よくある安易な異世界転生、異世界召喚でチート無双へのアンチテーゼ要素で書きました。
「ここか…」
路地裏にひっそりと佇む小さな店の看板を見上げて呟く。この世界の文字は読めないが、ここに来る途中で聞き込みした際に書いてもらったメモと同じ文字の形であることは確かだ。
俺がこの世界に迷い込んだのは一週間程前になる。原因も分からず右も左も分らないながらも、どうにか今日まで生きてきた。これもこの町の皆が親切にしてくれたのと、バイトのし過ぎで一度留年したくらいに仕事を頑張った経験があったからだと思う。食費を可能な限り切り詰めて、なんとか貯蓄もすることが出来たし、仕事を回してくれた役場やギルドに近所のおっちゃんおばちゃんには頭が上がらない。
念のためもう一度周囲を見回し、同じ文字を掲げる建物が無いかを確認し、この建物しか無いことを確かめた。
「よし…!」
一言気合を入れてみすぼらしい扉に手をかける。ドアノブを捻り開けてみると、微かなカビとホコリ、そして紙の独特な匂いが吹き付けてくる。ドアの上部に小さな鈴が付いていたが、壊れているのか鳴ることはなかった。
店内には人の背丈程の棚が幾つも並び、中にはこの世界では高価な紙を使ったハードカバーの本や羊皮紙らしき物が丸められて収められている。よくよく見れば木簡というのだったか、細い木を紐で繋げた巻物なんかもあるようだ。ただでさえ狭い店内はそんな本棚でより狭くなってしまっている。
小さな迷路を抜け店の奥まで進むと会計をする為であろうカウンターがあるが、店員の姿が見えない。
「すみませーん!誰かいませんかー!」
店員がどこにいても聞こえるように大きな声で呼びかけてみると、バックルームになっているのであろう奥から慌ただしい音が聞こえてきた。バサバサと積んであった紙が崩れる音やドンガンと何かを蹴とばす音を伴奏に足音が近づいてきた。
「やあやあ、いらっしゃいませ。当魔法店で何かお探しですか?」
出てきた店員は白髪混じりのパサついた短髪に、やせこけた頬と目元のシワが目に付く『草臥れたおじさん』といった風貌だった。額に浮いた汗からも慌てて出てきた様子が窺える。
「ここでなら安く魔法が買えると聞いて来たんですが…、これしか無いんですけど何か買えますか?」
そう言ってズボンのポケットから小さな巾着袋をカウンターに置いた。これが今の俺の全財産だ。
「どれどれ、ひいふうみぃよぉ…、全部で3200ラルクですね。ええギリギリですが大丈夫ですよ。多少超えててもオマケしますからね、ええ」
「よかった」
3200ラルクといえば、一度の外食でちょっと良いお肉を食べれば消えてしまう程度ではあるが、それでも半ホームレスな生活をする俺からすれば大金だ。これで駄目ならまた頑張ればいいだけではあるのだが、今までのモチベーションを保てる自信は無かったところだ。
「何かオススメとかってありますか?」
「そうですねぇ、少々お待ちを…」
こういった路地裏の雰囲気がある店では掘り出し物が見つかるのが定番だ。それに安くて一見大したことの無いものでも、使い方次第で大化けしてチート能力として活躍するなんてのは元の世界ではよく聞いた話でもある。俺もここで良い魔法を手に入れて一発逆転を狙うのだ。できるならそれで元の世界に帰って、家族の顔が見たいという気持ちもある。それにあと半年で大学も卒業できたはずだったのだ。留年までしたんだからきちんと卒業しないと親に顔向け出来ない。
「えーと…あったあった。これなんてどうでしょう」
「それは何の魔法なんですか?」
「これはいわゆる『浮遊魔法』ですね」
「『浮遊魔法』!いいじゃないですか!こんな安くていいんですか⁉」
「ええ、ウチは安さが取り柄みたいな所がありますからね」
浮遊魔法と言えばどんな作品においても有用な魔法だと相場は決まっている。それを安さが売りだと云えども、こんなに安く手に入れられていいのだろうか。とは言え買えるというのなら欲しい所。そして気になるのはその使い方だ。何せ魔法なんてものを使った事などないのだから。
「ちなみにそれはどうやって使うんですか?」
「まず地にしっかり足を付けて魔法を発動します。すると2ベリル浮きます。以上です」
「えっと2ベリルって言うと…」
「だいたい指3本くらいですね」
「え?指3本?」
「ええ、はい」
まあまあまあ、希望は捨てるには早いだろう。こういうのこそ使い方次第、チートに進化な物の可能性があるはずだ。
「なるほど、でも落とし穴なんかの床トラップを気にせず歩けるのはいいですね」
「何言ってるんですか?歩くってのは地面を蹴るから歩けるのですよ。移動できるとそれは飛行魔法ですよ」
「な、なるほど?」
「あと落下中には使用できませんね」
「つまりは、まともに移動も出来ず落下中には使えない指3本程度だけ浮ける魔法と?」
「そうなりますね、ええ」
クッソ使えねぇな!工夫の仕様がないじゃないか!
