春姫の乳を見ただけで気絶した俺だが、あれは不意打ちだったからだ。事前に脱ぐって分かってりゃ気を落ち着かせられた筈だぜ?
それに身内以外で神でもない美人の裸を見たことが無いって言ったら嘘になる様な、ならない様な……。
大きな目標と言えば禁断の聖杯をゴブゴブ団から取り戻す事だけだった俺達の旅も、シャリが所属するシスティーナの伝道師やらティラの娘やら闇の神器やらと大陸中を歩き回る必要があったし、オルファウスさんの魔法で好きに合流可能って事もあってチーム分けをする事もあった。
その中での事なんだが……。
「火山地帯まで来たから期待していたけれど温泉を発見したのはラッキーだったよね。ギルも一緒に入れば良いのに」
「あの子もお年頃なんだから仕方無いでしょう?」
「俺は警戒してるって言ってんだろうが、ヴァイ姉ちゃんにヴィア姉さん! 大体、実の姉の裸とか十ギアの価値も無いだろ、馬鹿!」
浅黒い肌の色気のある姉妹のヴァイライラとヴィアリアリ、この二人とのチームになっていた俺だが、姉二人がゆっくり入浴出来る様にって熱い温泉を魔法で適温に冷ました後は高い所から周囲を警戒してやってたのに酷い言いぐさだろう?
虚無の剣の影響で存在が消えた兄の位置に他人の姉貴が収まった事で俺も二人を実の姉だと認識していたし、弟だからって平気で目の前で着替えたり夜営は寒いからって俺を挟んで眠っていたが、今なら兎に角として当時は姉貴と違ってベタベタして来る二人は少し面倒な身内程度の認識だった。
あの詐欺師は戻って来ないが、妹二人の記憶の中に戻って来たから俺達との関係も兄弟から仲間に戻った今じゃ笑い話になっている。
当時の認識が固定されてるのか思い出しても全然恥ずかしくもないんだ。
「絶対に此方を見ない様にっ!」
「おぅ……」
だったら一旦着替え終わった頃に戻って来れば良い、そんな考えが浮かんだのは全てが終わった後の事。
だって同じ部屋の少し視線を向ければ見える場所で美人が着替えてるんだぜ?
衣擦れとか服を床に置く音とか聞こえるし無理だって。
ちょっとでも横に目を向ければ姿見に映るから壁か枕やシールしか見ている物がなく、そうすると匂いが気になって変態になった気分だ。
姉貴とかは体臭気にせずにフェルムさんとか一時的に妹になった二人とかに五月蝿く言われていたが、ベッドから漂う匂いは甘い気がして慌てて意識を逸らすが、それがいけなかった。
「……ぁ」
咄嗟に声を落とした俺が鏡越しに見てしまったのはアミッドが白い背中。
ちょうど上を脱ぎ終えた所でパンツに手を掛けた一瞬を目にしてしまい、再びの動揺に襲われた俺にとって声が掛かるまでの時間は無限にも感じられた。
「此方を見ても良いですよ。……そ、それとも鏡で見てしまいましたか?」
途中まではその声に余裕があった。だが、鏡に自分の姿が映るのを今頃気が付いたのだろう、直前まで被っていた年下を揶揄う大人のお姉さんの仮面が剥がれ落ちる。
「気にすんな。見ない様に意識していたから」
「そうですか。それなら惜し……いえ、良かったです」
慌てている奴を見ると逆に落ち着くもんで嘘じゃないが紛らわしい言葉で誤魔化す方向を選んだが正解だったらしい。
実際は形の良い尻を目に焼き付けたがバレなかったのか安心しているし、半分は事故みたいな物でも裸を見られるのは抵抗があるんだろう。
「それで素敵な衣装が相談に関わってるのか? 普段とは違う姿も綺麗だと思うぞ」
誤魔化せたので安心して姿を眺めるが、極東風の露出の少ない服装は新鮮で目の保養になる気分だ。
