英雄の末弟と英雄を目指す白兎   作:ケツアゴ

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好機

 ロキ・ファミリアのホームは普段ならアマゾネス姉妹やらロキやら騒がしい女性陣が不在な為に一時の静寂が流れていた。

  

 フィンは平和を噛み締めつつ書類仕事に精を出し、外では遠征に参加した団員達がランクアップによる感覚のズレを直すべく中庭で模擬戦に励み、途中参加したガレスに纏めて吹っ飛ばされていた。

 

「ひぃいいいいいいいっ!?」

 

「情けない声を出すでないぞ、ラウル! お主も第一級冒険者になったならば気合を入れんかぁ!!」

 

 ガレスに投げ飛ばされたラウルの助けを求める顔を見たフィンはサッと目を逸らして見なかったことにする。

 

「今日も平和だなぁ……」

 

 現実から目をそらし、つかの間の平穏に身を委ねるフィン。だが、多くの団員が不在の時を狙い、欲望を満たそうと動き出す機会を伺う者達がいた。

 

 

「……おい、今ならいけるんじゃないか? ロキ・ファミリアでも今なら……」

 

「ずっとだ、ずっとこんな時を狙っていた。出払っている今なら可能だろうさ。問題はヤる気次第だぞ」

 

「有る決まってるさ。当然だろう」

 

 人目を憚る様に目立たない物陰で、通り掛かった誰かに聞かれない様に声を顰めて男達は企む。

 この様な好機は絶対に二度と来ないのだと意を決して……。

 

 

 

 

 

「今日こそ歓楽街に乗り込むぞ!」

 

「声が大きい! ……噂話でも耳に入ったらどうするんだ、馬鹿」

 

 男達は溜まりに溜まった性欲を発散すべくイシュタル・ファミリアの本拠地へと繰り出す計画を練っていた。

 

 ロキの趣味で美男美女が多い派閥なのだが、セクハラ大好きなロキが主神だからこそか女性陣の目が厳しい。ぶっちゃけ男の肩身は狭く、エロ本だのを用意したり使用済みの塵紙を処分するのにも気を使うのだ。

 

 故に女性陣がメレンに出掛けている今だからこそ普段発散するのに苦労する物を発散させようとしている彼等だが、普段隠れて猥談に興じ、同派閥の胸や尻や踝や脇について熱く語っている一人が呟いた。

 

 

 

「でも、大勢の一挙ランクアップで話題になってる俺達が行ったら絶対に話題になるよな」

 

 その言葉にヒビが入った音が響き、男達は表情を強張らせる。思い出すのは去年の話、よりにもよってエルフの仲間を話題に出していたら盛り上がり、更に本人に聞かれてしまった後に暫く浴び続けた冷たい視線。

 

 実は聞かれる少し前にリヴェリアも話題に上がったが、それを知られたら命はなかった可能性さえ有り得る。

 

「歓楽街じゃなくって繁華街の飲み屋にしておくか。お触り無しの所で……」

 

「畜生! 凄く畜生! こうなったらランクアップ後の慣らしも兼ねて庭での訓練に参加するぞ!」

 

「何時か絶対にヤってやるからな! ……所で最近レフィーヤって胸が育って来てないか?」

 

「おまっ!? 相手は十五歳の上にエルフだぞ!? ……その反面、ティオナは育たねえよな」

 

「馬鹿! それが良いんだろうが! 胸の脂肪なんて飾りです。偉い人にはそれが分からんとです」

 

 ダンジョン内部に造り出された隠し通路やら精霊の分身やらと頭の痛くなる話題も多く、ギルドの責任者だからとリヴァイアサン復活を知らされたロイマンは胃潰瘍で治療院のベッドと職場を行き来しているが今の所オラリオは平和である。

 

 

 

 尚、長年足踏みしていたラウルのランクアップにテンションが上がったガレスとベートの容赦無しの特訓で遊びに行く気力なんて搾り尽くされ残らない事を彼等は知らない。

 

 

 何ならイシュタルがメレンに向かっている間に面倒があっては困るからと歓楽街はお休みだった。

 もし知らずに向かっていた場合、ショックで騒いで大いに目立った事だろう。

 

 

 

「はっ! 雑魚が多少成長したからって調子に乗るんじゃねえぞ。身の程弁えて怠けんな」

 

