オラリオ一の苦労人を甘やかしたい。 作:眼鏡大好き
部屋に戻ったボクの感情は、完全にぐっちゃぐちゃだった。
体全体が熱い。脳が茹だって、心臓はありえないくらいに跳ねている。指先の感覚はしびれてよくわからない。お酒のせいもあって、現実じゃないみたい。
いろんなことがありすぎたんだよ、今日は。
アスフィが、ボクを特別に思ってくれている。
ボクが、アスフィを特別に思っている。
どちらも、急すぎて受け止めきれない。
いや、ボクにとってアスフィは特別なのは間違いない。ずっとそうだった。でもいつの間にか、種類も強度も全然変わってしまっていた。ただの友人というだけでは、いやだと思ってしまったのだ。ボクなんかが。
そしてアスフィも、ボクのことを大切に思ってくれていた。なんで気付けなかったんだろう。ありがとう。ボクなんかがそう思われていいのか?嬉しい。……やっぱり、ボクには資格がないと思う。絶え間なく感情が行き来する。
ーー嗚呼、でも、見つかった。
ボクが欲しかった炎が。
ボクを突き動かす衝動が。
書きたいものがなくなった?
笑わせないで欲しい。知らなかっただけだ。
誰かの特別に、自分の特別に、ちゃんと向き合ったことがなかっただけだったんだ。
きっと、このぐちゃぐちゃの感情の先に、答えがある。
ボクの書きたいもの、書くべきものが。
だって、こんなにも強い想いは今まで感じたことがないんだから。
だから、今はボクの感じる「特別」に従おう。彼女の「特別」に向き合おう。いずれ答えを出して、形にするために。
……この衝動を教えてくれたアスフィには、ほんと感謝だ。きっと彼女じゃないと、ダメだった。そんな気がする。
あーでも、そうか。これじゃあずっと、アスフィにもらいっぱなしじゃないか。やっぱりボクはダメなやつだ。……うわ、何もできていない自分が、胸を揉まれた以上に恥ずかしい。
そうだ、まだ約束があるじゃないか。明日ご飯を作ってあげるって。
うん、腕によりをかけて作ろう。……でも、それだけじゃ足りない。
アスフィは、ボクとの時間をあんなにも楽しみにしてくれていたのに、台無しにしてしまったのだから。
なら、明日一日、うんと楽しい時間を過ごしてもらおうかな。そのためには……。
☆☆☆
「ヘルメス様、失礼しまーす!」
「お?おー、シトリーじゃないか。どうした?」
夜も遅いのに、嫌な顔一つしない。いつも軽薄そうで、わざとヘイトを買うような立ち回りをするけれど、根は眷属思いの素敵な主神様だ。でも、ボクは今から彼に無茶なお願いをすることになる。こと、交渉において最も手強い彼を相手に。
「明日、アスフィを一日休みにしてあげられませんか」
「ハァ!? おいおい、何を言ってるんだ? ウチはアスフィがいないと回らないぜ?」
「そうですね。でも
「お、オレはだなぁ……これでも必要な根回しをしてるんだよぉ……」
「誰もヘルメス様だとは言ってませんよ?……あと、女の子のお尻を追っかけるのが根回しなんですかぁ〜??」
「ちょ、なんでそれ知ってんの!?」
「ボクけっこう顔広いですからねぇ。いろんな人が教えてくれるんですよ、軟派な神様の奇行とか」
「……言いたいことはわかった。でも一日は無理だ。アスフィの抜ける穴が大きすぎるからな」
たぶん嘘だ。ヘルメス様ならきっと何とかしてしまう。でも、この要求もまた当然だ。弱みで脅すだけで、自分の要求を通そうなんてのは甘えで、交渉にすらなっていない。ウチではそんな温い考えは通用しない。何かを求めるなら、対価を用意しなければ、対等な話はできないのだ。
仕事の肩代わりは、ボクにはできない。いや、それも甘えで、いずれはちゃんとこなして、アスフィの隣にいるのにふさわしい存在にならなきゃとは思う。でもそれは一朝一夕でどうにかなるものではない。それができると思うのは、いつも頑張ってるアスフィやみんなに失礼だ。
……だから今は、ボクにできることで対価を支払おう。くだらないと一蹴されるかもしれないけど。
「ヘルメス様。……もし貴方が、貴方自身が人間として、好みの女性とイチャイチャする、って話が読めたら、どうでしょうか」
「……は???」
珍しい、ヘルメス様の呆けた顔。そりゃ意味がわかるわけもないだろう。多分、割と新しい概念だ。
「要するに、オーダーメイドの小説です。貴方の夢を叶えます。下界での暮らしは楽しいかもしれませんけど、言っても神様として崇められてますよね?それで満足ですか?」
「ん、んん……?」
まだピンとこないよね、そうだよね。ならば。
「例えばです。主人公がヘルメス様の分身で、でも神様じゃない一人の人間で。そんな貴方が普通の下界の子供として【学区】に通ったとします。特別扱いされず、学友との日常を送るんです」
「ほうほう」
