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『……速報です。十四分街で共生ホロウが突如発生。管制レベル3を突破。ホロウ調査協会と石上神社が緊急対応に当たっており、近隣住民の避難誘導を進めています』
ラジオ、或いはニュースから流れるそれを聞いた新エリー都の住民達が抱く感情は様々だ。
ある者は此処もそうなるのかと不安を感じ、ある者は此処じゃなくてよかったと安堵を覚える。またある者は都合が良いと喜びを感じる。
そんな中で、その共生ホロウの対処に当たっている石上神社、その跡取りとして最も有力であるとされる男――――――石上高幹は、ラジオやニュースで流れた速報の通り、住民に避難を呼び掛けていた。
「焦らず落ち着いて! 怪我をしたら元も子もないぞ!って、おい!」
人波の中、我が身を案じて急いている大人に弾かれた小さな子供を、高幹は決して見逃さなかった。
クソッと悪態をつきながら、人波が僅かに緩んだその瞬間に駆け出し、魚の群れの如き人波を掻き分けて子供の下まで辿り着く。
「おい、大丈夫か?」
「ひぐっ、うぅ……」
声を押し殺しながらも、目からは涙を流している。弾かれて転んだ所為だ、どうやら足を擦りむいてしまったらしい。
「擦りむいちゃったのか…君、親は? お父さんとお母さんは一緒じゃないのか?」
「は、はぐれちゃったの……パパとママと、っ、おてて、繋いでた、けどっ……」
「そっか。大丈夫、ゆっくりで良い。取り敢えず、まずは移動しようか。兄ちゃんにしっかり捕まっとけ」
怪我した膝が痛まない様に優しく抱き上げ、周囲を見渡す。
避難誘導の所為か、人数が多くなってしまったのだろう。さっきと比べれば、人波が緩む隙が全くない。
何より、今は少女を抱えている。無理に走れば、少女に要らぬ恐怖や不安を与えてしまうかもしれない。
だが、それは人波の中に居ても同じ事だ。
親が居ないというのは―――ただそれだけで不安になる。高幹も、それは知っている事だった。
「よし。じゃあ、ちょっと目瞑ろうか」
「え…?」
「兄ちゃんが今からマジックしてやるから。三秒だけ目を瞑ってたらあら不思議ってな。三秒だけだから、な? で、パパとママを探そう。兄ちゃんも手伝うよ」
「ほんと…?」
「勿論。兄ちゃんな、治安局のお姉さんとも友達なんだ。その人にも声掛けるから」
「うんっ…ありがとう」
「どいたしまして。じゃあ三秒数えるから、目瞑ろうな」
高幹がそう言えば、少女はぐっと目を瞑った。
素直で良い子だ。きっと親から愛情を注がれて育ったのだろう。ならばこそ、早く家族を見付けてあげないと。
「1」
僅かに腰を落として両足に力を込め、その力を一気に解放して高幹はその場から遥か高く跳躍する。
「2」
落下地点は元居た場所―――ではなく、心優しい学生時代の友人が避難の呼び掛けを手伝っている場所だ。
衝撃を押し殺す様に着地すれば、
「3。あら不思議、人波から抜け出せた」
「ほんとだ! お兄ちゃん、すごい!」
人波から外れた拠点に到着という訳である。
実際に起きた
それに釣られて、高幹も自然と口元が緩む。やはり子供は笑顔である方が良い。それが自然で、それが一番だ。
「だろー? お兄ちゃん凄いからな!」
「高幹くん!」
「
子供を抱えた高幹に駆け寄るは、長い黒髪に赤いメッシュが入った女性―――朱鳶である。
高幹の学生時代の頃からの友人であり、治安局の特務捜査班で班長を務めている、完全無欠の警察官だ。
「その子は?」
「この子、親とはぐれちゃったみたいでな。探すの手伝ってくれ」
「それは良いけど、今は避難誘導が先よ。テレビの速報もあって、人が増えていくばかりで…」
「だろうな…はぁ。ホロウにも困ったもんだ」
ホロウ。それはこの世界に突如として発生する『現象』である、まるでブラックホールの様な巨大なドームに包まれた異空間の事。
かつて突如として発生したこのホロウによって、この世界の文明は崩壊する寸前の所まで追い詰められ、遂には対抗技術を確立させた新エリー都を除いた都市は、荒涼とした無人にして無法の地帯と化してしまった。
