砂漠の街リオード。周辺に勢力を増しながら進行を続けるサルワや、そのサルワに攻められ大打撃を受けたシャルザードが存在する中継地点の役割を持つ場所だが、その街の民衆の視線は訪れたばかりのとある女神に注がれていた。
「救世主さん。貴方のお名前は?」
彼はリオードで、いや、リオードに来る前から人々を救って回っていた。
時に病や怪我で苦しむ人々を癒し、ダンジョン内部よりは弱いとはいえ恩恵を持たない人々には手も足も出ないモンスターを倒す。
受け取るのは僅かな食料だけであり、神や商人が引き入れようとするも決して首を縦に振らない。
その無欲で清廉潔白な姿勢に何時しか彼を救世主と呼ぶ者さえ出る程だ。呼ばれる度に彼は否定していたが……。
今回もリオードで怪我人の治療を終えた後、戦火に追われた人々を救う為と旅立って行き、半日後には奴隷狩りの被害者を連れて戻って来た。
「どうか彼等の受け入れ先を見付けて欲しい。その代わり、僕が一ヶ月間働こう」
それが数日前の事、そして彼が助けた少女と話している所に訪れたフレイヤは二重に驚きを得た。
その姿を見ただけで人々が魅了される中、少女は恩恵も無しにそれを跳ね除け、エルファスはフレイヤの美貌に一切動じた様子を見せずに軽く会釈をする程度。
これが一つ目の驚き。そして二つ目こそが本命。彼の魂の色だ。
(凄いわね。一体何があれば彼処迄磨き直せるのかしら……)
それはギルと同じ太陽に照らされた者が放つ輝きに似ているが、彼の場合は少し違う。
僅かに残る自責の念と、その理由であろう澱みの残滓。見るに耐えない程に輝きを失った筈の魂が何か……誰かの影響で目を奪われる程の輝きに磨き直されているのだ。
少女も自分の伴侶候補として見定めたが、彼については違う。あれは磨き直した何処かの誰かの光を浴びていてこそ、自分の下では無意味な輝きと化してしまう物。
「僕の名はエルファスだ、女神よ。ああ、それと無礼を承知で訂正させてくれ。僕は救世主等ではない」
これがエルファスとフレイヤの出会い。この後、少女の正体がアラム王子だと見抜いたフレイヤによってシャルザードは救われるのだが、本来の歴史では壊滅的被害を受け多くの死者を出したリオードは無事で済んだ。
見せしめにと街を襲ったワルサの軍隊はエルファス一人に無力化される事で。
彼が居なければ多くの被害が出た事で覚悟を決めた王子……いや、王女が無事に城に戻ったのを見届けたエルファスは再び旅に出る。
フレイヤは彼に問いた。贖罪の旅とやらを何時まで続けるのか、と。
「僕が旅を続けるのは人々の魂の美しさを気付かせてくれた愛する相手に応える為だ。だから旅は何時までも続く。僕が彼女を愛し続ける限りにね」
そう言ってエルファスは姿を消し、フレイヤも此度の外出に満足してオラリオに戻って行ったのだが、心残りが一つある。
「彼の魂を彼処迄に磨き直した子の名前を聞きそびれたわね」
彼女がその者の名を知るのはもう暫く後の事だ……。
それと余談ではあるが、戦争終結の日にフレイヤ・ファミリアから逃げ出したラシャプだが、その日より下界で見た者は誰一人居ない。
「……こんなモンで良いのか?」
大鍋で煮込む具沢山のスープ。弱った胃に優しい味付けにして、具は小さくトロトロに煮込んで消化しやすく。今日は約束していた治療院での手伝いの日。
エプロン姿で厨房に立ち、大量の病人食や炊き出しの料理を作っていた。
鍋の数と中身を確かめ、予定表の通りに作られているのかを確かめて間違いが無い事を確かめて指差し確認終了。
「にしても旅していた頃の俺より良いもん食ってんな……」
食材のチェックも俺がしたがマジで良い食材を使っている。豆と芋ばっかりだったぞ、当時の食事。夜営の時の方が狩りで食事を充実させていた位なのに。
小皿に入れたスープを口に運んで味見を済ませ、これで良いかと思っているとクスクスと笑う声が聞こえて来た。
「ええ、匿名の寄付があったお陰で薬品だけでなくベッドや食材にも随分と余裕が生まれましたので。遊んで暮らせる金額を下さるなんて素敵な方だとは思いませんか?」
「匿名の寄付ね。そりゃ奇特な奴が居たんだな。悪い、ちょっと味見してくれ。味付けはこれで良いか確かめてくれるか?」
口止め料って名目で渡したヴィーヴルの涙が役に立ったのは嬉しいが、こうやって隙有らばからかって来るのは勘弁してくれよ。
同じ皿で渡すのもどうかと思ったので別の小皿は手元に無い。
「味見に使うならその小皿で良いですよ? うん、美味しいです。ギルさん、料理お上手なんですね。尊敬しますよ」
アミッドは俺が口を付けた小皿にスープを注ぐと躊躇無く口を付け、満足そうに舌で唇を舐める。
いや、気にしないなら別に良いんだぜ? 俺だけが変に気にするのも妙な話だし、旅の最中は水筒の回し飲みとか普通に有ったしな。
それにしても誉められると嬉しいもんだな。俺は別に誉められる程でもないと思ってたんだが……。
「家に姉貴と兄貴しか居なかったし、畑仕事以外で手伝える事探してたら慣れちまってな。それに尊敬されるのはアミッドの方だろ? これだけ人の役に立つ事をしてるんだからよ」
主神は少しがめつい感じだが、アミッドの方は善意と使命感からだろう。
それを立派と呼ばないなら世界でも救って漸く呼ばれるのか?
