オラリオ一の苦労人を甘やかしたい。 作:眼鏡大好き
アスフィの髪を乾かして、一通りお手入れを済ませる。寝不足と過労のせいでぼさぼさだった髪が、なんということでしょう! 艶やかに輝いているではありませんか! 今日何度目かわかんないけど、なでなでしながら見惚れてしまう。
「いいなぁいいなぁ。綺麗だなぁ。こりゃあ男どもが放っておかないよ……」
なんとはなしに言ってしまったけど、アスフィに男が言い寄ってるのは……嫌だな。
「ありがとうございます。でも、男性にそういう目で見られても嬉しくはありませんね……」
「そっか~」
よかった。アスフィの言葉に、ものすごくほっとしている自分に気がついてしまう。彼女に恋人ができたら、それはきっと幸福なことで、祝福すべきことなのに。それができないボクは嫌な奴かもしれない。
「ふふ、じゃあ行き遅れたらボクがもらっちゃおうかな!」
「行き遅れないと、もらってくれないんですか?」
「え?……え!?」
「言ったじゃないですか。シトリーなしじゃ生きられないって」
「うぇ!? そりゃ、ずっと一番の友達だよ、死ぬまで一緒にいるよ!? でも、結婚ともなると話は別っていうか、同性だし、風当たりもあるかもしれないし、いやボクは全然そういうの大丈夫だしアスフィなら大歓迎だけどぉ……!!」
顔が熱い。自分で何を言ってるのか、わからないまま口が動いてしまう。だって、ボクなしじゃ生きられないって、そういうこと!? そういうことなの!?
「ぷっ、慌てすぎじゃないですか?」
「わ、笑うなよぉ……」
「私は本気ですから。もらってくださいね、シトリー」
「か、考えておきます……」
「今はそれで許しましょう」
今日のアスフィはなんかこう……小悪魔すぎやしませんか。距離の詰め方がすごいっていうか。
彼女の思わせぶりな言葉やお願いの度に心臓が跳ねて、落ち着かない気持ちになって、わーって叫びたくなっちゃうけど……ボクはそれがどうしようもなく嬉しいみたいだ。恥ずかしくてたまらないのに、この胸の高鳴りに何度も浸りたくなってしまう。何かボク、変かもしれない。
☆☆☆
広いベッドで、ボクは抱き枕にされていた。
「昼間からこんなにだらだらとするのは、罪悪感がすごいですね……」
「大丈夫。アスフィは働きすぎだから、3年くらいこうしてても罰は当たらないよ」
「では、遠慮なく……」
感じるのは、アスフィの温もりと柔らかさ。しっかりと、でも労るように抱きしめてくれる力が心地良い。甘えるように体を擦り付けてくる度にじんわりと高揚してしまうし、慈しむように撫でられると声が出そうなくらいに喜びが溢れてしまう。
「シトリーもちゃんと寝てくださいね。今日、あんまり寝てないんじゃないですか?」
「ば、バレたか……」
「ええ。私のために、ありがとうございます。でも、貴女の元気がないのは、私の本意ではないですから。きちんと休んでください」
「ぅん……ありがと……」
実のところ、徹夜ではある。
昨日、豊穣の女主人から帰ってきて、何とかヘルメス様用の夢小説をこしらえた。趣味である程度書いていたとはいえ、きちんと見せるために加筆と推敲をしたから、お願いをした時点で夜が深かった。
で、その後にご飯の仕込みをして、ちょっと仮眠をしたら、あっという間に朝だった。
アスフィのためなら、徹夜くらいなんてことない。実際さっきまでは浮かれていたせいか、全然眠くなかった。そう、キツくはなかったんだけど……。でも、彼女がボクのことを心配してくれたのが、無性に嬉しかった。
そして、今。お風呂入ってこうしてベッドに入って……アスフィのくれる温もりと多幸感に身を任せていると、一気に眠気が襲ってくる。背中をぽんぽん、と叩かれて、体の力が抜けて……アスフィの声が、聞こえた、気が……。
「ふふ。おやすみなさい、シトリー。本当にありがとう……」
☆☆☆
