オラリオ一の苦労人を甘やかしたい。 作:眼鏡大好き
「はぁーー……」
【ヘルメス・ファミリア】の団長室で、アスフィは机に突っ伏していた。
その耳はほんのりと赤くなっている。
シトリーが去ってから、およそ10分。働かなければ、と思うものの動けない。
そんな時間が続いていた。
我ながら下手な芝居を打ったものです、と彼女は顔を熱くする。
シトリーは抜けているけれど、決して頭は悪くない。今頃、アスフィが我儘を通すために、盛大に仕込みを行ったと気付いたはずだ。
あれで引き留めることができれば、それでいい。
仕事も折を見てフォローに入るつもりだった。仕事中のシトリーには手を焼かされるが、それも嫌いではない。彼女に頼られるのは、特別嬉しいことだから。
しかし、書類仕事で引き留められるとも思っていない。大方、シトリーはダンジョンに行きたがる。きっと、私の子供じみた我儘にも気付いてしまう。そして、私を宥めるように譲歩してしまうのだ、彼女は。
結果は上々だった。
シトリーとの時間を確保できた。それも2日も。
きっとシトリーはそんなことをしなくても、私といてくれる。
愚痴だって聞いてくれるし、私を笑顔にしてくれる。アスフィにはその確信があった。
しかし、彼女の方から誘ってくれることは、実は少ない。休む暇のないこちらを気遣ってのことだと薄々感じながらも……寂しくもあった。こちらから差し向ける形でも、シトリーの方から誘って欲しかったのだ。
それに、上乗せで取り付けた彼女の手料理は、アスフィにとってこの上なく魅力的だった。
包丁を持てば怪我をしそうなシトリーだが、意外にも料理は得意だった。
体の弱い親のために、健康的に、美味しいものを作るよう努力したのだという。
そしてそれは、多忙ゆえにまともな食事を摂れないアスフィにとっては、体が求めてやまないものだった。
片手間で食べる味気ない携帯食と違い、温かい出来立てで、品目も多い。仕事明けに彼女が料理を作ってくれていた時には、アスフィは誇張抜きに毎度涙を拭いながら食べている。
最後に見せてくれた笑顔も含め、交渉は大成功だった。
しかし、そのためにここまでするかと今更自問する。
ルルネにまで協力させて、シトリーに仕事を押し付けようとした。人を使うのは十八番だが、こんな個人的なことにまで……と自己嫌悪と羞恥がアスフィの脳内を渦巻いていた。
「アスフィ、入るよ」
ルルネの声に、団長としての顔を取り繕う。
しかし、入ってきたルルネの顔はどこかニヤついていた。
「上手く行った?」
「…………おかげさまで。ありがとうございました」
「貸しだかんねー」
お見通しだった。
流石に長年の付き合いだ。彼女はアスフィの不自然な頼みに、私情が多分に含まれることを察していた。多くを聞いてこないだけ良心的な対応といえる。
あぁ、とまた恥ずかしさがアスフィに押し寄せた。
「何か最近、特に仲いいよね?シトリーと」
「っ、そうですか?ずっと変わってないと思いますが」
「そうかなー?」
少し焦る。アスフィにも自覚があった。
出会った頃はさておき、距離が縮まってからは最も親しく、大切な友人。それがアスフィとシトリーの間柄だった。
堅物なアスフィは、友人関係においても一線を引きがちだ。
心を許さないわけではないが、ベタベタと意味のない交流はしない。
しかし、シトリーとだけは違った。自然な距離感でこちらを気遣い、肩の力が抜ける雑談を時折投げかけてくれる。気の抜ける振る舞いに、思わず笑ってしまう。忙殺されて失いかけていた幸せを、身近に運んでくれる。そんな存在だ。
アスフィがシトリーをそんなかけがえのない存在だと思っていたのは間違いないが、やましいことはなかった。だが、近頃の彼女はそれ以上を望んでしまいつつある。
きっかけは、アスフィがシトリーに情けなく甘えてしまったことだ。
アスフィは、奔放な彼女の負担にはなりたくなかった。だからずっと彼女の前で愚痴は我慢してきたが、その時ばかりはダメだった。避けようのないトラブルと、
結果、アスフィはお酒も入っていないのに、思い切りシトリーに抱き着いてぐちゃぐちゃに泣いてしまった。限界ギリギリの精神状態だったとはいえ、あまりにも重い。ドン引き必至だと自分でも思う。
それなのに、シトリーは嫌な顔一つせずに頭を撫でるのだ。どこか嬉しそうですらあった。暖かい手と優しい声音に、アスフィの心は溶かされてしまった。
それ以来、アスフィはダメだと思いつつも、シトリーに甘えてしまう。
彼女と一緒にいたい。もっと彼女を近くに感じたい。彼女に頼られたい。友人に向けるには些か過剰ともいえる執着を、自分でも感じていた。
実際、昨日は眠る彼女を存分に眺め、髪や頬を撫でてしまった。
それゆえ、ルルネの指摘には後ろめたさのようなものを覚えてしまう。
「まぁいいけど。……あれ?アスフィ、なんか顔色いいね?」
「は?」
「いっつも肌は荒れてるし、クマがひどいのに、今日は綺麗だよ?」
ぴくり。アスフィのまぶたが痙攣する。
「……あの。普段の顔色が悪いのは誰のせいだと思ってるんですか?」
「へ、ヘルメス様かなぁ……?」
「ルルネにも手を焼かされてますが?」
「あーはっきり言いやがった!貸し!貸しがあるの忘れたの!?」
「貸し借りを言い出したら、誰が有利に立つか分かりませんか?」
アスフィの眼鏡が光る。このファミリアで最も”貸し”を作っているのは、他でもない団長の彼女だった。そのフィールドで戦おうとした時点で、ルルネの敗北は決まっていた。
「では借りを返してもらうとしましょうか。午後からは怪物祭への出店の調整をお願いします。一人で出来ますね?」
やましい部分をつつかれないうちに、畳みかける。シトリーが絡まなければ、アスフィは無敵の敏腕団長だった。
(早く帰ってきてくださいね、シトリー)
仕事モードに入ったことで、恥じらいは消える。
浮かれた心だけが、アスフィの中に残っていた。
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3話の導入のつもりだったんですけど、なんかすんごい膨らんじゃった……。
癖(くせ&へき)で地の文とモノローグばっかになっちゃうんですけど、さすがに長すぎ?