少し不躾に眺め過ぎたのか恥ずかしそうに手で体を隠そうとするが、そっちの姿も素敵だと思う。
「……あんまりジロジロ眺めない様にして下さい。この格好は不本意な計画の一部なのですから」
「うん、そうか。じゃあ、二度と見られないかも知れないなら見れて だったって事で」
見られるのが恥ずかしいならと言われるがままに顔を背け、最初の通りにうつ伏せになればアミッドがタオルをお湯に浸けてから絞る音が聞こえて来た。
「貴方は一体何人にその様な事を言って来たのやら。患者の中には貴方の個人的な情報を聞き出そうとする女性もいるのですよ。では、そのままでいて下さい。タオルを乗せますね」
情報を聞き出す、か。ダンジョンで危なそうな奴を見たら助けるとか、少しばかり派手に動き過ぎたか? でも、今まで助けて来たのに今後は見捨てますとかは不公平だから見掛けた範囲でどうにかするのは続けるんだが……。
アミッドにも迷惑が掛かったらしいのは悪かったと反省している所に乗せられたタオルからは染み込んだお湯の温かさが伝わっ来て気持ち良い。
芯まで温まる感覚に眠気を誘われる様だ。
魔法で疲労はどうにか出来ても、こうやって疲れが溶け出して行くみたいな感覚は味わえないんだよな。
「……乗りますね」
返事をする前に上から掛かる重さと人が体に乗る感覚。驚く間も無くタオル越しに指圧がされて体が解れて行く。
「実はディアンケヒト様がミアハ様の入浴施設の計画を嗅ぎ付けまして、大規模な施設を自分達が建ててしまえと。これもそのサービスの一環として計画されています」
「そりゃ良い。うちじゃ人員も信用も足りてないからな。市民の癒しになるなら何処の経営かなんて気にならなくなるだろうさ。俺もマッサージに通いたいと思うぜ?」
「言っておきますが説明の為にこうしているだけで、男性は男性がマッサージしますので」
それもそうか。流石に歓楽街の商売に手を伸ばす真似は出来ないだろうからな。
「つまりは貴方だけの特別サービスみたいな物です」
「そりゃ最高だ。所で……その施設についての相談か?」
上に乗る意味を聞こうと思ったが、多分聞かない方が良いから別の問いに切り替える。
施設の案を横取りするのが申し訳無いってだけでもないんだろうし、無茶な経営をする気なのを止めたいのか?
少なくても医神としての誇りがあるし治療院の運営に支障をきたすタイプでもないんだろうが、あの爺さん。
「施設名は"天然温泉ケヒトの湯”。ええ、勿論ダンジョンから温泉を汲み上げている訳でもないのでインチキですが、効能が確かなのはお分かりかと」
「効能が確かなのが分かる? ……成る程、タオルに染み込ませたのが偽天然温泉か」
アミッドの声色は言い淀む場所がチラホラあるが、染み込ませたタオルでこれならゆっくり浸かった場合はどれ程なのやら。
「お前が反対するなら仕方がないが惜しいな。この効能なら毎日入りたい気がするけれどな。せめて一度は入りたいとは思う」
「……似た様な物なら以前入っていますよ。前回は水だったからか効能はそれ程出ませんでしたけれど……」
「以前……? あっ……」
入ったって言われても覚えがないんだが? それに水って……うん?
まさかの答えが頭をよぎるが流石にそれは無いだろう。この嫌がり方も正解だったら説明が付くんだが……。
「どうしました? 何か思い付いたなら言ってきなさい」
「もしかして温泉の正体って……アミッドの出汁?」
返事の代わりに背中をポカポカと殴られる。俺だから別に痛くはないんだが、下級冒険者を殴る力じゃねえぞ?
