オラリオ一の苦労人を甘やかしたい。   作:眼鏡大好き

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3話:嫉妬と我儘

ダンジョンで最初に目に入ったのは、血みどろの少年だった。

 

「ちょ、ちょちょちょちょちょ、ちょっと待とうか君!!」

「はい!」

 

ギルドの方へ向かう彼を思わず呼び止めると、元気な返事が返ってきた。よかった、自分の血ってわけじゃなかったみたいだ。

……おぉう、冒険者が似合わない純朴そうな少年だ。呼び止めといてなんだけど、見知らぬボクのことを警戒する素振りもない。

 

「モンスターの返り血なんて危ないんだから、ちゃんと洗いなね?」

「あ、すみません……」

 

どこか熱に浮かされたようだった彼だけど、指摘するとすぐにシュンとなる。ボクが苦笑しながらタオルを取り出して拭こうとすると、「そんな、悪いですよ!」と抵抗する。でも無視だ無視!うりうり。

 

「これでよし。全く、上層でこんなになるまで戦ったの?」

「ありがとうございます……。えっと、これは僕じゃなくて。さっきそこでミノタウロスが出たんですけど、金髪の綺麗な女の人が助けてくれて!すっごくかっこよかったんですっ!!こう、さぁーって!!あ、でも、『大丈夫?』って聞いてくれたんですけど僕頭が真っ白になっちゃってお礼も言えずに逃げてきちゃったんです……!あぁ今からでも戻ったほうがいいですかね!?」

「わっつ????? って待てぇ!!」

 

何かいきなりすごい密度の情報を浴びせられたな?上層にミノ??それなんてバグ??

ともかく、戻ろうとする少年の腕を掴んで引き留める。こんな状態でダンジョンに潜るのは、文字通り正気じゃないでしょ。件の金髪さんがそこにいなかったら、深追いしかねない。どう見てもビギナーな彼にとって、それは命取りだ。

 

「はい、気持ちはわかるけど落ち着こうね〜。冒険者始めたてかな?アドバイザーさん誰?」

「エイナさんって人です!」

「あ、エイナか。じゃあまず、あの子のとこ行こうか?君のこと心配してるだろうし、金髪の人と知り合いかもしれないしさ」

「はい!わざわざありがとうございます!!」

 

うーん、眩しい。

こんなにもまっすぐな男の子、オラリオじゃなかなかいないよねぇ。原石かもしれない、と直感が言ってる。いいなぁいいなぁ。刺激が欲しいボクとしては、何とか彼の話を引き出したい。でも、他のファミリアを詮索するのもどうなんだ……。

とか何とか考えてるうちに、エイナの窓口まで辿り着く。ボクが話を聞くのもご法度なので、最後に少年とエイナに声だけかけて去るとしますか。

 

「じゃあ少年。包み隠さず、起こったこと全部伝えるんだよ?いやまぁ隠すとは思ってないけど」

「はい!何から何までありがとうございます!」

「えーと。あとは個人的な話なんだけど。ボクは【ヘルメス・ファミリア】のシトリーって言うんだ」

「あっ、僕はベル・クラネルって言いますっ!【ヘスティア・ファミリア】の!僕、【ヘルメス・ファミリア】の入団試験も受けたんですけど、落ちちゃって……」

「あれ、そうなの?ウチのも見る目ないねぇ……」

え、地雷踏んだ?……まぁでも、純粋すぎるこの子にとって、ウチはあまりいい場所じゃないかもしれない。もっとのびのびやれる方が、個性が輝く気がする。

 

……でもなぁ、こういう子がいたほうがアスフィも楽だと思うんだよねぇ。素直だし、仕事を誠実にやってくれそうだ。それに人当たりがよすぎる。ルルネあたりは嫌いそうだけど、これはこれで超才能あるでしょ。

 

というのも、商人にとっては計算高さも大事だけど、それよりも愛嬌は得難い強さなんだとか。これはヘルメス様もアスフィも言っていた。商売なんてのは結局人と人とのやり取りで、好かれる以上の奥義はない。そしてそれは、計算と違って後から身につくものではないってさ。

何故かそんな感じの話を、ボクはみんなから何回も聞かされるんだよなぁ。「やらかしても何故か好かれるやつっているよな畜生!」とか、「怒るに怒れなくて、ズルいんですよねそういう人……!」とか、みんなこっちに恨みがましい視線を向けながら語るのは何なんだろう、あれ。

 

……じゃなくて。まじまじと観察しすぎたせいでベル君が困惑してるわ。

 

「ごめんごめん、考え事してた。ボクさ、小説を書いてるんだけど、ちょっと君に興味があるんだ。今度話を聞かせてよ」

「え?シトリーさんって小説家なんですか!?僕英雄譚が大好きで!!嬉しいです、書いてる人に出会えるなんて!」

「お、英雄譚イケる口ですか。オタトークしたいとこだけど……ま、それは今度にしようか」

 

言いながら、バッグから本を取り出す。ボクの新刊だ。血潮の筆でサインして、手渡す。

 

「これあげるから、もしよかったら今度感想と話聞かせてね。サイン見せれば、本拠に入れてくれるはずだから」

「わー!……うわぁ、嬉しいなぁ……!今日すっごくいい日です!こんな素敵な出会いがあるなんて!ありがとうございます!」

「ふふ、こんなに喜んでもらえると、作家冥利に尽きるね。じゃ、ちょっとエイナに挨拶したら、ボクは行くから」

「はい!」

 

 

☆☆☆

 

 

「――……ってことがあったんだよね。いやぁいい子だったなぁ。次の作品のモデルにしようかなぁ……って、聞いてる?おーい」

「…………」

 

その夜、豊穣の女主人にて。

約束通りアスフィとご飯に来たんだけど、ダンジョンでの出来事を話してからずっと、むっすぅーっとしてる。ボクなんかやっちゃいました?

