オラリオ一の苦労人を甘やかしたい。 作:眼鏡大好き
かつての
その日の神々は沸いていた。
「よっしゃー!!それじゃ、シトリーたんの【二つ名】決めるでー!!!」
「「「「キターーーー!!!」」」
「「「「待ってました!!!!」」」
【ヘルメス・ファミリア】の眷属、シトリー・ヴェールがレベル2へとランクアップしたのだ。いつも飄々としたヘルメスの眷属に二つ名を与える――もとい、彼の眷属をイジり倒せる貴重な機会に、神々は大いにはしゃいだ。
なにせ、【ヘルメス・ファミリア】はランクアップが中々起こらない。
商業系ギルドであることを差し引いても、レベル2より上の眷属が多くないのは、ヘルメスが”何かしている”のだと、神々はなんとなく察していた。だが、それを誰も指摘しないのは、ひとえに”その方が面白そうだから”だ。ヘルメスがミスって、何かしらの細工がギルドにバレたときの顔が拝みたい。あるいは、彼の企みを予想するのが一興という神もいるだろう。
各々の思惑はあるものの、今この場にいる神々は皆、”黙っていた甲斐があった”と浮かれていた。すなわち、「滅多にないランクアップなんだから弄らせろ」「やましいこと黙っててやるんだから遊ばせろ」と。口には出さないが、彼らの目ははっきりとそう語っていた。
「はぁ……。お手柔らかに頼むぜ?」
そうなるともう、ヘルメスとしてはお手上げだ。苦笑するしかない。彼の言葉に神々は思い思いの二つ名を提案していく。
「おさげの文学少女で、しかも巨乳だぞ?これはもう
「【本の虫】と書いてインデックスだろ!」
「ボクっ子で巨乳はどこぞの女神すぎる!
「ちょっと待てぇー!シトリー君にもボクにも失礼だろうがっ!」
「ツインテと三つ編みは違う良さがあるしな」
「悪ノリがすぎた。すまんかった」
カオスだった。それはもう騒がしく、楽しげであった。
「
「やめてやってくれ……」
一柱の神の言葉に会場はどっと沸くが、ヘルメスだけは冷や汗をかいていた。
「あの騒動」とは、シトリーのドジでポーションのケタを間違えて発注した事件のことだ。
マイペースなシトリーもあの時ばかりは号泣して、ファミリアの面々やヘルメスに謝り倒していた。彼女が引きずらないよう、当時はヘルメスも腹を抱えて笑ったが、内心は赤字に心臓がキュッとなっていた。アスフィは頭を抱えて「もぉぉぉぉ!!」と叫んでいた。
顛末としては、アスフィの手腕で大量のポーションを捌くことに成功した。上手いこと、困っているファミリアや冒険者へと安く売りつけたのだ。シトリーの情けないミスをさらけ出し、同情も大いに利用して。
結果、金銭的には大赤字だが、恩を売ったことも加味して収支はギリプラスという決着だ。
ファミリアとしては数ある笑い話の一つだが、シトリー本人にとっては圧倒的な黒歴史だろう。それを思い出させる二つ名は、さしものヘルメスでも忍びなかった。
「だが、やはり彼女の作品について触れないわけにもいくまい」
「それな!『希望の星座』はいいぞ……」
「どの本読んでも思うけど、苦労人が好きすぎるだろ、あの子。
「【女神の黄金】や、あの【九魔姫】とも仲がいいと聞くな」
「逸れてる逸れてる。そろそろ決めようぜ」
「じゃ、
「「「異議なーし」」」
「お前ら決まってたのに遊んでやがったなぁ!?」
いつも振り回す側のヘルメスが叫ぶのは、さぞ愉快だったと、後に神たちは語った。
☆☆☆
目を覚ますと、朝だった。まぶしぃ。
あれ、ベッド入ったっけ……。アスフィが運んでくれたのかな。さすがレベル4だ。
適度に身支度を済ませ、とりあえず団長室へ。一応ダンジョンに行くことをアスフィに伝えておかないと。……と思ったんだけど、廊下でルルネに呼び止められる。