「……どうして素直にランクアップに驕らずに頑張れと言えんのかのう。それに少し浮かれても別に良いじゃろうに」

 

「あぁ? 勝手な解釈加えんな、爺。それにオッタルの野郎に差を開かれたままだってのに浮かれる奴なんざ叩きのめすべきだろうが」

 

 中庭は死屍累々、第一級冒険者にまで育ったラウルでさえ6と7の二人の容赦無しの扱きに立ち上がる気力すら湧かない状態だ。

 

「大体、リヴァイアサンの復活なんてモンを体験したんだろ? それを圧倒する様な連中も居て……」

 

「ベート、言っておくがあの酒場の給仕に関しては手出し無用とロキから言われておろう。大勢のランクアップも有るから儂等は魅了の範囲外にしたが、手出しする様なら戦争だとフレイヤに言われたと」

 

 オッタルとギルの試合もリヴァイアサン二体の登場もベートは体験していない。

 それは薬を用立てに行っていたからで、結果的に無駄足になろうと、ギルが群生地で集めた大量の素材の影響で薬を売り捌くにも値段が暴落してしまった事にも彼は文句は無かった。

 

 口では無駄足踏ませられたと言っても、仲間の無事や成長は嬉しいのだ。

 強くなれば自分の側から居なくなる事は無いのだから。

 

「そんなに強い連中を見て調子に乗れる時点で駄目だっつってんだよ、俺は」

 

「まあ、言いたい事は分かるがな。ロキが言うには古代の英雄の子孫が先祖返りでも起こしたのだろうと言っておったが……」

 

「まあ、こうやって叩きのめして雑魚が雑魚だと忘れない様にしてやれば良いさ。そんな事よりも俺と本気で相手しろ。無駄足で稼ぎ損ねた経験値を取り戻してやる」

 

 文句があるとすれば仲間の危機にまたしても不在だった自分について。オッタルというオラリオの頂点の本気を目にする事も出来ず、伝説との戦いも参加しそびれた。

 

 特に後者の影響は大きい。ファミリアとして大きな戦いには同行する以上、今回の経験値の差は大きく響く事だろう。

 バカゾネスと罵る姉妹や意中の相手であるアイズに置いていかれるのは勘弁だと戦いの構えを取る。

 

「出迎えた時に無事な姿に安心して嬉しそうにした時点でお主の本音は伝わってるだろうにの……」

 

「うっせぇ! ダンジョンが役に立たない以上は対人しか経験値が稼げねえんだ。さっさと構えろや!」

 

 ガレスの呟きにベートは恥ずかしさを誤魔化すかの様に叫び、構える前に襲い掛かる。

 

 

 

 

 

「僕も後で参加しようかなぁ。……遠征の赤字とダンジョンの異変が気になるけれどね。せめてヘルメス・ファミリアが早く荷物を届けてくれたら良いんだけれどさ……」

 

 窓の外、中庭に視線を向けた後でフィンが見詰めるのはギルドの方向。ダンジョンで今起きている異変……凡ゆる機能の停止にギルドがどう動くのか探る様にしていた。

 

 

 

 

 

「……厄災すら容易に退ける者達か。ダンジョンの異変を察知していても俄かには信じられぬ話だったな」

 

 一連の出来事があった日、報告に訪れたヘルメスから詳細を聞いたウラノスだが未だに半信半疑だ。

 彼に分かるのはダンジョンが数日経つ今も影響が出る程に力を絞り出した事と、その存在が敗れた事。

 

 既に生まれているモンスターはいるが新たに生まれる事もなく、新たに果実が実る事も鉱石が排出される事も、修復さえ行われない異常事態。

 今もギルドには大勢の冒険者が集まり、面白がった神々が騒ぎを煽る始末。

 

 魔石やダンジョン産の素材など、オラリオの根幹に関わる物が生まれないという緊急事態だが、もしこれに加えてリヴィラの者達からリヴァイアサンが復活したなど広まればどうなるのか。

 

「フレイヤも何を考えているのか……」

 

 それを解決したのはヘルメスが来たその日の内に姿を見せたフレイヤだ。

 市内全体に広がる魅了で出来事の詳細を誤認させ、たった一つの条件しか要求していない。

 

 

