課長から逃げる男   作:全智一皆

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第五話 右も左も分からない。即ち途方

 

■  ■

「はー、終わった終わった。ビリー、アンビー! もう出てきて大丈夫だぞー!」

 

 パッと意識を切り替えて、探していた二人の方を向いて手を振る。

 まるで最初から何事もなかったかの様な態度だ。だが、彼の周囲を見ればそれがあまりにも異常である事を容易に理解させられる。

 その抜刀が、その剣戟があまりにも速すぎるが為か、エーテリアスの消滅が遅れている。

 物言わぬ屍と化している事に代わりはないが、本来ならば生命活動を停止した瞬間に消滅する筈のエーテリアスが、すぐに消滅せずに身体が残ってしまっているのだ。

 積み重ねられた屍の山の如く、其処にはエーテリアスの屍が詰まっていた。その真ん中で、呑気に友に声を掛ける。

 

「やっぱ兄弟はスゲェな、アンビー……」

「今更でしょ。高幹先生なら」

 

 エーテリアスの屍を避けながら、ビリーとアンビーはようやく最強の味方と合流する事となった。

 

「改めて助かったぜ、兄弟! アンタが居なかったらヤバかったぜ」

「友達がエーテリアスとか御免だからね、そりゃ。まぁ、それはそれとしてさぁ……マジで何してんのお前ら?」

 

 うんざりする様な目でじとーっと、二人の何でも屋を突き刺す高幹。

 いきなりビルに最大口径の攻撃が撃ち込まれたかと思えば、爆発と共にビルから解き放たれるは見知った顔二人と来た。いったいどんな依頼を遂行しようとしていたのか甚だ疑問である。

 お陰でホロウに飛び込まなければならない始末―――自分から飛び込んだのだが―――だ。高幹としては、不満たらたらであった。

 

「依頼なのは察したけどよ。どんな依頼請け負えばあんな仕打ちなんだよ」

「いやいや、俺らは悪くねぇよ!? てか、兄弟こそなんで知ってるんだよ?」

「そりゃ、現場に居たし。これでも一応は当主の息子だし、色々と手伝いしてたんだよ。その最中に航空隊の撃ち込みでお前らを見付けて、此処まで来たって感じ」

「……敵を全部蹴散らして来たの?」

「そうだけど。多分、このホロウもだいぶ縮まってんじゃねぇかな? さっきのも含めて軽く50は越えたし」

 

 ひぃ、ふぅ、みぃ……と、片手で数を刻んで、途中から無理になって止める。

 なんでもない様に言ってのける高幹に、アンビー達は相変わらず桁外れだと、僅かに恐怖を抱くばかりだ。

 単身でホロウに乗り込み、エーテリアスを軽く50討伐。あまりにも桁外れで、規格外にも程がある。『虚狩り』でない限り、そんな芸当は不可能だ。

 やはり彼の戦場に出なくて正解だった。もし身を乗り出して援護に出たとしても、何の役にも立たなかっただろうし、なんなら足手まといになっていた。

 インターノットで名を馳せる、ホロウレイダーたる『パエトーン』以外にアンビーが『先生』と名を付ける数少ない人物が高幹だ。

 実力の差を思い知らされるばかりだが、これこそ石上高幹なのだろうと納得してしまう。

 

「……あれ、もしかして何かやらかしたか俺? 蹴散らした敵の中に依頼人が居たりとかした?」

「いや、それはないけど」

「ないんかい。余計に不安にさせるなっての……。まぁ、良いや。取り敢えず、さっさとホロウから出るぞ。早く出なきゃ雅が来てしまう」

 

 高幹にとって、危惧すべきはまず其処だった。

 一応、朱鳶を通して幼馴染に来るなと伝える様に言ってはおいたものの、しかしそんな伝言など彼女には意味を成さない。

 あの英雄はわりと頑固だし、わりと自己(エゴ)を出す。言った所で、果たしてそれを守るのかと問われるとYESと断言は出来ない。

 だから早めに出なければならない。最悪、六課の面々を引き連れてこのホロウに飛び込む可能性すらあるのだから。

 だがしかし、そんな高幹の切なる願い―――単なる面倒事の回避―――とは裏腹に、アンビーは鯉口を切りかけた高幹に制止の一声を掛けた。

 

「待って、高幹先生。まだ目的の品を回収してない」

「目的の品? なんだ、依頼ってのは何か持って帰る系のやつなのか?」

「まぁ、概ねそんな感じだ。赤牙組が研究所から盗み出した物を奪い返してくれって依頼だったんだ」

「ほへー……えっ、ホロウでそれ探すの? 正気か?」

 

 何を馬鹿げた事を、と言わんばかりのドン引きを高幹は隠さなかった。

 上下左右の法則性すら歪んでしまっているこのホロウの中で、それが大きいにせよ小さいにせよ捜し物を見付けるとか無理難題にも程がある。

 この空間では何かを見付けるという行為すらも、砂漠の中から針を見付ける様な難関たるものへと変貌を遂げる。

 例え超人じみた方向感覚を有していたとしても、そもそもの前提である空間の法則が乱れたこのホロウではそれすら無意味に等しく、其処で落し物を探していたらあっという間に時間は過ぎ去っていく。

 エーテル適応体質であろうと、時間が経てばその身体はエーテルに蝕まれる。そして―――いつかは、エーテリアスへと成り果てる。

 