そのホロウの内側にはエーテルと呼ばれる未知のエネルギーが充満しており、そのエーテルに侵食されてしまえば、最終的には『エーテリアス』と呼ばれる怪物へと変貌を遂げる。
現在、ヤヌス区の十四分街に発生しているのは『共生ホロウ』と分類されているもので、成長途中で比較的小型の子供の様なものだ。
とは言っても、ホロウの内部は無秩序且つ混沌を極めた空間と化している為、共生ホロウであっても生物が居られる環境ではない事に変わりはないのだ。
「そういえば、ヤヌス区の治安局が赤牙組追ってたよな? これ大丈夫なのか? ホロウが発生してるなら、ぶっちゃけ捜査所の話じゃないと思うんだが」
「えぇ。
「わぁお、赤牙組も災難」
『赤牙組のメンバーを見付けた? 何○○○○してんだ長官! 最大口径のやつを選べ!! 正――義――実――行だぁぁぁ!!!』
「え、バカなの?」
突如ラジオから流れたその言葉に、高幹は思わず罵倒が零れた。
幾ら相手が犯罪者であるとは言っても、航空隊のヘリが装備している武装の最大口径を叩き込むとかふざけているにも程がある。
しかもテレビ記者がそれを決めるなど言語道断。職務の妨害以外の何ものでもないし、それに飲み込まれる長官も長官である。
「お兄ちゃん、なんて言ってるの?」
「あー、あれ聞いちゃダメよ。知らなくていい知らなくていい、将来使わないから。朱鳶、一旦ラジオ切ってくれ。子供に悪影響だわ」
「そうね…」
「あと今更だけど口調崩れてる。一応職務中だし、俺は同僚じゃなくて殆どボランティアみたいなもんだからそこ徹底した方が良いぞ」
神社の当主の息子でありその跡取り。父親からの言葉もあって手伝っているというだけで、彼自身は治安局の所属ではない。
結局は当主の一人息子というだけだ。やっている事はボランティアのそれと何ら変わらないのだ。
幾ら同級生であるとは言え、現在は職務中である。私語は慎むべきだろう、という訳だ。
「っ!? こ、こほんっ! では高幹さん、持ち場にお戻りを。この子は治安局で保護しておきます」
「まぁ、そうだな。その方が安全か。じゃあ嬢ちゃん、少し此処でお留守番しててくれ」
「お兄ちゃん、行っちゃうの?」
「お兄ちゃんもお仕事があってさ。それが終わったら、一緒にお父さんとお母さんを探そう。だからそれまでお姉ちゃんとお留守番だ。出来るか?」
「……うん」
「よし、良い子だ」
腰を屈めて少女と目線を合わせ、ぽんぽんと頭に手を乗せ、立ち上がる。
「じゃあ朱鳶、頼むぜ」
「分かりました。安全に保護しておきます。あと、くれぐれもサボらないでくださいね」
「サボらねぇよ。あれから俺も成長してんだぞ」
「その割には面倒臭いままな様子ですが」
「だから面倒臭くねぇって! お前までそれ言うのっ!? なんか色んな知り合いから面倒臭いって言われるんだぞ俺!」
そこまで言って、轟音が響き渡る。
びくりと肩が跳ね、咄嗟にその轟音が鳴り響いた方に首を向ければ、治安局の航空隊が弾幕を飛ばして高層ビルを割ったのが目に入った。
そして―――そこから落ちる人間達の中に、見覚えのある緑と赤を見た。
「はぁ!? ちょ、まっ、はぁ!? なんで彼奴等が居るんだよ!? まさか仕事ってコレかッ!?」
「た、高幹くん? どうかしたの?」
「だーっ、クソ! 悪い朱鳶、後で親父に諸々伝えといてくれ! あと雅に絶対来んなとも言っとけ!」
「はい!? あ、ちょっと、高幹くんっ!」
打刀を左手に持ち替え、高幹は再び疾走する。
向かうのは高層ビルの足元。彼の知人が落ちたであろう場所―――つまりは、ホロウの内部である。
「幾らエーテル適応体質でも、長時間居れば症状は出るんだ! 友達がエーテリアスとか御免だぞ、俺は!」
石上高幹は面倒事は嫌いだ。しかし、彼はいつも自分から、その面倒事に首を突っ込む。その場合は大抵、彼の友人や知人が関連している。
つまる所―――やはり、彼は面倒臭いのだ。