オラリオ一の苦労人を甘やかしたい。   作:眼鏡大好き

3 / 11
2.5話:団長室にて

「はぁーー……」

 

【ヘルメス・ファミリア】の団長室で、アスフィは机に突っ伏していた。

その耳はほんのりと赤くなっている。

 

シトリーが去ってから、およそ10分。働かなければ、と思うものの動けない。

そんな時間が続いていた。

我ながら下手な芝居を打ったものです、と彼女は顔を熱くする。

シトリーは抜けているけれど、決して頭は悪くない。今頃、アスフィが我儘を通すために、盛大に仕込みを行ったと気付いたはずだ。

 

あれで引き留めることができれば、それでいい。

仕事も折を見てフォローに入るつもりだった。仕事中のシトリーには手を焼かされるが、それも嫌いではない。彼女に頼られるのは、特別嬉しいことだから。

 

しかし、書類仕事で引き留められるとも思っていない。大方、シトリーはダンジョンに行きたがる。きっと、私の子供じみた我儘にも気付いてしまう。そして、私を宥めるように譲歩してしまうのだ、彼女は。

 

結果は上々だった。

シトリーとの時間を確保できた。それも2日も。

 

きっとシトリーはそんなことをしなくても、私といてくれる。

愚痴だって聞いてくれるし、私を笑顔にしてくれる。アスフィにはその確信があった。

しかし、彼女の方から誘ってくれることは、実は少ない。休む暇のないこちらを気遣ってのことだと薄々感じながらも……寂しくもあった。こちらから差し向ける形でも、シトリーの方から誘って欲しかったのだ。

 

それに、上乗せで取り付けた彼女の手料理は、アスフィにとってこの上なく魅力的だった。

包丁を持てば怪我をしそうなシトリーだが、意外にも料理は得意だった。

体の弱い親のために、健康的に、美味しいものを作るよう努力したのだという。

そしてそれは、多忙ゆえにまともな食事を摂れないアスフィにとっては、体が求めてやまないものだった。

片手間で食べる味気ない携帯食と違い、温かい出来立てで、品目も多い。仕事明けに彼女が料理を作ってくれていた時には、アスフィは誇張抜きに毎度涙を拭いながら食べている。

 

最後に見せてくれた笑顔も含め、交渉は大成功だった。

しかし、そのためにここまでするかと今更自問する。

ルルネにまで協力させて、シトリーに仕事を押し付けようとした。人を使うのは十八番だが、こんな個人的なことにまで……と自己嫌悪と羞恥がアスフィの脳内を渦巻いていた。

 

「アスフィ、入るよ」

 

ルルネの声に、団長としての顔を取り繕う。

しかし、入ってきたルルネの顔はどこかニヤついていた。

 

「上手く行った?」

「…………おかげさまで。ありがとうございました」

「貸しだかんねー」

 

お見通しだった。

流石に長年の付き合いだ。彼女はアスフィの不自然な頼みに、私情が多分に含まれることを察していた。多くを聞いてこないだけ良心的な対応といえる。

あぁ、とまた恥ずかしさがアスフィに押し寄せた。

 

「何か最近、特に仲いいよね?シトリーと」

「っ、そうですか?ずっと変わってないと思いますが」

「そうかなー?」

 

少し焦る。アスフィにも自覚があった。

出会った頃はさておき、距離が縮まってからは最も親しく、大切な友人。それがアスフィとシトリーの間柄だった。

 

堅物なアスフィは、友人関係においても一線を引きがちだ。

心を許さないわけではないが、ベタベタと意味のない交流はしない。

しかし、シトリーとだけは違った。自然な距離感でこちらを気遣い、肩の力が抜ける雑談を時折投げかけてくれる。気の抜ける振る舞いに、思わず笑ってしまう。忙殺されて失いかけていた幸せを、身近に運んでくれる。そんな存在だ。

 

アスフィがシトリーをそんなかけがえのない存在だと思っていたのは間違いないが、やましいことはなかった。だが、近頃の彼女はそれ以上を望んでしまいつつある。

 

きっかけは、アスフィがシトリーに情けなく甘えてしまったことだ。

アスフィは、奔放な彼女の負担にはなりたくなかった。だからずっと彼女の前で愚痴は我慢してきたが、その時ばかりはダメだった。避けようのないトラブルと、疫病神(ヘルメス様)の運んできた厄介事が重なり、地獄を見た。客観的に落ち度はないが、アスフィが全て泥を被る形で何とかその場を収めたのだ。

 

結果、アスフィはお酒も入っていないのに、思い切りシトリーに抱き着いてぐちゃぐちゃに泣いてしまった。限界ギリギリの精神状態だったとはいえ、あまりにも重い。ドン引き必至だと自分でも思う。

それなのに、シトリーは嫌な顔一つせずに頭を撫でるのだ。どこか嬉しそうですらあった。暖かい手と優しい声音に、アスフィの心は溶かされてしまった。

 

それ以来、アスフィはダメだと思いつつも、シトリーに甘えてしまう。

彼女と一緒にいたい。もっと彼女を近くに感じたい。彼女に頼られたい。友人に向けるには些か過剰ともいえる執着を、自分でも感じていた。

実際、昨日は眠る彼女を存分に眺め、髪や頬を撫でてしまった。

それゆえ、ルルネの指摘には後ろめたさのようなものを覚えてしまう。

 

「まぁいいけど。……あれ?アスフィ、なんか顔色いいね?」

「は?」

「いっつも肌は荒れてるし、クマがひどいのに、今日は綺麗だよ?」

ぴくり。アスフィのまぶたが痙攣する。

 

「……あの。普段の顔色が悪いのは誰のせいだと思ってるんですか?」

「へ、ヘルメス様かなぁ……?」

「ルルネにも手を焼かされてますが?」

「あーはっきり言いやがった!貸し!貸しがあるの忘れたの!?」

「貸し借りを言い出したら、誰が有利に立つか分かりませんか?」

 

アスフィの眼鏡が光る。このファミリアで最も”貸し”を作っているのは、他でもない団長の彼女だった。そのフィールドで戦おうとした時点で、ルルネの敗北は決まっていた。

 

「では借りを返してもらうとしましょうか。午後からは怪物祭への出店の調整をお願いします。一人で出来ますね?」

 

やましい部分をつつかれないうちに、畳みかける。シトリーが絡まなければ、アスフィは無敵の敏腕団長だった。

 

(早く帰ってきてくださいね、シトリー)

 

仕事モードに入ったことで、恥じらいは消える。

浮かれた心だけが、アスフィの中に残っていた。




お気に入りや感想・評価、ありがとうございます。励みになってます!

3話の導入のつもりだったんですけど、なんかすんごい膨らんじゃった……。
癖(くせ&へき)で地の文とモノローグばっかになっちゃうんですけど、さすがに長すぎ?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。