「団長が使ってる用な義手とかだって、あれのお陰で冒険者として働ける奴は多いだろうし、下手な英雄より上だと俺は思うぞ? 美女な分、価値も更に高まる」
「……年上をからかうのは駄目だと思いますよ?」
仕返し完了。本音で言った事だが思惑通りにアミッドは照れて顔を逸らしてしまった。相手は年上だが可愛いもんだ。
「そ、それにしても治療院の手伝いと言いつつ厨房まで手伝って頂いて申し訳御座いません。本当なら雇っている方が居たのですが……」
「妊娠の発覚が重なったんだ、めでたい事だろ? それに友達……まあ、俺の中ではだけれども友達の役には立ちたいもんだ。治療の方は傷や病気はどうにかなっても、元の力が弱まってるのは治せないからな」
抉れた傷を塞いだり、炎症を鎮めたりまでは魔法でどうにかなるんだが、長い病気で萎縮しての機能低下まではどうにもならねえ。老化や欠損が治せねえのと同じ感じだ。
栄養失調の場合も魔法で不足した栄養を与えられる訳でも無く、思ったよりも役に立てなかった俺は人手が足りなくて厨房が困ってるって聞いて手伝いを申し出て今にいたるって訳だ。
料理は嫌いじゃないし気にしなくて良いのにな。
その上でどうせ長距離を一瞬で行き来出来るんだからと食材の仕入れにオラリオの外まで行けたのは良かった。
デメテル様の所以外にも向かったメレンって港町もテレポートで行ける様になったしな。
緊急時の支援用に周辺の小さな村まで回されたが、うん。良いんだよ、別に。
今後便利に使われそうな事以外は。
「良かった。ご友人認定しているのは私だけでなかったのですね。……まあ、何故か最近じゃ若夫婦扱いでからかう方が患者さんにいらっしゃって」
「そりゃ困ったな。俺は別に良いんだが、アミッドだって将来良い相手が見付かるだろうに噂が足を引っ張ったら困るもんな」
どうせ暇をもて余した神なんだろう。嘘だと分かる癖に否定しても聞かねえし、マジで困った連中だよ。
「ええ、本当に適当な噂を流されても困りますし、本当にお付き合いしちゃいます?」
私は別に構いませんよ? と冗談っぽく上目使いで告げる姿は少しばかりドキッとさせられる魅力があった。
「年下をからかうのは良いのかよ……ったく」
「私は年上のお姉さんなので別に良いのでは?」
ちょっとばかり照れる俺を見て笑うアミッドの頭を軽くグチャッとなで回してやりたくなるのを堪えて他の料理の続きを始める。
病気も治安も先ずは飯からだ。小綺麗な言葉を吐いて希望や正義を振りかざしても腹は膨れねえし、飯が足りないなら治るものも治らず、他人を想う余裕も無くなるもんだ。
それが足りないから兵士や貧しい民は荒れるし、逆に食が足りていれば貧しくても荒廃までは行かない。
クズ貴族が暴れていたが余所者に優しかったロストールの貧民街の人達みたいにな。
逆に圧政でそれが足りないからノーブルの民は立ち上がった。立ち上がらされたとも言う。
実際、責任者のレムオン失脚の為に代官が王妃と組んでいた訳だし。
だから姉貴もロストールの復興に多額の資金を寄付した。仲良くなったアトレイア様に頼まれたってのもあるだろうが、どうにかしたい相手が結構居たんだ。
うん、でも装備の整備とか必要物資にあてる資金まで寄付するのは考え無しだからな? お陰で蛇だの蠍だのを狩って食うことになっちまったんだから。
そりゃ人助けは大事だし祖国の危機だけれども、自分達の事も考えような?