失言もあってか暫くは殴られるがままにしていたら不意に拳が止んで、アミッドは俺の横に寝転がって膨れっ面を向けていた。
「.…出汁って言わないで下さい。残り湯ですよ、残り湯! それでも嫌ですが。私の血は薬の材料にもなるのですが、風呂の後のお湯にも薬効があって……凄く嫌ですが」
俺に跨がってポカポカ殴ってくるのは止めたが、今度は真横に寝転がって至近距離から八つ当たりの膝蹴りが何度も足に叩き込まれる。
うーん、確かに出汁は不味かったか、出汁は。そして残り湯が温泉になるとかどうなってるんだよ、凄いな。
「疲労回復に美容、芯まで温める事で血流を良くして健康促進、抜け毛対策にダイエットと確かに人々の体を考えれば従うべきなのでしょう。ですが、自分の体から染み出した成分を大勢が有り難がるとか嫌なんですよ」
「……確かにな。下手すりゃ飲む奴まで出そう……いや、悪かったって。蹴るな、つねるな」
再びやらかした俺、機嫌を更に悪くしたアミッドの制裁は激しさを増すばかり。心底嫌そうにしながら俺に手と足を出して来る。
これは相当言いたい事があるが、主神への敬意が強くて口には出せないって所か……。
まあ、愚痴になら付き合うか。それでスッキリすれば良いんだがな。
新薬の開発や事業拡大と医術が仁術だろうが金は必要だ。薬の材料に調合器具、清潔な包帯や入院患者の生活に必要な品々と、今資金が潤沢にあろうがダンジョン産の素材はイレギュラーな事態で高騰する。なんなら需要を見込んで高騰させる連中だって居る。
なまじ相手に正当性があるばかりに強く出られないのは大変だろう。だから治療院の手伝いはしているが、此もその一環と思えばな。
そもそも大切な友達だし。
「その様子じゃ相当溜まってるだろ? 良いぜ、俺が発散に付き合うからさ」
「……一応聞きますが、それは当然ながらストレス発散の為に愚痴に付き合って下さるという意味ですか? いえ、それ以外有り得ないので忘れて下さい。では、遠慮せずに話をさせてもらいますので……」
それ以外に何があるんだと思ったが、口を挟む暇も無く次々に出るのはディアンケヒトの金儲けに付き合わされる事や聞き分けの悪い客や患者、需要に付け入って値をつり上げる取引相手。
癒す立場として人には聞かせられないのか溜まりに溜まった鬱憤を漸く吐き出し続け、少しはスッキリしたのか軽く息を吐き出した後でクスクスと笑い声を漏らしていた。
「ふふふ、貴方と出会えてより大勢を助けられていますし、こうして聖女だのオラリオ随一の治療師だの色眼鏡で見ずに付き合ってくれるから感謝していますよ。ええ、癒しの一つでありますし、とっても楽しいです」
「俺もアミッドと出会って良かったけれどよ。それはそうとして……密着し過ぎじゃねえの?」
足を絡めながら俺の胴体に抱き付いてるんだが、さっき下着を脱いでいたのを思い出すと顔から火が出そうな気分だ。
手錠で仕方なく添い寝した時と違って今は自分の意思でくっついて来ている訳だし、年頃の男としては色々と辛い物がある。
「ちゃんと密着にも理由がありますよ。こうしていれば心音を強く感じますし、どうやら私との添い寝に落ち着かないみたいですね。ちゃんと異性に興味があると知って安心しましたが……その内、助けた相手に言い寄られて欲望に流されて酷い目に遭うのではと心配なんです」
「い、いや、確かにハニートラップとかは怖いけれど流石に大丈夫じゃねえか?」
「じゃあ、お聞きしますが、避妊の道具は常備しています……か?」
「避妊の道具……?」
うん? 不味いな、全然分からねえ。そして突然何を言い出すんだよ。反応に困るだろ……。
思わず聞き返す事が出来なかった俺を見て予想通りだと思ったアミッドが言うには、妊娠を防ぐ薬や道具はちゃんと存在するし、表だって売ってはいないが専用の合言葉を言えば店で取り扱っているとか。
「デキちゃった後で対処するには抵抗のある方や体への負担も問題となりますし、行為の前後に飲む薬も病気の感染には無力です。……口頭で使い方を教えた後でサンプルをお渡ししますね」
「え? 何で?」
「わ、私は使った事が無いから使って教えるなんて無理だからに決まっているじゃないですか。……言っておきますが、使った事が無いというのは使用せずに行為を行ったとの意味ではなくて……って、何を言わせるんですか!?」
「いや、勝手に言っただけだろ……」
理不尽! ……何か変なんだよな、今日のアミッド。こんな奴じゃないんだけれど暴走してねえか?
