課長から逃げる男   作:全智一皆

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序章 石上高幹は逃げ遂せたい

 

■  ■

「はぁ、はぁ、はぁ…!」

 

 此処は新エリー都。その黒雁街跡地辺りである。

 新体制になった白祇重工の主な拠点であり、多くの作業員や取引企業が忙しなく働いている場所となる其処で、一人の人間が走っていた。

 ネクタイを緩めたシャツの上に黒い和服を通し、結んでいない白い紐が出た良い素材の厚いジャージを履いた青年だ。しかも、右手には日本刀が握られていた。

 彼の名前は石上(いしのかみ)高幹(たかみき)。この新エリー都に住んでいる住人の一人であり、ヤヌス区の一画に神社を持った石上家に産まれた長男である。

 

「ん? あれ、高幹だ。おーい、高幹! 何してんだー!?」

「社長さんこんにちは! 現在進行形でヤベー奴から逃げてる最中でーすッ!」

 

 息を切らしながらも全力疾走を続ける高幹に声を掛けたのは、他ならぬ白祇重工のボスである若社長―――クレタ・ベロボーグである。

 

「ヤベー奴!? なんだなんだ、エーテリアスにでも喧嘩売ったのか!?」

「んなバカな事する訳ないでしょうよ俺が!」

「それもそうか! お前ビビりだもんな!」

「悪うございましたねビビりでッ! エーテリアスなんざよりも数段ヤベー奴が居るでしょ!? 其奴から逃げてるんですよ!」

「あー……嫁さんか!」

「違いますけどぉ!?」

 

 豪快に笑いながら、揶揄う様に言うクレタに高幹は大声を出して否定する。

 高幹には幼馴染が居る。長い黒髪に狐耳、綺麗な赤い瞳を持ったド天然大和撫子の剣士系幼馴染が居るのだ。

 その幼馴染は、新エリー都で知らぬ者など殆ど居ないと言っても過言ではないくらいには有名人で、新エリー都の公的組織「H.A.N.D.」の対ホロウ事務特別行動部第六課に身を置いているのだが、その幼馴染が隙あらばいつも高幹を攫わんとしてくるのだ。

 曰く、

 

『高幹は、私にも劣らぬ剣技の持ち主だ。放っておくには惜しい。ので、私が直々に鍛える為にも共に来るべきだ』

 

 との事らしい。ちなみにそれを聞いた各隊員は全員揃ってOKだったらしい。

 

『石上さんですか? 良いと思いますよ。蒼角も懐いてますし、人格も実力も申し分ないと思います。ただ、そうなると書類の手続きを済ませておかないと……』

『タカにぃ入るの!? やったやったー! 一緒にご飯食べたーい!』

『高幹さんが入るんですか!? 外堀埋めていきますねー……いや、別に嫌じゃないですよ? 寧ろ歓迎です!』

 

 かれこれ数年は追い掛けられている為、六課の面々とも高幹はそれなりに面識がある。まぁ、ぶっちゃけて言えば、六課に限らずH.A.N.D.の殆どの人間と面識があるのだが。

 だが勘違いしてはいけない。彼は善良な一般市民である。別に荒事を仕事にしているとかそういう訳でもなく、ただ家柄が家柄なので仕方なく剣を持っているというだけの人間なのだ。

 

「高幹。かけっこを懐かしむのは分かるが、そろそろ捕まる頃合だぞ」

「ぎゃあァァァァァァ!!!!!!!!!!」

 

 情けない悲鳴を上げながら、高幹はさらに速度を上げて逃げ出した。

 それを追い掛ける様に、疾走を苦でもない涼し気な表情で楽々こなすのは一人の女性。

 腰まで届く長い黒髪に、鮮やかな赤色の瞳。頭に生えたその狐耳こそシリオンの特徴。

 シャツの上に青緑色の和服、下は袴を模したスカート。左手に握るのは現代的な改造が施された日本刀を持ったその女性こそ。

 

 虚狩りの称号を与えられし剣士、星見(ほしみ)(みやび)。対ホロウ特別行動部第六課の課長にして、石上高幹の幼馴染である。

 

「来るんじゃねぇこの修行バカ! お願いだから帰ってくれ、そんで諦めてくれ! 俺はお前ん所には入らねぇって何度言えば分かるんだよッ!? マジで帰れぇ!?」

「断る」

「一言で断られたッ!? つかなんで俺!? 別に俺じゃなくても良いじゃん! 俺の神社来いよ! 言っちゃアレかもだけど月城さんくらいの人ならわりと居るから!」

「私はお前が良い」

「なんでだろ普段なら嬉しい筈なのにぜんっぜん嬉しくねぇッッッ!!!!」

 

 星見雅ファンクラブの会員が見たならば発狂もんの光景だが、此処は完全な工業地帯。居ない事は無いかもしれないが、彼らに意識を向けてる暇はないだろう。

 

「だいたい、石上家が『剣神』の家系だなんて言われてたのはもう半世紀も前の話だろ!? 俺は関係ねぇよ!」

「石上家の事は関係無い。この身は、生涯を渡る鳥を追うのではなく、掴み捕らえる為に疾走(はし)っている」

「それ誘拐っつーんだよッ!!! もう本当にバカ! 天然! 虚狩り!」

「相変わらず、聞いていて心地のいい罵倒だ」

「ボキャブラリーが無くて悪うございましたね! あぁ、クソッ!」

 

 悪態をついて、決意を固める。

 自分のスタミナも限界が近い。かれこれ数時間は追い掛けられ、それを全力疾走で逃げ続けたのだ。これ以上は全力を維持出来そうにない。

 ならば―――真正面から迎え撃つ他、逃げ道は無し!

 高幹は遂に、己が日本刀を左手に持ち替えた。刀を左手に持つ事とは、即ち戦意の証明だ。俺は今からお前を斬るという意思の現れに他ならない。

 

「ほう」

 

 右足を深く踏み込み、それを起点にする様にブレーキを掛けて身体を回転させると同時に、左腰へと刀を差し添え、親指で鯉口を切って柄を握る。

 目を細め、雅もまたその剣を―――星見家に代々受け継がれた妖刀・無尾に備わった指紋認証を解除し、柄へ手を走らせる。

 迫る間合い。詰まる距離。それ即ち、決着の瞬間である。

 対するは英雄。妖刀を振るい、災厄を斬り伏せる者。それに真っ向から勝負を挑もうなど、無謀と言う他ないだろう。

 だが、しかし。

 この男、石上高幹には負けられない理由がある。

 

(戦いとか御免なんだよ俺はッ! 修行も嫌だ! アイツがやってる修行は揃って訳分からん! 月城さんに絶対に色々任されるのが目に見えてんだよ! だからぜっっったいにアイツの下には就きたくねぇんだッッッ!!!!)

 

 この男、剣士の名に恥じるべき臆病者なのだ。修行なんて御免被る。ついでに面倒事もやりたくない。そういう訳で、六課には入りたくないでござる。絶対に働きたくないでござる。

 

「俺はッ! 絶対にッ! 六課には入らねぇェェェェッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 抜刀が交差する。

 刹那の一閃は、大気を揺るがした。




石上高幹(幼馴染から逃げてる男)
半世紀も前の時代、『剣神』の家系として名を馳せていた「石上」の末裔の家系、その長男。星見雅の幼馴染。いつも幼馴染から逃げている。

星見雅(幼馴染を追い掛けてる女)
虚狩りの称号を授与された女剣士。高幹の幼馴染。物心がついた時から高幹と一緒に育ってきて、いつも一緒に居たので高幹を六課に入れる為に日々追い掛けている。
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