 それはフェルムへの不干渉。それがどの様な意図で行われたのかは知らないが、氷漬けになった荷物をロキ・ファミリアにまで届けるという約束以外の多くを書き換えられたヘルメスからは情報は得られそうに無く、消耗した力の回復に専念するダンジョンの攻略は断られた。

 

 故にウラノスは祈祷を続けるだけだ。二度と今回の様な出来事が起こらない様に今の内にしっかりとダンジョンを宥めようとしていた。

 

 ふと耳を澄ませばロイマンが血を吐いて倒れたと騒ぎになっている。

 

 

「……ロイマンも苦労している様だし落ち着いたら休暇を許可してやるか。他の職員もねぎらってやらねばな」

 

 この時、ウラノスも胃の辺りがキリキリと痛むのを感じた。

 

 

 

 

 満天の星空、遠くからは夜も活気良く働く船乗り達の声が聞こえる中、俺は夜釣りをしていた。……一人で。

 

「何っつーか落ち着く筈なのに落ち着かない矛盾……」

 

 出張診療所も一段楽、初日って事もあってか物珍しさにアミッド目当てと少し調子が悪い程度から別に悪い所は無いのに来てはアミッドに叱られる連中まで来たが夜が来れば落ち着いた。

 

 初日って事でアミッドが受け持ったが、今後は交代で団員が受け持つらしい。

 そりゃアミッドが居ないと重症者やら主神や迷惑客の対応が難しいんだから仕方が無いな。

 

 今は夜勤担当との打ち合わせ中、明日も早いから残念ながら終わった後に三人で遊びに行くのは無理そうだ。

 俺も俺で夜に手が必要になった時を考えてオラリオに戻れず、じゃあ春姫でも誘おうかって思ったんだが……。

 

「それは夜の逢引きのお誘いですか!? 人の居ない場所で……はわわわっ!? い、いえ、流石に無いです……よね?」

 

 アイシャがエロ狐と呼ぶ理由がよーく分かるよな、この反応。

 

 借りてきた釣竿を手にした俺の誘いを受けた瞬間に耳と尻尾が元気良く立ち、直ぐにピンク色の妄想の世界へと旅だった。

 

 そこまで踏み込む気の相手に好意を向けられるのに悪い気はしないが、女遊びが盛んな奴でもここまで表には出さねえだろうと思う中、急に耳と尻尾がシオシオと元気を失い、指先を合わせてモジモジしながら気まずそうに。

 

「あ、あの、お誘いは非常に有り難いのですが、最後の仕上げというか覚悟を決める為のお時間が……い、いえ、野暮用が御座いまして……」

 

「そうか。残念だけれど用があるんじゃ仕方が無いし、次の機会に来ようぜ。俺の魔法なら秒だし……手続きの方は……まあ」

 

 思い返すと出る前に団長から何かを受け取っていたし、課題でも出されたか?

 

 それを気絶していたから出来なかったのなら邪魔しても悪いと俺は一人で夜釣りへと繰り出した。

 釣り糸を垂らした場所周辺のモンスターは魚に被害が出ない様に死の呪いをばら撒いての対応だが中々釣れない。

 

「着替えはホームにでも取りに行けば良いんだし泳ぐか? いや、釣りはダンジョンじゃ楽しめないし……」

 

 飯の確保の為に旅の途中で釣りをする事はあったが、この湖が……いや、海も含めて抱えるモンスターの害は大きい。

 折角解決したのに、そんな風に溢していた漁師が居たが、何らかの解決法も駄目になったみたいだしな。

 

 

「シーメイジにでも遭遇したら小舟なんて一発だからな……」

 

 この辺には出ないらしいが、エアに会いに行こうと船に乗ると嫌って程に遭遇したシーメイジ共。

 速攻で倒さないと津波を呼び寄せるからめんだし、冒険者だから相手してくれっつーなら船賃返せよってなる。

 

「散歩にでも行くか……」

 

 最近は誰かと一緒に行動する事が増えたせいか一人で過ごすと妙な感覚だ。

 故郷でも家族と暮らしていたし、一人になったのは魔導アカデミーに入っていた頃位か。

 

 俺って孤独に弱いのかも、此処で思わぬ弱点が発覚したのに驚きつつも人通りの少ない通りをブラブラ歩いて風に当たっていると見知った奴が海を眺めていた。

 

 ……アイズか。落ちなきゃ良いけれどな。

 

