのままに食人花の頭と同程度にまで膨れ上がった掌の口は彼女を丸呑みに出来る程に大きい。

 

 

 

『『『貴女を食ベて一緒になるの』』』

 

 誰一人アイズを助ける為に動けない。第二級以下の後衛は当然に、魔法の直撃を受けた前衛組も同じだ。大きな手で動き辛いのか精霊の分身(デミ・スピリッツ)の動きは緩慢だが、もう直ぐアイズへと到達するという時、光の矢が放たれた。

 

 

 

『『『【アイシクル・エッジ】』』』

 

 両腕と口から三発同時に放たれる氷の槍は正面から自分を狙う光の矢を相殺し、鬱陶しい真似をした術者を貫くべく一直線に突き進む。

 ダンジョンから大量に吸い上げて得た膨大な魔力を込めたそれはアダマンタイト製の盾すら容易く貫く威力を持つだろう。

 

 それと正面からぶつかり合う寸前、光の矢は大きく軌道を変えて氷の槍の真横をすり抜けると精霊の分身(デミ・スピリッツ)へと迫る。

 咄嗟に肥大化させた手で防ごうとするも二度目の軌道変換、手が視界を遮り反応が遅れた精霊の分身(デミ・スピリッツ)の右脇腹へと打ち込まれた。

 

 

『『『カッ……』』』

 

 肉を貫かれる事は無いが、それでも華奢な肉体を地に留める事は出来ずに吹き飛ばし、宙を舞った所に追撃で放たれる光の矢は真上から迫り、そのまま地面へと激突しても勢いが死なずに押し込みながら突き進む。

 

 突き進む、その言葉が当て嵌まるのは光の矢を放った彼女も同じ事.。ランクアップを果たす過程で急上昇した耐久ちょっとを持ってしても耐えきれず筈のないダメージを受け、辛うじて意識を保っている状態。

 

 其処に向けられたのは第一級冒険者でさえ避けられぬ必殺。但しそれは倒れ伏している状態へ向けられた物。

 精霊としての知性が既に動くこともままならないと察して選んだ軌道だ。普通ならば避けられる避けられない以前に魔法を唱えられた事自体が奇跡だろう。

 

 だから串刺しになり絶命するのは必然の結果でしかない。

 

 

「……ははは、あはははははっ!」

 

 それが常人ならぬ狂人が相手でなければの話だが。モンスターに取り込まれ堕ちた精霊の分身(デミ・スピリッツ)に引けを取らぬ狂気を瞳に宿し、強く踏み締めて作り出した轍を流れる血で赤く染めながら前進するレフィーヤの真横を氷の槍が通り過ぎる。

 

 切っ先が掠めただけで肩口と頬が切り裂かれ更に地面が赤く染まる事になってもその動きは止まらない。

 限界を超えた肉体と追い込まれた精神による一種のトランス状態にスキルによる狂化が加わり、火事場の馬鹿力とでも呼ぶべき状態になっていたのだ。

 

 無論、長くは持ちはしないだろう。動くだけで肉と皮膚が避け、骨が悲鳴を上げる中、吐き出す言葉と共に血が飛び出しながらも続けられる詠唱速度は精霊の分身(デミ・スピリッツ)にさえ迫っていた。

 

 

『『『【アイシクル・エッジ】』』』

 

 その蛮勇、或いは無謀としか言い表せない動きに精霊の分身(デミ・スピリッツ)は眉一つ動かさない。

 先程の魔法には驚かされた。追尾機能に加え途中の軌道を変えた事も驚嘆に値するだろう。

 

 だが、それだけだ。窮鼠の一噛みは確かに猫を怯ませる。だが、弱り切った鼠が再び噛み付こうとした所で猫は落ち着いて仕留めるだけだ。

 

 油断無く、相手が動けると分かった上で逃げ場を無くす三本の氷の槍は、狂気に侵されながら全精神力を注ぎ込んだ魔法を唱える前に命を終わらせるだろう。

 

