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「シィ―――!!!」
『Guaaaaaaa―――――!!!!!!!』
白銀と黒が我が身を殴り合い、火花を炸裂させる。
高幹の得物は、決して無銘の代物では断じてない。それは彼の父が送り出した品であり、質屋に出せばビルが丸々手に入る程の金額を叩き出す、この新エリー都において片手で数える程しかない有数にして少数の大業物だ。
科学的な改造が何一つとして施されていない、正真正銘の太刀。折れず曲がらずよく斬れる―――まさしく名刀と呼ぶに相応しい業物を高幹程の剣士が振るえば、それだけで無双の状況が生み出される。
だが、実際はどうか?
そこらの有象無象なら何の問題はなかった。だが、このエーテリアスは―――赤牙組の組員の一人が変貌を遂げたこのエーテリアスだけは、別だった。
他の有象無象とは全く異なる、まさに大樹の芯の如き肉体は、まるで鍛え抜かれた歴戦の戦士のそれだと見紛う程。盾と曲剣という組み合わせは、何処か騎士を思わせるが、その剣筋はただひたすらに荒々しい。
だが、それ故に。ただ純粋に、そのエーテリアスは強かった。
「――――――!!!」
その攻防は、一進一退と言う他になかっただろう。
高幹が果敢に攻めようが、エーテリアスのその大きな盾によって、あらゆる一閃は阻まれる。
しかしエーテリアスが攻めようが、高幹は見事にそれを受け流し、躱し、倍にして返す様に複数の斬撃を一度に叩き込んで反撃する。
かれこれ数十もの時が過ぎつつあるが、しかし両者の勝敗は未だ決してはいなかった。
「フッ―――!」
『Gua―――!?』
鍔迫り合いを放り投げ出したのは、高幹だった。
このまま無闇矢鱈に攻め込んでも埒が明かない。そもそも攻め切れないのは、相手が盾を持っているからだ。どれだけ攻撃してもこれで防がれた、受け流される。
だが、同時に。その盾こそが、攻撃を叩き込む隙を産む要素でもあった。
踏み抜かれた右足が上昇した。もはや回避など不可能な距離において解き放たれたのは、なんて事はない膝蹴りだった。
だが―――エーテリアスの身体をほんの僅かに突き飛ばすには、それだけで十分だった。たったそれだけの事で、隙というのは生み出された。
互いに距離を詰めた状態、つまりは防御も回避も儘ならない絶好にして絶命の状況にこそ、高幹は好機を見出したのだ。
―――斬撃が、空を裂いて迸る。
振り抜かれた神速の一刀は、無数の斬撃を生み出した。胸を、足を、腕を、全てを刹那にして斬り伏せるその剣技こそ、まさしく神業の一言に尽きる。
だが―――そうまでして尚、敵は未だ果てる事を知らず。
『Guaaaaaaa――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
「マジかよ…!」
絶叫にも似た雄叫びに吹き飛ばされぬ様に耐えながら、高幹は冷や汗をかきながら引き攣った様に口角を上げる。
確実な手応えはあった。あの斬撃は漏れなくエーテリアスの四肢に叩き込まれ、肉を斬って骨を断つ様に斬り捨てると確信にまで至っていた筈だ。
実際、それは成されていた。確かに高幹の剣はエーテリアスの四肢を斬り飛ばし、かの敵を
だが―――エーテリアスは嘲笑うかの様に、すぐにそれを再生させた。
まるで何事も無かったかの様に立ち上がり、そして覚醒するかの如く雄叫びを
「今ので死なねぇのかよ…!? どうなってんだコイツは! 突然変異か何かだってのか!?」
「どうする兄弟! 一旦逃げるか!?」
「どうすっかなぁ……二人が居るから全力出すのは危ないし……かと言って、さっさと片付けないと雅が来るかもしんないからなぁ…あーもう本当にヤダ彼奴ぅ!!! なんでこんな時にまで彼奴が来るか来ないかの心配しねぇといけないんだよッ!? たまにはちゃんと俺の言う事聞いてくれよマジで頼むからさぁ!?」
ぶっちゃけ、高幹にとっては倒せる倒せないよりも雅が来るか来ないかの方が心配であった。
一応、朱鳶経由で来るなと伝えてもらってはいるものの、しかし残念ながら彼女が彼の言葉に真に従った事など片手で数える程しかないのである。
言うなれば待てが出来ないワンコだ。彼女の場合は狐だけれども。
「ヤベェぞアンビー、兄弟が嫁さんの事で叫び始めた!」
「よくある事じゃない?」
「喧しいわッ! つか誰が嫁さんだよ!? 結婚どころか交際すらしとらんわバーカ!」
「良いから逃げるぞ兄弟! 戦略的撤退だー!」
「何もよくない……あぁ、くそっ! 頼むから来るなよ雅…! お願いだから本当に来るんじゃねぇぞ!」