「で、ヘルメス様のことですから、授業をサボって遊び呆けますよね。そんな貴方を、委員長然とした女の子がぷりぷりと叱りながらかまってくれるんです」
「おお!」
「そしてある日、真面目すぎていじめられてしまったその子を、ヘルメス様が助けるんですよ。そしたら、その日から女の子の態度が、ほーんのちょっとだけ柔らかくなって……みたいな日常を、体験してみたくはないですか?」
ヘルメス様の好みは把握している。美女ならとりあえず声をかける彼だが、実は重要視するのはその精神だ。まっすぐな人に怒られるために、適当な振る舞いをしているまであると、ボクは思っている。
「なんだよそれ……最っ高じゃないか!!」
きた。神様には面白いこと以上の餌はない。新しい娯楽で、なおかつ好みドンピシャならば絶対に乗ってくると思った。
「任せてください。お望みのシチュエーションを、最高に刺さるように書いてみせますよ。…………あとこのオーダーメイド小説ってサービス、ビジネスになる気がしませんか」
そしてこれは、今ヘルメス様をやる気にさせるための餌というだけではなく、将来的にはファミリア全体の利益となりうると思う。ここまでアピールすれば、アスフィの休みを分捕れるはずだ。
「なるほどなぁ~。いやでも、売れるかどうかはモノがよくないとダメだろ。いや、シトリーの腕を疑ってるわけじゃないんだぜ? つまりさ、検品というか、サンプルというか、そういうのを見ないことにはなぁ~!」
わっかりやすっ!!
「そういうと思いましてね。第1巻を書いてまいりました。お納めください」
「おおっ!! わかってるじゃないかキミぃ~」
「その代わり、明日はアスフィの休み、お願いしますよ」
「まっかせとけってぇ~!!」
「交渉成立ですね。やたっ!」
ヘルメス様のボクを見る目が、どこか優しい気がする。きっとボクの浅知恵なんてお見通しで、それっぽくノッてくれたんだろうな。本当に敵わない。
「ヘルメス様。……ありがとうございます」
「なぁに、いいってことさ。アスフィのこと、頼んだぜ」
☆☆☆
翌朝。普段はしない早起きをして、朝ご飯の支度をした。
昨日のアスフィはしこたま飲んでたから、今朝は優しめにサンドイッチで。二日酔いによさげなトマトスープも作ったから、食べられるだけ食べてもらおう。
アスフィの朝は早い。今頃起きて仕事の準備をしているはずだ。……だからきっと、今からびっくりするんじゃないかな。
「アスフィ、入るよ~」
「え、シトリー!? ちょ、ちょっと待ってください!!」
すっごい慌てっぷり。思わずくすくすと笑ってしまう。あぁでも、よくよく考えたら昨日いろいろあったんだよな……。ボクもなんか顔合わせるの恥ずかしくなってきたかも……。
「は、入ってください」
「あ、うん……お邪魔しまーす」
一瞬気まずい空気になったけど、お互い顔を見たら何か安心したみたいだ。少し気恥ずかしいけど、微笑み合う。
「どうしたんですか……って、ああ、ありがとうございます……」
そしてアスフィは、ボクが手に持ってる弁当箱とスープジャーを見て、約束を思い出したみたいだ。
「ふふ、ちょっとがっかりしたんじゃない?せっかくのご飯がこれで」
「いえ、本当にありがたいですし、私が無理にお願いしたことですから。……それに、ちょっと二日酔いもありますから」
そう言いながらも、やっぱりちょっと残念そうだ。
「これで終わりだと思ってもらっちゃ困るなぁ。……アスフィ、今日おでかけしない?」
「はい? いえ、これから仕事が……」
「ふっふーん。アスフィは今日、お休みでーす!!」
「?????」
あ、すごい。アスフィがこんなにフリーズしてるの初めて見たかも。
「今日のお仕事は全部、ヘルメス様がやってくれます。お願いしたの」
「え、え、え、ですが……」
「ボクとのおでかけ、嫌?」
「違います!」
突然の大声にびっくりしたけど……うん、嬉しいな。
「2人っきりの時間、楽しみにしてくれてたんでしょ? だから今日こそさ、ちゃんとしたくって」
「あ、あれはその……」
「え、ボクの勘違い?」
「そうじゃなくて!! 恥ずかしいんです! でも、ええ!! そうですよ!! 楽しみでしたぁ!」
「じゃあ、ボクにやり直させてくれませんか? 2人きりの一日を」
「やり直すもなにも、昨日だって……いえ。じゃあ、お願いします」
「うん、任せてよ。いつも頑張ってるアスフィを、とびっきり甘やかしてあげる!」
アスフィの手を掴んで、部屋から連れ出していく。
まずは散歩しながら、一緒に朝ご飯だ!
次回、おでかけ。
今回も読んでいただき、ありがとうございました!
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