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「あぁぁぁぁぁぁ…………もう朝か」
午前7時丁度。日も登り初め、新エリー都に暖かな日差しが突き刺さるその時間帯に、高幹は布団から体を起こした。
ビデオ屋での休憩を終え、その後に何とか隠れて石上神社に帰宅する事が出来た高幹は、すぐに風呂に浸かり、疲れた体に夕飯を叩き込んですぐに眠りについた。それはもう気絶するのと変わらないくらいには、ぐっすりと眠れたのだ。
バキバキと音を鳴らす関節。ぐっと背を伸ばせば、今度は筋肉がおはようと挨拶をするかの様に悲鳴を上げる。
虚狩り幼馴染に追い掛け回されて早くも数年。幼少の頃から全く修行なんてしていなかった筈の高幹の身体は、自然と鍛えられていた。
元より他者より突出した身体能力を有してはいたものの、雅との追い掛けっこによってそれは更に進化し、遂には彼女にも負けず劣らずの速度、そして彼女以上の頑丈さを手にするに至った訳である。
まぁ、高幹本人としては余計なお世話以外のなんでもありはしないのだが。
「おはようございます、高幹様。どうぞ、顔拭きです」
ふぁ……と欠伸をしていると、襖が開かれ、座して頭を下げる巫女服姿の使用人が現れる。
名は
「おはよ。そんでありがとな。……っふぅ」
「朝餉の用意は出来ておりますので、着替えを済ませ次第、居間へお向かい下さいませ。
「いつも悪いな。ホント、助かってるよ」
「お褒めに頂き、光栄で御座います。しかし私は高幹様の使用人です故。この程度の事、こなして当然に御座います」
「有難いのは事実だから良いんだよ。じゃ、片付け頼むな」
「畏まりました。あぁ、そうだ。居間にはお客様もお通し致しましたので、どうぞごゆっくり」
「はい?……………………え? ちょ、白瀧? 白瀧さんっ!?」
「それでは、私は片付けがあります故」
「おーい!? うっそだろおまっ、勝手に通す事あります普通ぅ!?」
高幹が叫べども、白瀧は聞く耳を持たずにストン、と襖を閉めて布団の片付けを始め出す。
幼い頃から高幹に仕えて数十年。つまりは幼馴染として一緒に育ってきた雅とも面識がある訳である。そりゃ通す。全然通す。何なら何も言わずともお通しするというもの。
白瀧としても、いつまでも修行だなんだ言い訳を口にして女々しいままの主人は見るに堪えないらしい。襖の奥からくすりと笑った声がしたのを、高幹は決して聞き逃さなかった。
「はぁ……分かった分かった。行きゃ良いんでしょうよ、行きゃ。別に嫌って訳でもないしな」
「そういう所が面倒臭いと言われるのでは?」
「喧しいわッ! 俺にも色々あんだよ! ったく……」
女々しきは恥とはよく言ったものである。さながら想い人を前にして緊張する女子と言った所だが、残念ながら高幹は男だし、別に緊張だってしていない。
別に変な事はないのだ。彼女が朝食だったり夕食を食べに来る事は珍しい事ではない。というか一週間に四回のペースで食べに来るので、ほぼ毎日と言っても過言ではないのだ。
常日頃から逃げているとは言っても、別に一緒に居る時間が無いという訳ではない。
彼はただ、彼女から押し付けられる変な修行と荒事専門の六課に入るのが嫌というだけなのだから。
まぁ、そういう所が面倒臭いのだが。拗らせるのも大概にしてほしいもんである。
「なんか天からバカにされた気がする……」
「む……やっと来たか、高幹。早く座れ、白瀧さんの朝餉が冷めてしまうぞ」
襖を開き、居間へ辿り着いてみれば、やはり其処には見慣れた人物が座布団に正座して待っていた。
星見雅。高幹が約数年も逃げ続けている幼馴染は、耳をピコピコと動かしながら待っていたのだ。
「俺一応ここの主の筈なんだけどなぁ……。まぁ良いけど。おはよ、雅」
「おはよう。今日も晴れ晴れとした良い心地だ。例えるなら、そう……」
「いや例えなくて良いから。お前の例え分かり難いから。どうせアレだろ、まるで綺麗な黒板みたいだな的な言い回しするんだろ?」
彼女は天然気味なのか、少しばかり変な古風的言い回しをする。
先程例えようとしたのは、『今日も雲一つない良い天気ですね』という言葉であるが、高幹によってそれは阻止された。
「…何故分かった?」