「な、何か他にはないですかね?」
「他ですか、そうですねぇ…。ならこれなんかはどうでしょうか、『透視魔法』です」
「おー!透視は男としては夢がありますね!」
「確かに確かに。ですが透視というのは斥候としても有用ですからねぇ」
「それもそうですね。で、どういった感じで使うんですか?」
「目に意識を集中して魔法を発動します」
「ほうほう」
「発動中は目の焦点が合わなくなるので想像で補完します」
「は?」
「以上ですが、何かありましたか?」
「いや、は?焦点が合わない?」
本気でちょっと何を言ってるのか理解できない。
「ええ、はい」
「はいじゃねえよ。見えないんじゃ透視の意味ないだろうがよ」
「いえいえ、ちゃんと見えますよ。何となくぼやーっとですが」
「それを人は見えてないって言うんだよ。もういい、他には何かないの?」
「そうですか…、それではこちらなんてどうでしょう」
なんとなく流れが読めてきた。どうにも嫌な予感しかしない。
「こちら『転移魔法』になります」
「転移!?そんな明らか破格の魔法がこんな店に!?」
「ええ、そうなのです」
「で?デメリットは?」
「デメリットと言っていいのかは分かりませんが、衣類や持ち物は対象の範囲外になります」
「ええと、つまり?」
「転移すると全裸になります」
「ほらな!やっぱりそうじゃん!全裸は十分デメリットなんだよ!」
SF物のタイムスリップだから全裸になってもまだ許されるのに、ただ場所を移動するだけの転移で毎度全裸になるのは使えないにも程がある。
「もういいよ。他に買える魔法は?一言でどんな魔法なのかも一緒に頼む」
「むう、そうですか?では、そうですねぇ…」
そうして羅列された魔法は、「足の小指だけ強化される強化魔法」「コインを一枚だけ仕舞える収納魔法」「何も燃やせない火を3秒だけ出す火炎魔法」「犬と猫にしか反応しない索敵魔法」「使った分だけ知能が下がる完全記憶魔法」etc.
そう、どれもこれもが絶妙に使えない物ばかりだったのだ。道理で聞き込みした町の皆が微妙な顔をする訳だ。
「なんなんだよこの店はよぉ…」
折角の機会だったのに、絶望しかない結果に頭を抱えていると、何やら店員は面白い物を見るような顔でこちらを見てくる。
「いやね、お兄さん。あんた日本からの迷い人でしょ」
「な、なんでそれを…」
「見れば分かりますよ、なんたって私転生者ですからね。それになかなか良いツッコミでしたよ、ええ」
今彼は転生者と言ったのか?異世界転生と言えばトンデモチート能力で無双したり、万能の力を持ちながら辺境で農業したり、貴族に生まれて国家の命運を握ったり、ハーレム御殿を築くあの「転生者」?それが何故こんな店でこんな魔法を売っているのか。
「不思議そうな顔をしておられますがどうかなさいましたか?」
「いや、だって転生者っつったらチートでハーレムして無双するもんだろ?なのになんでこんな商売を」
「そんなことですか。理由は至極簡単ですよ。ただの一般人が転生したところで、記憶が連続しているだけの一般人にしかなりえません。その世界にはその世界の法則と節理がある訳で、地球日本での記憶なんて計算ができる以外大して役には立たないもんです。それに魔法や能力が覚醒なんて所詮は御伽噺ですからねぇ。私はそんな魔法の中でもこういう役に立たない魔法が一等好きなんですよ」
余りの衝撃に思考が追い付かない。では何か、俺がここまで必死になって魔法を求めているのを内心嘲笑っていたとでも言うのか。そこまで考えた所で沸々と怒りが込み上げてきた。
「お前それもう詐欺だろうよ、え?俺の事騙して使えもしない魔法売りつけようしてたんだろう!」
「詐欺だなんてとんでもない。私は私が良いと思う物を売っているに過ぎません。それにしっかりどういうものか説明もしておりますので、ええ」
店員の飄々とした態度に気勢を削がれて少し冷静になった。確かに価格も安く商品説明も行っている以上、詐欺だとするのは行き過ぎた批判だった。
「あぁもう、わかったよ。これを買うよ」
「お買い上げありがとうございます」
そうして魔法を一つ買い、店を後にする。閉まる扉越しに店員の「今後ともイヌティリス魔法店を御贔屓に」と言う言葉でこの店の名前を知ることになった。
「イヌティリスって確かラテン語で『使えない』だっけ…」
本当に使えない魔法ばかりだったが、徹頭徹尾嘘なく誠実だったことは認めるしかないようだ。
そうして俺は強くなった足の小指と共に町の表通りへと帰るのだった。
明日からもまた清掃の仕事を頑張ろう。