オラリオ一の苦労人を甘やかしたい。   作:眼鏡大好き

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1話:オラリオ一の苦労人をよしよししたい。

ここオラリオにおいて、最も心労の多い人物は誰か。

 

少しでも情勢に詳しい人なら、真っ先にアスフィ・アル・アンドロメダの名を挙げると思う。主神たるヘルメス様の無茶振りにぶつくさ文句を言いながらも、なんだかんだとこなしてしまう。それは彼女の能力の高さと、生真面目さの賜物だ。

 

主神やファミリアのために滅私で働く彼女の在り方は、とても美しいものだ。

……だけど、何年も傍で見ているボクとしては、心が痛む。

 

ファミリアの帳簿やギルドへの報告書を確認しながら商談をまとめ上げ、ヘルメス様の持ち込んだ厄介事に頭を抱える。それに、自分の仕事だけでも忙しいはずなのに、トラブルが起きそうな部署を見かけたらサポートしたり、新人には困りごとがないか、まめにヒアリングしたりと、本当によく働くのだ。

 

そして、そんな中でも、魔道具の開発は日々欠かさない。

連日の徹夜で出来た目の下のクマと、少しぼさぼさになった髪を見るたびに、やるせない気持ちになってしまう。せっかくの美人が台無しだもの。

 

とはいえ、ボクがアスフィの仕事を手伝うことは許されない。他ならぬ彼女自身が止めるのだ。

 

「シトリー。貴女はくれぐれも大人しくしててくださいね? そうだ、小説のアイデアが浮かんだと言っていたではないですか。早いうちに形にしておいた方がよいのでは?」

 

早口だった。

そりゃ、アスフィに比べたら事務作業は遅いかもしれない。数字だって得意じゃないよ。ちょっと転んで書類をぶちまけたことだってある。倉庫の鍵を失くしたことも……あったかもしれない。

でも、なんか任せてくれたっていいじゃん。

 

まぁそれはさておき。

ボクとしては、アスフィという素敵な人間が、少しでも報われて欲しいなと思うわけで。

友人として、できることをしてあげたいと思っている。

 

でも。でもね?

 

「シトリーぃぃ……もう……なんなんですかあのちゃらんぽらんは!!怪物祭の手続き、私に全部押し付けてどっか行ったんですけどぉ……!」

「大丈夫。アスフィは頑張ってるよ。ボクも助かってる。ほら、みんなに手伝ってもらおうよ。アスフィの頼みなら、みんな聞いてくれるって。あちょっと、どこ触ってんの」

 

なんでハグしながら、アスフィをよしよししてるんだろう、ボクは。

ちょっと前に、すこーしだけ甘やかしたげよう、って思ったら、なんかこう、距離感がおかしくなっちゃった……。

あの時はアスフィがさすがに限界を迎えてそうだったから……大丈夫?おっぱい揉む?みたいなノリで胸を貸してあげたら、ぽつぽつと愚痴を吐き出すようになったのだ。揉みはしなかったけど。

 

 

それからアスフィは、鬱憤が溜まるたび、ボクの部屋に来るようになった。

最初は「すみません……」と謝りながら愚痴るだけだったのが、今ではすっかり甘えん坊さんだ。あ、膝枕しろって?はいはい。

 

「シトリーの太ももは柔らかいですね……ダンジョンはおろか、外にも出ないから、ちょっとむっちりしてて……」

 

よけいなお世話だよ。

と思ったけど、よわよわ甘えモードのアスフィをどつくのも気が引ける。メンタルケアの時間なわけだし、堪能してもらうとしよう。

 

「はいはい、ありがと。がんばれそ?」

「えぇ、まぁ……気は重いですが、何とかします。いつものことですし」

「ごめんねぇ。ボクも手伝えればいいんだけど」

「ややこしくなるので、絶対やめてください」

「被せないでよ」

「……貴女がこうしてくれるだけで、私は助かってますから」

「そっか。ならよかった。ま、ボクもまた一発当てて、アスフィたちに楽させてあげたいところだね」

「期待してますよ。……ですが、もし小説が売れても私の仕事は増えるんですよね……重版や流通の管理はこちらの管轄ですし……関連商品の企画も動くでしょうし……」

「あーストップストップ。よしよし、おっぱい揉む?」

「……揉みませんよ!」

さすがにか。

一瞬の間があったのは見て見ぬふりをしておこう。

ボクとしては減るもんじゃなし、全然オッケーなんだけど。

 

「ですが、純粋に楽しみですよ」

「え?」

「シトリーの新作です。普段からは想像できないくらい、貴女の描くものは綺麗ですから」

「『普段からは』って、要る!?……でも、ありがと。嬉しいよ」

 

うん。他ならぬアスフィがそう言ってくれるのは、本当に嬉しい。

彼女にとって、ボクの書く娯楽小説や英雄譚は、さして興味のあるものではないはずだ。現実主義で、なんだかんだ仕事が趣味のような人だから。

そんな彼女が「綺麗」と言ってくれたのだ。それは短い言葉だけど、純度が高い。間違いなく本心で、きっと彼女の心を、ボクの想像以上に揺らせたんだと思う。……自惚れじゃなければ。

 

「でも、あの話が綺麗だって言うなら、それはアスフィのおかげだよ」

「は?どういうことですか?」

「気付かない?」

「?」

「なら秘密ぅ。いつもありがとね」

 

いやまぁ、アスフィみたいな、他人のために頑張れる人って素敵だよね……みたいなテーマが多いんだよなぁ、ボクの小説。

自分にはできそうにないことだから、憧れる。そうできる人には、報われてほしい。そういう尊敬や願い……というと高尚すぎるか。性癖が原動力みたいなとこある。

……その筆頭である、目の前の万能者サンには恥ずかしくて、こんなん言えないでしょ。ね。

 

「そうですか。……ふぁ……」

うーむ。美女はあくびも麗しい。役得役得。

ボクは彼女の眼鏡を外してサイドテーブルに置く。うわ、クマがすごい。

「寝ちゃう?いいよ、ベッド貸したげる。これから原稿やる予定だし」

「ぃぇ……このまま……」

「えー足しびれるよー」

「じゃあ、一緒に寝てください」

「締め切り破ったら怒るのアスフィじゃん。書きながら、すぐそばにいるから、それで許して」

「やです。手を握っててください」

「はいはい」

うーむ、デカい要求から段々と条件を下げる、ヘルメス様譲りの交渉術だ。本当に眠いんだよね?抜け目なさすぎない?

 

 

しばらくして。

小さく寝息を立て始めたアスフィの横で、ボクは原稿用紙とにらめっこ。

いつかアスフィからもらった眼鏡を外し、ペンを置く。

はっきり言ってスランプだ。なーんも書けません。

 

原因には心当たりしかない。

……冒険、しないとなぁ。

 

枯渇。ボクの中には今、書けるものがないんだと思う。

いや、アスフィの甘えん坊モードはすごく刺激があるのだけど、そういうことではない。

ボクを突き動かす衝動、意欲や炎といったものが、足りないのだ。

ダンジョンでの戦いや、苦境。そしてそれを乗り越える、泥臭い”冒険”。

あるいは、ボクを魅了するそれらを見せる、誰かとの”出会い”で、ボクの心に火をくべなければいけない。そんな気がしている。

 

「ダンジョン、行くかぁ……」

 

ぴくり、と。アスフィが動いたのを左手で感じる。

起こしちゃったかなと思って彼女の方を見たけど、変化はない。気のせいか。

 

嫌々だったけど、決心すると少しすっきりした。

うん、なんか良い出会いがある気がする!頑張るぞ!




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