情けなく願いながら、刀身を鞘へ納めて高幹達は後ろへと全速力で駆け出した。全力疾走による全力逃亡である。
とは言え―――ぶっちゃけてしまえば、逃げる算段なぞ全く無いというのが現実だ。このホロウ内部でレーダーやらナビゲートも無しにそこらじゅうを走り回った所で、ただ無駄に体力を消費するだけで終わる。
空間そのものが変質した、文字通りの異空間。右も左も正しく機能していない空間を無闇矢鱈に走り回れば、同じ場所を何度も何度もループするばかりだった。
鬱陶しい事この上ない景色。荒廃し、塗り潰された廃墟がいつまでも続き、さらに後方からは、増殖した有象無象のエーテリアス共が追い掛けて来ている始末である。
「見覚えのある景色が続くってだけでストレス溜まりまくるわッ! こんな事なら事前にプロキシ呼んどきゃ良かった!」
「そこは心配ないぜ、兄弟! ボスが店長を呼びに行ってる!……多分」
「なんで自信無さげなんだよ!? つーか多分ってなに!? まさかアイツ、部下捨て置いて自分一人だけゆっくりしてる訳じゃねぇだろうな!?」
ニコ・デマラはわりと守銭奴である。かなりとまでは行かないまでも、まぁ、わりと守銭奴なのである。
お金は大事。何度も借金。ツケ当たり前のやべー奴と言えばそれまでだが、とは言え、決して仲間を蔑ろにする様な人物ではない。
邪兎屋の従業員は大切にしているし、あれで人道に反した事はしない真っ直ぐさがある。が、ぶっちゃけ高幹からすれば彼女は雅を騙した相手なので、完全に信頼は出来ずにいた。
「そんな事はない。……と思う」
「お前がそれ言っちゃダメだろアンビーさん!? このままじゃ埒が開かねぇよ!……やっぱ斬るか!? ちょっと空間ごとぶった斬って脱出試してみるかっ!?」
「落ち着け落ち着け!? マジで兄弟落ち着いてっ!? 追い込まれたら『取り敢えず斬れば良いか』の精神になるのマジで勘弁してくれよ!!!」
「じゃあどうしろってんだ!? 有象無象ならまだ良いとして、あのボスみてぇな奴に追い付かれるのなんざ御免だぞ俺は!」
決め手に欠ける、とは言うものの。
遭遇するのは嫌だ、とは言ったものの。
しかしこの男、石上高幹―――
「そうなったら取り敢えずお前らだけでも逃げろよ! 俺の事は構わず置いて行けッ!」
「なんで自分から死亡フラグ立てるんだよ!? つーか兄弟の場合それマジだら!?」
「高幹先生なら死亡フラグにもならない気がするけど…」
「二人を巻き込む訳にはいかないだろ。それで二人に怪我でもさせたら、申し訳が立たない」
言い訳の様に聞こえるのも無理はない。だが、それは確かな事実でもある。
石上家の剣術とは、即ち剣神の技。石上神社の始まりとなる『剣神』の弟子の一人が後世へと受け継がせた術理だ。
半世紀もの時間が経過して漸く誕生した、『剣神』の生まれ変わり。現状で最も『剣神』に近いとされる剣士である高幹の全力は、彼の幼馴染である雅はおろか、実の親である父ですら計り知れない。
今日に至るまでただの一度もまともな修行をした事はなく、それでいてただの一度も全力を尽くした事がない彼だ。どんな被害が出たものか、分かったものではない。
時間にして数十分。逃げれど逃げれど帰路には辿り着けず、ただ体力が消耗されるばかり。普段から逃げ回っている自分は兎も角として、ビリーとアンビーは別だ。
まだ数十分だから問題ないが、これが数時間ともなれば話は変わる。二人の体力は間違いなく摩耗し、いつかは力尽きるだろう。
であれば―――
「……よし。やっぱ残るわ、俺。二人はプロキシと合流しろ」
ブレーキを掛ける様に右足を踏み込み、勢いに身を任せながら抜刀する。
押し寄せるは有象無象。強敵の姿は無し。時間稼ぎには、十分過ぎるくらいの状況だ。この程度であれば一瞬で片付けられる。
だが、ビリーとアンビーは決してそれに頷きはしなかった。
「何言ってんだよ、兄弟!?」
「俺の勘だが、プロキシは必ず来る。事情を説明してから一旦ホロウから脱出しろ。それからはお前らで動け。あ、雅には言うなよ? ついでに朱鳶にもな。俺が一人で残ってるとか知ったら絶対来るから」
「ホロウに独りは危険過ぎる。いくら高幹先生でも……」
「なに、心配は要らん。元々、俺が勝手に突っ込んだだけの事だしな。それに、さっさとこれをどうにかしなきゃ六課が来るかもだし……ほら、怪我したくないだろ? 早く下がれって。巻き添え食らっても、責任取らんぞ俺は」
聞く耳を持たず―――二人を振り切る様に、高幹は再びエーテリアスの波の中へと疾走した。