 桟橋の端に座って何を考えているのやら、特訓中に聞いた話じゃ泳げないらしいし、桟橋の足でもモンスターに壊されて水に落ちたら大変だが、宙を跳べるんだったら大丈夫そうでもある。

 

「落ちるなよ?」

 

「!?」

 

 周囲に誰も居ないし、この程度の忠告なら別に構わないだろうと通り過ぎざまに声を掛けたは良いが、今頃気が付いてビックリする様じゃ注意散漫だ。

 

「……あの、少し良いですか?」

 

「良くない。俺とお前は少し知り合っただけの赤の他人、それを忘れんな」

 

 フレイヤはフェルムさんへの接触については牽制してくれたが、ベルゼーヴァについては正体が俺とは知らないのか対象外だ。オッタルもちゃんと黙っていてくれて、嘘使わずに誤魔化してくれたんだな。

 

「……じゃあ、一つだけ。どうやって彼処迄強くなったんですか?」

 

「そう言われてもな……」

 

 ソウルを成長させろって言われても困るだろ? 俺からすれば存在していて当然の物だし。

 

 ナッジもそうだったが、アイズも復讐者だ。ティアナ様を闇の女王へと変えた事でシャリに憎悪を向けた俺が復讐について非難出来はしない。

 

「あくまで復讐は中間目標だって忘れない事、とか? 復讐を終えて前に進むのが一番重要ってのを忘れない事だな」

 

 世界を救おうが神を殺そうが俺って結局は十六の小僧に過ぎない。人生を導く様な大層な事は言えないんだよ。

 

 

 

「焦った所で無い物は無いし、無理な物は無理だ。倒せる力の手に入れ方だけじゃなく、使える手札での倒し方を考えりゃ良いさ」

 

「ギルさんは同じくらい強い仲間も大勢居たし、お姉さんはもっと強かったのに無理な事があったの?」

 

「……まーな。目の前で取り零した命だって多いし、後でこうすれば良かったって思う事は多い。後は…:…頼れる相手には頼っとけ。一人でやるより簡単だから」

 

 人が多けりゃ、やれる事も行動出来る範囲も段違いだ。仲間の大切さは知っているだろうに、どうも自分が強くならなくちゃってのを感じるんだよな。

 

 結局、復讐ってのは自分の心に折り合いを付ける為だ、するしないで何らかの利益不利益が無いんだっただが。

 

 だから最終的にどうするかも自分の為の復讐なら路線変更が出来る。自称勇者を殺すって選択肢を取らなかったナッジみたいにな。

 

「理屈は分かる。でも、それでも……」

 

 納得は出来ないか。寧ろ会って直ぐの俺の言葉で収まる程度の復讐心なら仲間が居るアイズの中からとっくに消えている。

 

「黒竜ってのが大勢の敵ならお前だけの問題でも無いんだし、今まで相談してなかった奴にでも話せば良いさ。別の答えをくれるかもな」

 

 ふと耳を澄ませば遠くからアイズを呼ぶ声が聞こえる。そろそろ退散するべき頃合いかと思ったんだが、未だ話したい事があるらしい。

 

 

「……英雄についてどう思う? 貴方にとって英雄ってどんな存在?」

 

「誰かの為の英雄なら良いが、大衆の為の英雄は生贄だな。憧れて目指すのは別に良いさ。なれたなら大勢を救ったって事だが、名君が暴君になる様に人は心変わりするもんだ」

 

 逆を言えば大罪人も罪を悔い改めて贖罪の道を選べるもんだが、悪党の改心はそうそう信じられないのに、善人が悪党になるんじゃないかって恐怖は簡単に芽生えるんだから不思議だよ。

 

 それこそ未来を見通す力でも持ってなくちゃな。

 

「だから恐れられる。世界を救える英雄は……世界を滅ぼせる怪物に成り得るのさ」

 

 それだけ言って俺は去って行くんだが、何で英雄がどうとかって言ったんだろうな?

 

 

 まあ、俺は事情も知らなけりゃ別の派閥の人間だ。人様の家庭の事に首を突っ込んでギャーギャー騒ぐのはよろしくない。

 向こうの家族に解決を任せるべきかと宿に戻り、一旦寝ようとした所で扉が開き、足音を忍ばせて誰かが入って来た。




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