目を覚ますと、ボクを見つめるアスフィと目が合った。こちらを慈しむような表情に、一気に顔が熱くなって、飛び上がりそうになってしまう。
「おはようございます」
「お、おはよう……」
「寝顔、かわいかったですよ」
「!? ……あ、ありがと……?」
寝ぼけたままの間抜けな声で答えると、アスフィにくすくすと笑われてしまう。恥ずかしいけど悪い気はしなくて、反応に困るなぁ……。
「だいぶ日も暮れてきましたから、そろそろ行きましょうか。飛ぶのに良い頃合いだと思います」
「! うん! 楽しみ!!」
アスフィの作った
ボクは、アスフィが夢見た景色を見てみたい。その衝動を生み出した憧憬を知りたい。それは創作者としての興味ではなくて――アスフィのことをもっと深く理解したいと思ったからだ。もっともっと親密になりたい。彼女のことは何でも知りたい。昨日からそんな思いが止まらなかった。
アスフィに手を引かれ、宿を後にして、人気のない町の外れまでやってくる。彼女の飛翔靴はとっておきだ。不可能を可能にする魔道具は、ファミリア間のパワーバランスを壊しかねないジョーカーで、それゆえに彼女はひた隠しにする。彼女の偉業が誰にも知られていないのは寂しかったけれど、今はボクたちだけの秘密のように感じて、少しだけ嬉しくもあった。
「このあたりなら人目はないですね」
「うん、大丈夫そう。じゃあ、お願いします」
そう言ってアスフィにおんぶしてもらおうと思ったけれど――……。
「では、失礼して」
「ちょっ、えっ!? うわぁ!!」
アスフィはボクのことを抱きかかえる。いわゆる、お姫様抱っこだ。ボクが驚いていると、目の前には真剣なアスフィの顔。仕事をしているときのように凛々しくて、でもどこか楽しそうな表情に、カッコいいなぁ、と惚けてしまう。
ぼけっとしていると、体が宙に浮く。冷たい夜風を強く感じると、次の瞬間には薄暗い夜空が、いつもより近くに見える。
「綺麗……」
「そうでしょう?……シトリーにこの景色を見せられて、嬉しいです」
「うん……。でも、景色だけじゃないよ」
「?」
夜空も、灯りが煌めく町並みも、遮るものが何もない目の前も素敵だけれど。ボクが何より絶景だと思ったのは、夜空に映えるアスフィの綺麗な
「飛んでるアスフィが綺麗だなって。ドキドキしちゃった」
「っ!?!? 落としそうになるから急に変なこと言わないでください!!」
「ひぇえええ!! やめて!! ごめん!!」
取り乱したのか、なんか飛行がどんどん荒くなっていく。ほんとに怖いな、これ!? 凛々しかった表情も、いつもの感じに戻っちゃった。でも、こういうアスフィもやっぱり好きだ。
「まったく、焦らせないでください……」
「ごめんごめん。……でも、すごいね。遮るものが何もなくて、どこまでも進めて……。気持ちいいや」
「そうでしょう? 誰にも邪魔されずに、どこまでも進みたい。未知の景色を見に行きたい……。私はそれに憧れたんです」
「そっか……。すごいや、アスフィは」
アスフィにとって、空とは自由で。何ものにも縛られずに、素敵なものを追い求めたくて、飛ぶことを目指したんだね。
彼女の志に触れて、実際に成し遂げたことを体感して。ボクはそのすごさに震えていた。本当に立派な人だ。
思わずアスフィを見つめていると、彼女の顔がなぜか紅潮していく。そんな時、彼女の後ろに月が見えて――。
「あっ、ねぇアスフィ、月が綺麗だよ」
「え!?」
「ん?……あっ」
衝動的に口にしてしまったけれど、「月が綺麗」というのは愛の告白の婉曲的な言い回しだ。やらかした。
「な、な、な……」
「ごめっ、ちがっ、ほんとに月が綺麗って思っただけで、深い意味はなくて、ってうわちょっと危ないって!! ちゃんと飛んで、アスフィー!!!!」
そろそろ長かった一日デートも終わりそう……か?
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