普段とは掛離れた言動に俺はどうして良いのか分からない。この場から逃げるのは簡単だが、逃げたら後々余計に面倒な事になるのは確実だ。
振り払う事も出来ずに成すがままの状態の中、アミッドの唇が俺の唇へと近付いて行き、直前で方向転換して頬に軽く触れた。
「どうですか? これがお姉さんの余裕って奴です。使用方法を教えるにしても臨戦態勢にする必要がありますからね。今回の行為はちゃんと団員から借りた本を参考にしているので問題有りません」
「借りた奴か借りる本か行動自体に問題有るだろ。……こりゃ完全に酔っぱらってるな」
頬にキスされる直前に気が付いたんだがアミッドからは仄かに甘い酒の香りが漂っていた。マッサージの為に部屋に通される前は酒なんか飲んでなかったし、俺を通した後で飲んだのか?
全部酔っぱらった末の行動なら暴走も納得だと安心しつつ指摘したんだが、逆効果だった。上半身だけ起き上がらせると唇を尖らせ再びポカポカ殴って来た。
しかもさっきよりも強くなってるし……。
何か顔が蕩けて締まりも消えてるな、こりゃ。
「良いじゃないですか、私だって色々有って昼間から飲みたいし、ちゃんとお休みは急遽もらってるんですから問題無いんですー。じゃないとあんな真似は出来ませんー。ほら、そんな事よりも授業ですよ、授業。お姉さんが男女のアレコレを教えてあげますから……」
「【クリアス】」
「大人しく……」
うん、これ以上は放置したら駄目だ。
普通の酒みたいだから呪いじゃなく状態異常を回復させる魔法を使ったが、一瞬で酔い醒ましになったのかアミッドの表情は蕩けきった物から真顔に戻る。
そのまま無言での数秒経過、深呼吸の後に口を開いた。
「お酒は控えます。なので今のは忘れ…て……」
酔っ払っていたからだろう。ちゃんと結べていなかったのか湯浴み着の帯がほどけて上の方からずれ落ちる。胸の先端部分が見えそうになる寸前、俺に抱き付く事で見えるのを阻止したアミッドの口からは絞り出す様な小さな悲鳴が漏れ出していた。
「い、今のは忘れなさい。良いですね? 絶対に忘れなさい!」
顔を真っ赤にして涙目になりながら睨み付けて来る姿に黙って何度も頷いたけれど俺って何か悪い事したか?
慌てて解けた帯を結び直そうとするが俺の密着した状態の上に慌てながらじゃ上手く結べる筈もない。
逡巡の後、意を決した様子で起き上がって帯に手を掛けた時、廊下を走る慌ただしい音が聞こえ、鍵を掛け忘れたのかドアノブが回って扉が開く。
「アミッドさん、大変です! ポイズン・ウェルミスが異常発生しているらしく大勢の被害が……」
扉が開いて慌てて入って来た女性団員が見たのは、扉が開く事に慌てた拍子に再びずれ落ちて上半身が露になったアミッドの背中。ついでに俺は上半身裸でベッドにうつ伏せの状態だ。
「えっと、失礼しました……」
まあ、誰が見ても事に及ぶ直前に見えるよな。
三人が同時に固まって、最初に動いたのは入って来た彼女。気不味そうに目を伏せながらそっと扉を閉めて行く。
「私、言いませんからね。お二人が今日漸く結ばれるなんて……」
「待ちなさい。誤解です」
完全に閉まる直前、反転したアミッドの手がドアノブを掴む。
「言いません言いません! 誰にも言いませんから! 今から六回戦目に挑むだなんて誰にも言いませんから! あっ、でも鍵はちゃんとしていた方が良いですよ?」
「だから誤解だと言っているでしょう。五回じゃなくて誤った解釈の誤解です! それよりも要件について話しなさい。命が懸った案件です」
そろそろオマケ書きてぇ