「流石に此処で倒れていては面目丸潰れだね」

 

 レフィーヤが稼いだ僅かな時間で立ち上がれる筈の無いフィンが放たれる寸前の氷の槍へと槍を投げなければ。

 

 取るに足らない羽虫だと相手にしていなかったレフィーヤを脅威だと認識し直した事による意識の集中。

 

 それはほんの僅か、レフィーヤが動けた以上は他の者も動ける筈だと意識を向けていたものの魔法の照準を合わせる一瞬の隙を待っていたフィンによる投擲だった。

 

 成果は二本、肥大化した手に遮られて残りは一本。

 

 

「余所見してんじゃねぇぞ、糞が!」

 

 そして動いたのはフィンだけではない。弱者を雑魚と呼び奮い立たせんとする彼が死力を尽くす格下を動かない訳には行かない。

 

 槍が放たれる寸前にファミリア最速の一撃が側頭部に叩き込まれようとするも腕が差し込まれて弾かれ、彼が成したのは発射タイミングと狙いの僅かなズレを引き起こしたのみ。

 

 

 

 

「させない」

 

 それだけあれば十分だ。ベート同様に奮い立たされ立ち上がった者達が後に続くには。

 先ずはアイズが風で自分を押し出しての体当たりを叩き込み、目当ての相手を捕まえようと手を伸ばした所に他の者が殺到する。

 

 間に合う事を優先させて不恰好な技も何も無い無様な攻撃が精霊の分身(デミ・スピリッツ)へと叩き付けられ、氷の槍はあらぬ方向へと向かった。

 

『『『邪魔を……』』』

 

 苛立ちと焦り、それは直近へと迫ったレフィーヤへの対処には致命的な隙。 

 それでも追い込まれたという焦りは見せない精霊の分身(デミ・スピリッツ)。第一級冒険者の攻撃を受けても効いたのは僅か、そして秒で完全回復。

 痛みは感じる、だから本能的な危機感を覚えたとして、同時に命を脅かす程の物ではないと理解して、笑みを浮かべた。

 

 先程の魔法は痛かった。今から受ける魔法も痛いのだろう。だから、苦悶の表情を浮かべ悲鳴を上げた後で直ぐに回復してみせて、自分より痛い目に合わせてやろうと、残忍な笑みを浮かべて三つの口を歪ませる。

 

「あぁあああああっ!!!」

 

 あの細い手足を引き千切ってやれば楽しい事だろう、不愉快な思いをさせた報いには十分だと、視線を手足に向けていたからこその気が付き。

 

 あれは槍術、もしくは杖術の突きの構え。

 

『『『無駄だよ』』』

 

 ああ、自分の口の中にでも杖を突っ込んで体内に魔法を放つ気かと、精霊の分身(デミ・スピリッツ)は硬く口を閉ざす。

 確かにそれならば受ける痛手は凄まじい、それこそ命に届きうる程に。

 

 だが、自暴自棄にさえ見える突撃を決行した狂人に相応しい単純でありふれた策だと嘲笑い、魔法が少しの間だけ唱えられない事よりも目の前の羽虫の希望を叩き潰す事を優先して、その表情を眺めようと視線を顔に向ける。

 

 

 その眼球にゼロ距離で杖が押し込まれた。無論、それだけなら痛手にはならない。

 

 

 

「【ヒュゼレード・ファラーリカ】!」

 

 広範囲に炎を雨霰と降り注がせる魔法が放たれなければ。

 

 空へと舞い上がり拡散してから降り注ぐ炎はなまじ頑丈故に精霊の分身(デミ・スピリッツ)を天井まで舞い上げ、激突して落下し始めた体に広範囲に拡散する直前の炎の多くが降り注いだ。

 

 

 閃光で目を焼かれ、全身に降り注ぐ炎で悲鳴を上げる事すらままならない。

 それでも焼け爛れた顔も蒸発した瞳も落下の最中には既に回復を始め、怒りと痛みに顔を歪ませて地上を見下ろせば広範囲に魔法陣が展開されて大地は赤く締め上げられる。

 