 

「リオン。もっとお酒持ってきてください」

「承知しましたが……少し飲みすぎではありませんか?」

「大丈夫ですっ!!」

「あ、じゃあボクの分も」

 

顔馴染みの給仕――リューの忠告も無視して、どんどんお酒を呷っていく。

アスフィは普段、良いお酒をじっくりと嗜む。その所作と、少し色づく頬が、ボクは綺麗で好きだった。

そんな上品な飲み方をする彼女だが、たまに死ぬほど荒れた飲み方をすることがある。こういう飲み方をするときは大抵、仕事がヤバい時だ。

 

「ごめんねアスフィ、ボクの話ばっかりで。仕事キツかったよね。話聞くよ」

「そうじゃないです。違います。……なんでこういう時だけ鈍いんですか」

「え?無理やりダンジョン行ったの、やっぱり怒ってる?」

「違います」

「うーーん……理由もわからないのにごめん、って言っていいのかわかんないけど。でも、ごめん」

申し訳ない気持ちだけが渦巻いて、不誠実な謝罪だけが口をついてしまう。許してもらおうとするだけの、卑怯な言葉だ。でも……でも、アスフィにだけは嫌われたくない。

 

「すみません。シトリーは、悪くないんです。ちょっと、嫌だったんです。……二人きりなのに、別の人の話をする貴女が。でもそんなの八つ当たりじゃないですか。それに気づいて、どんどん自分のことも嫌になるし……でも、でもぉ……」

最後の方はボクにしか聞こえない小声で。声にならない声で告げられる言葉に、ボクは面食らっていた。アスフィがボクとの時間を、二人でいることを、こんなに大切に想ってくれてたなんて、思いもしなかったから。

 

「……そっか。じゃあ、ホントにボクがごめんだ。アスフィのこと、何にもわかってなかったね」

「ち、ちが……これは私が悪くて……」

酔いも進んだせいか、どんどん落ち込んでいくアスフィが見ていられなくて、席を立って隣に座る。

「おーよしよし。今日はアスフィだけのシトリーですよー。どこにも行かないから安心して?」

「…………」

返事はない。でも、ボクの方に体を預けてくれた。甘えてくれてるみたいで、嬉しい。人前だけど、これくらいなら酔ったアスフィを介抱してるように見えるはずだし、誤魔化す必要も……。

 

「乳繰り合いなら他所でやるニャー!!」

「お二人ってこんなに仲良かったですっけ?」

「ええ、シル。二人の関係は強く深く、尊いものだ」

 

た、頼む、空気読んで……??

あと何かこっぱずかしいこと言ってるエルフがいるな???

 

「あーもう!今仲直りしていいとこなんですっ!! 邪魔しないでください!!」

アスフィはそう言うと、リューたちの持ってきたジョッキを奪い取り、グイっと一気に飲み干す。

収拾つかなくなりそうな空気を感じたので、ボクは一言。

 

「ヘイ!お会計!!」

 

 

☆☆☆

 

 

帰り道。ふらふらのアスフィを支えながら歩く。

「大丈夫?飲みすぎだよ、やっぱり」

「すみません……。これ、明日醜態を思い出して悶えるやつじゃないですか……。嫌だ……記憶消したい……」

「そう?ボクは嬉しかったよ、アスフィの嫉妬」

「言わないでくださいよぉ……。自分でもどうしていいか分かんないんです、こんな子供じみた感情になるなんて、初めてで……」

「いいじゃない。アスフィは頑張りすぎちゃうんだから、我儘言わないと死んじゃうよ?」

「あながちそれが冗談で済まないって、自分で思ってしまうことが悲しいです……」

 

「ふふ。でも、我儘は……できれば、ボクの前でだけがいい……かな」

あれ。

だからもっと我儘を言っていいんだよって、みんなを頼りなよ、って言おうと思ったのに。口に出した言葉は、全然違うものだった。

これはどう考えてもアスフィのためにならない、ボクのエゴにまみれた言葉だ。ボクはボクで、アスフィのことが特別らしい。

 

「…………では、ちょっといいですか?」

少しあっけに取られた表情を見せた後、アスフィはボクの顔を見つめる。酔ってても美人だ。ほんのり赤い頬が色っぽくて見惚れてしまう。体が近づいてきて、いつもより手の込んだメイクをしてたんだなぁ、なんて気付いて、胸が温かくなってしまう。

 

ハグしたいのかな。

そう思っていたら、予想だにしない感触を胸のあたりに感じた。

 

「ひゃあ!?!?!?」

「前から、触ってみたかったんですよね。おぉ……これはすごい……」

「ちょ、ま、やぁぁぁ!?!」

堪能するようにアスフィの指が蠢く。くすぐったいくすぐったい!!!

「なかなか癖になりますね……」

「わああああ!!ストップストップ!!!」

 

「可愛い顔。これに懲りたら、あまりおっぱいがどうとか言わないことです。どうせ、少し仲良くなった子には言ってるんでしょう?」

「い、言わないよ!!」

……どうかな。ノリで言ったかも……?

 

「どうだか。……これからは私だけにしてくださいね?」

耳元で囁かれ、くすぐったさでびくりとしてしまう。

ボクはとんでもない我儘さんを呼び覚ましてしまったのかもしれない。




読んでくださる方や、お気に入りしてくださる方がすごく増えてて嬉しすぎる……。
性癖にお付き合いいただき、ありがとうございます。感想・評価も本当に感謝です。お陰様で頑張れます。

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