「そんなん後だ、後! こっから脱出した後に考えりゃ良いだろ」

「とは言ってもよ、兄弟。ホロウの出口分かんのか?」

「無いならこじ開けりゃ良いだろ」

「すっごい無茶な事言ってる!?」

「『布都御魂』じゃねぇから出来るか分かんねぇけど……まぁ、多分大丈夫だろ。思い切って抜刀すれば大抵なんとかなる」

 

 高幹がやらかそうとしているのは、ぶっちゃけてしまうと雅ですら不可能であろう……と言うか、この世界に存在するほぼ全ての生物では、到底達成不可能な現象の発生である。

 抜刀による異空間からの脱出。要するに次元の切断だ。

 ただ一振りの刃。―――父から与えられた、売ればビル一つすらくだらない程の業物。

 ただ一つの五体。―――石上の象徴たる『剣神』に最も近しい身体。

 身体に存在する関節の悉くを捻り、その反動を利用した最速を以てしても未だ足らぬ、神速の遥か先の世界。

 一寸のズレもない直線の軌跡を描き、空間すらも両断する居合抜きが放たれたならば、遂には次元すらも切断して、何処かにある出口を自ら創り出すという荒業だ。

 

 成功するかも分からないそれは、一歩踏み間違えればホロウ内部をすら崩壊させかねない禁じ手に他ならない。

 切り、歪む次元が何を引き起こすのか。そんな事は、もはやホロウを研究している機関であろうと想像のつかない魔境の域にあった。

 

「すっげぇ不安なんだけど俺!? ちょちょ、待とうぜ兄弟! な!? きっとボスが店長を呼んでくれるって!!!」

 

 本能で危機を察知したのか、ビリーはしがみつく様になってまで、高幹を止め始める。

 ヤバい。マジでヤバい。下手したら全員が死ぬ……!!!!!

 

「ちょ、しがみつくな! 分かった分かった、止めるから離れろって! 野郎に引っ付かれる趣味なんざねぇっての!」

「本当かっ!? 信じるぜ、兄弟! モニカ様をディナーに誘いたいし、まだスターライトナイトのフィギュアも買えてないんだ!!!」

「はいはい、そうですか……。あー、絶対に雅が来る。マジで来る…そうなると六課引き連れて来るよなぁ……。あんまハルに無茶させたくないんだが」

 

 はぁぁぁぁぁ…………と、深く溜め息を吐いて、鯉口を切ろうとした親指を離す。

 ここで悩み続けても仕方ないし、かと言って立ち止まるのも危険だ。ならば取り敢えずは集団行動。二人の依頼、その目的の品探しを手伝おう。

 そう結論を出して、二人の依頼に協力する事にした。

 

「もういいや。さっさと見付けよう。途中でプロキシに合流出来れば最高だが……多分まだ時間掛かるだろうしなぁ。それまでに出来る限り探してみるか」

「ごめんなさい、高幹先生。貴方まで手伝わせて……」

「良いよ、別に。単独行動するよりマシだろ。お前ら放ったらかす訳にもいかねぇし」

「サンキュー、兄弟! アンタが居れば百人、いや千人力だぜ!」

「大袈裟な事言うなよ。はぁ……早めに見付かれば良いんだけどなー」

 

 とは言うものの。

 現実というのはそんなに甘いものではなく、都合が良い訳も無し。

 

「また戻ってきたッ!?」

「これで10回目……」

「あー、もう本当に嫌いだわホロウ」

 

 縦横無尽に駆け抜けようと、されども至る場所に変わりはなく。

 見付かるものも見付からず、右往左往。かれこれ既に数時間が経過して――――――

 

人間が、怪物へと変貌する場面へと立ち会う。

 

「だ、メッ、だ…! オれっ、はァっ、マだ……!!!!!」

 

 露出する鉱石。あらゆる穴から垂れ流される緑色の液体。

 もはや瀕死。侵食は深刻で、もう決して助からない段階(ステージ)まで進んでしまっている。

 駅の真下、その場面に立ち会ってしまった三人の内、高幹は顔を歪ませた。

 

「これじゃあ、もう助からねぇな……仕方ない。せめてもの情けだ」

 

 鯉口を切り、刀身を抜き出す。

 異化が進行し過ぎている。目の前の男は、もう助からない。

 助けられない。救えない。

 ならば、せめて―――完全に怪物と化してしまう前に、まだ人の姿をした今のままで、殺してやるのがせめてもの情けだ。

 

「兄弟……」

「このまま怪物になるよりかは、まだ人の形を保ったまま死なせてやった方がマシだろ。エーテリアスになっちまったら骨も残らん。血の一滴すら、だ。こんな奴にも―――家族は居る」

 

「グギッ、ギギコガギ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

 だが、既に遅い。

 もはや止められはしない。人の姿もお終いだ。

 

『Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 虚空が頭を書き換える。もはやそれは頭部ですらなく、ただ深く、暗い虚空が頭に成り代わっているだけだ。

 右手は剣の様に、左手は盾の様に。2mにはなるだろう巨軀と化して、人だった存在は異なる存在へと変貌を遂げ、敵となって爆誕する。

 

「……」

 

 腰を落とし、切っ先を突き付け、疾走し―――

 人と怪物の刃が、火花を散らして交差する。

 慈悲は無い。情けも無い。もう人でないそれに、人としての感情は抱くに能わず。

 ―――造作もなく斬り伏せられよ。それが残された道であるが故に。

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