今年も
『想起する
歩を進めて刻んだ記憶と
手に揺れる一枚を見比べては』
本日も快晴、と空を仰いだ
背中に背負ったリュックの中身はそろそろ溢れそうで、何なら一杯になったアルバムもある。
「まずは稗田邸かな……っと、お団子2本と一箱良いですか?」
「はいよ、運がいいね由良木ちゃん。実はたった今出来たばっかりなんだ」
「おお、ありがとうございます」
今日は会えるかな、と考えながら購入した団子を頬張る。
もちもちの食感を楽しみながら、ふと足を止めて空いた右手を動かした。
「む」
流れるような動作で掴んだのは首から
そのレンズを覗く事なく、由良木はとある一瞬をカメラに収めた。
誰かの家に植えられた青々と茂る木を日傘にして、柵の上で肩を寄せ合い談笑に興じる2人の妖精。
その2人は視線を向けていた由良木に気付くと楽しげに手を振り、ピースサインを出してにっこりと笑顔になる。
彼女は手を振りながらも数枚程シャッターを切り、最後にもう一度手を振ってその場を後にした。
「思わず良いものが撮れたかも」
進む足並みは先程より軽い。
それは彼女の羽がゆらゆらと揺れている事からも分かるものだった。
「〜〜♪」
いや、追われているというかむしろ執務を追っているというか。
兎に角、彼女にとっての執務はそんなに嫌気が差すものでもなく、幻想郷に存在する人たちとの交流が大部分(恐らくそんな大部分ではないとは思うが)である。
それは稗田の……御阿礼の子が書くとされる幻想郷縁起の編纂。
御阿礼の九代目である阿求は面と向かって一人一人と対話し、その
そんな彼女の部屋にはいつも書類が散見されるのだが、今日はその書類を捌くスピードがいつにも増して早い。
阿求は、どうしてか良い予感がしてならなかった。
何があるかとかは分からない、彼女は博麗の巫女ではないのだから。
だが、今この時だけは確信を持って言える。
何だか今日はとても良い日になりそう、と。
そうして今か今かと待ち続け、その時は来た。
「……はい、どうぞ」
「———こんにちは、阿求さん。お仕事お疲れ様です、お土産どうぞ」
「ありがとうございます、由良木さん。さ、お話しましょう?」
控えめなノックに応えれば、中に入って来たのは
鴉天狗の中でも微風のような心を持ち、そして———
「アルバムが埋まったので、お話しましょうか」
———稗田阿求にとっての、良き友達であった。
「やはりいつ見ても素晴らしい写真ですね……」
「あはは、ありがとうございます。最近も関わりが少しずつ増えたので、その分色んな場所に伺う事が増えましたね」
この写真は、あぁこれは霧の湖で、と隣り合って座る阿求と由良木が時々団子を摘みながら言葉を交わす。
妖怪の山の頂から見下ろす雲海やチルノの作り上げたダイアモンドダスト。
追いかけっこをする寺子屋の子供達に、こちらに向けてピースサインをする草の根妖怪ネットワークの面々*1。
何気ない日常の一瞬や二度とは見れないのではないかと思われる一瞬を余す事なく捉えた写真達は、阿求の心を強く振るわせた。
そうして最後の写真を見やる。
「これは……貴女の家からですか?」
「はい。ちょっと良い事がありまして、レンズが以前より良いものになったんです」
コツンと軽くカメラを小突いた由良木を見て、阿求の顔がふわりと綻ぶ。
「そうだったんですか……ふふ、また次のアルバムが楽しみです」
「最初の写真に凄いものを入れたので、きっと阿求さんも驚くかと」
「楽しみです!……では、このアルバムはいつもの所に保管しておきますね」
「はい、ありがとうございます」
パタンとアルバムを閉じた阿求と由良木が目を合わせて、どちらともなく立ち上がる。
「門までお送りしますよ?」
「良いんですか?じゃあもう少しだけお話しましょう」
暖かな昼下がり、2人の間には微風と笑み含む声が流れていた。
阿求と別れ、尚も由良木の足は止まらない。
途中でお握りとお
彼女にとってレンズを覗くという動作はただの無駄となる。