「おーシトリー、仕事だってよ」
「はぇ?何?ボクに???」
珍しいこともあるもんだ。普段は全然任せてくれないのに、間が悪いなぁ。
「書類の整理。書斎にあるやつ全部って。お前にやらせて大丈夫かって言ったんだけどね」
「…………ちなみに誰から?」
「アスフィ。珍しいよなー」
「あー……。はいはい。ちょっと話聞いてくるね」
どうやらあの時、アスフィは起きていたらしい。
あの子は昔からわりと過保護で、ボクがダンジョンに行くのに、あまりいい顔をしない。
集中したいから一人で、っていうのがよくないんだと思う。それに、ボクの魔法はわりとロクなもんじゃなく、制御が効きづらい。確かに心配の種が多いかも。優しいアスフィが心配してくれるのも、無理はない。
彼女の心配に胸が温かくなるのを感じつつも、ダンジョンは行かなきゃなので、どうしたものか。
思案しながら団長室の扉を叩く。
ボクだって腐っても【ヘルメス・ファミリア】のはしくれだ。いっちょ見せたりますか、交渉術ってヤツを!
「ねぇアスフィ」
「シトリーには仕事を頼んだはずですが?ルルネから聞いていませんか?」
取り付く島もない、とはこのことだった。
書類ばっか書いて顔も見てくれないなんて、かなし。
「いやあの、ボクがやっても散らかるだけだし……」
「自分で言わないでください。猫の手も借りたいんです」
「そのわりにルルネはゆったりしてたけどね?」
「彼女には午後から大仕事を任せてありますから。その調整です」
嘘……じゃないんだろうなぁ。アスフィなら、それくらいの辻褄は合わせてくるはずだ。
「ねぇダンジョン行きたいんだけど」
「却下です」
「えぇ……?」
どうしよっかな。思わずおさげをいじる。
ダンジョンに行けないのも困るし、普通に仕事も自信がない。
「分かったらキビキビ働いてください」
色のない声で言い放つ。
むぅ。せめて目を見て話したいな。
しゃがんで机を挟んでアスフィの表情をのぞきこんでみる。
苦しそう。……やっぱり無理してるよねぇ。
「ね、アスフィ。ごめん。行かせて?」
「っ……!ずるいです、そういうのは」
これまでも何度かあったのだ、こういうことは。
でも、やはりというか、アスフィはボクの意思を尊重してくれる人なのだ。遠まわしに用事を作って行かないようにすることはあれど、ボクがどうしても、って強硬した時には、絶対に折れてくれる。
「ごめんね。そうだ、今日帰ってきたら飲みに行こうよ。ミアさんのとこ」
「……お料理」
あ、ちょっと甘えん坊さんになってる?
「うん、そうだね。今日は多分へとへとだけど、明日なら。好きなの作ってあげるから」
「……なら、いいです」
「ありがと!!」
照れくさそうに目をそらすアスフィに、なんだか嬉しくなっちゃうな。うん、頑張ろう!
というわけで、装備を整えて出発である。
それにしても、アスフィったら引き止め方がかわいいんだから。なんか口角上がっちゃうな。
…………あれ?待って?
アスフィが一度通用しなかった引き止め方をするだろうか?
ていうか、ボクに書類仕事を任せるって正気??
本当にやらせる気があったんだろうか。仕込みが雑すぎやしないか。
一度違和感が走ると、思考が加速する。いろんなことが繋がってしまう。
あっこれ全部アスフィの計算通りだ!!
飲みに行くのも、手料理作ることになったのも!!
してやられたなぁ、と思いつつも、やっぱり要求がかわいいので許そうじゃないか。うん。
計算通り(一緒に飲み+手料理作ってもらう+おねだり+至近距離の笑顔)。
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