「当たったの!? お前ほんとに変な言い回しするね!?」
どうやら当たってしまったらしい。
快晴を見て黒板みたいと少しズレた例えをするのも、また彼女らしくはあるのだが、高幹としてはそういう言い回しは分かり難いので止めて頂きたいのだ。
あと、そういう言い回しばっかするから同僚からちょっと距離置かれるんじゃねぇの? とも。
「やはり、私と高幹は以心伝心。是非とも欲しいな」
「飯食う時ぐらいはそういうの勘弁してくれよ……」
「…それもそうだな。では、頂きます」
「はいどーぞ。じゃ、俺も頂きます」
白米に味噌汁、卵焼きに焼きジャケ。ほうれん草のおひたし。如何にも朝食と言った具合のそれを箸で取り、口へと運ぶ。
米は暖かく、良い柔らか具合で噛めば噛む程に甘くなり、味噌汁を啜ればその美味さと温かさが起きたばかりの体に沁み渡る。
卵焼きは甘過ぎず、少し塩っぱさを残しつつも食べやすい。焼きジャケは皮までよく焼けており、味付けもしっかりされていて骨も抜かれている。
端的に言って―――最高である。
「はー……やっぱ白瀧の料理マジで美味いわ。俺らこれ無しで生きていけるか?」
「無論―――無理だな。私達の舌は、白瀧さんの料理を深く味わう為にあると言っても過言ではない」
「だよなぁ。最近は自炊始めてみたけど、これにゃ勝てそうにないわ」
「自炊? 高幹がか?」
「おう。流石に白瀧にずっと任せるのも忍びなくてな。偶には手伝ったりしてるけど、それでも申し訳ないし。だからちゃんと料理覚えて、いつかは振る舞える様にしようかなって」
「ふむ……卵焼きは甘めで頼む」
「うんナチュラルに食べる前提で話進めんな? 俺あくまでも白瀧に作ってやりたいって言っただけでお前に作るとか一言も言ってないよ?」
「……?」
「その心底不思議そうな顔止めてくださる!?」
高幹は何を言っているんだ…? と、心の底からそう思った疑問の表情を浮かべる雅に、高幹はつい箸を向けてしまう。
ちゃんと文言にも白瀧とだけ名前を出したにも関わらず、さも当然の様に自分も作ってもらえると思う辺り、彼女にとって高幹の存在はもはや固定化されているのかもしれない。
まぁ、彼女が自らの母親を失ってしまった後も隣に居て育ってきたのが高幹だ。そうなっても何ら不思議な事はないだろう。
「いやまぁ、頼まれれば作るけどさ。弁当の一つや二つくらい」
結局作るんじゃねぇか。というツッコミはさておいて。
それを聞いた雅は、明らかに雰囲気を変えて喜んだ。もしも星見家に尻尾が残っていたならば、フリフリと動いていただろうくらいには喜んでいた。
おのれ高幹め。なんと羨ましい光景だろうか。星見雅ファンクラブに見られたならば斬首ものである。
「では六段で」
「いや多すぎ多すぎ。何お前、そんな食べんの?」
「六課の皆にも食べさせてやりたくてな。蒼角は食べ盛りだろうし、私は高幹の料理であれば幾らでも平らげる」
「断りづらい理由が来たな、おい……いや無理無理、六段とか手が回らんわ。つか、それだったらいっそ夕飯誘えよ」
朝っぱらから六段の弁当とか素人にやらせるもんじゃない。花見じゃねぇんだぞ。と、高幹は味噌汁を啜りながら断り、それなら夕飯に誘えと提案した。
「それもそうか。では今日、皆を連れてくる。白瀧さんにも伝えておいてくれ」
「即断即決と有言実行が過ぎるわバカ! 六課の奴等の事も考えろって! 蒼角は……まぁ兎も角として、月城さんとかハルは都合あるだろ?」
「先程連絡した。全員から了承を得たので、問題は無い」
「マジ?」
「マジだ」
そうして見せられるのは、スマートフォンの画面。
上から柳、蒼角、悠真の順で、
『そうですね。折角ですから、お邪魔させてもらいましょうか』
『タカにぃの家でご飯!? 行く行くー!』
『高幹さんの家でご飯かぁ。僕も行きまーす!』
全員揃ってOKとの事である。
高幹は天を仰いだ。なんでこんなに息がピッタリなの……と。
「はぁ……相変わらず仲が良くて大変結構だよ」
「その輪に高幹が入れば、もっと良いものになる」
「いやだから争い事は勘弁なんだって。あとお前と一緒に戦うとアドリブで補佐全部任されそうだから嫌だ」
「流石は高幹……よく分かったな」
「あーもうほんとにやだこの英雄」