俺はちゃんと考えてる。アミッドとの噂が広まった場合、娼館に遊びに行った時に微妙な反応をされかねない
医療ってのを支配するって事は世界最大都市の一部を支配するのと同じなのだ。
実質、世界の一部を支配しているのと同じだ。物資補給の遮断? 主神を送還して一旦無力化させる?
無理だ。調合は技術だが、怪我の治療と解呪と解毒を集団に対して一度に行える魔法の価値は計り知れないが、医療を握らせる相手を同時に敵に回すなんて敵を組織の幹部に据えるのと同じだからな。
医療とは違うが、敵が組織内で力を持ってると非常に厄介だ。だからネメアさんは叔父であり戦友でもあった先代皇帝に冷遇の末に処刑されそうになり、攫われて妃にされた姉が巻き込まれてエルファスは闇に落ちた。
シャリだって王宮で好き勝手してロストールは壊滅的被害を受けたし、王様も円卓の騎士に体を乗っ取られた。
さて、その上で噂通りだった場合、何処でも好きに物資も人員も移動させ放題の俺が追加だ。
物資補給の妨害も包囲による降伏勧告も、下手すれば人質すら無意味になりかねない。
失敗した場合、医療を敵に回すんだ、馬鹿馬鹿しい。
「まさかとは思うんだが、どっちの主神が流してるとかじゃねえよな? 激務と高嶺の花の影響で婚期を逃しそうな眷属を心配してとかじゃない方の理由で」
「口に出したくない理由は察しますが……ぶっ飛ばしますよ?」
ドスの効いた声で言う辺り、多分今の時点で気にしてたんだろうな。
『ガールトラン、ガルトランー。未来の勇者ガルトランー』
馬鹿が浮かんだな。忘れよう。名前あってたっけか?
団長ともなれば自由に相手を選ぶのは難しいだろうし、同族から見付けるのは大変そうだ。
実際、有名な女冒険者で既婚者って……。
「……じゃあ、孤児院の分を早速持って行くよ」
色々考えて実感させられたのは、今の俺は英雄の弟ってだけじゃいられないって事だ。
短期間で名前が轟いた竜殺しで剣聖で英雄に比べりゃ、俺も兄貴も他の仲間で抑え込めるから普通に畑仕事をしていられたが、こっちの大陸じゃそうは行かないって事ね。
だからって姿を消すとか力を振るわないって選択肢は無いんだが、姉貴もこんな気持ちだったのか……。
「ふふん! どーだ! 僕にも眷属が出来たんだぜ、ギル君!」
「【キュア】。……いや、妄想には効かないか」
「失敬だね、相変わらず!?」
孤児院に行った後でスラムの炊き出し会場まで次の鍋を持って行った後、休憩時間をもらったので飯でもと思ったらヘスティアと遭遇した。
得意気に胸を張って紹介するのは白髪の少年、ベル・クラネルって名前らしい。
挨拶代わりに弄ったら怒ったので適当に謝りながらベルを観察するが、畑仕事は別として戦った事が無い感じだな。
なんかチビの上にヒョロい……ああ、なるほど。
「言われた通りにカモを見付けたか」
「違うよ!? 弱みに漬け込む真似なんかしてないよ!?」
そうだろうな。結構な歳だろうに餓鬼っぽい女神だが、そんな真似するタイプじゃないから偶然だろう。
冒険者に夢を持って来たのは良いが、装備に薬に衣食住、ギルドへの税金を考えたら黒字が出るのは暫く後だ。
食い扶持に困って入団したがる奴も多いだろうし、入れてくれる所は少ないだろうし、見捨てられなかったんだろうが……。
「恩恵は刻んだのか? うん、終わってるなら別に良いさ。祝いに飯奢ってやるから来な」
ちょっと二の足を踏んでいたが祝いって口実もあるし、飯が美味いらしい豊穣の女主人にでも連れて行ってやるか。
そこまでしたら廃墟みたいなホームを前に恩恵持ち逃げとかしないだろうし、口出しする理由にもなるからな。
感想待ってます