そんな事をしていれば、最高の瞬間を収める事ができなくなってしまうからだ。
高性能(になってしまった)なカメラによって、ピントなどの編集は後で幾らでも出来るというのもあるが。
他の鴉天狗と比べれば些か「チート」な匂いがしなくもないが、彼女はそれを新聞に起用したりなどは一切しないので例えそんな事を言われたとしても無視の一択だ。
後で良さげな塩梅に出来るなら、今この時は自分が良いと思った瞬間を収めるだけでいい。
そう、例えば———
「およ?お前は…由良木かぁ」
「萃香さん、こんにちは」
「ん……珍しいねぇ、由良木が私の事を撮るなんて」
「はい、今日は撮りたかったので」
———例えば、酔っ払った
「ん〜…ぷは、あれからどう?呑めそう?」
頭上の小鳥に気付いてないのか、そのまま瓢箪を呷る萃香が問い掛ける。
「うーん……甘めのお酒であれば呑めるんですが、やはりウイスキーや醸造酒等は味がどうしても……」
「そっかぁ〜そりゃしょうがないかなぁ……しっかし、不思議だよなぁ由良木は」
「何ででしょうかね……酔えればまだ違ったかもしれませんし」
……
呑めはするが苦手。
ここで正しておくのが、
恐らく彼女の酒の強さは幻想郷で上位に入る位はある。
しかし、どうしても酒は好きになれない。
アルコールの強い匂いは顔を顰めてしまうし、呑めはするものの酒が喉を流れる熱や酒特有の味が彼女に苦手意識を持たせてしまっている。
ここで盛大に酔えばまだ変わるかと思われたが、彼女は酒に異常に強い体質だ。
酔えないから、酒の楽しさが分からぬままに素面のままで酒を呑んでしまう。
「酒を呑むこと」ではなく、「酒の味を楽しむこと」を優先してしまう。
甘めの果実酒の方が彼女の口に合ってしまい、幻想郷の面々が呑むような強い酒が呑めない。
だから彼女は酒が苦手なのだ。
「慣れれば美味いんだけどねぇ……」
「まぁ、私は嗜む程度にします。どうせならゆっくりと楽しみたいですし」
「周りの奴らの写真を撮りながら、かい?」
「ですね。やはり宴会の時はカメラが動きやすいですし」
由良木のその返答にくっくっくっと喉を鳴らした萃香が再び瓢箪に口を付ける。
「それじゃ、私はもうちょいぶらつくとするよ。またね〜」
「はい、また」
そうして終ぞ小鳥に気付く事なく、萃香はふらふらとその場から去っていってしまった。
珍しいものも見れた、と由良木は微笑んで、また歩を進める。
「香霖堂、行こう」
今日の予定は次で終わる。
彼が私の『釣果』を見て、どのような反応をするのかが楽しみだ。
……店の扉が、まだ健在である事を祈ろう。
『切り取った刹那が零すモノ程度では
如何にも満ち足りはしない
そんな嫌気が胸を刺した』
実は彼女が幻想入りしたのはつい最近。
幻想入りする前までは人間社会で普通に生活していた。
外の世界、所謂現代では霊や妖怪、神の存在は科学的根拠によって否定されてしまい消滅の一路を辿るところであった(幻想入り前の守矢神社の様な状況である)。
由良木もその変化に押し流されて消えるところで、どうにか現代の写真を撮りたいと試行錯誤を繰り返していた。
その末に辿り着いたのが、「都市伝説の信仰」であった。
インターネットやSNSが普及し、その日の事柄を簡単に発信できる様になった現代社会において、彼女の存在はある種の「幸運の神」に似た信仰を得ていた。
彼女の持つ「釣り上げる程度の能力」が釣果の指定ができる事、彼女の容姿が変わりにくい事を利用し、色んな場所で困った人の声を聞き、紛失物を釣り上げる。
そういった事を続け、彼女の行動はいつしか「失くしたものを見つけてくれる神様が存在する」という伝説を形成するまでに至る。
SNSでその伝説を知って尚懐疑する者、信じる者、実際に伝説を体験した者、その不特定多数の感謝や信仰が由衣慈 由良木の存在を確立させ、現代での生活を可能にしていた。
現在の彼女は鴉天狗であり、失くしたものを拾い上げてくれる神でもある。
本文前後の詩は由良木ちゃんの手帳にあるものを引用したものです。