 

「教え子に負けてなどいられぬのでな。悪いが容赦は無しだ」

 

 炎に焼かれながら地へと堕ちていく精霊の分身(デミ・スピリッツ)を立ち登る火柱が再び上へと舞い上げる。

 遥か上の空を見たいと願った精霊の分身(デミ・スピリッツ)の上昇は天井に激突する事によって阻まれ、再びの落下をするその体に無数の魔剣が放たれた。

 

 

『『『【火ヨ、来タ……】』』』

 

「リル・ラファーガァアアア!!」

 

 懐かしい風に精霊の分身(デミ・スピリッツ)の意識は一瞬奪われる。最大出力を超えた限界出力の風を見に纏い、大地を砕く勢いの飛翔による突撃は今までのダメージで損傷し、今まさに再生を始めていた傷へと突き立てられた。

 

『『『アアアアアアアアッ!!』』』

 

「はぁああああああああっ!」

 

 それでも切っ先が徐々に食い込んで行くだけで貫通には届かず、遂に天井へと達しても尚勢いは止まる事無く徐々にその身に食い込み、切っ先が遂に魔石へと迫る。

 

『『『嫌ぁああアアアアアアアアッ!』』』

 

 耳を塞ぎたくなる程の絶叫を響かせ、精霊の分身(デミ・スピリッツ)は爪を体へと突き立てる。

 アイズではなく、自らの体にだ。

 

 

「不味い! アイズ、早く倒せ!」

 

 それが何を意味するのか真っ先に気が付いたのはフィンだった。その叫びにアイズも更に限界を超えた力を引き出し、それでも一歩足りない。

 

 

 アイズの剣が魔石へと到達する一瞬先、自らの体を引き裂き傷を広げる事によって精霊信仰分身は辛うじて命の危機を脱した。

 消耗が激しいのか肉の盛り上がりの勢いは衰え、着地のタイミングで完治するかどうか。

 

 大きく広がった傷口からは今まさに肉で隠れようとする魔石が見えた。

 

 

「【アルクス・レイ】」

 

 地上から光の矢が放たれた。既に限界の末まで絞り出した残り滓の一滴を注いでも生まれたのは酷く頼りない矢よりも針の方が呼び名に相応しい物。

 

 それが今この時だけは功を奏した。膨れ上がる僕の鎧で隠れ行く魔石が見えていた最後の瞬間、その中心を狙い放たれた光は隙間に入り込み穿つ。

 

『『『アッ……』』』

 

 砕くには足らず、健在ではなくとも戦える傷。それでも一瞬意識を奪うには足りる致命傷。

 

 

「少しはマシになったじゃねぇか。認めてやるよ。テメェはもう雑魚じゃねえ」

 

「偉そうにしてるんじゃないわよ!」

 

「そうだぞー!」

 

 再び真っ先に動いたベートの蹴りが叩き込まれ、吹き飛ばした先には武器を構えるティオナとティオネ。

 交差するように精霊の分身(デミ・スピリッツ)の横をすれ違い様に切り付ければ既に空中でフィンが槍を振りかぶっていた。

 

「ガレス!」

 

「任せい!」

 

 魔法を発動し判断力と引き換えに諸能力を大幅に向上させたフィンの投擲、それは精霊の分身(デミ・スピリッツ)が魔法による迎撃よりも両腕を交差させての防御を優先させるべきと判断する程の物。

 

 腕によって軌道が僅かに逸れるものの貫いた両腕を体に縫い付けて動きを封じる。

 

 その先にガレスが大斧を構えて待ち構えていた。大山の如く構えた状態からの振り上げは精霊の分身(デミ・スピリッツ)をまたしても上へと向かわせる。

 

『『『【火ヨ、来タレー猛ヨ猛ヨ猛ヨ炎ノ渦ヨ紅蓮ノ壁ヨ業火ノ咆哮ヨ突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ燃エル空燃エル大地燃エル海燃エル泉燃エル山燃エル命全テヲ焦土ト変エ怒リト嘆キノ号咆ヲ我ガ愛セシ英雄ノ……

】』』』

 

 ここに来て精霊の分身(デミ・スピリッツ)の再生が止まる。限界ではなく目的の変更。生き残る事よりも敵を滅する事を優先、今までで最も速い詠唱は例え攻撃を受けて口が二つ潰されても残り一つがこの場全ての者の命を奪い去るだけの威力を持つ。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!」

 

 その詠唱がどれか一つでも完成すれば終わるなら完成させなければ良い。

 三条の冷気は精霊の分身(デミ・スピリッツ)の顔と両腕の三つの口を完全に凍結させる。身を捩り氷にヒビを入れての脱出を図るも目前にアイズの剣が迫っていた。

 天井を蹴った勢いを加え、限界出力の反動さえも無視しての渾身の一撃。

 

 

 

「ごめん。でも、貴女は存在したら駄目だから……」

 

 その一撃は今度こそ精霊の分身(デミ・スピリッツ)の魔石を砕き氷を貫いて、アイスはそのまま地面へと落ちて行った。

 

 

 激突の衝撃で地面にを陥没させて気を失うアイズ。レフィーヤも肉体精神両方で限界を既に超えて気を失い、フィン達も満身創痍の状態だ。

 

「これは流石に帰還かな」

 

 前回は新種の出現でやむなく決めた帰還にティオナ等から不満の声が上がったが、流石に今回ばかりは誰も不満を口にしない。 

 

 今あるのはたった一撃の魔法で自分達を壊滅させる程の魔力と不死身に近い再生力を持った敵への恐ろしさと、それを打ち破った事への達成感。

 

 

 全てが終わった事に安堵した時、ダンジョンが鳴いた。

 

 

「巫山…戯るなよ……」

 

 ダンジョンから直接力を吸い上げるという蛮行、それでも我が子が混ざった存在だからと堪えていたダンジョンも戦闘の余波で更に破壊が続いた事で限界を迎えたのだ。

 

 骨の獣、ダンジョンの悪魔、ジャガーノートが瀕死の害虫を叩き潰すべく姿を見せる。

 

「げぇっ!」

 

「十八階層の奴じゃない。……こんな時に」

 

 既に深層の通常モンスターの相手も辛い状態、そして生きて帰る事を考えれば避けざるを得ない相手であり、避けられぬ相手の登場にティオナ達さえも冷や汗を流す中、フィンとガレスが一歩前に出る。

 

 

「ガレス、若者達は限界みたいだし、年長者の威厳を見せるとしようか。リヴェリア、魔法が反射されるから支援だけ頼むよ」

 

「そうじゃな。小僧や小娘には少しキツイ相手じゃな」

 

「やれやれ、お前達は動けない者を連れて下がっておけ」

 

 

「「「この程度なら三人で十分だよ(じゃよ)(だ)」」」

 

 

 既に自分達も満身創痍にも関わらず、若者は情けないと言わんばかりの態度と口調。これからを担う者達に先人達の背中を見せつける様にロキ・ファミリアの三首領はジャガーノートへと向かって行った。

 

 

 その戦いをベート達は決して忘れない。第一級冒険者でさえも目で追うのが精一杯の速度と防御を無意味にする攻撃力を持つジャガーノートに果敢に立ち向かう三人の姿を目に焼き付け心を震わせる。

 

 ステイタスだけでなく派閥結成時から共に戦い続けたからの連携と経験によりジャガーノートの致命的な一撃を避け続ける。

 

 やがてフィンの槍とリヴェリアの杖が足に叩き込まれ機動力を奪い、ガレスの一撃が完全にその肉体を打ち砕いた事によって漸く激戦ガ終わりを告げる。

 

 

 




まさかロキfの戦いだけで6000行くとは
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